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2015年5月20日

【佐藤健志】【イブセキヨルニ】堂々めぐりの男たち

From 佐藤健志

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http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp

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さかき漣さんの原作・原案、平松禎史さんの監督による短編アニメ「イブセキヨルニ」が完成、このほど公開されました。
下記URLにアクセスしたうえ、画面にある黒い三角マークをクリックするとご覧になれます。
冒頭についているオープニング映像は、スキップすることもできます。
http://animatorexpo.com/ibusekiyoruni/

平松さんは監督のほか、脚本・キャラクターデザイン・作画監督も担当、さらには原画まで描かれています。
題名の「イブセキヨルニ」は、「気分が晴れず、うっとうしい夜に」の意味。

さて。
本作品は、さかき漣さんの著書「顔のない独裁者」のスピンオフとのこと。
恥ずかしながら私は「顔のない独裁者」を拝読していないのですが、見応えのある仕上がりでした。

内容を簡単にご紹介しますと、
アニメは2010年代後半、日本が某国の核攻撃をきっかけに、アジアの大国が主導する「大エイジア連邦」に併合されるところから始まります。
しかし十年後、駒ヶ根覚人、愛称「GK」(イニシャルにちなんだもの)というカリスマ的なリーダーが登場し、連邦からの分離・独立を主張。

主人公の若者・秋川進は、GKに共鳴して日本を救う運動に参加するものの、デモで負傷、性的能力を失ってしまいます。
とはいえその五年後、大エイジア連邦は崩壊、GK言うところの「自由革命」が実現。
終わり良ければすべてよし、と喜びたいところですが。

自由革命のもと、日本は下手をすれば大エイジア連邦時代より悪くなったのでは? という状態に陥る。
アメリカ型の新自由主義改革を進めた結果、格差がどんどん拡大し、圧倒的多数の人々は貧窮してしまうのです。

GKの政策に幻滅した進は、反体制のテロリストとなる・・・

この内容を短編で展開するのですから、密度は非常に濃い。
十分に味わうには、何度かご覧になることをお勧めします。
それはさておき。

「イブセキヨルニ」で印象的なのは、私もつねづね論じてきた「戦後日本の堂々めぐり」が、さまざまな形で表現されていること。

大エイジア連邦への併合から自由革命へ、さらにはその革命にたいする幻滅へ(ネタバレにならない範囲で申し上げれば、これも「より良い未来」を約束するものではありません)という筋立てもさることながら、もっと興味深いのは、自由革命の指導者GKと、彼の支持者だった進が、さながら「同一人物の別バージョン」、つまり分身同士であるかのように見える点です。

両者はともに、天下国家の変革をめざして行動しますが、本当に願ったのは、ある特定の女性の心をとらえることだったとする描き方になっているんですね。
GKの場合で言えば、少年時代に憧れた美少女「丹沢なお子」。
進の場合で言えば、謎めいた美女「涼月みらい」。
しかもGKも進も、こちらの目的には失敗する。

これが意味するところは重大です。
すでに述べたとおり、進はデモで受けた傷によりインポになっている。
ならば彼の分身たるGKも、自信たっぷりの外見とは裏腹に、じつはインポなのではないか?

そして「性」が、人間のアイデンティティの基盤をなすものの一つであるのを思えば、「イブセキヨルニ」のテーマは、
〈政治的な堂々めぐりの根底には、アイデンティティをめぐる不安と絶望がひそんでいる〉
となるでしょう。

後半、GKの政治に反対するデモ(というか暴動)が展開される場面では、国会議事堂周辺の夜空に多数の花火が打ち上げられますが、上記の解釈を踏まえて考えるとき、これも「戦後日本全体がインポであり、アイデンティティをめぐる不安と絶望を抱えている」ことを象徴的に表したものと受け取れます。
疑似的なオーガスム(絶頂感)というわけですね。

読み込みすぎではありませんよ。
反GKデモの場面の前には、進とみらいがベッドでもつれあう場面が盛り込まれている。
このとき窓の外では、夜空に照明弾が打ち上げられます。

進がインポである以上、照明弾が〈肉体的には得られない絶頂感〉を表していることは明らかでしょう。
ならば花火は〈不特定多数の人々の、肉体的には得られない絶頂感〉となるのです。

(※)じつは劇中、インポでない日本人が一人だけ出てきますが、この点については脇に置きます。

だとしても、なぜ戦後日本はインポなのか?
作品の象徴的な文脈に基づけば、この問いにたいする答えは
〈戦後日本もまた、「ある特定の女性」の心をとらえようとして失敗したから〉
となります。

そして。
「イブセキヨルニ」には、くだんの女性がちゃんと出てくるのですよ!
いえ、丹沢なお子でもなければ、涼月みらいでもありません。

名前は書かないでおきましょう。
ただしヒントはこれです。
大エイジア連邦に抵抗したGKすら、頭が上がらない、ないしノーを言うことができない女性。

〈この女性〉(および、彼女の背後にあるもの)に対抗できるようにならないかぎり、日本の堂々めぐりは永遠に続く!
私に言わせれば、これこそ同作品の真のメッセージなのです。

最後に蛇足を。
「イブセキヨルニ」には、ベルナルド・ベルトルッチ監督(「ラストエンペラー」で知られるイタリアの巨匠)の傑作「暗殺の森」(1971年)とよく似た場面があります。
これ自体は偶然かも知れないのですが、じつは『暗殺の森』も、テロと政治的な堂々めぐりを扱った作品。
比べてみると面白いと思いますよ。

ではでは♪

PS
「新自由主義による改革と格差拡大を断固、拒否する!」に賛同する方は、
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http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

<佐藤健志からのお知らせ>
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3)5月26日に刊行される「文藝春秋スペシャル 教養で勝つ大世界史講義」に、評論「ウェストファリア条約〜『宗教戦争』の終わらせ方」が掲載されます。

4)〈GKすら頭の上がらない女性〉と、日本がこの70年間、どう関わってきたかをめぐる記録です。
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5)アニメや映画といったポップカルチャーから見えてくる、時代や社会の真実についてはこちらを。
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6)「今回の革命では、権力の性格そのものが一新されたうえ、いままで権力とは無縁だった者たちの手に託された。(中略)軽々しく『自由万歳』とは言えないのだ」(42ページ)
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