From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
論壇の重鎮として長く活躍されてきた渡部昇一先生が4月17日、86歳で亡くなられました。幾度も謦咳に接し、その学識の深さ広さに驚嘆すること再々でした。
渡部先生の言論活動は、GHQにつくられた戦後の「閉ざされた言語空間」にあって、常にそれを打ち破ろうとする意志に貫かれていました。今日では考えられぬほど、朝日新聞・岩波書店の権威が世を覆い、「左翼・リベラルにあらずんば知識人にあらず」と見なされた時代に「保守」の旗を掲げられました。
筆者にとって印象深い話をご紹介し、渡部先生への追悼と敬愛の念に代えたいと思います。
『紫禁城の黄昏』(Twilight in the Forbidden City)という本があります。著者は満洲国皇帝・愛新覚羅溥儀の個人教師だったイギリス人レジナルド・ジョンストンで、1934年3月に英国ヴィクター・ゴランツ社から出版されました。邦訳として入江曜子、春名徹 (翻訳)による岩波文庫版が1989年に、中山修(翻訳)、渡部昇一 (監修)による[完訳]が2005年に祥伝社から刊行されています。
なぜ渡部先生監修の祥伝社版は[完訳]と銘打たれているのか。渡部先生は『諸君!』(平成17年5月号)に「“歴史のif”と『岩波城の黄昏』」と題して詳述されましたが、清朝末期の紫禁城(宮城)の内外状況について、また溥儀が日本公使館に逃げ込んだ状況について、同書が比類なき第一次的資料であると評価されました。
以下、渡部先生に直接うかがった話を、先生の一人称にまとめてご紹介します。
〈『紫禁城の黄昏』を出版したヴィクター・ゴランツ社は、当時台頭しつつあったファシズムとナチズムに対抗して、その種の「堅い本」を発行して成功していた左翼出版社でした。ゴランツ社が日本の帝国主義を擁護するような本を出版するわけはありません。ゴランツは「自分の信念に反する本は一冊たりとも出版しようとしなかった」といわれた男で、ジョンストンの本はその内容の重要さにより出版されたのだといってよいでしょう。
その意味で、もし『紫禁城の黄昏』が、東京裁判に証拠資料として採用されていたら、私は当然、これは第一級資料として採用されるべきものだったと確信していますが、そうなれば東京裁判そのものがほとんど成立しなかったでしょう。東京裁判は、日本には大陸侵略の共同謀議があったと決め付けていますが、溥儀に満洲国建国の熱望があったことが認められれば――事実あったわけです。
そのことは溥儀の満洲への“帰郷”を、唐紹儀(中華民国最初の国務総理)が、「満洲の先祖が、シナと満洲の合一の際に持ってきた持参金の“正当な世襲財産”をふたたび取り戻したまでのことだ」と語ったことからもわかります。となれば、日本の大陸侵略は共同謀議によるという起訴の訴因そのものが成り立たなくなります。だからこそ採用されなかった。
またこの本が、満洲事変の調査のためにやってきたリットン調査団が結成される前に出版されていたならば、「将来、満洲はシナ政府主権の下に地方自治政府になるべき」などという見当違いの勧告を彼らはしなかったでしょう。ジョンストンはリットン卿らを「シナの歴史に無知な連中」と語っていたと伝えられますが、そのとおりなのです。
満洲族はシナ(当時は明朝)を征服しましたが、その満洲族後の皇帝は1912年の辛亥革命で退位を余儀なくされた。溥儀は皇帝の称号と年金は受けましたが、その後1924年の馮玉祥のクーデターで紫禁城を脱出し、日本公使館の保護を受けました。彼は先祖の墓陵がシナ兵によって爆破され埋葬品が奪われたのを見てシナに愛想を尽かし、父祖の地に戻った。こういう知識が調査団の共通認識として確立されていれば、満洲国の正統性に目が向いたでしょう。
岩波文庫版の『紫禁城の黄昏』は完訳ではありません。第1章から第10章までと、第16章がばっさり削除されています。その理由は、「主観的な色彩の濃い」部分だからというのですが、これは「日本悪しかれ」の左翼史観にとって都合の悪い部分を削除したというのが本当のところだと私は思っています。
削除されたジョンストンの記述を示して読者の判断を仰ぐことにしましょう。たとえば削除された第1章の第1ページにはこういう記述があったのです。
「一八九八年当時、満洲に住んでいた英国の商人たちは“ロシアが実質的に満洲を併合するのを目の前の現実として”語っている。英国の宣教師の指導者も、“私のみならず、私のもとで働くどの宣教師も口を揃えて、満洲とは名前だけで、ことごとくロシアのものと思われると明言した”のである。
これは、眼前にある今の満洲問題の背景を理解しようという者なら、絶対に忘れてはならないことである。シナの人々は、満洲の領土からロシア勢力を駆逐するために、いかなる種類の行動をも、まったくとろうとしなかった。もし日本が、一九〇四年から一九〇五年にかけての日露戦争で、ロシア軍と戦い、これを打ち破らなかったならば、遼東半島のみならず、満洲全土も、そして名前までも、今日のロシアの一部となっていたことは、まったく疑う余地のない事実である」
ジョンストンはこれにさらに、ドイツやフランス、イギリスによるシナ蚕食の事実を挙げていきます。しかもこうした事例には豊富な註をつけて、発言の根拠を明らかにしています。いったいこうした叙述のどこが「主観的」なのか。
