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2015年4月25日

【平松禎史】霧につつまでたハリネズミのつぶやき:第十二話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

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●●憲法9条は日本の誇りなのか? 国家の危機の原因か?
月刊三橋最新号のテーマは「激論!憲法9条〜国家の危機に備えるために」

https://www.youtube.com/watch?v=4OQ4DnbgVS0&feature=youtu.be

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◯オープニング

先日、「新」日本経済新聞の執筆者の方とお話する機会がありまして
どういう経緯かは忘れましたが…何しろだいぶお酒も入ってましたので…映画の話で盛り上がったのです。

ボクが好きな映画の一本『キャスト・アウェイ』をご存知かお聞きした所、観ておられないということで簡単なあらすじなどお話したんですが、今回、この場をお借りしまして続きを書いてみたいと思います。

「忙しい人のための・・・」みたいな感じですが、例によって長くなってしまいました。(^_^;)

エンディングでは、アニメ(ーター)見本市でボクが監督する「イブセキ ヨルニ」をちょこっとご紹介しています。

第十二話「ぼくらはみんな漂流者」

◯Aパート

『キャスト・アウェイ』は、2000年、ロバート・ゼメキス監督がトム・ハンクス主演で撮った映画です。

あらすじはこうです。

フェデックス(世界最大手の運送業者)の管理職チャックは同乗した同社貨物機の墜落で無人島へただ一人漂着。
無人島で4年間を過ごした後、島から脱出し、故郷メンフィスへ帰還する。

たった二行ですね。

この二行に、観れば観るほど味の出る物語が凝縮されているのです。

キャストアウェイ castaway は、漂流者を意味するそうです。

_ _ _

映画のあらすじは「つかみ」であって、様々な出来事や、細かなディテールの意味するところ
そして、語り口が重要です。

物語の中で、明確な大きな決断が三度あり、その意味するところが映画のテーマとつながっています。

映画の登場人物はおおまかに主人公チャックとその婚約者の二人。
人物設定も映画の大事な要素です。
チャックは誰よりも時間を大事にし、限られた時間をどれだけ有意義に過ごせるかを重視して計画通りに事を進めようとする。そのために、多少は道徳的でないこともやってきたであろう人物です。
チャックにはケリーという恋人がいます。学位を取るために勉強していてチャックは彼女の人生を最大限尊重し、ケリーはチャックを尊敬しています。二人は結婚して幸せな家庭を築きたいと願っている。

悪化した虫歯が気になって仕方がない描写がありますが、チャックにとって意外な意味を持つことになります。

無人島では、もう一人の「登場人物」と出会うことになります。

ケリーに婚約指輪を渡して旅立ったチャックは、貨物機が海に不時着し、島に漂着します。
パイロットとフェデックス社員の三名は死んでしまいます。
小さな無人島で、食料も水も火もない。連絡手段もありません。

唯一の救いはケリーからもらった懐中時計でした。
壊れて動かなくなってしまいましたが、蓋の裏に愛するケリーの写真が貼ってある。
それだけです。

チャックは、貨物機から漂着したいくつかの荷物を回収し、雨に濡れないようゴムボートをかけて保管します。
チャックが大事にしていたのは時間だけでなく、誰からとも分からないお客様からの荷物だったのです。

島は四方から荒波が打ち寄せていて脱出が難しい。
一度ゴムボートで出たものの波にひっくり返されてサンゴで足に大怪我をしてしまいます。
サンゴで怪我をしたことがある人はお分かりでしょうが、めっちゃ痛くてなかなか治りません。

結果「この島からは出られない」と、強い固定観念を植え付けられてしまうのです。

_ _ _

救助を待つ間、とりあえず、ここで生きのびねばなりません。
しかし、水分はココナッツしかありません。
石器を作ってココナッツを割ります。まるで原始人です。
救助を待つのも限界が来ました。

そこで重要な決断を行います。
「荷物の開けて生きるために役に立つものを探す」

一度目の決断です。

大事にしていたお客様の荷物を開けてしまいます。
このシーンは非常に重要で、ゼメキスの演出も非常に繊細に積み重ねられています。
なぜ重要かといえば
この島を「救助を待つだけの場所」から「長期間生活する場所。もしかしたら死ぬまで…」へと意味を変えることになるからです。

「早く帰ってお客様の荷物を配達したい」という責任感より「ここで生き抜かねばならない」という気持ちが勝った瞬間です。

開けた荷物の中には離婚承諾書や日本語タイトルが貼られた大量のビデオテープ、孫へのプレセント、サッカーボールなどいろいろ出てきます。

荷物から出てきた役に立ちそうなもの。
スケート靴はナタや包丁に。ド派手なドレスのレース(?)は魚を捕まえる網に。ビデオテープは後にロープとして使われます。

乗組員の一人が無人島に漂着します。
既に亡くなっていましたが、彼が履いていた靴、身に付けていた防水仕様の懐中電灯が手に入りました。電池が切れるまでは役に立ちそうです。
チャックは彼を丁重に埋葬します。

