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2015年4月11日

【青木泰樹】泣きっ面に蜂。

From 青木泰樹@経済学者

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●●次号のテーマは、ついに憲法条。
「日本人を守れる国」になるために、今、あなたに求められてる行動とは?

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

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日本の勤労者にとって困苦の時期が到来しそうです。
いよいよ今国会において労働基準法の改正案および労働者派遣法の改正案の審議が始まります。
さらに内閣府の規制改革会議では「解雇の金銭解決制度」の導入を求める意見書が提出されました。
前門の虎二匹に、後門の狼一匹。正に勤労者の生活基盤を貫く三本の槍ぶすまです。

労働基準法の改正案に関しては、以前、「国家の根幹」というテーマで労働時間規制の緩和について問題点を指摘致しました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/aoki/page/9/

厚労省の提唱する「新しい労働時間制度」、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション(WE)は、1日8時間・週40時間の労働時間規制の適用を除外する制度です。
労働時間ではなく仕事の成果で給料を決める制度という触れ込みで、当初は「成果賃金制度」と言っていましたが、今回は「脱時間給制度」もしくは「高度プロフェッショナル制度」と名称を変更したようです。
そういえば2007年の第一次安倍(改造)内閣時代、当時の舛添要一厚労大臣もWEを「家庭だんらん法」に改名せよと言っていたことを思い出しました。

名前を変えて国民の目を欺こうとしているようですが、中身は変わりません。
ホワイトカラーに対する「残業代ゼロ法案」です。
当面、対象者は年収1075万円以上の高度専門職となっております。
しかし、これも最初は対象者を絞り、導入してから徐々に対象範囲を広げてゆく「蟻の一穴」作戦でしょう。姑息極まりない。

本来、労働基準法は労働者を保護するための法律です。無論、厚労省も国民の健康と生活を保護することが仕事でしょう。
現行において労働時間規制が守られていないのは労基法36条の規定(サブロク協定)があるためですが、唯一の歯止めが残業に対する割増賃金の存在なのです。
それを無くそうとしているわけですから、開いた口が塞がりません。
先ずもって為すべき労基法の改正は、過労死ラインと言われる月80時間以上の残業を法律で禁止することです。それが全ての原点でしょう。
タダで長時間残業をさせられた挙句、「過労死すれば自己責任」では勤労者はたまったものではありません。

脱時間給制度を支持する経済学者は二言目には時間換算で成果を測れない仕事が増えていると主張しますが、具体的に如何なる仕事がそうなのかを指摘することはありません。できないのです。
研究職や為替ディーラーのような特殊な仕事を除けば、一般にホワイトカラーの業務の成果を個人単位で客観的に評価することはできません。
なぜならホワイトカラーの業務はチームプレーだからです。営業も総務も経理も企画も一体となってはじめて仕事が出来るのです。
部課単位、事業所単位、会社単位で成果が測られるものなのです。全体の成果が企業業績なのです。

この改正案が通ったところで、一般企業に社員の評価システムを変更する強制力はありませんから、今まで通りです。ただし残業代がゼロで済むメリットが企業側に生じます。
将来的には日本経団連が要望するように、全労働者の10%以上、年収600万円以上のホワイトカラーが対象とされるのでしょう。
それも省令改正によって簡単にできてしまうのです。
特定の組織や集団の利益のために制度を変更させる行為をレント・シーキングと言いますが、今回の労基法改正案は企業一般、特に大企業のためのそれと断ぜざるを得ません。

さらにその上を行く、分かり易いレント・シーキングが労働者派遣法の改正案です。
その主内容は、派遣期間規制の緩和です。
これまで派遣先の事業所における派遣労働者の受け入れ期間は最長3年間で、それ以降は直接雇用する必要があったのですが、それが事実上無制限になりました。
また同一人の派遣労働者の受け入れは3年を上限とすることになりました。

派遣先の企業にとっては特定の業務に関し正社員を雇うことなく、今後ずっと派遣労働者に任せられるというメリットが生じました。
つまり派遣業務の固定化が可能となったのです。
今後、様々な業務で派遣社員の受け入れが始まるでしょう。派遣社員に対する需要の増加です。逆から見れば、それは正規社員の採用の減少を意味するわけです。
他方、派遣社員の方は正規社員の道が閉ざされることになりますから、不安定な雇用状態が継続することになります。

