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2014年5月1日

【柴山桂太】金融戦争

From 柴山桂太@滋賀大学准教授

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●韓国大崩壊 ただ1つの理由
https://www.youtube.com/watch?v=ZK5RY5rIGs8

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ウクライナの危機は、長期化が予想されます。アメリカやEUの強い抗議を受けても、ロシアがクリミア半島をウクライナに返還することはないでしょう。他方で、クリミア半島の併合をアメリカが承認するとも考えにくいものがあります。国境線の恣意的な変更を認めてしまえば、領土紛争を抱える他の国々に誤ったメッセージを発することになるからです。ロシアもアメリカも、この問題をめぐっては一歩も退けません。

そうした状況の中、「新しい冷戦」という言葉も聞かれるようになりました。例えば、ヌリエル・ルービニ(リーマンショックを予想したことで著名なエコノミスト)は、インタビューで「西欧とロシアの新しい冷戦が始まろうとしている」と述べています。
http://www.businessinsider.com/roubini-cold-war-with-russia-2014-4

またルービニは、対立がエスカレートすれば新しい経済ショックが起きるかもしれないと予想しています。ロシア産ガスの価格が上昇したり、ガス供給を削減したりすれば、脆弱なユーロ圏経済がさらに打撃を受けるので、「ヨーロッパ経済がふたたびリセッション(景気後退)に逆戻りするかもしれない」とのこと。

論点は二つあります。一つは、今の対立を冷戦になぞらえることが正しいのかという問題。もう一つは、今回の対立が経済危機の引き金になるかどうか、という問題です。

第一の問題について言えば、私は今の状況を冷戦にたとえるのは正しくないと思います。戦後の冷戦時代と今は、置かれている状況がまったく変わってしまったからです。

第二次大戦直後、ソ連は経済大国でした。GDPも工業生産も、アメリカに次ぐ実力を持っていました。しかしソ連崩壊後のロシアは、そうではありません。ロシアのGDPはイタリアを若干上回るくらいです。大国と言えば大国ですが、西側の向こうを張れるほどの大きさではありません。
http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpd.html

人口も1992年からピークアウトし、高齢化も進んでいます。
http://ecodb.net/country/RU/imf_persons.html

よく「二一世紀は資源国の時代」などと言われますが、資源が豊富でその輸出に経済を依存している国は、経済成長がグローバル経済全体の動向に左右されやすく、不況に弱いという特徴があります。また、いわゆる「資源の呪い」と言って、資源の豊富さに反比例して工業生産が停滞するという現象も見られます。

ロシアは完全にこのパターンです。経済は原油と天然ガスの輸出に深く依存しています。そのため資源の市況価格に景気が振り回されやすい構造にあります。リーマンショック後は経済成長率も低迷気味で、二〇一四年はゼロ成長になるおそれも出てきました。
http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303433504579503263663788146.html

いかにプーチンの独裁が強力でも、ロシアはいぜんとして「脆弱な国家」なのです。

他方で、アメリカも冷戦期ほどの力はありません。経済的、軍事的にはいぜんとして超大国ですが、イラク戦争の失敗で、威信は大きく低下してしまいました。何より、世界のあらゆる問題に介入し続けるだけの「意志」がすり減っています。特にリーマンショック以後は、外交問題より内政問題の方を優先してくれ、というのが国民の本音でしょう。

冷戦時代は、アメリカとソ連という超大国が、世界中の問題に介入し続けるだけの「能力」と「意志」を持っていたために、二極体制が実現しました。しかし今やロシアにはそれだけの「能力」がなく、アメリカには「意志」が欠けている。この状況で、かつての冷戦体制が再現するとは考えにくいように思います。中国の台頭や米欧の温度差などを考えても、今の世界は不安定な多極体制、または無極体制(いわゆるGゼロ体制)に向かっていると考えるのが自然でしょう。今回の危機もその文脈で理解しなければならないと思います。

第二の問題に移りましょう。今回の対立が経済危機につながるかと言えば、ルービニ教授が言うように、その可能性は否定できないと思います。グローバル化で金融市場が緊密に結ばれているため、ロシアで何かあるとその影響が西側にも波及するからです。ロシアに融資を行っているのはフランスやイタリア、ドイツなど西側の金融機関です。
http://money.cnn.com/2014/03/20/news/economy/russia-west-banks/

上記記事によると、欧州系金融機関のロシア向け融資の規模は決して大きくはない(どの国でも銀行資産に占めるロシア向け融資の割合は1%未満)ものの、危機が深まれば影響は軽微ではないだろう、とのこと。ロシアの金融資産凍結をめぐって、アメリカと欧州に温度差があるのも、こうした事情が背景にあるものと思われます。

アメリカは、次第に資産凍結の範囲を広げようとしています。これは北朝鮮やイランに対して行ったのと同じやり方です。しかし、ロシアの場合は北朝鮮やイランに比べると経済の規模が大きく、EUとの経済的な結びつきも強いため、事と次第によっては新たなグローバル・ショックを引き起こすかもしれません。

しかし、ウクライナ問題で後に退けないアメリカは、今後もロシアへの金融制裁を強めていくでしょう。新興財閥(オリガルヒ)に打撃を与えることで、プーチン政権の基盤を揺るがせ、ロシアから譲歩を引きだす思惑でしょう。しかし、つながりすぎたグローバル経済の下では、ロシアに打撃を与えるつもりがヨーロッパ経済に、ひいてはグローバル経済全体に打撃を与えてしまうおそれがあります。

冷戦期には、西側と東側は、貿易面でも金融面でも没交渉でした。しかし今は違います。これから始まるのは「新しい冷戦」ではなく、グローバル経済全体の命運を賭け金として行われる、二一世紀版の「金融戦争」なのです。

PS
三橋貴明の無料Video「雇用破壊」
日本人を貧民化させるのは国益なのか?
http://youtu.be/IsJZZaD-rPQ

<お知らせ>
5月24日に熊本で講演します。
http://ninigi74.com/info/645967

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