アメリカ

2017年2月17日

【施 光恒】日本国民の一人負け?

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

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おっはようございまーす(^_^)/

皆さま、お久しぶりです。二カ月ほど、本メルマガをお休みしてしまいましたf(^_^;)
もうあまり休まず書いていきますので、これからもよろしくお願いいたします<(_ _)>

さて、トランプ大統領誕生で、さすがにTPPは流れましたが、
今度は代わりに日米の二国間での貿易協定の話が浮上してきました。

こちらも結構、脅威ですね。何が脅威かというと、
一番おっかないのは、安倍首相をはじめとする日本の政治家、
ならびに多くのマスコミや「識者」が、経済のグローバル化が
進んだ状況での「国益」についての認識が不十分なことでしょう。

本メルマガ読者にとっては常識ですが、経済のグローバル化が進んだ現在では、
「A国の国民一般の利益」と「A国のグローバルな企業や投資家の利益」は、
必ずしも一致しません。例えば、日本でいえば、トヨタ自動車がいくら儲けていたとしても、
それが必ずしも日本国民一般の利益になるとは限らないのです。

最近、ロバート・ライシュの『最後の資本主義』
(雨宮寛、今井章子訳、東洋経済新報社、2016年)という本を読みました。

この本の主な主張は、新自由主義のもとでここ数十年、
米国の市場経済のルールが、グローバルな投資家や企業に有利である一方、
普通の人々には不利なようにひどく捻じ曲げられてきたということです。
その結果、現在の米国の市場経済は、金持ちには激甘で、普通の人々には
非常に厳しい不公正極まりないものになっているとライシュは指摘します。

ライシュによれば、経済を語るときに、「自由市場」か、それとも「政府による介入」か、
という問いの立て方は正しくありません。こう語ってしまうと、あたかも、
現在の市場経済のあり方こそ「自然」「当然」であり、政府やなんらかの組合や
商工団体などが市場の働きに対して口をはさむことは経済の流れを
澱ませてしまう不当な干渉だということになってしまいがちです。

ライシュは、こうした理解は正しくないと言います。
人為の加わっていない「自然な」市場などなく、どの国の、どの時代の市場も、
その国の政府が定めた特定のルールに基づくものだと指摘します。

ライシュによれば、以下の五つのルール(取り決め)があってはじめて市場が機能します。

●所有権 … 所有できるものは何か。
●独占 … どの程度の市場支配力が許容されるか。
●契約 … 売買可能なのは何で、それはどんな条件か。
●破産 … 買い手が代金を払えないときはどうなるか。
●執行 … これらのルールを欺くことがないようにするにはどうするか。

ライシュは、米国では、1980年代辺りから、市場の基礎にある
これらのルールがすべて「資本を所有する者たち」
(企業とその株主や重役たち、ウォール街のトレーダーや
ヘッジファンド・マネージャー、プライベートエクイティ・マネージャー)
に有利に働き、平均的な労働者には不利に働くようになっていったと述べます。

つまり、「資本を所有する者たち」が市場のルールを自分たちに
有利なように変えていき、有利なルールのもとで多額の金を稼ぐようになった。
そして、その稼いだ金で旺盛なロビー活動や政治献金、選挙運動を繰り返すことにより、
経済力を政治力に変換し、さらに市場のルールを自分たちに有利なように捻じ曲げてしまった、というわけです。

その結果が、現在の米国の巨大な格差です。
また、トランプ現象、サンダース現象でみられたような一般庶民の反発の背景にあるのは、
すっかり不公正になってしまった米国の今の市場経済のあり方です。

例えば、現在の米国では、グローバル企業の役員やヘッジファンドのマネージャーは、
何百万ドル、何千万ドルといった収入を得ますが、その一方で、社会福祉、教育、看護、
高齢者介護、幼児教育といった職業は、(日本でもほぼ同様ですが)最も低賃金の専門職とされています。

あるいは、1960年代、70年代あたりまでの工場労働者は、まがりなりにも家族を養い、
子供によい教育を受けさせる程度の夢は描けましたが、現在の労働者は、そうはなかなか行きません。

