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2024年9月12日

【竹村公太郎】江戸、近代そして未来のエネルギー戦略(その4) ―日本列島究極の国産エネルギー―

日本文明のエネルギー変遷 

文明の興亡はいつも
エネルギーと結び付いている。

日本最初の奈良文明は
周囲の森林を失い、
禿山の奈良盆地から
淀川の京都へ遷都した。
1603年、徳川家康は
関西の禿山の京都を後にして
緑豊かな江戸に戻った。

日本文明は、都を移すことで
エネルギー危機を凌(しの)いできた。
しかし、19世紀の江戸末期、
列島全体の森林を荒廃させた日本は、
都を移す得意技を封じられた。

文明崩壊の崖淵に立っていた日本を救う
救世主が登場した。
蒸気機関で動く黒船であった。
近代文明のエネルギーは
石炭だと知った日本は、
幸運なことに石炭を
有り余るほど保有していた。
日本は蒸気機関によって
近代へ一気に突入し、
最後の帝国国家に滑り込んでいった。

膨張する帝国間の
第1次世界大戦が発生した。
この戦争でエネルギーの主流は
石油にとって代われた。
石油をめぐる第2次世界大戦が開始され、
日本は原子力の登場と共に
敗戦していった。
石油で敗れた日本は戦後の冷戦の中、
米国の核の傘の下で
中東の石油をふんだんに手にして
戦後復興に向かった。

日本はいやっというほど石油を消費し、
世界最先端の経済国家へと復活した。

21世紀、エネルギー事情が
おかしな動きをみせている。
原子力発電の行き詰まりの中、
国際紛争で化石エネルギー価格は
激しく高騰し、
石油・石炭・天然ガス輸入依存の
日本の存続を脅かそうとしている。

日本のエネルギー自給率を見ると
その深刻さが迫ってくる。

(図―1)は世界各国の
エネルギー自給率のグラフである。

日本は圧倒的な低位であり、
再び日本はエネルギー枯渇に
追い込まれるのは自明である。

この苦境を脱出しなければ
日本文明の存続はない。
日本は未来に向かって
エネルギー活路を開けるのか?

 

雨の列島

今から1世紀以上前の
明治31年(1898年)、
アメリカのグラハム・ベルが来日して、
帝国ホテルで
「日本はエネルギーに恵まれた列島」
と力強く述べている。

電話の発明で知られる
科学者ベルは地質学者でもあった。
来日した頃はアメリカの
地質学会の会長であり、
一流の写真科学雑誌の
『ナショナル・ジオグラフィック』
の編集責任者だった。

(写真―1)はグラハム・ベルである。

ベルは
「日本を訪れて気がついたのは、
川が多く、水資源に恵まれている
ということだ。
この豊富な水資源を利用して、
電気をエネルギー源とした
経済発展が可能だろう。
電気で自動車を動かす、
蒸気機関を電気で置き換え、
生産活動を電気で行うことも
可能かもしれない。
日本は恵まれた環境を利用して、
将来さらに大きな成長を遂げる
可能性がある
(ナショナル・ジオグラフィックより引用)」
と述べている。

日本は
アジアモンスーン地帯内に位置する。
遥かインド洋から続く
アジアモンスーン帯は
低気圧が発生しやすい多雨地帯である。
日本はその北限に入り、
更に国土全周が海に囲まれている。
夏には太平洋側から
台風や低気圧が来て、
海からの水蒸気が
大きな雨を降らせる。
また、冬にはシベリアから北風が吹き、
日本海の暖かい大量の水蒸気を含み、
日本列島の山々にぶつかり雪となる。

(図―2)は世界の降水量である。

北緯30度以上で
日本列島のように
雨に恵まれている国はない。

この雨が日本列島で
エネルギーに変身する。
日本列島の山々が雨を
水力エネルギーに変身させる。

 

再生エネルギー仲間の弱点

石炭、石油、太陽光、風力、波力
そして水力のどれも源をただせば
太陽エネルギーである。
ただし、同じ太陽エネルギーでも
使い勝手の良し悪しが大きく異なる。

石油、石炭そして天然ガスは、
少量を燃やすだけで
大きなエネルギーが得られ、
遠方に運ぶのにも便利である。
何億年という時間が
エントロピーの小さな
密度の濃いエネルギーを醸成した。
気の遠くなるような
長い時間で醸成された
太陽エネルギーの缶詰
と呼ばれる所以である。

化石エネルギーに対して
再生エネルギーと呼ばれる
太陽光、風力そして波力は
「密度が薄い」という
決定的な弱点を持っている。
地球上に存在するそれらエネルギーの
絶対量は大きい。
しかし、単位面積当たりのエネルギーは
極めて薄いエネルギーである。

そのため太陽光は環境を破壊する
膨大な土地を必要とする。
風力は力学的に
不自然な巨大な羽を必要とする。
波力は海中で
巨大な回転ドラムを必要とする。
効率面からみれば、
再生エネルギーは束になっても
化石エネルギーにかなわない。

水力エネルギーも太陽エネルギーである。
水力の源は雨である。
太陽が海や大地を照らし
水分を蒸発させ、
水蒸気は上空で冷やされ
雨となって降っていく。
雨は太陽と海がある限り
永遠に循環する。

雨もエネルギーであるが、
使い勝手はよくない。
雨は太陽光や風力などと共通の
弱点を持っている。
雨エネルギーも単位面積当たりが
薄いのである。

ところがこの薄いエネルギーの雨は、
日本列島で濃いエネルギーに変身していく。

 

