日本経済

2018年10月26日

【施光恒】「引っ越さなくてもいい社会」とテクノロジー

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございまーす(^_^)/

先日、『表現者クライテリオン』のメルマガに「デジタル権威主義」についての記事を書きました。

【施光恒】デジタル権威主義に覆われる世界?(『「表現者クライテリオン」メールマガジン』2018年10月12日付)
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20181012/

最近、中国などでは、IT(情報技術)やAI(人工知能)を用いて、権威主義的秩序を完成しようという動きが活発です。例えば、キャッシュレス化し、電子マネーを流通させれば、政府はカネの流れを把握することが容易になります。あるいは、顔認証技術を普及させれば、指名手配者を容易に見つけることができるようになります。

中国は、そのような技術を用いて、権威主義的秩序をより強力なものにしようとしているというのです。テクノロジーの悪用と言ってもいいでしょう。

日本では、数日前に、「スーパーシティ」構想というのが発表されていました。この構想では、「車の自動走行やキャッシュレス決済、遠隔教育など分野横断的に最先端技術を実証する都市づくりを想定している」とのことです。最先端のAIやIT、ビッグデータなどのハイテクを活用した街づくりです。政府は、これを地方創生にも活用したいと述べています。

「政府、特区で「スーパーシティ」推進へ=有識者懇談会で構想具体化」(『時事通信』2018年10月23日付)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102301168&g=eco

ぜひ技術の悪用ではなく、善用してほしいものですね。

私は、安倍政権の「地方創生」には懐疑的です。「地方創生」というのは方便で、緊縮財政を前提とした新自由主義的政策をとってきた場合が多いからです。

本当に「地方創生」というのであれば、地方に暮らす人々が真に望む社会のあり方を描き、それを実現することを目的としてもらいたいものです。

地方に暮らす人々が望む社会のあり方として、最近、とても興味深いと思ったものがあります。『「表現者クライテリオン」メールマガジン』で、京都大学助教の川端祐一郎さんが書いていた「『引っ越さなくていい社会』――中産階級の新たな夢」(2018年10月4日付)という記事です。
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20181004/

「引っ越さなくていい社会」というのは、地方在住者の多くが望むものではないでしょうか。

つまり、引っ越さなくても、地元で(生まれた場所の近くで)家族や仲間とともに暮らしつつ、①さまざまな教育や訓練を受けたり、②稼ぎのいい職業に就いたり、多様な人生の選択肢も得たりすることができる社会を作るという理想です。

もちろん、あくまでも「引っ越さなくていい」社会であって「引っ越しはだめ」な社会ではありません。当人が望めば、地元から自由に出ていくことができます。しかし、特に望まない場合には、地元に留まりつつ、そこで経済的に豊かになり、人生の多様な機会を幅広く享受することが可能になるようにするというものです。

「引っ越さなくていい社会」の実現のために、各種の最先端のAIやITを思いっきり活用する――。こういうAIやITの活用の仕方であれば、多くの普通の日本人が望ましいと考えるのではないでしょうか。

私は、川端さんの記事を読んだ後、比較的小さな町の出身である友人・知人の何人かに「引っ越さなくていい社会」というアイデアについてどう思う?と尋ねてみたのですが、「それ、いいね。理想だね」という人が大半でした。

「引っ越さなくていい社会」という構想の利点をいくつか挙げてみたいと思います。

(1)少子化の解消につながる。

日本で一番出生率が低いのは、東京です。都市部ほど、出生率が低くなる傾向が知られています。多くの人が都会に出ず、地方にとどまるようになれば少子化問題も改善します。

地元には、家族や親類も多いでしょうから、都市部では問題になる待機児童などの保育所問題もほとんど生じないでしょう。

(2)日本文化と相性がいい。

日本社会は、概ね、一つの場所に長く住む定住型の暮らしを前提に作られてきています。例えば、日本人は、物事を荒立て他者と対立することを嫌いますが、これは地域社会のなかで同じ人々がずっと顔を合わせ続けなければならないことが多かったので、発達してきた倫理だといえます。

このように、日本社会は多くの人々が一か所に定住して暮らすことを前提に作られてきた部分が多いので、「引っ越さなくいい社会」は日本文化に適合的です。

(3)本当の意味で「多文化共生」につながる。

移民推進など新自由主義的政策を好む人々は、しばしば「多文化共生」という言葉を使い、それこそが理想だと言います。さまざまな出自の人々が混じりあって暮らすことが文化的多様性を実現するというような意味です。しかし、移動の多い社会が本当に文化を大切にすることができるのかはかなり疑問です。