ライシュは、現在、流布している「自由市場」イデオロギーの下では、
「ある人が稼ぐ金額こそが、その人の価値を表している」という見方が
あたかも真実のようにまかりとおっているが、この見方は正しくないと論じます。

ライシュによれば、こういう収入の巨大な格差の大部分は、政治力の差、交渉力の差に由来するのです。

グローバル企業の役員やヘッジファンド・マネージャーは、経済力を政治力に変え、
市場のルールを繰り返し変更し、自分たちに有利な社会の仕組みを作ってきました。

他方、大部分の一般庶民は、戦後30年間ぐらいは、組合や商工団体などを通じて、
ある程度、組織された政治力を持つことができました。
そのため、市場のルールがグローバルな投資家や企業に一方的に有利にならずに済んでいました。
しかし、1980年代以降、それが難しくなり、バランスが大きく崩れました。

TPPも、ライシュによれば、こうした不当な市場のルールを固定化しようとするものです。
米国民の大部分がTPPに反対なのは、「貿易から得られる最大の利益が投資家と
企業の重役に渡る一方で、賃金の良い仕事を失う中間層と低所得層ばかりが
負担を不均等なまでに背負う結果となっている」(第17章)からです。

スティグリッツも、以前、TPPとは自由貿易協定ではなく、
グローバルな投資家や企業といった一部の特定集団のための
管理貿易協定だと述べていましたが、ライシュの見方も同様なのです。

さて、トランプ大統領の登場で、TPPは幸いなことに流れました。
しかし、今度は、日米の二国間協議でFTAを結ぶのではないかということが浮上してきています。

冒頭で述べたように、日米の二国間貿易協定に対しても大いに懸念が湧きます。
安倍首相をはじめ、日本の政治家やマスコミ、「識者」といった人々は、
現代では、グローバルな投資家や企業の利益と国民一般の利益には
大きなズレがあるということをほとんど認識していないようだからです。
(あるいは、このズレに気づかないふりをしているだけかもしれませんが…)。

例えば、日本が米国に大規模な投資をし、米国の雇用拡大に貢献するという
「日米成長雇用イニシアチブ」が、日米首脳会談前に話題になりました。
一部では、高速鉄道などの米国のインフラ整備のために
日本の年金基金の金を使うのではないかという話も出ていました。

こうした対米投資の計画について安倍首相は、
下記のロイターの記事にあるように、
「ウィンウィンの関係を作り、米国の雇用を増やし、
日本も良くなっていく」と述べたそうです。

「「日米イニシアチブ」検討、数十万人の米雇用増目指す=政府筋」
(『ロイター』2017年1月31日配信)
http://jp.reuters.com/article/japan-us-initiative-idJPKBN15F0KT

しかし、この「日米成長雇用イニシアチブ」のどこが
「ウィンウィン」(互恵的)であるのかよくわかりません。

高速鉄道計画などで日本企業の技術を活かすということですから、
インフラ整備を請け負うのは日本企業なのでしょう。
ですので、「米国は、日本の金を原資とする公共投資によって
大規模な雇用が生まれるという点で利益がある一方、日本企業も、
米国内でビジネスできるため日本の利益にもなる」ということなのでしょうか。

だとしたら、日本国民からみれば、あまり「ウィンウィン」とは
いえないようです。日本の大企業が利益を得たとしても、
日本の国民一般の利益になるとは限りませんので。

「日米成長雇用イニシアチブ」の話からもわかるように、
日本の政治家や「識者」は、どうも「日本の大企業の利益」
≠「日本の国民一般の利益」であるということの認識が薄いようです。

その点、トランプ大統領は、少なくとも先月の就任演説などを聴く限りでは、
米国のグローバルな投資家や企業の利益は、必ずしも米国の普通の人々の
利益につながらないということをわりとよく認識しているようです。

