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2014年7月10日

【柴山桂太】宴の記録

From 柴山桂太@滋賀大学准教授

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●●マスコミが報じない不都合な真実とは
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

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昨年12月に行われた、京都国際シンポジウムの記録が本になりました。

「グローバリズムが世界を滅ぼす」(文春新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/4166609742
http://honto.jp/netstore/pd-book_26207450.html

びっくりするようなタイトルですが、中味はいたってまじめです。

収録されているのは、シンポジウムにおける各氏(トッド、チャン、藤井、中野、柴山)の報告の要旨と、翌日に同じメンバーで行われた座談会の記録、そして別日に行われたトッド・中野対談(司会は堀茂樹先生)の記録の三本です。

このうち、強く印象に残ったのは座談会でしょうか。字数の関係で活字になった部分は少ないのですが、実際には昼前から夕方遅くまで、ずっと議論が続きました。途中の休憩を除いても、5〜6時間は話したのではないかと思います。座談会後は遅くまで楽しい宴が続き、そこでもう少し踏み込んだ会話がなされたりと、今思い返しても忘れがたい一日となったわけです。

活字にならなかった部分を書くのは控えますが、活字となった部分だけを見ても、たとえばチャン氏の「アメリカが実は世界でもっとも強力な産業政策を行っている」という発言や、トッド氏の「20世紀初頭までのグローバリゼーションの時代と今日が著しく異なると思うのは、教育の効果です」という発言など、実に興味深いものがあります。

両氏とも、国際的に見れば日本はうまく行っているという趣旨のことを繰り返し述べていたのが印象的でした。

特にトッド氏はアベノミクスをずいぶん評価しており、本書でもアベノミクスは「国際的に見れば左派的な政策だ」と述べています。これは、特に拡張的な金融・財政政策を念頭に置いての発言です。国民の連帯を強めるから、というのがその理由です。

ここからも明らかなように、右派/左派の区別は再定義が必要です。国民の連帯、という言葉のうち「国民」の方に力点をおけば右派的に、「連帯」の方に力点をおけば左派的になりますが、どちらにせよ同じコインの裏表です。共通の敵は、国民の連帯をばらばらにしかねない政策やイデオロギーです。

この点、アベノミクスの第一、第二の矢は国民の連帯を強めうる方向に、第三の矢はそれを壊しかねない方向に向かっています。ユーロの場合は、通貨主権を放棄してしまったために機動的な金融・財政政策がとれないわけですから、国民の連帯を維持するのが難しい。議論を単純化しすぎかもしれませんが、今の日欧が抱えている問題をそのように理解することができると思います。

アメリカについては、見方が微妙に分かれたりしたのですが、詳しくは本書でご確認いただくとしましょう。

私にとっては、グローバリゼーションの今後を考える上で、人口動態に注目すべきだというトッド氏の指摘は得心のいくものでした。たとえばトッド氏は、高齢化が進むと、人々は現状を大きく変えようとはしなくなるので、社会的な分断(たとえば所得格差)を放置しがちになる、という仮説を出しています。今の先進国で格差是正の動きが生じにくい理由も、ここにあるのではないかと。

逆に、人口構成の上で若者の比率が大きい国では、現状に対する不満が社会変革につながりやすいということで、新興国の抱える政治リスクもこうした人口学的な視点から説明できるでしょう。

またトッド氏は、教育水準の上昇が一方で「ナルシズム的自己」を生み出すと同時に、他方で教育格差が潜在的な不平等の意識を強めるとも発言しています。このあたりは、もう少し時間をかけて考えてみたい問題ですが、教育水準の向上が社会統合を強めるのではなく、弱める可能性があるという指摘は重要です。

などと重々しいことを書きましたが、実際のシンポジウムや座談会で行われた会話はもっと軽妙で、話があちこちに飛びながら話題と笑いが次第に広がっていくというものでした。特に中野さんのジョークは冴え渡っていて、何度も笑いをとっていました。(氏のジョークは国際競争力があるようです。)

そういえばシンポジウムの語源は、酒宴とか一緒に酒を飲む、という意味だそうで、酒精の力を借りて話を政治経済から文化まで、重々しいものから軽いものまで、自在に広げていくというイメージなのでしょう。その意味でのシンポジウムは別に知識人の専売特許ではありません。日本の各地で宴が開かれて、楽しくもまじめな議論があちこちで花開くとしたら、連日の暗いニュースも吹き飛ぶというものです。

本書もまたそうしたシンポジウムの産物です。読後に明るい気分になるかと言えばならないと思いますが、暗い話題を語るなかにも軽妙の精神が息づいると感じ取ってもらえるとしたら、参加者の一人としてうれしく思います。

PS
グローバル経済の優等生・韓国が陥った罠とは?
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

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【柴山桂太】産業政策の再評価

【柴山桂太】宴の記録への3件のコメント

  1. メイ より

     昨年12月のシンポジウムに、行ってみたかったです。遠方に住んでおり、泊りがけで法事もあり用事が混んでいて断念したのです。 動画で拝見したのですが、素晴らしかった。もし先生方のご講演を直接、聴く事ができたら、とても嬉しかっただろうな・・と、本当に残念でした。 今は「グローバリズムが世界を滅ぼす」というタイトルが、必ずしも大げさではないかもしれませんね。ぜひ読ませて頂きたいと思います。

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  2. 頓珍漢 より

    〉教育水準の向上が社会統合を強めるのではなく、弱める可能性があるという指摘は重要です。 利便(効率)性的画一マニュアル化の極致であるITの利用による先端教育も行き着く先はバラバラ破綻の未来に導く気がしてなりません。(己が言える事かよっ)そんなITですが、このサイバー空間網では逆に利用し尽くしてレジスタンス活動に勤しんでください。 (裏)宴(腐った政治、官僚の片面)を利用してメディア(左翼・リベラル)は公共的片面(あるいわそれが日本式として)を叩き潰してきてしまった。 あの宴とは違う、プラグマティク宴な記録たる本を買いに行きます。え、まだ出てない?やっぱり私は短絡的グローバリズムと変わらない人工ヘチャムクレ頭脳なんだろうか?

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  3. 神奈川県skatou より

    嵐の予兆のなかの軽妙、朝からさわやかな話題をありがとうございます。教育水準の向上が社会統合を弱める可能性がある、というご命題は、これは教育という制度のもつ特質なのか、あるいは教育内容に因るものなのか、という議論が必要なのかと理解いたしました。サイエンスの源流がデカルトのあれならば、とうぜん教育は「ナルシズム的自己」になりうるでしょうし、あるいは勅語の枠内でならば、また違ってきそうです。この点、どこか近代哲学以外の選択肢があると思われる(自分はこんな話題に言及できないのですが)日本ならではの、違和感かもしれません。国際的に日本的ななにかの役割は、少なくないのかもしれない、と言うとナショナリズム掲揚になりそうですが、自分にはどうもナショナリズムというコトバが国家主義=形式美の印象で、それぐらいならば愛国者、規格外でも愛する郷土愛のほうが、と、区別を付けたくなったりいたします。

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