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2015年4月2日

【柴山桂太】危険な為替条項

From 柴山桂太@京都大学准教授

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4月下旬に安倍首相が訪米し、上下院合同会議で演説するとのこと。「戦後70年」の節目の年に、何を語るのかに注目が集まっています。

歴史認識問題については、今夏に発表される「安倍談話」の内容を先取りするものになるでしょう。しかしここで注目したいのはTPPの動向です。

アメリカはもうすぐ大統領選挙モードに入るため、ここで話がまとまらないと交渉は漂流します。なのでこれが最後の山場になります。安倍首相は「訪米に合わせて必要のない妥協をすることはあり得ない」と述べていますが、どうなることやら。
http://mainichi.jp/select/news/20150327k0000e020254000c.html

他方、甘利大臣はオバマ政権に、TPA法案を早く成立させるよう要望しています。フィナンシャルタイムズ紙が、「日本は珍しくアメリカに対して強気だ」と報じていました。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85080480R30C15A3000000/

日本は、すでに農業関税などの分野で妥協する気満々です。農協改革でJA全中を解体するなど、一番の反対勢力であったJAグループの政治力も封じました。なので安倍政権としては、「あとはアメリカ次第だ」ということなのでしょう。

TPA(大統領貿易促進権限)とは、アメリカ大統領(行政府)に外国との貿易交渉を一任する権限で、議会の承認が必要になります。影響力の低下を恐れる議会は、なかなかこの権限を認めません。TPAは、2007年に失効していますので、オバマ政権は新たに議会から承認を取り付けなければなりません。

以前も取り上げたように、米議会は「TPPに為替条項を導入せよ」とオバマ政権に要請しています。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/19/shibayama-44/

為替条項とは、相手国が通貨操作を行っていると(アメリカが)認定した場合、関税引き上げなどの措置を取れるというものです。米議会は以前から為替問題には敏感でしたが、最近のドル高でますますヒートアップしています。貿易赤字の拡大や国内製造業の空洞化に拍車がかかるのを恐れているわけです。

もちろん、為替条項など日本は飲めません。だから米議会が強硬な態度をとるかぎりTPPは結ばなくて済むのですが、これで一安心とはいきません。TPPは TPPで結んでしまって、為替条項は別の方法で実現しようという提案が、アメリカで出始めているからです。

雑誌『フォーリン・アフェアーズ』のオンライン版で、自由貿易派で知られるフレッド・バーグステンが「為替操作の真実」というエッセイを寄稿しています。
http://www.foreignaffairs.com/articles/142784/c-fred-bergsten/the-truth-about-currency-manipulation

バーグステンは、今後、通貨安競争が再燃することを考えると、為替問題への対策はさけられないと言います。だから議会や自動車産業がTPAに反対しているのはもっともである、と。

しかし、TPPにあらたにこの条項を持ち込むと、金融担当者が交渉に加わってさらに時間がかかってしまう。そこでTPPはTPPで進めよう、そのかわり議会が懸念している為替問題については、「為替操作に対するペナルティ」を強化する別の方法を考えるべきだ、と提案しています。

方法は3つ。まず、「為替操作国の認定」を大統領が行えるようにする。2つ目に、為替操作国と認定した場合には、相手国が貿易協定に参加しているかどうかに関係なく「報復関税」を課す。これはWTO違反の疑いが濃厚ですが、かりに訴えられても堂々と戦えばいいとバーグステンは言っています。
3つ目が「報復的な通貨介入」です。この政策は、実施しなくても実施すると宣言するだけで、相手国への脅しになります。コストが少なく、またこの手法を禁止する国際ルールもないため、もっとも効果的だとしています。

バーグステンが為替操作国として念頭においているのは中国ですが、潜在的には日本やEUも入っていると考えていいでしょう。現に米議会では、日本の量的緩和を通貨安誘導だと非難する声が少なくありません。そこで、TPPと為替条項を切り離して、為替についてはアメリカ独自の判断で「報復」できるようにしよう、というわけです。

この提案が採用されると、TPPは案外スムーズに決まってしまうかもしれません。しかし、日本はいつ「為替操作国」に認定されるかわからないという不安定な状況におかれることになります。安倍政権はいま、アメリカに対して強気に出ているつもりでしょうが、そんな優位はあっという間にひっくり返されるということを忘れるべきではありません。

バーグステンも言う通り、世界経済ではこれから、通貨安競争が再燃していくでしょう。TPPで貿易を自由化しても、今度は為替を理由として新たな紛争可能性が出現します。そんな厄介をかかえてまで、TPPは進めなければならないものなのか。いずれにせよ安倍政権には、TPPを急ぐあまり安易な妥協をしないよう願いたいものです。

PS
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【柴山桂太】危険な為替条項への2件のコメント

  1. ハーヒーフーヘイゾー より

    >>いずれにせよ安倍政権には、TPPを急ぐあまり安易な妥協をしないよう願いたいものです。 柴山さんの深い現状分析と考察には感服します。が、しかし アメリカからの外圧などないにもかかわらず、TPPを妥結したいあまりに邪魔者である農協の政治力を削ぐような政策を平気で推し進めるような政権にそんな事を願っても無駄というものです。オルテガの言うように、馬鹿は死ななきゃ治らないですから。

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  2. 日本晴れ より

    最近話題になってるアジアインフラ投資銀行とかもこのTPPの話とかもちゃんと国益の事考えて、多面的に多極的に考えてからやって欲しい物です焦燥感とか単なるノリでやるとかにならないでほしいです。個人的に最近思うのはEUが出来る前にメディアや知識人はどうと言ってたかです。僕が覚えてる限りEUが出来る前はEUが出来ればEUはもっとダイナミックに成長する、EUに入ってる所と入らない所とでは差が出るだろうと言ってたのが大勢派だったと思います。でも蓋を明けて見ればEUはギリシャ問題とか他の問題も含めてEUが出来る前とそれほど変わらないあるいはマイナスになってるのが現状だと思います。そういうEUの前例も含めてこういう事に過大評価する人が多すぎるなと思います。

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