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2015年5月27日

【佐藤健志】<福田恆存>演劇と言論のつながり

From 佐藤健志

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●●三橋貴明が実践する経済ニュースを読む技術とは?
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp

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福田恆存さんと言えば、ご存じ、戦後日本最高の知性の一人にして、真正の保守思想の持ち主。
シェイクスピアの翻訳でも有名ですし、劇作家・演出家としても活躍されました。
私もまた、福田さんの著作から多くを学んでいます。

その福田さんの全貌を伝える特集本「福田恆存 人間・この劇的なるもの」が、5月22日、河出書房新社より刊行されました(同社編)。

浜崎洋介さん、片山杜秀さん、中森明夫さん、三浦小太郎さんなどによる書き下ろしの福田恆存論に加えて、岸田國士さん、江藤淳さん、磯田光一さん、柄谷行人さん、それに西部邁さんの福田恆存論を再録。
鳳八千代さん、久米明さん、西本裕行さんといった、役者として福田さんに接した方々のインタビューも収録。

さらには単行本未収録作品も含む、福田さん自身の論考まで収められているという、充実の一冊です。
ちなみに私も、「福田恆存の劇的精神 『敵』が立派なのは良いことだ」という評論を寄稿いたしました。

さて。

「福田恆存 人間・この劇的なるもの」が素晴らしいのは、福田さんの持つ保守系の思想家・評論家としての側面(つまり言論人の顔)と、劇作家・演出家としての側面(つまり演劇人の顔)を、バランスの取れた形で紹介していること。
二つの側面の接点となったのが、翻訳家としての側面ではないかと思うのですが、とまれ福田さんの言論の偉大さは、演劇人としての経験や洞察に支えられているところが多いのです。

以前にも何度か書きましたが、演劇は国の縮図。
芝居そのもののあり方だけでなく、芝居を上演する人々のあり方にも、時代や社会の本質が凝縮して反映されます。

現に福田さんは、1965年に発表した「演劇的文化論」という文章で、なぜ演劇にこだわるのかをめぐり、こう書かれている。

私の中には健康、秩序、有機性、全一性といったものにたいする憧れがあって、一方、現代日本の文学、芸術、文化すべてにおいてその憧れが満たされず、その欲求不満がいつの間にか私を演劇に追い込んだのではないかと思うのです。

健康、秩序、有機性、全一性は演劇において最も維持されており、また最も回復されやすいものであると同時に、日本の新劇(※)においては最も歪められ、最も回復しがたい状態に陥っております。何よりもその逆説に私は惹かれたのに違いありません。
(原文旧かな、表記を一部変更。以下同じ)

(※)新劇とは「西洋風の近代的な芝居」を意味する言葉。「明治維新以前を舞台とする伝統的な芝居」を指す「旧劇」の反対語でもある。現在では死語に近いが、かつては広く使われた。なお「旧劇」に取って代わる形で定着した言葉が「時代劇」。

私なりに要約すればこうなります。
1)今の日本は、あらゆる分野で〈健全なまとまり〉が損なわれており、その意味で保守(=できるだけ望ましい状態を達成・維持すること)が実現されていない。
2)しかるに演劇は、国の縮図であると同時に、実際の国家に比べればずっと小規模なものなので、〈健全なまとまり〉を回復することも比較的容易なはずである。
3)ところが演劇は、時代や社会の本質が凝縮して反映される性格ゆえに、〈健全なまとまりの欠如〉という問題も、他の分野よりいっそう顕著に背負い込んだ。
4)つまり演劇は、近代日本の病弊が最も端的に表れるところであり、かつ病弊からの回復の可能性が最も高いところなのである。このパラドックスゆえに、私は演劇に惹かれた。

福田さんにとり、演劇への情熱は、国や社会をめぐる〈保守〉の願望の表れだったのです。
裏を返せば、国や社会をめぐる福田さんの言論が、〈劇〉に裏打ちされるのは当然のこと。

