コラム

2021年7月10日

【竹村公太郎】持続可能な社会の因数分解―脱エネルギー大量消費―

2011年3月11日
 仙台に初めて行ったのは高校時代だった。その仙台で不思議な光景を見た。市内を流れる広瀬川であった。街の中なのに広瀬川は渓谷の遥か下を流れていた。水は透き通っていて川底が見えた。清浄さが信じられなく、川床を見つめ続けた。

 私が育ったのは横浜で、川は大岡川だった。大岡川はちょっとした雨でも濁流はすぐ岸に迫ってきた。普通の日の大岡川は、捺染(なっせん)工場が赤、青、黄の排水を幾筋も流していた。ドブ色で捺染カラーの大岡川を見慣れていた私は、大岡川に川底があるなど考えもしなかった。

 広瀬川に誘われたわけではないが、6年間この仙台で学生時代を過ごすこととなった。

 2011年3月11日、東京の事務所ビルが大きく左右に揺れた。横揺れだったので震源は遠いと分かった。一瞬、東海沖地震かと考えたが、逆方向の東北の大地震であった。

 テレビの全局が地震報道になっていた。そうのうちNHKがヘリコプターからの中継を開始した。音はなかった。アナウンサーの声もなかった。カメラは仙台の名取海岸を映し出していった。音のない大津波が仙台平野の奥へ奥へと侵入していった。

 これは現実の映像ではない。何か夢を見ている。自分に言い聞かせながらテレビに見入っていた。
 これが私の3.11だった。

名取海岸の南蒲生(がもう)下水処理場
 大震災から3年後、名取海岸の南蒲生(みなみがもう)下水処理場の復旧工事現場に向かった。

 南蒲生下水処理場は、名取海岸に沿った貞山(ていざん)掘りの直近に位置していた。私が訪れた時は3.11災害の下水処理場の復旧工事の最盛期であった。南蒲生下水処理場の所長から当時の説明を受けた。(写真-1)は災害時の南蒲生下水道処理場。

 説明で胸に残ったのが「自然流下」であった。

 南蒲生下水処理場は、仙台市民の70%の下水処理を受け持っている。3.11の大津波で、下水処理場は壊滅してしまった。

 ところが、仙台市の下水道の汚水排水システムは、震災直後から一日も休まず機能していた。

 その理由は、仙台市の下水道システムには、一切、ポンプが使用されていなかった。つまり、自然の重力だけで、仙台市の汚水は流れていた。そのため、仙台市全域で電気が止まった災害直後、家庭やビルからの汚水は市内で滞留しなかった。市内の汚水は、自然流下で南蒲生下水処理場まで到達していた。

 汚水が下水処理場まで到達したので、処理場の第1貯水池で暫定的に塩素殺菌した後、汚水は海に流せた。

 自然の重力だけで汚水排水が出来た。自然流下の下水道システムが震災直後の仙台市民の生活を救った。
 これは400年前の歴史の遺産であった。

伊達政宗が仙台を救った
 1601年、戦国大名の伊達正宗は仙台を選び城下町を建設した。それ以降、仙台は東北地方の中心都市として栄え、現在に至っている。

 伊達政宗が選んだ仙台の地形は、都市計画上、際立った条件を備えていた。

 仙台市街は、海岸沿の仙台平野から緩やかに上る坂の上にあった。仙台の街にいると、背後の美しい青葉山に目を奪われてしまう。しかし、仙台の街そのものが台地の上にあった。その台地は20mから100mの標高の、広瀬川と七北田川が形成した河岸段丘であった。

 大昔から河川が運んだ土砂が堆積し、台地となり、再び河川が台地を深く削り、台地の下を流れる地形が河岸段丘である。仙台市の中心地は河岸段丘の上にある。

 仙台は低平地の沖積平野ではなかった。中心市街を流れる広瀬川は深い渓谷の下を流れている。どんな豪雨が襲っても、雨水は段丘の下の渓谷を流れ、海に行ってしまう。だから広瀬川には堤防がない。堤防がないから、堤防破堤という概念もない。仙台市の中心部は洪水に対して絶対的な安全な街となっている。