「同一労働・同一賃金」が確立されている欧州諸国と異なり、日本では正規社員と非正規社員では歴然とした格差があります。
国税庁の民間給与実態調査によれば、2012年時点で、正規社員の平均年収は467万円、これに対し非正規は168万円です。
非正規の給与は正規の36%にすぎないのです。

派遣社員に対してはボーナスを支給する必要はありませんし、社会保険料事業主負担もありません。
正社員の給与に消費税は課税されませんが、派遣社員へ支払う外注費は消費税の仕入れ税額控除の対象になります。
さらに解雇も容易ですし、退職金も支払わないで済みます。
こうした非正規雇用のメリットが存在する限り、企業側に正規から非正規へ代替する誘因が生じてしまうのです。

労働者派遣の基本構造は、同一業務における正規と非正規の給与差額が、収益として派遣先企業と派遣元企業(派遣会社)に分配されることです。
すなわち、勤労者から企業への所得移転が生じるのです。それは勤労者の所得の収奪と言えます。
今回の改正案は、同一労働・同一賃金が実現していない状況において、派遣社員を増加させる方策ですから、マクロ的に見て勤労者の窮乏化は今後ますます進行するでしょう。
もちろん、勤労者が窮乏化、貧困化すればするほど、派遣先および派遣会社は儲かることになります。正にトレード・オフ。

派遣会社が一番儲かる状況は、現状において社員全員が派遣社員になることです。
雇用者全員が派遣会社を介して就業している状況下では、全員が派遣会社にマージンを払い続けなければなりません。その時、派遣業界の利潤最大化が達成されるのです。
以前、産業競争力会議の民間議員で派遣大手パソナの会長である竹中平蔵氏が「正社員をなくせばいい」と発言したのは、このためです。
とても分かり易いレント・シーカーですね。
さらに竹中社中とおぼしき経済学者の八代尚宏氏、大田弘子氏等もマスコミを通じての援護射撃を怠りません。

代表的な彼等の論理は、「労使対立」を正規と非正規間の「労労対立」にすり替えることです。
「正規と非正規の格差問題の根源は、正社員が過度に保護されているからである。非正規社員の待遇改善のためにも同一労働・同一賃金の制度をつくらなければならない。その第一歩が正規・非正規の垣根をなくすことである」と。
この手の詭弁には注意しなければなりません。

彼等の唱える同一労働・同一賃金とは、正社員の給与を限りなく派遣社員へ近づけることを意味しています
いわば正社員の足を引っ張って収斂させようとしているのです。
言うまでもなく、勤労者のためには、非正規の待遇を正規へ近づけることによって同一労働・同一賃金が達成されることが肝要なのです。
派遣社員の手を引っ張り上げることで収斂させなくてはなりません
同一の概念であっても目的地は手段の選択によって真逆となるのです。ひとつは企業にとってのパラダイス、他は派遣社員にとってのそれです。

レント・シーカー達の考える解雇規制の緩和に関しても、正社員の既得権益を問題視して解決策を考えるという点で、これまでの議論と軌を一にするものです。
この場合には、解雇の金銭解決の制度化が「同一解雇ルール」になるわけです。
現在は解雇の正当性に関して裁判による判断が必要となっておりますので、金銭解決が可能となれば、裁判を避けたい大企業にとって有利になるというシナリオです。

以上の勤労者いじめ三点セットが実現したら日本の将来はどうなるのでしょう。
正社員は無償の長時間残業によって疲弊し、会社にとって不要と判断されるや多少の金銭で解雇され、低賃金の派遣労働者が急増し、対するに竹中氏は大笑いという未来像が仄見えてくるのです。

安倍政権は誰のために政策を行なっているのでしょうか。
第一次安倍内閣時代、安倍総理は竹中氏と共に「労働ビッグバン」を成し遂げようとしました。
現在は「労働規制という岩盤規制を安倍ドリルで突き崩す」に表現は変わりましたが、中身は同じです。勤労者にとっては一層厳しくなっているかもしれません。
安倍総理のドリルの先にあるのは「正社員の既得権益」のようです。その粉砕は派遣会社の利益に直結します。
現在の就業者の約三分の二の人達の生活が標的となっているのです