文化とは本来、ある土地に根差した暮らしから生じ、育まれるものです。

例えば、地域の生活習慣や行事(祭りなど)といったものが本来の文化でしょう。こうした文化は、大都市への一極集中など、人々の移動が激しい社会では廃れていきます。

「引っ越さなくていい社会」は、各地域の文化が栄え、発展する社会です。本来の「多文化共生社会」というのは、各地域の人々がそれぞれの土地に根差して暮らすことができて初めて生じるものではないでしょうか。

(4)グローバル化の代替案としてふさわしい。

少々抽象的な話を持ち出して恐縮ですが、いわゆる「グローバル化」のまずいところは、前提としている人間観のおかしさに由来していると思います。

グローバル化を推し進める見方では、人間とは、文化から切り離され、自己完結的に存在するものだと理解されています。個々人の選択というものを何よりも重視し、人々が自ら選び取ったわけではない生得的な文化の影響から離脱することこそ、自由の実現であり、いいことなのだという想定に立っています。

こういうグローバル化の想定、私はかなりおかしいと感じます。人間とは文化的存在です。つまり、基本的に、自分の生まれた文化のなかでこそ、一番、いきいきと生きられる存在なのです。

例えば、言語という文化を考えてみればよくわかります。日本人だったら日本語環境、フランス人だったらフランス語環境といった具合に、多くの人にとって、一番ストレスを感じることなく自由に物事を考えたり話したりすることができるのは、母語の環境です。母語が使えなくなると普通の人々は不自由さや不安を感じます。

こうしたことは、言語だけでなく文化一般にも当てはまる場合が多いでしょう。普通の人々にとって、一番、落ち着いて自分の能力を磨き、発揮できるのは、見知った環境においてです。なじみ深い文化から離脱することが自由につながるとはかぎりません。むしろ、不自由さにつながることのほうが多いはずです。

「引っ越さなくていい社会」というのは、グローバル化の前提する人間観とは大きく異なり、人間とは生まれ落ちた文化でこそ最もよく機能するという見方に立ちます。

日本では、まだ、グローバル化推進論真っ盛りですが、ブレグジットやトランプ大統領選出、欧州での「ポピュリズム」運動の興隆に見られる通り、世界的には現在、ポスト・グローバル化の時代に入りつつあります。

以上、何点か利点をあげましたが、「引っ越さなくていい社会」というのは、ポスト・グローバル化時代の魅力的な社会像を提示するものではないでしょうか。

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【施光恒】「引っ越さなくてもいい社会」とテクノロジーへの5件のコメント

  1. たかゆき より

    饗庭孝男『想像力の考古学』

    その一節

    「私」とは一個の「私」である以上に「私」の属する言語圏の歴史や生活体系そのものであり、伝統であるということができる。換言すれば「私」とは深い存在なのだ。

    小生は そのような「私」に

    とても共感を覚えるのだ ♪

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  2. 日本晴れ より

    いいですね引っ越さなくてもいい社会は
    安倍内閣や新自由主義者の企業人や大学関係者は
    グローバリズム的な思想ばっかで、それが人の幸せに繋がるみたいに考えてますが間違ってますよね。引っ越さなくていい社会の方が
    幸せに暮らせるんじゃないかというのは凄い共感します。

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  3. one より

    プラトンはソフィステースを嫌い非難した

    ソフィステースは

    「どんな質問にも答えられる 大衆を説得できる」

    と言った ソフィステースのゴルギアスは金をもらって

    法廷で悪人を無罪にし 国会で雄弁を振るって

    議員を説得することができた

    ソフィステースとは今の日本でいえば

    政治家 評論家 テレビもコメンテーター・・・

    プラトンは政治家になろうと思っていたが

    政治に絶望し 哲学の研究者になった

    ゴルギアスは「何でも知っている」と言って

    金儲けに成功したが

    ソクラテスは「私は何も知らない」と言って

    死刑になった

    紀元前四世紀も 今も 何も変わらない

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        1. one より

          あ~ぁ

          「テレビもコメンテーター・・・」 ではなく

          「テレビのコメンテーター 弁護士 裁判官・・・」

          に修正します

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