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2014年10月12日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第六話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

◯オープニング

今さらではありますが、自己紹介が不十分で「コイツ何者やねん?」と思ってる方が多いのでは?と不安にかられましたので、第六話では自分の仕事について少し書いてみようと思います。
とはいえ、参加した作品名を羅列するのも芸がないので「考え方」の方で。

雑誌掲載などでプロフィールを求められた場合、肩書は「アニメーター・演出家」字数に余裕があれば「イラストレーター」をつけたりします。
アニメの仕事内容は第一話で少しだけ書きました。
ボクの仕事は絵を動かすアニメーター、一枚絵を描くイラストレーター、TVシリーズなどの各話単位の統括をする演出家、とざっくり言って三つの顔があるわけです。
作品全体を統括する監督は、まだ未経験。まだ発展途上です。

10月8日に日本テレビ系列及びニコニコ動画などネット配信を含めてスタートした「寄生獣 セイの格率」ではキャラクターデザインを担当してます。
第一話(stage:1)では作画監督も担当しました。

「クリエーター」とかカタカナは好きじゃないので、自分としては「絵描き」だと思ってます。
三つの顔のどの仕事でも、これで総合して齟齬がないと考えております。
同時に、大いなる矛盾が含まれます。

一般的にどうかはわかりませんが、「絵で始まって絵で終わる」と思われていそうなアニメの制作過程についても、普段思うところなど書いてみようと思います。

第六話「『イメージボード』は意識共有のための『素材』」

◯Aパート

ボクは美術短大で基礎の基礎を勉強してはいますが、ストレートに画業に進まずサラリーマンを一年経験しています。
就職のことを親に相談した時、アニメーターになることを強く反対されて一度は折れたのです。
戦前生まれの両親、特に堅実な父親にはアニメと漫画の区別がついていませんでしたし、この世代に多い意識として芸能的な仕事を下に見ていました。
「そんなもので食えるわけがない」「当たらなかったら一生冷や飯食いだぞ」という定番の言葉を何度も聞きました。

父は戦後の苦しい時代に大人になり高度経済成長期を支えた一人です。
まだ子供と言って良い年頃に働きに出て苦労した兄弟(ボクから見て叔父)もいましたから、アニメみたいなふわふわしたよくわからない仕事には就かせたくなかったのでしょう。
当時は実感がありませんでしたが、親の世代は生きるか死ぬかが生活の中でリアルな時代だったんだろうと思います。

余談が続きますが、父は新幹線や大型船舶のエンジンに使うバネや部品を製作する日本でも有数の中小企業の経理部長さんでした。
三橋経済塾で経済の勉強をし始めて、父の務めていたような中小企業や、町のあちこちにあった零細の製造業が日本を支えてきたと知って、子供の頃工場を見学させてもらった時の油と金属の匂いが誇らしく思えるようになりました。
お金のことにはトコトン無頓着ですが、経済をおもしろいと思えるようになったのは、父のDNAがどこかに引っかかっていたからなんでしょうかね。
いまだにハクション大魔王なみに数字は苦手ですが。

当時、アニメの仕事で知っている限りのことを説明しましたが、驚かされたのは「将来は演出をやりたい」と言った時の反応でした。

「アニメに演出なんてあるのか!!」

この時、絶対、演出家になってやる!と決意しました。

_ _ _

アニメ制作の準備段階では企画書を作ります。
作品のごく簡単な要約、どんな層に、何を伝えたいか、宣伝・商品展開の想定などなどを記したものです。
その際にキャラクターや作品の世界観を分かりやすく伝えるためのスケッチを付けます。
作品のキャラクターや見どころをラフスケッチのように描いたもの、「イメージボード」と呼ばれるものは、企画段階の意識共有のためには不可欠なものです。

作品企画が「GO!」となって、テーマの絞り込みやシナリオ制作の段階でも「イメージボード」は重要な手がかりになるのです。

「イメージボード」を見たことがある方はわかると思いますが、完成作品と必ずしも一致するものではありません。
初期の「イメージボード」は、監督やメインのアニメーターがシナリオとしてまとまった文芸的な土台がない状態で、手探りで描いたものだからです。
これは当然で、手がかりとして書かれるものですから、テーマが明確化され、プリプロダクションからシナリオ作成や正式なキャラクターデザインなどプロダクション…実制作…へ移行してからは必要なくなります。

「イメージボード」は手探り状態にあるスタッフたちが意識を共有するための「素材」なのです。

◯中CM

「イメージボード」といえば、水槽に入れられた人魚姫と少年の絵が表紙の「宮崎駿 イメーボード集」が最大のインパクトでした。
1983年に出版されたものだそうですから、アニメーターになる前年だと思います。
「未来少年コナン」「ルパン三世 カリオストロの城」でやられて以来、記憶が曖昧ですが、やはりこれがボクの(大げさでなく)アニメへの道を拓いた一冊と言って間違いないでしょう。
(現在絶版中)
この本には後の「となりのトトロ」「もののけ姫」などに連なるイメージボードが収録されていました。
これらの作品が一連のイメージボードを起点としスタッフの想像力を引き出した名作になっているのは言うまでもありません。

