From 佐藤健志
3月8日のメルマガ
「ブーメランをあげつらうというブーメラン」で紹介した
「敵への心理的依存と思考停止に関する平松テーゼ」をご記憶でしょうか。
〈自分(たち)よりも明白に劣っている存在〉
ないし
〈自分(たち)と違って、明白に間違っている存在〉
を設定し、
「○○だから劣ってる」
「○○は間違っているに違いない」
「○○だったら、どんな攻撃をしても許される」
「○○が褒めるものは間違っている」
という形で、自分(たち)の正しさを確認しようとする者は
相手が劣っていること、ないし間違っていることを、みずからのよりどころにするため、
否定しようとしているはずの当の相手の存在に、いつしか寄りかかりだす。
相手が本当にいなくなったら困るわけですよ。
自分(たち)の正しさ、あるいは優越性の根拠がなくなってしまうんですから。
そのため口先では相手を否定しながら、
「心おきなく否定できる存在」として永遠に存在しつづけてくれることを、暗黙のうちに求めるようになる。
これが〈敵への心理的依存〉です。
とはいえ、この点を直視したらアイデンティティが破綻する。
なにせ
「○○は劣っている! 間違っている! 否定されるべきだ! 排除・撲滅しなければいけない!」
と叫びまくっているのですぞ。
にもかかわらず、じつはその○○に依存していたというのでは、話にも何もなりません。
ゆえに「敵への心理的依存」に陥った人々は、必然的に思考停止へと行き着きます。
おのれの言動にひそむ矛盾、ないし欺瞞について、
1) ひたすら考えないように努める。
2) 他人から指摘されたら、キレてごまかす。
という二点セットで切り抜けようとするのです。
このテーゼ、本年2月20日に平松さんの送信したツイートが出発点となって生まれたため
「平松テーゼ」の名がついているのですが・・・
https://twitter.com/Hiramatz/status/833508181410131968
遺憾ながら昨今の保守派は、大半がこれに当てはまる。
ちょっと想像してみて下さい。
かりに〈反日左翼〉と呼ばれる人々が、わが国から忽然と消滅したら、保守派がいかなる状態になるか?
何をどうしていいものやら分からなくなり、際限ない内ゲバの果てに滅ぶこと請け合いではありませんか!
W(^_^)W\(^O^)/おっと、左翼あっての保守だったのね\(^O^)/W(^_^)W
そんな平松テーゼの正しさと重要性を、きわめて雄弁に裏付けた文章があります。
フランスの映画監督、ジャン=リュック・ゴダール(※)について論じた映画評論家・佐藤忠男さんの一文。
「ジャン=リュック・ゴダールの軌跡」という題で、単行本『ゴダールの全映画』(梶原和男編、芳賀書店、1983年)に収録されています。
(※)正確に言うと、ゴダールはフランスとスイスの二重国籍で、現在はスイスを拠点に活動しています。
ただし彼の作品は普通「フランス映画」に区分されますので、フランスの監督としておきました。
ゴダールは左翼性が強く、とくに1960年代末〜1970年代にかけては、革命志向の極左映画ばかりつくっていた人。
ところが、佐藤さんはこう論じます。
(ゴダール映画の中で展開される政治論は)ああでもない、こうでもない、そうでもない・・・という否定に次ぐ否定で進み、
いたずらに自己肯定的に高揚したりなどはしないのである。
(中略)
革命を志しながら、彼ほど、一般に革命に必須と信じられている煽動から遠い人間も他にいないであろう。
そう、正にそこが、ゴダールの立脚点なのである。
この立脚点がなぜ重要なのか。
ここで二人の有名な監督が引き合いに出されます。
『国民の創生』などで知られるアメリカのD・W・グリフィスと、
『戦艦ポチョムキン』などで知られるソ連(現ロシア)のセルゲイ・エイゼンシュタイン。
どちらも映画史を語るうえでは欠かせない存在です。
しかるに佐藤さん、
「アメリカの南部愛国主義者(=グリフィス)と、ソビエトの社会主義映画人(=エイゼンシュタイン)と、まるで立場の違う両者には共通点がある」
と指摘する。
両者の共通点は何か?
こうだ! こうだ! こうだ!
だから敵はあいつで、あいつをやっつけさえすれば万事解決するのだ!
