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2015年4月30日

【柴山桂太】「大阪都」の暗然たる未来

From 柴山桂太@京都大学准教授

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●●憲法9条は日本の誇りなのか? 国家の危機の原因か?
月刊三橋最新号のテーマは「激論!憲法9条〜国家の危機に備えるために」

https://www.youtube.com/watch?v=4OQ4DnbgVS0&feature=youtu.be

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近く行われる大阪市の住民投票は「特別区設置協定書」の賛否を問うものです。
http://www.city.osaka.lg.jp/senkyo/page/0000303691.html

「特別区設置協定書」の全文はネットで公開されています。ここで書かれているのは、特別区の名称と区域(北区、湾岸区、東区、南区、中央区)、新たに設置される区議会の議員定数や報酬、特別区と大阪府の事業分担や税限の配分などです。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/19163/00163079/1%20hontai.pdf

住民投票で賛成多数となれば、2017年4月から、大阪市は五つの区に分割されることが決まります。今後2年間で、府と特別区の職員の割り振りや、府内のシステム構築、新庁舎の建築などが急ピッチで進むことになり、後戻りはできなくなります。日本有数の巨大な政令指定都市が解体されるかどうかが、一回の住民投票で決まるわけですから、大阪市の有権者が背負う責任は決して小さくないと言うべきでしょう。

ここで重要なのは、かりに大阪市の解体が決まっても、大阪維新の会が提唱する「大阪都構想」がただちに実現するわけではない、ということです。

まず、大阪府の名称が「大阪都」になるには、国会で特別法を制定しなければならず、また今度は府民全体での住民投票を行う必要があります。

次に、大阪維新の会のプランでは、「大阪都」には大阪市だけでなく、隣接する10の周辺市(豊中市、吹田市、東大阪市、八尾市、堺市など)が参加するとされています。特に、重要なのは堺市の動向でしょう。堺市は2006年に、長年の悲願だった政令指定都市に移行したばかりです。かりに大阪市が解体されても、堺市が政令市として残り続ける可能性は十分にあります。

また先の市長選で、八尾市、吹田市、寝屋川市は大阪維新の推薦候補がいずれも落選しました。吹田市の後藤圭二氏は当選後、「堺市、八尾市とともに都構想の防波堤になる」と語っています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150427-00000002-asahi-pol

したがって、今回の住民投票で大阪市が解体されても、それだけで都構想が実現するわけではありません。五つの特別区への分割が行われる過程では、混乱も生じるでしょう。また、周辺市を取り込むには、新たなバトルがいくつも発生することも予想されます。物々しいニュースが続けば、大阪府民の間で、そのうち改革疲れがやってくるのは必至です。

推進派は「やってみなければ分からない」と言います。もちろんその通りですが、「大阪都」の実現に、膨大な行政コストと長い年月がかかるのは間違いありません。今回の住民投票は、それだけの混乱や負担に耐える意思があるかどうかを、まずは大阪市民に問うものとなります。

問題は、都構想に、それだけのコストに見合うだけの価値があるかどうか、です。「大阪都」になれば、大阪は本当に再生に向かうのか。この問題を冷静に考える上で、藤井聡著『大阪都構想が日本を破壊する』(文春新書)が行っている指摘は重要です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4166610201
http://honto.jp/netstore/pd-book_27068478.html

藤井氏はこの本で、大阪市が解体されると、大阪の衰退はむしろ早まると警告しています。東京はこれからオリンピックでインフラの集中投下を進めますが、その期間を大阪はまるまる改革騒ぎで費やすことになります。本来は大阪市域に使われるべき財源の一部が大阪府全体のために使われることになりますが、その意思決定に旧大阪市民の声は届きにくくなるという問題もあります。

大阪市の持つ「都市計画=まちづくり」の権限が失われてしまうという指摘も重要です。五つの区と区議会が出来ると、市街地で戦略的なインフラ投資を行おうと思っても、区間の利害を調整する行政手続きがかえって煩雑化してしまうでしょう。

よく言われる「二重行政」の解消にしても、その効果は試算では年1億円程度と決して大きいとは言えません。反対に、新システムへの移行には初期費用として600億円から800億円がかかると試算されており、むしろ財政が悪化する懸念があります。

