コラム

2021年1月19日

【竹村公太郎】なぜ日本人は小さいモノを愛するか-未来文明への指針―

日本人論の視点

 20年前、ある日本人論が世に登場した。韓国の李御寧(イー・オリョン)先生の「『縮み』志向の日本人」である。
 
 この本が初版された1982年、日本はまさに高度経済成長の真っ只中で、経済大国に向って驀進していた。当時、梨花女子大学教授だった李御寧のこの本は、日本人にちょっとした衝撃を与えた。各新聞の書評で取り上げられ、山本七平氏などに絶賛された。(写真―1)
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 まず、この本の冒頭に驚かされる。日本の知識人の代表である「甘えの構造」の土居健郎、歴史家の樋口清之、そして日本文明論の第一人者である梅棹忠夫氏を一刀両断に切ってしまうのだ。

 李御寧先生は云う。土居さんの主張する「甘え」は日本独特のものではない。韓国のほうがより深く「甘え」は人々の精神構造に関与している。樋口さんの云う海藻を食べるのは日本だけではない。韓国も中国も同じである。梅棹さんの云う人の排泄物を有機肥料するのは、日本だけではない。韓国も中国も有機肥料で生きてきた。

 日本人による日本人論や日本文明論は、みな欧米との比較になっている。欧米との比較では、日本人、中国人そして韓国人をまとめた東洋人との比較になってしまう。日本文明や日本人を考察するには、欧米との比較ではだめだ。隣国の中国や韓国との比較が大切だ。

 中国人と韓国人と比較して異なっている点があれば、それこそ日本人の真の特徴となる。では、中国人や韓国人と異なる日本人の性向とは何か?それは、日本人は何でも「縮め」てしまうことだ。

縮める日本人

 さらに、李先生さんは云う。日本人の最大の特徴は「縮める」ことである。日本人は細工し縮めることが本当に好きだ。

 ユーラシア大陸から入ってきた丸い団扇を、いつの間にか扇子に縮めてしまった。(写真―2)
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 そして、それを世界に逆輸出してしまった。大正年代、西洋から入ってきた長い傘を、小型の短い折りたたみの傘にした。(写真―3)それも世界に逆輸出してしまった。
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 世界最小のオートバイクも作ってしまい、室内のステレオを、歩きながら聞けるウォークマンに縮小してしまった。大きなコンピューターを作ったのはアメリカだった。しかし、日本人がそのコンピューターを個人の電卓に縮めてしまった。

 大自然を庭の中に縮め込んだ日本庭園、大きな木を縮めた盆栽、四畳半の茶室、テーブル一杯の食事を小さな箱に詰め込んだ幕の内弁当、さらに飯を縮めたおにぎり、詩を短く削って遂に17文字にしてしまった俳句など、挙げだしたらきりがない。
 物を縮める姿勢こそ、中国人、韓国人いや世界の中の他の人々とまったく異なる性格である。以上が、李御寧先生の主張であった。

なぜ、縮めるのか?

 なぜ、これほど日本人は物を縮めるのか?その答えは「『縮み』志向の日本人」に記述されてない。ただし、本書の「あとがき」で李先生は興味深い記述をしている。

 「水源が分からなくとも、現に川の水はわれわれの前を流れている」「何故、そうなったかという原因を掘り下げる文化の因果批評よりは、それがわれわれの前にいかに現れているかという、現象そのものに対して深く考える視角が欲しい」と、本文中と「あとがき」で繰り返し記述している。

 この記述は「なぜ、日本人は縮めるのか?」の原因を解明できなかったことへの率直な表明でもあった。この李先生の未解明の言葉は、私への宿題として心に刻み込まれた。20年後、私はその答えを見つけた。その答えは、広重の東海道五十三次にあった。

背負って歩く日本人

 広重の東海道五十三次「日本橋・朝之景」は誰もが一度は見ている。その(図ー1)では、朝早い日本橋を渡る大名行列が描かれている。
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 大名行列の先頭は、大きな荷物を担ぐ2人の足軽だ。足軽は下を向き、担ぐ荷物はいかにも重そうだ。殿様の着替えや国許への土産や書類が詰まっているのだろう。今から何百kmも遠い故郷に向って、ただひたすら歩いていく。この大名行列に荷物を運ぶ牛や馬はいない。荷物は全て足軽たちが背負っていた。