そのような世界で育ったボクとしては(おそらく同世代の方々には納得してもらえると思いますが)「風立ちぬ」は衝撃的な映画でした。
宮崎氏が豊富な軍事知識をもとに連載していた「雑想ノート」のようなミリタリー系は映画にできないと語っていたのもあって、「ついに!!?」と沸き立ったのです。
色々思うところはありますが「風立ちぬ」は予想を良い意味で裏切る素晴らしい映画でした。

ある意味、宮崎駿という作家像と直接つながる「イメージボード」から作られた「トトロ」など一連の作品群に対して、長編最終作となっている「風立ちぬ」がイメージボードを起点としていない(ゼロ戦開発の過程は描かれますがあくまで物語のマクガフィンとして配置されていた)ところが示唆的だと思います。

制作段階では、様々な人が関わって、作品は自分一人の意識だけではない集合体になっていきます。
故に、監督やメインスタッフの内奥が熟成されて、完成作は「イメージボード」を超えていくのでしょう。
「風立ちぬ」は、そのような作品とは一味違う、個人的な告白のようで、作品が「イメージボード」のようだった。

◯Bパート

ちょっと愚痴になりますが
監督的な仕事をする際に、テーマの絞り込みやシナリオがない段階で「イメージボード」を描いてくれ、と要求されることがあります。
それは良いんですが話していくとちょっと事情が違っていて、手がかりにしたいというのでもなく、完成作品を想定した絵がほしい、ということだったりします。
これには違和感を感じます。
ざっくりとしたイメージを共有したいのならわかるとして、具体的なエピソードや場面を完成作品に近い形で想定するのは「イメージボード」ではないと思うのです。

思うに、偉大な過去作品で描かれた「イメージボード」から完成作品に昇華した良い部分を、拡大化して期待しているのだろうと思います。
それは結果論であって、プリプロ以前の段階で期待されてもなぁ〜なんてヘソを曲げたくなるのです。

そこから、「イメージボード」の弊害というものを思うのです。

つまり、父のように制作過程を知らない人と同様な、アニメは「最初から絵で考えられて絵で仕上げられるもの」という思い込みのようなものが、プロの制作者にもある(いつからか出てきた)のではないか?というものです。

宮崎駿氏のようにシナリオを書かずに「イメージボード」状態から(たぶんご自身の頭の中でシナリオに近いものができているのでしょうが)いきなり絵コンテを描いて作品が成立してしまうのは稀有です。
私見ですが、宮崎作品でもこれが(統一感という意味で)上手く行っているのは「ラピュタ」までだと思います。
その後は、シナリオを構築していない弱点が露呈してしまっている(と思われる)作品もあると思っています。

このような方法論では、宮崎作品以外を見た場合、失敗例でないものを探すほうが難しくなってきます。
宮崎作品のように方法論を超えた魅力を持つ作品は非情に少ないと言わざるを得ません。

「エヴァンゲリオン」の制作現場では、完成作品からは想像し難い論理的な議論がトコトン行われていました。
「新劇場版」のシリーズでも同様です。
これは宮崎駿さんを師匠と仰ぐ庵野監督が「宮さんの真似はできない」と痛感した上でのやり方だと思うのです。
最終的には庵野監督の感性に集約していくわけですが、その過程で蓄積された議論は作品の厚みにもなる。

憧れは、憧れであって、真似しても上手くは行かないんですよね。

様々なアニメ作品について(ネガティブな意味で)「アニメーター上がりの演出家っぽいな」という評価を聞くことがありますが、その理由は上記のように「絵で発想する」ことで終始してしまうことに原因があると思っています。
最大の弊害はシナリオで構築されている論理性を、感性中心の「絵(作画)」を優先して壊してしまうことにあると考えます。
物語を語る長編作品では特にそうでしょう。

とはいえ、ボクも絵描きですので感性で動きます。論理的な思考は苦手。
なので、感性によって発想したものを論理で分解検証し最終的に感性で取捨選択する、という作業をある程度自然に、或いは意識的にやっています。
自分がファンだった時にそうだったように、アニメや映画を観る人はまず感性が発動するのだと思います。
理屈でなく感動する、それが自然だと思います。

しかし、作り手はファンと同じでは困るわけです。

_ _ _

第三話「『サスペンス』が成立する条件」では、ヒッチコック監督は台詞に頼らずに、純粋な映像言語で人物の「内奥の真実」を描き出すというトリュフォーの論説をご紹介しました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/06/28/hiramatsu-3/
これは、映像を主にして、台詞…シナリオ…を二の次にしているかのように思われたかもしれませんが、そうではありません。