荷物から得た様々な道具で生活環境や生産性の向上を。
靴と光を手にして行動範囲を広げることができるようになります。

問題は火です。魚やカニを捕らえても生では食べられません。
日本人からすると「踊り食い美味そう!」と思ってしまいそうですが、アメリカ人には無理だったようで(笑)
なんと言っても火がなければ話しにならないのです。

木をこすって火を起こそうとします。
なかなか火がつかない苛立ちをサッカーボールにぶつけるチャック
「ライターなんて持ってないよな?」
無人島に漂着してから、このサッカーボールにぼやき始めるまで、セリフは全くありませんでした。
見ているこちらも、久しぶりに言葉を耳にしてホッとします。

新たな「登場人物」、ウィルソンと名付けられたサッカーボールは苦楽を共にする唯一最大の親友になるのです。

_ _ _

チャックはウィルソンとともに岩山の洞窟で生活し始めます。

二度目の決断がやってくる。
映画の最初からずっと気にしていた虫歯が悪化して耐えられなくなり、抜歯することを決断します。
スケート靴の刃を使って抜く、というか折る荒業で・・・激痛のため失神してしまいます。

なぜ重要かといえば、虫歯とともにチャックのここまでの人生(こだわり)が抜かれてしまうことになるからです。
(この意味は初見ではちょっとわかりにくいかもしれません。)

失神した後、映画は4年後へジャンプします。

◯中CM

飛行機の不時着シーンは、ヒッチコックファンなら「オマージュ」だと気がつくでしょう。
チャックの目線でコックピットの向こうに見える海面がどんどん近づき、ついに海へ突入。
ガラスを破って海水が飛び込んで来て人や荷物を押し流すまでワンカットで撮られています。
ワンカット処理の演出意図は、カメラを外に出して客観的な画面を見せてしまうと緊張感が薄れてしまうためです。
チャックの視点に限定しているのです。

これはヒッチコックが1940年に撮った『海外特派員』と全く同じで、みるみる近づいてくる海へそのまま突入する同じ演出が存在します
「海外特派員」では、このワンカットを撮影するためにコックピットの舞台セットと、水を流し込むための高いすべり台、何トンもの水が用意されました。
ガラス越しに見えている海は紙製のスクリーンに背後から映されていて、合図とともに水が凄い勢いで落ちてきてスクリーンをぶち破ってコクピットに突入する仕掛けです。
パイロット役の役者さんごと「本当に」押し流してしまうのです。
一発勝負の特撮。
無茶なことしますね(笑)

『キャスト・アウェイ』ではCG技術が併用されていて、さらに迫力のある映像になっていますが、原理的には60年前と変わっていません。

不時着前の嵐の前の静けさから着水まで、音でリアリティを表現したランディ・トムの音響演出もすばらしい。
無人島でドドドォーーーーンと常に響いていた波の音はチャックや見ている私達を縛ります。
恐怖の対象なのです。

映画は、すべてチャックの視点で描かれます。
無人島にいる間、恋人や友達はどうしているか?捜索活動は?など、チャックが知り得ない状況は全く描かれません。

こういった古典的手法も実にヒッチコック的ですが、無声映画からトーキー初期を研究すれば、映画の基本に気が付くことでしょう。

◯Bパート

ここからはネタバレです。
メルマガでは、文字情報でネタバレして魅力が失われるタイプの映画は紹介していないつもりですので遠慮なく書いていきますよ。

この映画最大のキモは「ウィルソンとは何者だったのか?」だと思います。

前半までのチャックのこだわりは虫歯とともに抜けてしまいました

後半は、もはや帰ることを諦めたチャックとウィルソンの生活で始まります
髪も髭もぼうぼうで、痩せこけたチャックはまんま原始人のよう。
生魚も平気で食べられるようになりました。

トム・ハンクスは、前半を撮影して一旦中断し、その間に別な映画の仕事をしながら22.7kg減量して後半の撮影に挑んだそうです。

チャックは、一日の出来事、これまでの人生、愛するケリーのこと、全てをウィルソンに語りかけます。
洞窟の小さな穴から差し込む光の点で、太陽の運行を調べて今が何月なのか割り出しています。
時を大事にしてきたチャックならではで、春をすぎる頃に西風が吹くも検証していました。

三度目の決断。
島に簡易トイレのカベ材が漂着します。
これを帆にして大型のイカダを組めば脱出できる。チャックは目の色を変えます。

イカダに必要な木材の太さと本数、ロープの長さ、全て用意するのに必要な時間。
瞬く間に計算します。さすがとしか言いようのない手際と頭脳です。
時間を気にし、カチカチと計算していたかつての自分を思い出して自嘲するチャックは、無人島で失った多くのもの、一度はすべてを諦めて死のうとしたにも関わらず生き続け、その間も失わなかったものを思い出すのです。
生まれながらに持つ個性と、自分の個性を育てた半生、ですね。