正社員の既得権益というのも実に不適切なレッテル張りです。
1985年に労働者派遣法が制定されて以降、幾度かの改正によって徐々に派遣労働の対象範囲が拡大してきました。
法律の制定および改正にあたって、同一労働・同一賃金の原則を取り入れなかったことが低待遇の派遣労働者を生んだ原因です。
完全に政策策定ミスによって生じた正規・非正規間格差を、今更、何の咎もない正社員へ責任転嫁するとは主客転倒も甚だしい。
決して正社員が悪いわけではありません。
そのうち外国人労働者の受け入れを始めれば、その時は「日本人の既得権益」を問題視するのでしょう。嘆かわしいことです。

安倍総理は日本を「世界で一番ビジネスのしやすい国」にしようと言明しています。
今後、法人税減税を繰り返し、労働規制の緩和を実施すれば、確かに企業にとって低コストの生産が可能となるでしょう。
しかし、国民経済を支えているのは自国の勤労者であることを忘れてもらっては困ります。
安倍総理には、勤労者が疲弊し窮乏化すれば、その延長上にある国民経済も活力を失うという当たり前の事実を再認識して頂きたいと願うばかりです。

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http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

PPS
4月号のテーマは、憲法9条。もうすぐ憲法記念日。そして、今年は戦後70周年。
いま改めて「戦後日本とは何か」を問い直せます。

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【青木泰樹】泣きっ面に蜂。への4件のコメント

  1. robin より

    インフレ期にしか役に立たない経済学の前提が「利己的な人間」ですからね、成果主義とか同一労働・同一賃金って発想は↑の間違った前提で人間を単純化し数値化し管理しようって発想から来てるのでしょうか。複雑で多様な人間は理解不能だから単純な経済学を信仰し単純な人間しか容認しない社会になると。多文化共生とやらの基本理念は拝金主義でなされるのでしょうね。非正規社員が獲得した自由と日常とは過去の日本人が将来に投資したインフラを食潰す形でしか得られない。地に足のついた重力(規制)のある陸地から宇宙空間に放り込まれて宇宙遊泳(自由)を満喫してもそこで何をなせるでしょうか?日本の強みであるチームプレーを捨て、メンテナンスは当たり前のものとして評価せず、事故が多発する社会になる。

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  2. 匿各希望 より

    ある視点からの主張という意味では、現実の側面を知るための問題定義コラムでしたが、問題解決を望むのであれば、もう少し複眼的な視点が欲しい、などと思いました(ステークホルダーや構造の、省略や単純化が見られたため)。が、本メルマガはその役割を採っていないと思うので(つまり単眼的傾向のメディア ≒ 向きは違えど日本の一般紙もこの傾向)、あとは(大衆とは呼べない数の)メルマガ読者の受け取り方やメディア・リテラシー次第で、それが三権を動かすことが出来るかどうかですね(直近の大きな例だと2009年の民主党政権交代w)。とはいえ、意義あるコラムでした。

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  3. たかゆき より

    黎民蜂起♪「国民を閉じ込めている 檻の鉄棒が一本でも抜けたら その時は第二のフランス革命が 起こる時だ」と漱石が『草枕』で述べております。現政権は「規制緩和」と称して「鉄棒」を何本も抜き始めているのでは?檻から出た民草はお互いに相手が倒れるまで殴り合えとのこと、、民草が殴りかかる相手はまず冠を頂く自分たちではないのか??と露ほども思われないのでしょうね。民草から収奪するにも限度がございましょうし民草の我慢にも限界がございましょう。蜂起のおりに民草がかぶる頭巾の色は紅でしょうか黄色でしょうか。

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  4. 一国民 より

    ほとんど人非人の所行だと思います。数年前、柴山桂太さんが中野剛志さんと対談したとき、「そのうち『正規社員こそが既得権益だ』といいだしてくるだろう」という趣旨のことをおっしゃり、中野さんが「あぁ……」と歎息したのを思いだしました。本当に、いまの安倍政権の経済政策は人非人の方向に向かっています。

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