実際に、ヒッチコックはシナリオに書かれた台詞に従って撮影したあと、台詞を削除した例もあります。
文字表現と映像表現は一致しないことがあるのですね。
小説で書かれたままを映像化しても必ずしも成立しないように、ヒッチコックは受け手が得る手がかりとして、文字と映像では受け取り方が違うということを経験的に知っていたんだろうと思います。
漫画原作をそのままなぞって映像化しても、それが「忠実な映像化」とイコールにはならないのと似ています。

映画が、演劇を再現する手法から独自の総合芸術に昇華したのは、カメラによって切り取られ、編集で時間をコントロールし、音響を加えることで成立する複合的な表現を手にしたからだろうと思います。
成り立ちから考えれば、そこには、完成画面に現れない文芸的な土台が不可欠になるはずなのです。

人が何かをしゃべる時に、記憶にあるものや、論理的な積み重ねをそのまま出すのではなく咀嚼して出しているのと同じように、または、ヒッチコックが試み続けたような言葉に現れない内奥が表現される映像を構築するには、その元になる異なった形式による情報の検証が必要になると考えられます。

_ _ _

アニメでは(おそらく実写映画でも)絵(イメージ)を造るには、それ以前の論理(シナリオ)や、その土台となる思想(テーマ)を明確にしておく必要があるのだろうと思います。
こう言うと、当たり前のことを回りくどく書いてると思われそうですが、現場では案外スッポ抜けてしまうことがあります。

「イメージボード」は手探り状態から、作ろうとする作品の明確化を手助けする「素材」ではあっても、完成作品を具体的に想定するものではないわけです。
もし、「イメージ」で完成作品を想定してしまい、それに固執してしまえば、完成作品が「イメージボード」を超えられなくなってしまいます。
それ以前に、作業工程で結果がズレてしまう懸念があっても最初の「イメージ」に固執して見直すことができなくなることがあり得ます。
固定観念化、思考停止の罠です。
そのような罠が至る所に転がっています。

政治経済では、誰が総理であろうと(自分を含め国民も)この罠に陥る可能性が否定来ないことを私たちは体験中ですね。

◯エンディング
「コイツ何者やねん?」
にお答えするには関わった作品を羅列すれば手っ取り早いのですが、オープニングで書いた「寄生獣 セイの格率」以外にもまだ明らかにできない仕事が進行中です。
その中には当メルマガの読者様には馴染み深いものが含まれる予定

今年はアニメ業界に入って30年。もう51歳ですが、おかげさまで現役第一線。
とはいえ、昔のような無理は効かなくなっていて情けない気分になりますが、親兄弟先輩後輩幼なじみ、アニメファンの皆さんの厳しい視線のおかげで。
そしてアニメの大先輩の叡智と、拙い経験の積み重ねと、三橋経済塾の先生方や塾生の皆さんの広範な知恵に触れてぼんやりした脳みそをリセット…じゃなくて、リフレッシュ(見直して再構築)出来ていると思います。
本当にありがたいことです。

◯後CM1
第27回東京国際映画祭「庵野秀明の世界」開催 10月23日〜31日
http://2014.tiff-jp.net/ja/

◯後CM2
「寄生獣 セイの格率」公式サイトはこちら
http://www.kiseiju.jp/

◯後CM3
音楽や映画などの情報発信やイベント主催を活発に行っている「ロッキング・オン」が立ち上げたコラボTシャツブランド「Rockin’ star」から「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」のコラボTシャツシリーズが発売中。
アスカ・レイ・マリの3種ともイラストは私、平松禎史が描いております。
http://rockinstar.jp/products/248/
http://rockinstar.jp/products/212/
http://rockinstar.jp/products/268/

PS
このVideoには、一部の人にとって不快な情報が含まれています。
ご覧になる場合は、自己責任でお願いします。
http://www.keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag.php

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【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第六話への2件のコメント

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  2. ofu_1 より

     日銀のブタ積みが200兆円位になった時(2015年3月末)に政権とそれに関わる人々の素性が判定されます。 経済市場(設備投資や土地住宅)に現金が流れなかった、証明ですのでデフレは通貨の問題ではないことになり、日銀に乗り込んで白川(敬称略)の首を取った安倍と仕向けたバックヤードの人々の逃げぶりが見ものです。 超金融緩和を中止すると国債の買い手が消え、金利の急上昇があり得ます。緩和を続けると2017年3月末に400兆円位(GDPが500兆位)になるかもしれません。経済市場の活性が目的ではないと判定されます。 日本国政府の経済政策能力喪失と判断されるでしょう。

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