日本経済

2017年10月26日

【小浜逸郎】福沢諭吉は日本の「周回遅れ」を憂えていた

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

福沢諭吉について本を書いています。
彼は真正のナショナリストでした。
その心は、当時列強の脅威に取り巻かれる中で、日本の独立を
真に成し遂げるには何が必要かを一心に考え抜いた人、
という意味です。
いまの言葉で言えば、グローバリズムと真剣勝負をした人なのです。

しかし彼はしばしば欧化主義者とか平等主義者とか
単純な開化主義者といった誤解を受けてきました。
そういう理解は、彼の言葉の断片だけを、自分に都合のよいように
切り取ってきて解釈するところから生じたものです。

いまここに、明治12年(1879年)に書かれた
「民情一新」という福沢の論考があります。
この論考は、西洋で蒸気機関、電信、印刷、郵便が
発明されたことによって、人民の生活や意識に
どんな変化が生じたかを論じ、日本もそれをよく参考にして、
これからの進むべき道を説いたものです。

その「緒言」に、次のような一節があります。
(わかりやすくするために、一部の漢字は平仮名に、
仮名遣いと送り仮名は現代風にし、難読漢字には
カッコ書きで読みを付します。)

しかるにここに怪しむべきは、わが日本普通の学者論客が、
西洋を盲信するの一事なり。十年以来、世論の赴(おもむ)く
ところを察するに、ひたすら彼の事物を称賛し、これを欽慕
(きんぼ)し、これに心酔し、はなはだしきはこれに恐怖して、
毫(ごう)も疑いの念を起こさず、一も西洋、二も西洋とて、
ただ西洋の筆法をもって模本(もほん)に供し、小なるは衣食
住居のことより、大なるは政令法制のことに至るまでも、その
疑わしきものは、西洋を標準に立てて、得失を評論するものの
如し。奇もまたはなはだしというべし。今日の西洋諸国は、
まさに狼狽(ろうばい)して方向に迷う者なり。他の狼狽する
者を将(とっ)て以てわが方向の標準に供するは、狼狽の最も
はなはだしき者に非ずや。

これを読んだ方、「これっていまの安倍政権のことじゃないの」
と思いませんでしたか?
筆者はすぐに移民政策、規制緩和、国家戦略特区、派遣法改悪
のことなどを連想しました。
そうして「わが日本普通の学者論客」という言葉からは、
竹中平蔵氏の顔が思い浮かびました。

この引用文の中で、「今日の西洋諸国は、まさに狼狽して方向に
迷う者なり」という指摘があります。
1870年代当時、ヨーロッパ大陸では普仏戦争後の混乱が続き、
特にフランスではパリ・コミューンが成立、すぐ鎮圧されたものの、
その後もヨーロッパ中で労働運動が大きな社会勢力となっていきます。

マルクス=エンゲルスによる「共産党宣言」が1848年、
第一インターナショナルの結成が1864年、
アメリカ南北戦争が1861年から65年ですから、
福沢が「狼狽」という言葉で表現しているのは、
この19世紀後半の欧米における階層社会の大きな流動化
意味していると見て間違いないでしょう。

じっさい福沢は、この少し前のところで、「人民への教育が広まる
ことはけっこうなことだけれども、それによって身分の低い労働者の
不平不満はかえって高まり、金持ちの権力や財産を犯して、遂には
国の秩序を害することになるだろう」というウォークフィールドの
論を引いて、ヨーロッパにおける当時のブルジョアジーの不安と懸念を
紹介しています。

文明の発達による人間交際の活発化は、よいことばかりではなく、
新たな社会問題の種ともなります。
そこで福沢は、発明が引き起こす「民情一新」に対しては、
その変化の「実況」に応じて事に処することを心得た者だけが
文明を語る資格がある、と結論づけています。

まことにそのとおりで、これを現在に引き寄せて言えば、
経済的自由主義、つまりグローバリズムの進展が国家の秩序や国民の
安寧を脅かすような「実況」が出現すれば、そのつどその事態を
正確に見抜いて、適切なコントロールを加えることのできる人材や
方法論が必要とされるわけです。

いまの日本の政治は、残念ながらそのようになっていません。
欧米の移民・難民問題が深刻化して、すでにどの国も「狼狽」の
状態にあり、規制に乗り出しているにもかかわらず、安倍政権は
これから移民政策を積極的に取ろうとしています。
また自由貿易主義の建前が、じつは強国や一部の富裕層の欲望を
満たすにすぎないという事実に、安倍政権は少しも気づかず、
せっせとその受け皿づくりに励んでいる始末です。

福沢が、「その疑わしきものは、西洋を標準に立てて、得失を評論
するものの如し。奇もまたはなはだしというべし。」と嘆いた事態を
いまの日本の政治は相変わらず繰り返していることになります。