またリットン報告書に、満洲独立運動について「一九三一年九月以前、満洲内地ではまったく耳にしなかった」と書かれているのを、ジョンストンはそれが事実でないことを当時の資料で証明しています。こんな事実の羅列が続くのですから、東京裁判史観や戦前のコミンテルン史観に染まった人たちにとっては、ジョンストンの本は何章でも削除したかったのでしょう。〉
関心のある読者は、岩波版と祥伝社版を読み比べてみることをお勧めします。
歴史は万華鏡のようなものです。立つ視点、見方によって見える絵柄が変わる。日韓併合も、多くのコリアンから見れば、「口惜しい、無念だ」となるでしょう。しかし、その被害者感情をもって日韓併合の歴史的経緯や事実関係を捨象し、「加害者・被害者」のみの図式で語り、なおかつそれに完全なる同意を求められても日本人として肯定できるものではありません。
渡部先生はこうも語られました。
〈どんな国の歴史にも影はある。それをかき集めてきて、これでもかと子供に教え込んだら、その国は衰弱を免れない。英国の哲学者オーウェン・バーフィールドは、「歴史の事実は雨上がりの大気中にある水滴のごとく無数にある。その断片を拾い集めればどれも事実だが、ある視点からそれらを見ると虹が見える。その虹がその国の歴史というものである」と語っています。
つまり無数にある歴史の事実から、輝く虹を見せることが一国の歴史教育の要なのです。美しい虹が見える視点を与えることが、戦後の日本の教育からはすっぽりとなくなってしまった。日本人の見る虹と、中国人の見る虹が異なるのは当たり前のことで、同じ虹を見せようとすること自体がナンセンスです。日中友好も日韓友好も結構ですが、このことは「友好」の名のもとに譲歩するような筋の話ではないのです。〉
日本を愛し、日本を守ろうと「言葉」と「事実」をもって奮闘された渡部先生の「遺言」の一つとして心に刻みたいと思います。
心よりご冥福を祈るとともに、学恩に感謝いたします。
〈上島嘉郎からのお知らせ〉
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(4月7日「大和・沖縄特攻について / なんとかファースト」)
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(4月14日「松明は醒めた炎で/米中首脳会談を裏解説-トランプ政権が握る習政権のアキレス腱」)
https://www.youtube.com/watch?v=RRKWGIhjo_E
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http://www.php.co.jp/magazine/voice/
【上島嘉郎】追悼 渡部昇一先生への4件のコメント
2017年4月21日 1:55 PM
初めてコメントさせていただきます。
このようなレベルの高い格調のあるご投稿を、タダで供給していただいているこの「新」経世済民新聞、ありがとうございます。
渡部先生のご逝去はまことに残念でした。ご冥福をお祈りしたいと思います。
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2017年4月21日 7:08 PM
渡部昇一先生の日本史は本当に素晴らしい歴史観です。
まったく敗戦後に汚されることがない戦前戦中世代のまっとうな日本人の目から見た学識博識に基づいた誇らしい日本の歴史です。
それもとても読みやすくて一つの物語のようにおもしろく簡単に読めるのですべての日本人に読んでもらいたいものです。歴史とはその民族にとって神話と同じく精神の基礎になり、祖国への思いをつくる重大なものであり、国家民族の存亡にさえ関わってくるものでしょう。それがただの知識と捻じ曲がった反日とに落とされてから久しくなって日本人はもう日本人とは言えないものになったのかもしれない。
私にとって司馬遼太郎の坂の上の雲以上におもしろくて読みやすく歴史観を根底から変えてくれた渡部昇一先生の日本史をもし教科書の代わりにすべての国民が読んだならそれだけで日本は日本人はおそらく自分たちが何者かを知って変わるでしょう。逆説的にだからこそ敗戦後の日本では歴史の改ざんが必須となり反日的虚無的歴史が押し付けられて来たのですけどね。
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2017年4月21日 7:53 PM
米国に対しても色々と物を仰っておられた渡部先生。
米ロックフェラーも頭を下げるロスチャイルド家(スイスの何とかバーン家の番頭)とも、懇意になさっておられたと、ご本人が以前ネット動画で仰っておりました。
なんでも渡部先生の蔵書をロスチャイルド家も見に来た事があるとか。
先生の大胆な物言いの裏にはこうした世界有数の大富豪との関係もあったのでしゃうか???
まさに、神のみぞ知るどす。
世界の色々な事がお観えになられたであろう渡部先生。
まさにまさに、巨星堕つどす。
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