コラム

2022年6月11日

【竹村公太郎】女性の命を救ったインフラ 

 フィンランドとスエーデンがEU加盟を申請した。ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにしてEU加盟は早急に行われるであろう。この両国の首相は女性である。特に、フィンランドの首相は36歳である。これほど若い女性が首相とはさすがに驚かされた。
 21世紀の日本でも、女性が活躍するのは当たり前のことになっている。女性が参加しない社会など考えられない。しかし、このような社会状況はつい最近に出現した。
 私が小学校の頃の昭和30年代、女性の役目は家庭の中にあった。何しろ家庭における女性の仕事は山のようにあった。私の母の思い出も、一日中、こまごまと働き続けている姿であった。

 

過酷な女性の労働
 人類の歴史の中で、男達は狩りや、魚取りや、農耕の仕事を受け持った。その仕事は危険であり腕力を必要とした。水が枯渇すれば、ライバルの共同体と奪い合いの戦いもしなければならなかった。
 その男達の仕事は野外であり、野外活動では気候や時間帯が限られていた。限られた気候と時間内で、集中して成果を上げなければならない。活動の限られた気候と時間帯以外の時間は、男たちは休息と遊びにあてた。
 男たちは日常のこまごました仕事を女性に押しつけた。代表が水廻りの仕事であった。
 水廻りの仕事には、時間的な区切りがない。
 水を汲む、毎日小まめに汲む。水を使った食事を毎日作る。洗濯も日々しなければならない。湿気が多く風呂好きな日本では、風呂を焚くという仕事まで増えてしまった。
 家庭内の仕事は水廻り以外にも掃除、縫い物、薪(マキ)拾いとこまごました作業の連続であった。
 山場といえる仕事もあった。子供の出産である。しかし、出産を終えても休息はできなかった。出産したその日からお乳をやり、育児という仕事が控えていた。
 近代化以前、女性たちは肉体的限界を超えた労働を強いられていた。

 

女性の寿命の伸び

 (図―1)の「女性の一生」は、歴史人口学の権威である鬼頭宏先生の「人口から読む日本の歴史」(講談社学術文庫)の女性の生涯データを図にしたものである。鬼頭先生の研究で特筆すべきは、江戸時代の日本人の戸籍分析である。先生によると、江戸時代の信濃湯船沢村の女性は、平均56歳で亡くなっている。夫より7歳も早く先立っていた。
 国勢調査は明治24年から開始された。そのため(図―1)の大正時代は、全国の統計データとなっている。
 そのデータによると、江戸から大正までの間、男性の寿命はほぼ横這いに推移している。一方、女性の寿命は著しく伸び、一気に夫と同じ寿命にまで並んでいる。
 男性には関係がなく、女性だけに何かが起きたようだ。
 明治以降の近代化は政治、経済、社会の分野で日本人に大きな変化をもたらした。
 しかし、女性にだけ影響を与えたものとは一体何か?女性の寿命だけが劇的に伸びた原因は何なのか?

 

水道の普及と女性
 近代文明の恩恵は、女性だけでなく男性も享受していた。男性にはあまり関係なく、女性だけが恩恵を受けたものとは?
 近代化の黎明期に光を当てると「水道」が浮かび上がってくる。
 明治から大正にかけて、電気の一般家庭への普及は限られていた。都市ガスなど全く普及していない。先発して整備された社会インフラは水道であった。
 1859年、江戸幕府は日米修好条約を締結し、函館、横浜、新潟、神戸、新潟、長崎の5港を開港した。日本政府明にとって、外国船に飲料水を提供していくことは国際公約であった。そのため、水道は他の社会インフラに比べ、突出して普及していった。
 明治20年(1887年)、日本最初の近代水道が横浜市で給水開始された。明治23年、内務省の水道条令が公布された。ここで水道が公共的な事業であることが規定され、水道は一気に普及していくこととなった。
 明治22年に函館市、明治24年に長崎市、明治28年に大阪市、明治31年に東京市、明治32年に広島市、明治33年に神戸市、明治38年に岡山市、明治39年に下関市、明治40年に佐世保市と次々に水道が完成していった。
 日本近代化の先駆として水道は普及していった。
 水道が普及するに伴い、日本女性は水汲みという重労働から解放された。水汲みからの解放は、女性の身体と健康を守っていくこととなった。今ではもう川へ洗濯しに出かけることもない。