彼は、この日本の「周回遅れ」の情けなさを早くから感じ取り、
そのもたらす弊害を予言的に憂慮していたのでした。

福沢が願った「一国の独立」つまり健全なナショナリズムは、
いまだに果たされていないというべきです。

【小浜逸郎からのお知らせ】
●11月12日(日)、14:00より、ルノアール新宿区役所横店で、哲学者・竹田青嗣氏との公開対談を行います。
テーマは、「グローバリズムとナショナリズムのはざまで」
詳しくは、以下。
https://mdsdc568.wixsite.com/nichiyokai
●『表現者』連載「誤解された思想家たち第28回──吉田松陰」
(10月16日発売)
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo
●来年は明治150年です。これを期して、いま、『福沢諭吉の闘い方』(仮)という本を書いています。まだだいぶ時間がかかりそうですが、なるべく早く書き上げます。どうぞご期待ください。

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【小浜逸郎】福沢諭吉は日本の「周回遅れ」を憂えていたへの6件のコメント

  1. たかゆき より

    『文明論の概略』にある通り

    一身独立して一国独立す

    一身独立せざれば
    そのときは、、
    御機嫌やう さやうなら。。

    いまの日本を眺むるに
    小生は ただ静かに微笑む ばか り で ございます。。。

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      1. 赤城 より

        勝手な返信で失礼します。

        日本国という異常な属国を客観的に評価すれば、
        アメリカという親に縋りつく子供。
        それも主権を取り戻したとされるときに、
        もう自立する大人にならなければならなかったのに、
        半世紀以上もずっと親に寄生して自立する気配もない無職者ニートではないでしょうか。
        そうするとこの国はニート国家主権放棄国家永遠の幼児国家ということです。夢の国ですね。

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        1. たかゆき より

          仰せの とおりです。

          支那 南北コリア 日本と
          そろいもそろって 「民主主義」とは無縁であり
          独立自尊の精神が根付かないのは
          なぜか?

          福沢諭吉のいう「腐儒」の呪なのか
          などと ぼんやりと考えております。

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  2. クンメル より

    天正十年二月、織田軍の侵攻の前に抵抗することなく開城、自落していく武田方諸城の体たらくと、茫然自失の武田家中を揶揄して、様々な狂歌やそれを記した高札が各所に立てられた。

    御宿監物が小山田信茂に送った漢詩と和歌は次のようなものであった。

    「 汗馬が慌ただしく行き交ういくさのなか、周囲に戦支度の馬具の音が地の果てまで響き渡る、世のなかに謀反はなぜ起きたのだろうか、それはただ黄金五百鈞がもたらしたのだ

    砂金一朱すら受け取っていない私たちでも、後世に恥をかく仲間にはいってしまうのだろうか 」

    これに対し小山田信茂の返歌は次のようなものであった。

    「 甲越和親堅約のとき、黄金の仲立ちが大きく効いた、佞臣 ( 跡部勝資や長坂釣閑斎光堅のことであろう、今なら 竹中平蔵だ ) は平安の国を貪りつくしてしまった。家名を萬鈞に換えてしまったことは惜しみて余りある

    恥をかくも、滅びるも、それはだいたい世の中では金のなせるものだ 」

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  3. 日本晴れ より

    福沢諭吉は明治維新の理論的な主柱を作った人ですが
    でも同時に西洋の猿真似をするなと強く言った人でもあります
    福沢諭吉は今の慶応大の学風もそうですが単なる近代主義グローバリストみたい言われてますが実は日本の文化や風習も大事にすべき西洋の猿真似ばかりしててわ由々しき事だと言ってる人でもあります

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  4. rama より

    昔から日本の初等教育のレベルが高かったことは、口当たりのいい「俗説」に汚染されやすいということでもある。例えば、①人口が少なくなるから移民で補うしかない。日用品は移民が増えればその分売れるし。 ②日本はアジアで悪いことをしたから謝罪しべきだ。 ③隣国と摩擦を起こすのはよくない。仲良くすべきだ。 ④核兵器は人殺しの最終兵器だ。 ⑤平和憲法のおかげで戦後ずっと平和が続いた。⑥日本が外交で自己主張するのは、「野郎自大」だ。「井の中の蛙」だ。⑥日本だけ外国人を受け入れないというわがままは許されない。……..

    こういったもっともらしい「俗説」に非常に汚染されやすいのが、識字率、初等教育レベルの高い日本の宿命なのだろう。これらの俗説はたいてい自国の言動・正義・名誉を抑える方向に誘導するものばかりである。日本のマスコミの害悪を被りやすい状況が、国民の側にもあるということだ。新聞宅配の習慣もそのひとつ。

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