 大名行列だけではない。広重は江戸の増上寺の通りを歩く人々の旅姿を描いている。僧侶も町民も女性も自分の物は自分で担いでいく。かれらは朝早く起き、日が暮れるまで、荷物を担いで歩き続けた。
 
 南北に細長い日本列島は、いくつもの海峡、縦走する脊梁山脈、大小の山々、そして無数の河川によって分断されていた。その日本列島の人々の旅とは、歩くことであった。日本列島の地形が、人々に牛馬の利用を許さなかった。

 この日本に比べ、ユーラシア大陸の人々は大陸を車で疾走していた。(写真―4)は、中国の秦の始皇帝の兵馬庸の馬車である。
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 中国だけではない。ローマ帝国、イスラム帝国、ペルシャ帝国そしてモンゴル帝国は、荷物を馬や牛やラクダに乗せて大陸を疾走していた。日本人だけが、荷物を背負い歩き続けていた。

歩く人々の価値観

 荷物を背負って歩き続ける人たちはいったい何を考えていただろう。その日本人たちに、ある大切な価値観が生まれていった。

 それは「いかに荷物を小さく、軽くするか」であった。余分なものを持たないことは当たり前だ。どうしても必要なものでさえ、1mmでも小さく、1gでも軽くしたい、と考えていった。

 一方、ユーラシア大陸の人々が移動するときには、馬や牛に荷物を任せてしまう。その人々には、物を小さくしようというような考えは湧かない。逆に荷物が大きく、重い方がその人のステイタスを示していた。

 日本列島の起伏の厳しい地形を、自分で荷物を負い、自分の足で長時間歩き続ける人々のみが、物を小さく軽くしようという気持ちに追い込まれていった。なにしろ、軽くて小さいものは、自分の命を助けてくれるのだから。
 

縮める楽しみ

 日本人はいかに軽くするかを競って工夫した。その工夫は、旅の前も、旅の最中も、旅が終わってからも続けられた。

 物を小さく縮める方法を見つけた者は、人々から絶賛を浴び、一瞬の英雄となった。そして、その縮めた物はあっという間に日本中に広まっていった。

 しかし、縮小を発見した者の名前は、英雄として歴史上には記録されることはなかった。なぜなら、その知恵は、荷物を担ぎ歩く日本人全員のものだからだ。

 日本人にとって、物を縮め、小さくし、軽くすることは、何事にも代えがたい価値となっていった。細工して、細かくする。凝縮して小さく詰め込む。細工しないものは「不細工」と非難した。詰め込まない人は「詰まらない奴」と侮蔑された。

 日本人の「縮み」志向は、美意識にまで、いや、道徳にまでなっていった。民族が共有している性向の遠因は、それほど複雑ではない。その地形と気象に適応して生きていくことから生まれていった。
 
未来の羅針盤・日本人
 21世紀、地球規模で環境は激変し、エネルギー資源が枯渇していく。この未来世界において、エネルギーを最小にする持続可能な社会の構築は不可避である。

 その持続可能な社会は、人々の倫理や道徳では決して達成されない。なぜなら、倫理や道徳が有効なのは、その倫理や道徳を共有している限られた共同体の内部だけだからだ。

 今ある危機は地球規模である。この地球には無数の共同体がある。無数の共同体が関係する局面で、倫理や道徳を持ち出すと、問題を複雑にして迷路に入りこんでしまう。地球規模の環境問題や資源問題の解決には、倫理や道徳から最も遠い武器が必要だ。

 倫理や道徳に最も遠い武器とは「技術」である。日本人は「かわいい」と言っては、小さなものを愛した。かわいいものを作るため、細工して詰め込み、縮める技術を生んできた。この縮める技術こそが、エネルギーを最小にする。それが持続可能な社会を可能にする。
 
 21世紀の人類の航海の羅針盤は、小さきものを愛する日本文明となる。日本人の航海の羅針盤は、日本文明を創ってきた自分たち自身に確かな視線を向けることである。

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