 しかし、台地の上の仙台は、水不足に対処しなければならなかった。そのため、広瀬川の上流に向かってさかのぼり取水して、仙台の街まで水を引く用水路が建設された。四ツ谷用水と呼ばれる水路である。江戸時代の(図―1)で、仙台市中心部の街路の中央を水路が流れている。

 この水路は生活用水、防火用水として仙台の街を潤し、仙台平野の農業用水や水車の動力に使われた。この自然流下で流れる四ツ谷用水が、近代の仙台市の下水道の原型となった。

 伊達政宗は地形を上手に利用して、洪水に対して安全な街、汚水を自然の力で流し去る快適な街を創った。

 400年前の伊達政宗の歴史遺産が、21世紀の大災害時に仙台市民を支えた。

水量を最優先した戦後インフラ整備
 私の人生はインフラ整備だった。時期は、昭和40年代から昭和60年代の急成長の時代であった。当時のインフラ整備は、人口急増と、激しい都市化と、経済膨張の圧力に追われていた。

 住宅が足りない。水資源が足りない。下水道が足りない。洪水が頻発する。交通渋滞が激しい。インフラの不足は全て社会の膨張によるものだった。

 急激な膨張社会に対処するためには、「効率」が合言葉であった。効率とは、単位時間の生産性を上げること。単位面積当たりの生産性を上げること。

 水資源開発と上下水道の分野で、単位時間と単位面積の生産性を上げるには、ポンプを大量に使用することだった。

 目の前を流れる河川で、一刻も早く水不足を解消するには、なるべく多くの水を得る。そのためには、川の水をなるべく下流から取水すればいい。標高の低い下流に行けば行くほど、川の量は多くなる。ところが、水道網の浄水場は高台にあって、浄水場から地域の各家庭まで水を送らなければならない。

 標高が低い下流から取水して、標高の高い浄水場に水を送るためポンプが必要となった。膨張する社会で、効率のよい水資源開発は、ポンプアップの電力消費量を増大することを強いた。

持続可能な水道システム
 社会の膨張圧力に追われた時代、生産性を上げるためエネルギー消費型の社会を造った。このエネルギー消費型の社会は持続可能ではない。未来社会は、持続可能でなければならない。

 歴史的に人類が造ってきた水道は、エネルギーを消費しないシステムだった。人類は常に上流で取水した。そして、自然流下で浄水場に届き、浄水場から各家庭に届いた。紀元前のローマ水道は何百kmも自然流下であった。江戸時代の玉川上水は43kmも自然流下で水を送った。

明治時代、ヘンリー・スペンサー・パーマーは、相模川から横浜へ48kmも自然流下で水を送った。

 自然流下は重力によるので、電力エネルギーは使わない。戦後、私たちが造った水道は、人類が歴史的に造ってきた水道システムと真逆であった。

 エネルギー消費型の水道は持続可能ではない。未来の上水道システムは、大量の電力を消費しないシステムにしなければならない。そのためには、重力による自然流下のシステムに再構築する必要がある。

持続可能な因数分解
 今、世界中で「持続可能な社会が必要」と云われている。しかし、「持続可能な社会」という言葉は漠然としている。少し分かりやすく言い換えると「現世代だけで地球資源を浪費するのではない。未来の次世代、次々世代も安全な社会生活が営めること」である。

 社会生活は幅広い。農林業、水産、製造、サービス分野があり、製造やサービス分野でも限りなく細分化されて広がっていく。この幅広く奥が深い社会を前にして、「未来の持続可能な社会」と云われても手も足も出ない。

