FROM 後藤孝典(弁護士) ※特別寄稿
◆プロフィール◆
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
弁護士法人虎ノ門国際法律事務所所長。
1938年、名古屋生まれ。64年、司法試験合格。
65年、名古屋大学法学部卒業。67年、東京弁護士会に弁護士登録。
79年、ハーバードロースクールのリサーチフェロー。
83〜87年、筑波大学大学院講師。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
公約を訴える甲高いスピーカーの声が高層ビルの空に響き渡り、道行く人々の足を止めさせ衆議院議員選挙の訴えに耳をひきつけています。
しかし、宣伝カーが止まっている地面の下、深さも知れぬ暗黒の地底には、地下水が渦を巻いて静かに流れ落ちていることに誰も気が付きません。
金融円滑化法が来年の3月31日をもって期限切れになります。このため中小企業の大量倒産は不可避でしょう。
金融円滑化法は平成21年の12月に、2年間の時限立法として導入され、1年づつ二回延長され、来年には、決してもう延長はありません。銀行から借りたお金は、金利だけ払えばよく、銀行が了解する期間は、元本を返さなくてよいという法律です。
鎌倉時代から室町時代、それに江戸時代と、わが国ではなんども徳政令、棄捐令が公布されてきました。それらは、元本債権の強制的消滅を命ずるものか、金銭支払い請求訴訟の訴権を制限するもので、金利の支払いさえすれば元本返済は猶予するという例は類例を見ない。
おそらく金融円滑化法の立法者は、経済不況は二、三年もすれば回復するはずだと考えていたのかもしれない。しかし経済不況は回復しないのに、原本返済を猶予するその法律の期限が来るのです。
この法律でリスケを受けた中小企業は、来年の4月になれば、銀行から元本の返済を要求されることになるでしょう。元本の返済ができないとすれば、その企業はどうなるのか?
来年の春、あなた、元本返済、できますか?
そもそもの遠因は、10年続いていたデフレの上にリーマン・ショックによる世界金融不況が重なったことにある。
銀行の貸し剥がし貸し渋りに苦しむ中小企業を見かねて、平成20年の秋、金融担当相中川昭一は金融庁に中小企業の金融事情を緩和する施策を講ずるよう行政命令を発している。
平成21年12月施行された金融円滑化法の施行の後、中小企業の倒産件数は目に見えて減少した。
このことから、倒産件数の減少は、金融円滑化法が導入した返済猶予制度による直接の効能であるかのように、だれにも思われた。が、そのように断定できるほど日本の金融事情は単純ではない。
まず、金融庁が不可解な行動を取ったことだ。従来金融庁は、金融機関に対し、極めて厳しく不良債権の発生を抑制するよう指導してきていたのに、これを緩和する方向に舵を切ったことだ。
金融円滑化法に基づいて返済が猶予された債権は、当然、当初の貸付契約の条件を変更しているのだから、貸主である銀行から見れば、不良債権である。だから、金融円滑化法に基づく条件変更を受けるためには、当該企業から将来の経営再建計画が銀行に提出されていることが条件であるとしていた。
しかし、これを緩和し始めた。一年以内に経営再建計画が提出される見込みがあれば、不良債権として扱う必要はなく、正常債権として扱ってよいと金融機関を指導し始めたことだ。問題の複雑さの根っこには、不良債権として扱わなくともよいことになれば、銀行が助かることになる仕組みがあることだ。
銀行としては、正常債権なら、貸倒れ引当金をほとんど積まなくてよくなるから、銀行の財務状態は悪化しない。一方、借主から金利は入金されてくるのだから収益は減少しない。要するに、儲かる。
このため、借主である中小企業からの貸し付け条件変更申し入れ件数も、銀行による貸し付け条件承認件数も、絵に描いたように右肩上がり35度で上昇した。
とうとう、平成24年3月末には貸し付け条件変更が実行された件数(債権ベース)は350万件に達した。条件変更実行率は92.3%を超え、猶予された債権の額は80兆円を超えた。
350万件は債権の本数がベースであるから、これを企業の数に直すためには、一企業当たりの条件変更債権件数が判明しなければならないが、これが公表されていない。
リピターもいるだろうし、一社が何件も猶予してもらっていることを勘定にいれなければならないから、一社7件と推定すると、実に50万円社がリスケを受けていた計算になる。一社10件とすれば35万社だ。
35万社のうち3割はすでに金融機関に経営再建計画を提出している。残り7割にあたる約25万社は経営再建計画を出していない。
おそらく出せないから出さないのであろう。そして出さないのは、計画を作れないからであろう。
金融円滑化法のように、期限付き元本返済猶予法では、その返済猶予期間中に、顕著に経済状況が好転すれば別として、現状のように、デフレが延々と続いている以上、猶予期間が到来すれば、一挙に不良債権は山積みとなることは見え透いた道理だ。
風邪をひいている男の上着を剥がし、川水の中に突き落とすようなことをすれば、凍え死ぬものも出てくるだろう。
不可解なのは、金融庁がこのような結果を、予測しなかったとは思えられないことだ。
だとすれば、その魂胆はどこにあるのだろう?
私としては、おそらく金融庁は、地銀、信金など、財務内容のよくない地域金融機関を大組織再編成することは不可避であると睨んでいるはずで、そのときのための準備として、金融円滑化法による金融大緩和で不良債権を溜め込み、ふらふらになる銀行はどこなのかを仕分けしているのではないか、と推定している。
【後編へ続く】
PS
後藤先生の新著です。三橋貴明が推薦帯を書きました。
http://amzn.to/WLlegI
【後藤孝典】あなた、元本、返済できますか?<前編>への1件のコメント
2012年12月7日 10:28 AM
金融円滑化法によって私も利用しています。期限が来年(25年3月)と銀行に言われています。策がなく困っています。
コメントに返信する
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です
コメントを残す
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です