FROM 柴山桂太@滋賀大学准教授
夜が涼しくなり、すっかり秋らしくなってきました。このところ、秋になると毎年のようにアメリカ経済の不調を伝えるニュースが出てきます。(そういえば、リーマンショックが起きたのも5年前の9月でした。)ここでは二つ取り上げておきましょう。
まずは債務上限問題です。これは、2011年にも大きく報じられましたが、今回も結構まずいところに来ています。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE98O02U20130925
議会の説得に手こずっているらしく、ルー財務長官も危機感を表明しています。
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MTNFAU6JIJUP01.html
かつての日本と同様、アメリカも大統領が民主党、議会(下院)の多数派が共和党という「ねじれ」の状態が続いています。基本的に「小さな政府」を志向する共和党は、オバマ政権の拡張財政には反対の立場です。最近、アメリカの景気が上向いてきたという判断(それでも失業率は7%を超えており、まだ状態は悪いと思いますが)が出てきたことで、政権への攻勢を強めているようです。
前にも書きましたが、アメリカ経済はまだ本格回復というにはほど遠い状況にあります。日本の経験から言うと、バブル崩壊の影響は時間をかけて現れます。日本の株バブルの崩壊は1989年、不動産が1991年でしたが、本格的にデフレに突入したのは1998年から。つまり、バブル崩壊の影響が出てくるまでには、かなりのタイムラグがあったわけです。
日本も、バブル崩壊後しばらくは、低金利政策や財政出動の効果もあって、景気は順調に戻っているように見えました。(経済成長率は95年が1.9%、96年は2.6%でした。)それが97年の財政引き締めとアジア通貨危機の影響で98年にはマイナス成長に、そして今日まで続くデフレ経済に突入していった訳です。
アメリカの住宅バブル崩壊を2007年と見ると、今はちょうど日本の95、96年頃にあたります。ここで「景気が戻った」と過信して財政を引き締めたり、金融緩和を止めたりすると、何が起こるのか。バブル崩壊のタイムラグ、という日本の経験を踏まえるなら、アメリカが本当に正念場を迎えるのは2014年以後となるはずです。アメリカの議会も、日本の経験をもう少し真剣に考えた方がいいと思いますね。
もう一つ、貧富の差が記録的な水準に達している、というニュースも出ました。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2013/09/99-1.php
アメリカの上位10%の所得が、総所得の50.4%を占め、上位1%が19.3%を占める一方で、下位層の所得はほとんど伸びていません。英エコノミスト誌の記事では、中央値で見た場合の家計所得は2007年から低下傾向にあります。
http://www.economist.com/news/leaders/21586578-americas-income-inequality-growing-again-time-cut-subsidies-rich-and-invest?fsrc=scn/tw/te/pe/growingapart
所得格差は必ずしも問題ではない、という人もいます。かつての社会主義国でもあるまいし、完全な平等が望ましいとは限らない、問題は経済成長であって、成長さえ実現するなら不平等は問題ではない、という訳です。
こうした見方を一概に否定するつもりはありませんが、あまりにひどい格差が社会を痛めるのは間違いありません。事実、上に挙げたエコノミスト誌は自由貿易と市場競争が大好きな新自由主義の論調で知られていますが、それでも「不平等は非効率の症候だ」と警鐘を鳴らしています。
まず、あまりにひどい不平等は有権者が黙っていません。減税や緊縮財政を求める富裕層と、それ以外の層の間で、深刻な社会対立が生まれます。加えて、低所得層の教育機会が奪われるため、長期的に見れば経済成長を阻害してしまいます。(アメリカの青少年の学力は年々、低下傾向にあるというのが上の記事でも指摘されています。)
アメリカでは、経営者と従業員の報酬格差も急速に開いています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2101X_R20C13A9FF8000/
CEOと従業員の報酬格差は、1995年には122倍だったのが、2012年には277倍。これはストックオプションの行使分を含むとのことですが、それにしても上下の差が急激に拡大しているのは間違いありません。
今後、日本が企業統治や労働市場を「アメリカ化」して行けば、似たような傾向は日本でも出てくることでしょう。本当にそれでいいんでしょうか、産業競争力会議の皆さん。