 (写真―1)は女性たちが川で洗濯をしている貴重な写真である。
 明治から大正にかけて女性に大きな影響を与えたインフラは「水道」であった。

 

時間を得た女性
 (図―1)を見ると、大正時代から現代にかけて、また一段と女性の寿命が伸びている。
 この間、女性は水汲みだけではなく、様々な労働から解放されていた。
 電気は全国津々浦々の家庭へ配られ、天然ガスも供給されるようになった。もう裏山で木を拾い、薪割をする必要がなくなった。
 鉄道が敷設され、道路も整備された。買い物や通院で何キロも歩く必要はなくなった。外出は女性にとって苦ではなく、快適なリクレーションにもなった。
 下水道が整備され水洗化が達成された。苦役だった便所の汲み取りも嘘のように楽になった。社会インフラの整備を追いかけるように、家電も充実していった。


 国民生活白書によれば、電気炊飯器、電気洗濯機、冷蔵庫は昭和30~40年に急激に普及し、昭和50年でほぼ100%となった。いわゆる三種の神器の登場により、主婦の家事が同時並行で行えるようになった。直列作業だった時に比べて家事時間は半減した。
 電子レンジも昭和50年代から姿を現し、ほぼ100%の普及となっている。電子レンジの登場は、多くの時間を占めていた料理の手間を大幅に削減した。
 近代化における社会インフラとそれに続く家庭内設備は、女性を様々な労働から解放した。女性に自由な時間を与えていった。

 

女性は社会的存在
 現在の日本女性の寿命は84歳と世界一である。(図―1)の20世紀、亭主が先に逝っても女性は5年近く長生きしている。日本の女性は強い、と冗談で言われる。しかし、江戸から近代への女性の寿命の推移をみればその見方は変わってくる。
 江戸の女性たちは子供のころから、水汲みや薪拾いや兄弟姉妹の子守の家事労働を手伝った。結婚しても家事を一手に引き受け、子供を産むみ育児に明け暮れていた。何人もの子供を産み、養育し終える、末子の成人を見届けると、体力と気力が燃え尽きたように息を引き取っていた。これが江戸時代の女性の一生史のである。
 現代では、女性は子供のときから本やテレビやインターネットで様々なことをいち早く学び、教育やスポーツに男性と対等に参加している。成人してからもあらゆる分野に進出し、有力な社会人メンバーとして活躍している。
 もともと女性は男性に比べ寿命が長く、肉体が強いのではない。女性の健康と命は、社会インフラに大きく影響を受けていた。女性は社会的状況の中の存在であると言える。
 夫々の国で女性の生き方を見ると、その国の社会状況が見えてくる。その社会が危険なのか、安全なのか。貧しいのか、豊かなのか。息苦しい社会なのか、自由な社会なのか。
 女性の生きる姿が、その社会を知る指標となってくる。

 

女性を支えるインフラ
 歴史の舞台で踊る英雄は男性であった。英雄たちが戦って国を造り、冒険家たちが未知の海と大陸を切り開いてきた。しかし、その英雄たちや冒険家たちの動きだけを見ていては、歴史とその社会の本質は見えてこない。
 英雄たちが繰り広げた舞台上の芝居は、シナリオや衣装・メイクなど多くの舞台裏の女性スタッフに支えられている。
 近代になり、家事労働で追われていた女性は、近代インフラによって社会の表舞台へと移行していった。近代化とは、インフラによって女性が舞台の裏から表へ登場していくプロセスでもあった。
 私が関係している水分野では、常にジェンダー問題が問われている。
 ジェンダー問題はその土地の歴史・風土・文化そして思想・哲学などの人文科学の側面からから議論されがちである。しかし、男女の社会的役割分担は、各地域の気象と地形の上に構成されたインフラに規定されている。
 水関係者の我々は、ジェンダー問題解決の道の一つは、水インフラ整備にかかっていると断言できる。

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