というふうに断定的に映像を使ってゆくのがそのやり方である。
(中略)
しかし、じつは煽動こそがすべての革命の堕落の源泉だったのではないか。
扇動的表現は、論理を単純化し、すべてを敵と味方に分け、敵は全部悪であり、味方は全部善であるというふうにしてしまう。
敵はやっつける対象でしかなくなるし、味方は擁護するために存在する以外の意味を持たなくなる。
この単純さによって切り捨てられた部分が、すべての革命を内側から腐らせてきたではないか。
(『ゴダールの全映画』、40ページ。カッコは引用者。表記を一部変更、以下同じ)
言い替えれば平松テーゼとは
扇動的表現、ないし扇動的思考方法の危険性を指摘したものなのです。
そしてグリフィスとエイゼンシュタインが、そろって槍玉に挙げられていることが示すとおり
表面的なイデオロギーが何かという点は、ここでは意味を持ちません。
右だろうが左だろうが、煽動的な表現や思考方法にアグラをかきたがる者には、平松テーゼ送りの運命が待っているのです。
だ・か・ら、
『右の売国、左の亡国』と言うのですよ!
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https://www.amazon.co.jp/dp/B06WLQ9JPX(電子版)
ならばジャン=リュック・ゴダールは、どんな映画のつくり方をするのか。
ふたたび佐藤忠男さんを引用しましょう。
彼は逆に、こうではない、こうでもない、この映像は間違っている、この映像も正確ではないのではないか、
というふうに映像を吟味しながら継いでゆこうとするのである。
(中略)
従って彼は、どんな革命的党派からも受け容れられるはずがない。
これは全く逆説的な事態だが、つきつめて考えると彼は、
革命のための思考方法そのものを革命しなければならないというところまで行ってしまうのである。
(同、40〜41ページ)
・・・ここで思い出していただきたいのが、平松さんが2015年に監督したアニメ『イブセキヨルニ』。
劇中、デモ隊の掲げたプラカードの一つには、こう書かれていました。
「改革を改革しよう! もうガマンデキナイ」
このスローガンと
「革命のための思考方法そのものを革命しなければならない」
というゴダールの姿勢の共通性は、もはや明らかではないでしょうか。
平松テーゼは
〈保守か、左翼・リベラルか〉
という区分より
〈煽動に安住するか、自分(たち)の正しさを疑うだけの思慮を持つか〉
という区分のほうが、ずっと重要であることを示しているのです。
ジャン=リュック・ゴダールにしても、表面的な左翼性にもかかわらず、その懐疑主義的な知性はむしろ保守主義に近いと言えるでしょう。
どんな革命的党派からも受け容れられないくらいですからね!
最後にひとつ。
『右の売国、左の亡国 2020年、日本は世界の中心で消滅する』の冒頭には
映画『勝手にしやがれ』(1959年)の台詞が掲げられていますが
これこそジャン=リュック・ゴダールの記念すべき長編第一作です。
ではでは♪
<佐藤健志からのお知らせ>
1)産経デジタル「iRONNA」に、「矛盾に満ちた戦後保守の『ゴマカシ』を暴く籠池証言のインパクト」を寄稿しました。
http://ironna.jp/article/6094
2)戦後脱却の試みが、内側から腐る危険を抱えていることをめぐる体系的分析です。
『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店)
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/(紙版)
http://qq4q.biz/uaui(電子版)
3)保守と左翼・リベラルが、仲良く「平松テーゼ」に陥っている点についてはこちらを。
『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)
4)過去70年あまり、わが国は「自己肯定的な煽動」を脱しきれないまま、堂々めぐりを繰り返してきたのかも知れません。
『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM
5)「(革命派の)態度があまりに傲慢なので、『何を根拠にそんなことを』とツッコミを入れずにはいられない」(193ページ)
エドマンド・バークの言葉です。革命はこうして堕落しはじめるのです。
『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
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6)「私は物事を誇張し、過激なアジテーションをぶちかましたいのではない。自然な気持ちや感情に照らすことで、事態の本質を見極めようとしているのだ」(138ページ)
トマス・ペインも、扇動的思考方法の危険性について承知していました。
『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)
7)日本文化チャンネル桜の番組「闘論! 倒論! 討論!」特別版に出演しました。本紙執筆陣の一人である小浜逸郎さんも一緒です。
テーマ:世界の今、そしてこれから〜西部邁氏を囲んで
https://www.youtube.com/watch?v=FHEalfD_4wc&feature=youtu.be
8)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
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