無人島での生活が新たに加わり、ウィルソンはそのすべてを見て、聞かされてきたもう一人の自分なのです。

ウィルソンとともに見事島から脱出し、大海原を故郷へと進みます。

しかし、荒海でイカダはボロボロになり、帆も飛ばされて漂うしかなくなります。
何度めかの万事休す。

その時、ウィルソンが海の彼方へ流されていきます。
チャックは必死に泳いで追いかけますが、ウィルソンは海の彼方へ消え去って行ってしまいます。

本当にひとりぼっちになってしまったチャック。

これまでの人生を刻み込まれたウィルソンは消え去って、抜け殻のチャックだけがイカダに横たわって海を漂います。

_ _ _

チャックは貨物船に拾われてあっさりと故郷へ帰還しました。
ケリーとどうにか再会できたものの、彼女は別な物語を始めていました。

チャックは再び一人になります。

これで映画は終わりでしょうか?
終わりません。

映画の最初の場面は、これまで書いてきたチャックの物語とは無関係のところです。
アメリカ中部の荒野(ヒッチコックの「北北西に進路を取れ!」の一場面によく似ています。)の一軒家で暮らす彫刻家の女性が、ひとつの荷物をフェデックス社の配達員に託します。
彼女は、荷物にはトレードマークの天使の翼を描くのが決まりだったようです。

チャックが知らない物語です。

そして、チャックが無人島で箱を開け始めた時、天使の翼が描かれた箱だけは開けられなくて、側においていたのです。
天使の翼はチャックにとって希望を象徴するものになり、最初の場面とつながります。

そして最後にもつながります。
故郷に帰ったチャックは、天使の翼の荷物を送り主に返そうと荒野を訪れますが、留守だったので、荷物を玄関先に置いて帰ります。

海のように広くて何もない場所で、チャックは行き先が分からなくなる。
通りかかったラテン系の女性に道を聞くのですが、その人が天使の翼の送り主でした。

映画は、始まりと同じ十字路で、その真ん中に立つチャックの姿を高いところから映す画面で終わります。

大海原の小さな無人島にいる自分と、だだっ広い大地の上にいる今の自分。
同じじゃないか。

どこでも、誰でも、確実なものは何もない。
ぼくらは漂流者だと示唆しているようです。

同時に、決断次第で可能性を広げることができます。
死んでしまうリスクと背中合わせでね。

_ _ _

「”時”は、誰にも非情だ。」
「我々は、”時”に縛られている。」

冒頭、ロシア人に訓戒した”時”の非情さを自ら思い知りました。
でも、その捉え方は、以前とは違っているでしょう。

◯エンディング

映画の感じ方は人それぞれなので、これが正解ではありません。
今回は、政治経済と絡めることもせず、映画が提示した材料から、かなり直接的に示唆するであろうことをまとめただけで、もっと深読みすることも可能だと思います。

観ていただけると嬉しいです。

…にしても、自社の飛行機が墜落してしまう映画に協力しているフェデックス社は太っ腹ですな。

さて
アニメ(ーター)見本市でボクが監督する『イブセキ ヨルニ』です。
さかき漣著『顔のない独裁者』から、政治経済だけに依らない、どこでも、誰でも、直面し得る恐ろしいことを7分程度に凝縮しています。

音楽にも注目してくださいね。

制作は大詰めに差し掛かっています。
『キャスト・アウェイ』で言えば、イカダで海に出て荒波にもみくちゃにされている辺りでしょうか?
沈没しないようがんばります。

「大阪都構想」の住民投票まで、あと21日。
『イブセキ ヨルニ』は、その前には公開されるでしょう。たぶん。(冷汗)

公開後に行われる「同トレス」というニコ生の解説番組にはビッグゲストをお招きする予定です。

お楽しみに。

◯後CM

日本アニメ(ーター)見本市の公式サイトです。
現在19話まで。すべて別々な短編アニメーションです。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を制作しているスタジオカラーのメインスタッフと、日本を代表するクリエイター、これから背負って立つ若者たちが、他では見られない短編アニメーションを繰り出しています。

ボクの監督作品一本目は第7話「until You come to me.」です。
この作品のエンディングで聞こえる波の音は、『キャスト・アウェイ』へのオマージュだったりします。
http://animatorexpo.com/

PS
憲法9条は日本の誇りなのか? 国家の危機の原因か?
月刊三橋最新号のテーマは「激論!憲法9条〜国家の危機に備えるために」
https://www.youtube.com/watch?v=4OQ4DnbgVS0&feature=youtu.be

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