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過日ご紹介差し上げた、佐藤健志さんの「震災ゴジラ!」の中に、
大衆受けするいろんな物語の背後にある潜在意識を分析するのが楽
この問題は、現代の日本社会が、
で、その歌詞というのは、次の様なものです。
「(赤ちゃん達は)みんな、決めたミッション(使命)
その未来のふたり(パパとママ)を守るために来た。」
#( )内は、前後の文脈に基づいて筆者加筆
一番最初にこの歌詞を耳にした時、「えっ?」
「そんなバカな・・・、
と思いましたが、何度聞き返しても同じ風にしか聞こえません。
通常、義務を果たさない人間には、処罰が与えられます。
そうなると、パパとママは、
つまり、上記の歌詞は、両親には、「子供を虐待する権利」
じゃぁ、子供はパパとママを「守る」としたら、
第一に考えられるのが、「老後の介護」ですね。
つまりこの歌詞は、一面に於いて「
第二に考えられるのが、「パパとママにとってのペット」ですね。
パパとママが喧嘩したり、家の外でイヤな事があったときに、
実際、上記の歌には、
「どんなときもふたりの味方になるよ
その未来の たぶんいちばんのともだち」
とも歌われていますから、こりゃもう、ペットそのものですよね。
あと、子供達には、
第三に、
第四に、
第五に、ある程度の年齢に達したときには、
何と言っても、赤ちゃんは、「どんなときもふたりの味方」だし、
(※ その何でもありさ加減ときたら、そりゃぁもう、
・・・・って事で、
・・・・以上、いかがでしょうか?
ちなみにこの問題、普通考えれば論理構造が逆ですよね。
パパとママは、
まぁ、そんな事を言い出したら、「何、
実際、この歌は、Basies are popstarsというタイトルです。つまり、「赤ちゃんは、
じゃぁ、この「夢」を見ているのが誰かと言えば。。。。
つまり!
この歌詞は、現代社会のパパとママ達の、
「子供が単なるペットみたいなもんで、
なんていう、心密かに潜在意識の中に持っている、
とはいえ、人気ソングになっちゃえば(ポニョと同様に)
例えば、超絶に大衆的で幼稚な夫婦が、初めて子供を宿し、
妻「そうかぁ。。。この子は、私たちの味方になるために、
夫「そうだよ、そうだよ。この子は、
なんてやって、実際に生まれたら夜中にぐずるは、
妻・夫「はなしが違うじゃねぇかぁぁぁっっ!!」
といって、ぶち切れて虐待しはじめる。。。。。なんて夫婦が、
#ってことで、この記事は、そうならないための、ささやかな「
では!
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【藤井聡】幼児虐待の潜在意識への6件のコメント
2014年1月15日 9:46 AM
これは親から子に向けられた歌というより、子から親に向けられた歌だと思いました。成人式のニュースを見ていても新成人の人たちが、親に対する感謝の心を素直に口にしていたので、この歌も子供が親に感謝の気持ちを向けたものだと思いました。
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2014年1月16日 5:01 PM
僕は、この話を聞いてゼウスになりたいと思った彼のように奔放に生きられるなら、それはそれは心地よいだろうそんな寝言は置いといて、仮に親殺しのポップカルチャーが流行り始めたら一体全体どうするつもりなんだろね、この国はネタには全く困らないし。例えば振り込め詐欺、たとえばニート、フリーターetr取るべき題材には全くもって困らない
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2014年1月18日 2:13 PM
最近、守るものと守られるものが逆さになったような感覚を持って降りましたが事実、歌の中にもそのような意識形成がなされる怨念がこめられておりましたか・・・昔、西洋のとある戦時中、ガス室で大人子供みな虐殺された時、大人が子供を足蹴にして上部にある空気を吸って助かろうとしたと聞きました。事実かどうか分かりませんがとてもおぞましいと思いました。そんな中、日本では、伝説ではあります。石川五右衛門という盗賊がおり、結局捕まって釜茹での刑に子供と共に処せられたと言う話があります。この時、五右衛門は、強がって良い湯加減だと言いながら、自分の子供が熱さにかなわず泣き出したら、子供をぐわぁーと抱え上げ自らを熱しながらも子供を救おうとしたと言う話です。日本人には子供を命がけで守る大人と言うものがストンと腑に落ちるのだと思います。ちなみにプロレスのくだりはグレイシーしか分かりませんでした・・・
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2014年1月19日 10:43 PM
「子供を愛さない親などいない」という言葉がありますが、それは嘘です。「親を愛さない子供などいない」が真実です。子供は親に愛されないと生きていけませんから、どんなひどい親であってもギリギリまで親を愛そうとする。その結果、無残にも殺されてしまうこともある。切ないものですね。問題の歌はそういうシビアな現実をシュガーコーティングしてしまう、オソロシイ歌と言えるのかもしれませんね。ところで「popstar」は厳密に言えば「ポピュラー音楽界のスター」という意味なのだと思いますが、藤井先生の解釈もアリなのかもしれません。
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2014年1月20日 8:39 AM
宮崎駿はあまり好きではないが、転生輪廻なあ。やっぱりこっちのほうがメイクセンスかなあ。釈迦も生まれると七歩あるいて天上天下唯我独尊って言ったそうだし、イエスも馬小屋で生まれると三博士が礼拝に来たっていうし。しかし、オイデプスやアジャセというのもあるから藤井さんの解釈もまんざらではないな。
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2014年1月20日 6:04 PM
「物語の背後にある潜在意識」を分析する観点で知らなかった事実があかるみになるということは私も理解しています。しかし、藤井先生はちょっといじりすぎだと思います。Yu-minはスピリチュアル系の転生輪廻観を歌にしたのだと思います。歌の主人公は再びこの世に生まれようとしている生命です。自分の意思で今度生まれる両親を選ぶそうです。あるいは、仏教用語でカルマ(業:ごう)でひきよせられるともいいます。あるいは心の周波数(愛?)が一致した行き先にうまれるともいいます。両親とその子供は、お互いに自分たちの心の在り方を修正するためにもっともふさわしい相手と親子になる約束をしていたのだともいいます。そういったスピリチュアル系の転生輪廻観をポップな感覚で世に広めたいという趣旨の歌だと感じました。
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