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2015年7月3日

【上島嘉郎】安倍談話に望むこと(その九)

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
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●●日本は「発展途上国」へと転落するのか? 豊かで安全な日本を後世に残すための条件
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戦後の日本は自らの歴史の解釈権を戦勝国に奪われたままなのだな、と痛感するのは、「21世紀構想懇談会」の座長代理を務める北岡伸一国際大学長に代表されるような歴史観に接するときです。
朝日新聞デジタルによれば、北岡氏は6月30日、出演したBSフジの番組でこう語ったそうです。
〈談話について「一番重要なのは歴史を直視すること。侵略と植民地支配だと思うが、なぜこういう誤りをしたかの率直な反省が大事だ」と語った。
 先の戦争について、北岡氏は「満州事変は自衛ではなく、どう考えても侵略」と改めて自説を述べた。そのうえで、朝鮮半島や台湾などに対する植民地支配についても「善意だったと言う人が一部にいるが、植民地支配であったことと何の関係もない。全体として悪いことだ」と強調した。
 一方、村山、小泉両談話から引き継がれるべきキーワードについては、「臆測するのは意味がない。全体として引き継げばいい」としつつ、「私にとって一番重要なのは、日本がなぜ、どこで間違えたかということ。『国策を誤った』というのは歴史の認識として重要なことだ」と述べた〉
(《北岡氏「安倍談話は歴史を直視し、率直な反省が大事」》2015年6月30日23時41分配信)
日本の近代の戦争は、「侵略」というひとことで括れるものではありません。西欧列強の地球的規模への拡張のなかで、日本がその存在(文化的・政治的独立)を守るために実行せざるを得なかったもので、クラウゼウィツの言葉を引けば、「他の手段の政治」でした。
私たちが「歴史を直視」するのであれば、当時の日本が置かれていた国際情勢と、その下で生存と独立を全うするにはどのような手段があり得たかを当時の国際政治の常識の中で想像してみることが不可欠だと思います。
この時、戦後GHQが刷り込んだ歴史観、その眼鏡を外さなければならないのは言うまでもありません。
「植民地支配」については次稿に回し、本稿では「侵略」について北岡氏の認識への違和感を述べておきます。
「侵略」と「自衛」の境界は曖昧で、それゆえに国際政治の現実の舞台では、この曖昧さを踏まえて利害関係を持つ諸国による宣伝戦がしのぎを削ることになるわけです。それは砲弾が飛び交う戦時においてはもちろん、平時においても続けられています。
『戦犯裁判の錯誤』を書いたハンキー卿は、侵略という概念は、歴史の夜明け以来、人類がもてあました問題で、定義不可能な問題は不可能なまま放置するのが、正直な態度で、権力によって無理な解釈を押し通せば歴史によって必ず復讐される、と述べました。
論理的な境界を示すことが出来ない概念をもって、なぜ祖国を侵略国と位置付けたいのか。事の経緯はそんなに単純なものなのか。またそうすることが公明正大な態度だと思っているのか。
ここで国家の生存のための“狡智”ということを考えるなら、少なくとも日露戦争以後の日本はその努力が十分ではなく、日本の行動についてその必然性を対外的に発信し、その影響が及ぶ地域と周辺の人々が納得出来るような言葉で説明する努力がなされなければならなかったと思います。
これは政治であって、この政治本来の努力を軽視して、「他の手段」=実力行使に頼り過ぎると、利害の一致しない他国の政治宣伝に容易に乗せられ、要らざる汚名(たとえば「野蛮な侵略国」)を着せられることになります。
「人類の歴史は権力の配分の変更の歴史」(入江隆則氏『敗者の戦後』)という巨視的な見方をすれば、北岡氏のいう日本の「侵略」とは、結果的に政治宣伝に敗れたことで科された罪であると言って公正を欠くものではないでしょう。
とどのつまり北岡氏の認識は、入江氏の指摘したごとく、
真に脅威を取り除くには敗戦国民の精神に自分たちの過去への嫌悪の念を植えつけると同時に戦うこと一般への忌避の気持を育て、しかもそれが勝者の戦後処理の政策として押しつけられたのではなくて敗者の自発的選択として為されたようにする」
というGHQの思想改造が完結した日本人のそれではないか。そうでないのならば、北岡氏には、当時の日本人にとって「誤りのない」選択とはどのようなものだったのか、他にどんな選択が可能だったのかを是非示していただきたいと思う
そもそも国策の誤りとは、戦争責任とは何か。戦争を始めたことか。戦争によって内外に多くの犠牲者を出したことか。あるいは敗北を喫し、国を滅亡の淵に追いやったことに対する責任か。そのいずれもだ、ということか。
私は、戦前日本の反省を口にするならば、一つだけ心しておくべき態度があると考えています。それは、いま生きている私たちは大東亜戦争が敗北に終わったことを知っているということ、敗北という結果がわかっていて、まるで時間のカンニングペーパーを見て答案を書くような態度で父祖たちの当時の行動を裁いてはならない、という現代に生きる者の自省です。
戦後70年の総理談話も、この自省のもとに案出されるべきものです。
PS
月刊三橋の次号(7/11配信)のテーマは、「歴史認識問題」です。
PPS
最新号(6月号)では、「地方創生」の大問題を取り上げています。