「大阪都」がモデルとしているのは東京都ですが、東京都がそんなに立派な大都市行政を行っていると言えるのかは疑問と言わざるをえません。これは東京都に住んでいる(住んだことのある)人間なら、誰しも感じることのはずです。

例えば、橋下市長は府市の二重行政で無駄な開発が横行したと繰り返し語っていますが、東京都でも乱開発が起きたのは、90年代の都市博騒動を見ても明らかです。バブル期には全国でずさんな都市計画が行われましたが、東京都も例外ではありませんでした。時代の空気に流された乱開発は、府市制でも都区制でも起きたのです。「大阪都」が巨額の予算を投じて行う開発(例えばカジノ誘致)が、「無駄な開発」にならないという保証はどこにもありません。

もちろん、制度を変えればすべてがうまくいくなどという幻想は、都構想推進派も持ってはいないでしょう。ただ、自治の長い歴史を持つ市を解体することで失われる経験の蓄積や、システムをまるごと設計し直すことによって生じる行政の混乱は、推進派が見積もっているよりもかなり大きいはずです。

いずれにせよ、住民投票で賛成多数となれば、大阪市解体は既定路線となります。都構想は、その数あるデメリットを足し合わせてもなお、メリットの方が大きいと言えるのか。一度決まったら後戻りできない以上、今回の住民投票が大阪の未来にとって重要な岐路となるのは間違いありません。

PS
憲法9条は日本の誇りなのか? 国家の危機の原因か?
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【柴山桂太】「大阪都」の暗然たる未来への5件のコメント

  1. 南森町 より

    カジノといっても統合型リゾートでしょう?劇場とかホテルとか含めた。今の時点で賛成とは言えないけど、関空からきた外国人のほとんどは大阪を素通りして京都に行っちゃう状況ですからね。大阪はそれほど魅力ないんですよ。シンガポールに観光客が来るようになったのをヒントする事は悪い話じゃないと思いますよ。

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  2. robin より

    効率と安全はトレードオフ、無駄とはリスクヘッジのこと。「やってみなければ分からない」とは改善されることが前提になっているのでしょうが、無駄とは全て悪でしょうか。個人には出来ない無駄を行い非常時に備えて国民の暮らしを支えるのが行政の役割の一つでしょう。国とか政治家嫌いの人達は信じてみせる振りをしつつ裏切られるを繰り返しカタルシスを得てるんですかね?改悪した中心人物は「移行的混乱」を理由に任期を全うし責任を逃れる。

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  3. 古事記 より

    反対派の議員が報酬と定数を減らす提案を出せば、ほぼ反対派が優勢になる。反対派議員が報酬減らすと言わ無い所が情け無い。

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  4. はっちゃん より

    私は大阪都構想になってしまったらどうしようかと心配している大阪市民の一人です。橋下市長がカジノ誘致をしたがっているみたいですね。これに怒らない人が多数はなんて、世の中どうかしてますね。「カジノ誘致」など、そもそも平気で口にするだけで常識疑います。なぜなら、その「収益」って博打で負けた人のお金ですよ。その影で泣いている人がいるんですよ。近所のお店もお客さんがカジノでお金スってくると自分のお店で使ってくれるお金が減るんですよ。カジノの話題になって私がこんなことを言うと「でも外国人観光客向けなんやろ?」とか言われます。「カジノ幻想」(鳥畑与一:ベスト新書)によると、「例えば100億ドルのIR投資を数年で回収すると同時に高水準の収益率を達成しようとすれば毎年10円負ける客を1000万人必要とする収益規模である。」もう、これを聞いただけでなんで「外国人観光客向けやろ?」なんて言えるのかわからない。「10万円負ける客を1000万人」・・・これが1万円でも100万人でも、外国人観光客だけっちゅう訳にはいかないでしょうね。しかもそれではIRが成り立たない。だから私は「無駄な投資」というより「無駄で害のある投資」になると思います。

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  5. keegoo より

    大阪市解体の後、堺だけが政令指定市として残る可能性についてはハッとさせられました。旧大阪市域が衰退していく一方で、堺市が実質的な都心として発展していったら、、、信長様時代ですね。

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