日本経済

2018年1月17日

【竹村公太郎】富士山のトリック

From 竹村公太郎@元国土交通省/日本水フォーラム事務局長

2018年の正月、澄んだ空の中に
少し雪を被った富士山が遠くに見えた。

この富士山の姿はやはり圧倒的である。

この富士山の圧倒的な姿を見ていて、
日本人である自分の弱みを再確認していた。

孤高の富士山
富士山は日本のシンボルであり、日本人の誇りでもある。

何しろ日本一の高さであり、他の山の追従を許さない山である。

春、裾野を桜が覆う姿も、初夏の新緑におおわれる姿も、
冬、雪をまとう姿も、美しい。

高さも、美しさも、文句なしの存在である。

富士山は孤高であり、一つでそびえたつ山である。

周辺の山々の中の一つではない。

One of Themではないのだ。

だから富士山は日本のシンボルで、
日本人の心の故郷の山となっている。

私を含めて日本人は、この富士山に
大きな精神的な影響を受けている。

いや、影響を受け過ぎている、
と表現したほうがよいかもしれない。

(写真─1)は初冬の富士山。

(写真─1)出典:ウィキペディア

富士登山のゴール
日本人はこの富士山に登ることと、
自分の人生の歩みをだぶらせてしまう。

杖を突き、自分の肉体を信じて一心に斜面を登る。

そして、頂上の一歩手前の山小屋で夜を過ごし、
早朝、暗いうちに起きて、頂上に向かう。

その富士山の頂上で、水平線から上がってくる
御来光に手を合わせ、自分たちの思いや願いを
心の中で念じていく。

富士登山は、この頂上での儀式が
最終ゴールなのだ。

頂上での儀式が終われば、そこで富士登山は終了し、
下山して家路につくだけである。

富士登山は、頂上が目的で、次の目的はない。

日本人にとっては、この感覚は当たり前のことだ。

しかし、この日本人の感覚とは全く異なる
感覚を持つ登山があることを最近知った。

つまり、頂点が目的ではなく、
頂点から降りていくことが目的という登山である。

それは、友人のジャーナリストから、
ピーター・フランクル氏の言葉ということで知った。

ピーター・フランクル氏は著名な数学者である。

日本で生活しているユダヤ系フランス人で、
日本語がとても上手な教養人だ。

連なる山々
ある時、友人のジャーナリストと、
日本の人口問題を議論していた。

私はその友人に、日本の一千年間の人口のグラフを示した。

「文明の一つ指標として人口動向がある。
この人口トレンドを見る限り、日本文明は頂点に立った。

日本は人口トレンドの頂点、文明の頂点に立って、
豊かさの目標を達成した。

今後、日本は何を目指にして進んでいくのか?

豊かさ達成した後の目標はいったい何か?

日本は文明の頂点に達し、
次の目標を見いだせていない。

その戸惑いと不安が日本を覆っている」

と主張した。

(図─1)は日本人口の、
過去1千年と百年後の推計のトレンドである。

(図─1)

友人のジャーナリストは、その私の言葉に誘発され、
ピーターさんの言葉をふっと思い出して、私に教えてくれたのだ。

友人がピーターさんにインタビューしている時のこと、
ピーターさんは、ユダヤ人を山登りに譬えて表現したというのだ。

「ユダヤの民は山の地点にたどり着くと、
その山に連なる次の山へ登っていく。

そのために、山を下山するのです。

登ったら下りる。

山の頂点が目的ではないのです。

次の山を登るために下山することも、
次の目的へ向かう大切な過程なのです。」

友人を通じたピーターさんの言葉は、
私の頭の中でもやもやとしていた霧を吹き去ってくれた。

山を下りることが大切なのだ。

次の山に向かっていくには、下山しなければならない。

山は一つではない。

山々は連なり、次々と目の前に展開されていく。

次々と連なる山を目指すことが、
人間が創った文明の姿なのだ。

ユダヤの民に親しいシナイ山を
進んで行くようなものだ。

(写真─2)は、
エジプトのシナイ山から見た険しい山々の連なりである。

(写真─2)

連なる山々
今、日本社会のみならず
人類社会の前には、山々が連なっている。

それはみな地球規模の厳しい山々である。

一つが、未来における化石エネルギーの逼迫。

一つが、食料・水資源の逼迫。

一つが、環境の悪化である。

そして、最も険しい山は、気候変動であろう。

今後、数百年間、気象は狂暴化していき、
海面上昇は本格化していく。

これらの厳しい山々を、人類そして日本は
克服していかなければならない。

富士山の頂上に立ち「登山は終わった」と
気を抜いてはいられないのだ。

躊躇せず、山を下り、次の山を
登って行かなければならない。

日本の人口はピークにあり、その人口は減少していく。

この日本人口の減少に恐れる必要はない。

この現象は、日本文明が次の険しい山を
登っていくために必要な準備なのだ。

「その国の人々の性格や歴史は、
その国の地形と気象によって規定されている」

と私は主張してきた。

その私自身が、富士山によって、長い間、
精神的影響を受けていたことに気が付いた。

ピーター・フランク氏の言葉によって、
富士山の地形のトリックに気が付いた。

個人の人生や日本社会の文明は、
そびえ立つ富士山、眩しいほど美しい富士山、
その富士山に登ることが目的ではない。

次々と目の前に展開される険しい山々に向かって挑戦し、
それを克服していく連続そのものが、人生であり、文明なのだ。

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【竹村公太郎】富士山のトリックへの2件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    とても示唆に富むお話しをありがとうございます。

    イノベーションの世界では、経験が悪、
    と言われています。
    過去の経験が未来へのジャンプを妨げる、
    そもそもイノベーションとは過去との
    連続性のない飛躍だからでしょう。

    下り坂は登るためのもの。
    次の山を知っているのは、だれか?
    今の山を登った知識経験では見えない
    のかもしれません。

    政治家はともかく、テレビで新聞で
    連日偉そうに議論している20年来の
    評論家の、ご立派な経験からもとづく
    20年変わらない理屈はそろそろ遠慮して
    頂いて、後進に譲ってもらいたい。
    舵取りは若者に任せて、ご老人は自分の
    人生をそれぞれエンジョイしてもらいたい。
    それだけで日本は変わるのではと思います。

    「40歳を過ぎたらイノベーションじゃない。
     イノベーションマネジメントだ!」

    小林三郎の言葉を借りると、そういうことです。
    若者の可能性を拾い上げる。それがひいては
    大きな豊かさの連続になるのだと思います。
    そして次の山への道筋も、皆に見えてくる
    のだと思います。

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  2. F-NAK より

    昔、先輩エンジニアの方に
    「会社が上り坂のときこそ、改善・イノベーションに取り組むべし」
    と教わりました。

    上りがあれば、その次は下る。
    下り坂のときに、急にイノベーションを起こそうと思ってもうまくいかない。
    上り坂のときから下る準備をすべし、という教訓でした。

    少子化問題にしても、
    人口が増えれば、賃金・仕事の奪い合いになり、一人当たりの取り分は減る。
    その結果、人口が減れば、一人当たりの取り分は増え、人口減少も歯止めがかかる、と考えるのが自然です。

    「上り続ける」「下り続ける」なんて不自然な現象は、ほとんど起きないものですが、
    気を付けていないと、こういう不自然な前提で将来を判断してしまいがちです。

    改めて、昔に習った教訓を思い出しました。

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