 

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【上島嘉郎】安倍談話に望むこと(その九)への3件のコメント

  1. 古事記 より

    拉致被害者の問題と同じで、結局は無責任。自らは何一つとして案を出さずに、何一つ解決出来ずに、ぬくぬくと平和な日本で暮らし、過去の先人が国の将来、周りの人々の為に行なった行為を、命をかけた行為を何一つも感謝せずに批難している。日本を最優先にして考えるべきなのに意見している人々の普段の言動、行為行動は意見を言え無い過去の国に命を捧げた先人や朝鮮人より優しい日本人、日本国を批難し生活を支えている。何故か真剣にどうして国、国民を守る意見を戦わさ無いのか批難するなら対案を出せ無いのか?出来もしない対話、話し合いで解決などと主張するのか、平和な国内でさえ解決出来ずにいる話し合いの解決などと実績の無い主張を繰り返す無責任。

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  2. あまき より

    北岡さんという研究者はなかなか興味深い人物だ。西尾幹二さんが口を極めて批判する学者の一人であり、この一群は面白いことにすべて同門である。「日本が歴史を直視していない」という立場が学究の徒として一貫した信念であるならば、北岡さんは大変立派な人、立派というのは無論、認識ではなく生き方のことだが、問題なのは、こうした先生をずいぶん昔から政府与党が政策決定にかかわる有識者として重用してきたことだろう。安倍政権とも第一次の当時から関わっている。いわば首相はかねてから信を置く者に口枷をはめられそうになっている形だが、これも懇談会座長代理の北岡さんに責めがあるとは思えない。重用する方にこそ根深い問題があるのではないか。カムバックを果たして間もなく始まった安倍バッシングは読者視聴者の猛反発で鳴りを潜めた。それが、いまなぜ陸続と後を絶たず鳴りやまない。うそつきをうそつきと詰るばかりのマスコミ批判について、テレビも新聞も見ない忙しい国民は耳目を貸す奴らがいるからだと飽き飽きしている。上島さんにはこの根源を問う言論人の筆頭であってほしい。拉致被害者のご家族が「またも裏切られた」と血を吐くような言葉を口にされた。何か不吉な前夜を象徴するものであるかのように聞こえてならない。安倍さんの船出を祝った浜もいまや沖の方まで鬼の洗濯板が覗けている。「安倍さんしかいない」と言ってる人間たちには目にも耳にも入らないだろうが。

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  3. たかゆき より

    もしも日本が勝利していたら、、対米占領政策が奏功しアメリカが今の日本のようだったら、、ハーバード大学の学長が当時のアメリカは侵略国だったと口を極めて批判してくださるなら、、ぼくは笑いが止まりません♪多元宇宙という説もあるようですから、、、どこかの宇宙ではぼくのように高笑いしている日本人がいるかもしれませんね。

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