山々が変換する水力エネルギー

雨粒は植物にとっては不可欠だが、
人間にとって直接は役立たない。
役立つ形にするには
雨を集める必要がある。
東京23区の低平地に
いくら大量の雨が降って集積しても
住宅を水浸しにするだけで
役に立たない。

雨を効率よいエネルギーにするには、
位置エネルギーを持つ高い場所で、
多くの雨を集める必要がある。
雨を集める人口装置など
人間の力では造れない。

ところが、日本の場合、
日本列島の「地形」が解決する。
日本列島の山々である。
山に降った雨は地形に沿って沢となり、
沢が集まって谷となっていく。
山岳地帯は海抜が高い。
位置エネルギーの高い場所で、
薄いエネルギーの雨粒が集積して
濃いエネルギーの水流となっていく。

日本列島の南北を
2千mから3千m級の脊梁山脈が
走っている。
日本列島の約70%の山地が、
薄い雨エネルギーを
濃い水力エネルギーに変換する
装置となっている。
モンスーン帯に位置し、
周囲を海に囲まれ、
国土の70%の山々が縦走している国など
世界を見回してもない。

(図―3)が日本列島を縦走する
脊梁山脈の尾根線である。

ベルが
「日本は水力エネルギーの宝庫」
といったのは、
日本列島の地理と地形と気象を
見抜いたのであった。

 

エネルギーの貯蔵庫ダム

山から流れ出る水エネルギーで
電力が生まれる。
ただし、川の水には問題がある。
川の水は年間を通して
同じ水量で流れてくれない。
大雨の時と日照りでは
川の様相はまったく異なる。
川の流れは季節変動が激しく、
使い勝手の悪い、
エントロピーが大きい代物である。

そのため、
古代より農業を開始した日本人は
溜め池建設に向かった。
日本文明誕生の
飛鳥時代の蛙股池から始まり、
奈良時代の狭山池、満濃池は
改修されつつ21世紀でも
現役を誇っている。
現在、全国で国、電力、農業
そして都道府県のダムは3,000以上あり、
日本は世界有数のダム王国である。

山にダムがあると川の水流は一変する。
時間的変化が激しい水流は、
ダムに貯まった瞬間に
静かに秩序をもって貯まっていく。
つまり、ダムは高い位置エネルギーと
大量の水エネルギーの
貯蔵庫となっていく。

(写真―2)は、利根川の山奥で
水力エネルギーを貯蔵する
八木沢ダムである。

水は枯渇することはない、
価格の高騰もない、
無限の日本固有のエネルギーである。
化石エネルギーが
暴騰していく未来において、
日本には水力発電がある。
しかし、日本列島でこれ以上のダムを造り
水力発電を増加させられるのか?

答えはイエスである。
日本の水力発電は途方もない
未開発のポテンシャルを保有している。

(つづく)

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【竹村公太郎】江戸、近代そして未来のエネルギー戦略(その4) ―日本列島究極の国産エネルギー―への1件のコメント

  1. 利根川 より

     燃やすための木材(エネルギー)を求めて歴代の政権は遷都を行ってきた、ということで今も昔も人間社会とエネルギーは切っても切れない関係であることを竹村さんのお話で知ったわけですが、実際の所、ここから心を入れ替えてエネルギーインフラに政府が投資をしたとして、水力ってどのくらいの割合まで安定供給できるものなのでしょうか。最近の日本は、雨が降るところと降らないところの差がかなりあるようですが…
     電気がないと病院からして動きませんから

    グラハム・ベル
    「日本はエネルギーに恵まれた列島」

    この言葉が本当であればこれほどうれしいことはないわけです。
     まあ、森永康平さんが常々言っていますが

    「一点張りはやめたほうがいい、当たればデカいが脆弱すぎる」

    ということで、水力・地熱の割合を増やすとしても、お互いにリカバリーできるように石炭火力やLNG火力、原子力など他のエネルギーも使っていく必要はあるかと思いますが。
     ちなみに、原子力に限った話じゃありませんが、いいかげんにやられると困ってしまうので、きちんと備えはしておいてほしい所ではあります。
     東日本大震災で福島原発は事故を起こしてしまったわけですが、予備電源ない、遠隔操作ロボットない、放水車ない、ないないずくしだったわけです。

    絶望の自衛隊ヘリによる決死の放水活動(隊員を危険にさらしただけ)

    しかも、政治家の責任はうやむやのままで下受けの東電の社長が全ての罪を押し付けられて処罰されて終わり。これではもう不安しかない。
     全ての国民生活の根幹である電力。だからこそきちんと備えをしておいてもらいたい。少なくとも、政治家の責任がうやむやのままというのはまずかったんじゃないでしょうか。
     エネルギーの話をすると、どうしても「安全」の話もセットでついて回るので、ちょっと突っ込んだ話も出してみました。

    追伸:
     森永康平さんも指摘していますが、近年、日本でも鉄塔をへし折るレベルの強風が吹くようになってきました。風力発電も設置する場所をよく考えないと事故る可能性があるのでよく考えないと、ということでした。
     安全と必要(エネルギー)のバランスをどのようにとっていけばいいのか、政治力というのは本来はこういうところに発揮されるべきものなんでしょうね。いつも興味深いお話をありがとうございます。竹村さんのお話を糧に一有権者として己の中の物差しを良い方向へ育てていこうと思います。

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