そこで、私が懸念するのは、この認識の差から、
日米の二国間の貿易協定は、TPPよりも
ひどいものとなってしまわないかと言うことです。

TPPは、「日米などのグローバルな投資家や企業」が儲け、
「各国の国民一般」が食い物にされるという図式でした。

しかし下手をすると、
日米の二国間貿易協定では、トランプ政権の術中にはまれば、
「日米のグローバルな投資家や企業」と(雇用面などで)
「米国の一般国民」が利益を得る一方、
「日本の一般国民」だけが損をするという事態になりかねません。
(_・ω・`)

日本の政治家は、グローバル化した経済の下では、
グローバルな投資家や企業の利益と、国民一般の利益は、
必ずしも一致しないということを肝に銘じて、
「日本国民第一主義」の立場で今後の政治を考えてもらいたいものです。

長々と失礼しますた
<(_ _)>

(施 光恒からのお知らせ)
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「地球市民」「グローバル化」「多文化共生」といったものを目指すと、
結局のところ、ロクなことにならんぞ!という趣旨の文章を寄せています。f(^_^;)

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「ビジネス論理で地方創生はできない――道州制議論の落とし穴」
という論説が電子書籍化されました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01MR98JWU/

—発行者より—

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【施 光恒】日本国民の一人負け?への6件のコメント

  1. 赤城 より

    外交とは暗黙のルールの中での戦いである。日本は戦前からこの戦いをこなす能力に欠けていた。これができたのは明治の頃くらいだったのかもしれない。その上で今の日本は戦う気さえなくなりアメリカの属国としてやっていくのみだ。その後ろ盾であるアメリカ様には絶対服従でいまや戦中世代も消え何一つ抗うこともなくなった。むしろ率先して奴隷働きを申し出るのだろう。そこで一番日本首脳にとって差し出しやすいものは、もはや誰も守るものがなくなった日本の庶民である。マスコミや政府などの宣伝で簡単に操作できる世論しか力の無い我々庶民はただ騙され続けてうまく搾り取られることになる。まあそういうことですね。

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  2. robin より

    日本では政治と経済が権力的に集団的に求心的に分離していて相互に共通の目的、日本国民として助け合い共通の全体のパイを大きくしていく、ということをやっているのかな、米国のWinが雇用という現実的具体的なものに対して日本のWinとは観念的なもの?なのかな、良くなっていくって具体的にどういう内容でどういう経路でどこが良くなっていくのだろう。米国の雇用が良くなれば、属国であるJapan Stateもトリクルダウンの恩恵を受ける、って因果的な思考ではないよね。

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  3. 學天則 より

    ハインリッヒの法則(ハインリッヒのほうそく、Heinrich's law)は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。「ハインリッヒの災害トライアングル定理」または「傷害四角錐」とも呼ばれる。

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  4. 學天則 より

    まあ、一人負けというよりは自滅でしょうな。個人でも組織でも、何をどうやるにしても主体性がないのは平時にはごまかせても有事になればお終いになる。東芝ね、一企業の問題ではない、あれは今現在とこれからの日本の姿そのものでしょうな。普段からきっちりやれてないから、それがああやって有事により酷い形で露呈する。全ては今日の一歩一判断から生じている。箸の上げ下げのやり方一つさえ、おかしければ未来の破滅につながっている。東芝が買って嵌った会社は米国との絡みというじゃありませんか?政治的な臭いが強い話ですよねえ、主体的な経営がそこにあったのか?この辺は詳しくは知りませんからあしからず。

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  5. たかゆき より

    自由市場の 「自由度」 ♪それは相手を どれくらい意のままに叩きのめせるかの尺度、、相手から 叩きのめされる心配のない者たちそれらが 自由市場 自由貿易を 口を極めて推奨するのでせう。。。そして叩きのめされ 足蹴にされ 小水のトリクルダウンを 浴びせられる貧乏人(ぼく)は 力なく静かに 微笑むだけ なのだ ♪

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  6. 拓三 より

    仰る通りでございます。もっと言うならばグローバリズムは実力社会ではなく、『ゴマすり社会』で御座います。まあ、自称保守見てたらわかるでしょw

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