面白いことに、おなじみエドマンド・バークも、「フランス革命の省察」でこんな趣旨のことを述べています。

フランス革命がいかにとんでもないかは、「こんな内容の芝居を劇場で観たら、自分はどう反応するか」を想像してみればよく分かる。〈民衆の勝利〉に歓喜するどころか、国王一家に加えられた非道な仕打ちに涙したり、革命派のメチャクチャぶりに、呆れつつも戦慄したりするに決まっているではないか。演劇発祥の地、古代アテネの観客なら、そんな舞台にはヒンシュクの嵐を浴びせただろう。

詳細はこちらをどうぞ。
「〈新訳〉フランス革命の省察 『保守主義の父』かく語りき」(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj_(紙版)
http://amzn.to/19bYio8_(電子版)

福田さん同様、バークも演劇を国の縮図と見なしているに違いない。
だからこそ革命の問題点も、芝居に例えればよく分かるというわけです。
ただし「愛国のパラドックス」でも述べたとおり、自分自身を笑うユーモアを持つことも保守の条件。
「演劇的文化論」で、福田さんはこうも書いておられます。

私の論調は、新劇改良抜きに日本近代化の問題は解決しえないということになりますが、たとえそこまでは本当だとしても、私がそのためにあらゆる犠牲を払って演劇運動を起こすような憂国の士であるような誤解を生じては困るので、その点はやはり好きだからと言うほかはないようです。

そりゃそうだ。
「凝視(み)よ、日本再生をめざすわれらの舞台を!」なんて構えられた日には、観る方だって気詰まりになること確実。
ついでに問題意識がそこまで先走ったら、面白い作品ができあがることはまずありません。
イギリス出身の名演出家、ピーター・ブルックが言うとおり、〈劇〉とはプレイ、すなわち「遊び」。
演劇が国の縮図であるのを思えば、これは「遊び心のない保守は、真の保守ではない」ことを意味するでしょう。

そんなわけで、福田さんの言論の鋭さやユーモアは、多分に演劇によって支えられているのですが・・・
〈健全なまとまりの欠如〉の概念は、今の日本の問題を理解するうえで、非常に有効なものでもあるのです!

これについては次回やりましょう。
ではでは♪

PS
月刊三橋最新号のテーマは、「日本経済の大問題」。

日銀は何を間違えたのか?
マスコミが報じないTPP交渉の真の問題点、
「国の借金問題」のウソ、大阪都構想、リニア新幹線、原発再稼働ほか、
2015年上期の経済ニュースを徹底解説

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

<佐藤健志からのお知らせ>
1)福田恆存さんを演劇に惹きつけたのは、近代日本において演劇が抱えこんだ〈パラドックス〉だった!
三橋貴明さんも「読んで『これだ!』と思った」と絶賛!

「愛国のパラドックス 『右か左か』の時代は終わった」(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

2)5月26日に刊行された「文藝春秋スペシャル 教養で勝つ大世界史講義」に、評論「ウェストファリア条約〜『宗教戦争』の終わらせ方」が掲載されました。

3)5月29日(金)の6:00〜7:00、文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」に出演します。
http://www.joqr.co.jp/tera/

4)5月30日(土)の20:00〜23:00、日本文化チャンネル桜の「闘論! 倒論! 討論!」に出演します。
http://www.ch-sakura.jp

5)〈健全なまとまり〉を欠いたまま発展や繁栄をめざすと、国がどうなるかという記録です。
「僕たちは戦後史を知らない 日本の『敗戦』は4回繰り返された」(祥伝社)
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6)演劇のみならず、アニメや映画といったポップカルチャーからも、時代や社会の真実が見えますよ。
「夢見られた近代」(NTT出版)
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「震災ゴジラ! 戦後は破局へと回帰する」(VNC)
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7)そして、ブログとツイッターはこちらです。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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