 漠然とした「持続可能な社会」を分かりやすくしていく必要がある。数学でも複雑な数式を因数分解すると、分かりやすい因数で構成されていることが分かってくる。

 上・下水道水の分野を因数分解していくと、出てきた因子が自然流下の「重力」だった。もちろん、持続可能の因子は「重力」だけではない。他の因子がある。複雑な対象も因子分解すれば、一つ一つの因子は身の丈の課題となる。

 未来の持続可能な社会を実現する手法が見えてきた。

 社会の各分野で、その分野の構成を主要因子に分解していく。構成する因子を一つ一つ挙げていけば、その因子は思いのほか分かりやすい。

 人々は具体的な課題が分かりやすく見えれば、それを乗り越えていくことはできる。

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【竹村公太郎】持続可能な社会の因数分解―脱エネルギー大量消費―への5件のコメント

  1. たかゆき より

    広瀬川

    仙台の都市部は ほぼ 中流域ですから
    ほとんど 渓流でせうね、、

    小生の お気に入りの場所は

    青葉山から 流れ下る竜ノ口沢と
    広瀬川の合流地点

    都市の ど真ん中なのに 誰も訪れず
    いつまでも ぼんやりと 自然を楽しめます

    それは さておき

    因数

    実数だけでなく 虚数にも広げると

    マイナスが プラスになったりと

    その 不思議な世界を 満喫できるかも
    しれ ません ♪ 

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  2. おれは東洋館や鹿落坂から見る広瀬川がすき より

    牛越橋。澱橋。仲ノ瀬橋。

    大橋。霊屋橋。愛宕橋。

    橋ごとに広瀬川の表情が変わるんだぜ♪

    秋の夕刻、霊屋橋のたもとで、日の色をいっぱい受けて立つ西澤潤一先生と偶然すれ違った。

    西日に負けないほどの立派な笑顔。言うなれば万雷の拍手を受けているオペラ歌手のような。。。

    目礼して、少し過ぎてから、どなたを待っていたのかとそっと振り返ってみた。橋の向こうの丁字路まで人もクルマもない。

    先生はいったい何を思って笑っていたのだろう。。。

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  3. 大和魂 より

    竹村先生、熱海市で大変な人災が起こりまして私は、それについての論証を意識高い系の武田邦彦や残念のバカがユーチューブ動画で講釈を垂れていたのに無性に腹か立ちましたよ。

    それは、ことの成り行きのメガソーラーを非難していたからで、現場人間の私としては単純に盛土処理を適切に行っていれば、かなりの人災は軽減されていたと考えていたからです。

    例えば、具体的に斜面や法面側に簡単にロングアームの重機で土破を突いて、その上でランダムの松杭を法面に対して垂直に入れて法面を圧迫するように、しかもバランスよく松杭を打ち込んでいれば、あれだけの大惨事は軽減されていたと思っていました。

    ちなみにですが盛土対策を厳重に行うならば、予め布団籠などを積めば問題ないすよね、しかしたったこれだけでけで結果は雲泥の差ですから、どうしたものかと非常に悩ましい限りですね。

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  4. 通りすがり より

    いつも興味深く読ませていただいてます。
    本日の内容もかなり面白かったのですが、

    > しかし、台地の上の仙台は、水不足に対処しなければならなかった。そのため、広瀬川の上流に向かってさかのぼり取水して、仙台の街まで水を引く用水路が建設された。四ツ谷用水と呼ばれる水路である。江戸時代の(図―1)で、仙台市中心部の街路の中央を水路が流れている。

    この後の図が説明に出てくる図でないように思えます。
    この場所には本来、四ツ谷用水の説明に使われる図が来るのではないでしょうか?
    現状のものは、

    >標高が低い下流から取水して、標高の高い浄水場に水を送るためポンプが必要となった。膨張する社会で、効率のよい水資源開発は、ポンプアップの電力消費量を増大することを強いた。

    この文章の後に配置される予定だったものではないでしょうか?

    勘違いだったら申し訳ございませんが、ご確認いただければと思います。

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