問題は、いったんこうした格差が開き始めると、元に戻すのが並大抵ではないということです。格差の拡大は、今や世界的な傾向です。技術進歩やグローバル化の影響、再配分政策の見直しや緊縮財政の影響など、いろいろなことが言われていますが、一つ注意すべきは戦前の世界経済も今と同じように所得格差がひどかったということです。
日本も、戦前はひどい格差社会でした。日本が平等性の高い社会になったのはあくまで戦後の話であって、古くからあるものではありません。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4660.html
上のリンクの最初のグラフを見て頂ければ分かるように、(研究者によって推計値に幅があるものの)戦前は今よりもはるかにひどい格差社会でした。これは日本だけではありません。アメリカでもヨーロッパでも、戦前の格差は今と比べものにならないくらい大きかったのです。ちょうど今の中国のように、成長すれば格差が開くという状態でした。
流れが変わったのは、第二次大戦以後のことです。政府支出の拡大やグローバル化の制限、人口転換や労使協調などいろいろな要因がありますが、いずれにせよ、戦争という途轍もない経験があってはじめて流れが変わったという事実に変わりはありません。いったん格差拡大のスピードが上がると、それを押さえ込むのは並大抵のことではない、というのが歴史の教訓です。
最近、世界中で拡がる信用バブル(株や不動産のバブル)は、こうした格差の拡大に関係しているという研究もあります。
上位層だけが金持ちになるという社会では、中間層以下の不満が高まります。そこで政府は、株や不動産の値上がりを促すことで、見せかけの購買力を高めようとする。かりに政府にそうした意図がなかったとしても、所得格差の拡大を放置したまま信用供給の間口を広げていけば、遠からず経済はそういう事態になります。(これはアメリカだけでなく、最近の中国でも起きた事態です。)
つまり今の世界的な金融危機と所得格差の間には深いつながりがあるのです。
日本もこれから、財政を絞りつつ量的緩和を続け、日本型の企業統治や労働慣行を「アメリカ化」していけば、所得格差の拡大によるさまざまな問題が噴出してくるでしょう。バブル崩壊後の政府の対応についてはアメリカが日本の失敗に学ぶべきですが、所得格差については日本がアメリカの失敗に学ぶべきです。そうしなければ、世界はもっとひどいことになるでしょう。
PS.金融危機と所得格差については、以下の本で少しだけ触れました。
http://amzn.to/V42zOt
【柴山桂太】所得格差と金融危機への12件のコメント
2013年9月27日 2:19 PM
それから、Mac(と称するパーソナルコンピューター)も決して廃れてはいない。電車でもファミレスでも結構見掛ける。もちろん、昔のようにスポーツカー並の価格がつくなんてことはありえない。が、GUIを採用したシステムがMac一択であった時代が終わって久しいのによくもまあ、という気がする。マクロ経済もよいけれど、たまには、こういう、もっと身近な現象を観察してみてはどうかね、などと思ったりする今日このごろ。
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2013年9月28日 6:12 AM
「安倍さん」指示さん文脈を落ち着いてきちんと読み解いてください。ここで私が言いたいのは、数あるスマートフォンの中で、iphoneの人気がずば抜けている(ようだ)ということです。そして、とうとうかのDocomo社が、円安の作用で割高になる見込みであるにも関わらず、iphoneの大量輸入販売を決断した、その事実の重みを考えるべきだ、と言っているのです。そこに浅慮しか見ない人もいるだろうが、私はそれは違うのではないか、と言っている。消費者の商品選択基準が「安さ」だけではなくなっているのではないだろうか、というきわめてオーソドックスな問題提起をしているのです。(では何なのか、といわれると私にもわからないので、あなたにも聞いてみたいのだが)なので、Apple社の中核ビジネスがMacとiphoneのどちらなのか、という話はしてないし、ましてや、MacのPC市場におけるシェアなどははじめから問題にしてない。おわかり頂けたでしょうか。
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2013年9月30日 6:11 AM
何言ってんだ。10年以上前からappleコンピューターなんて誰も使わなくなったじゃねえか。Appleは今やコンピューターじゃ食っていけないの。iphoneという副業が本業になっちゃったの。しかし、これも時間の問題かもしれない。
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2013年10月1日 8:15 PM
>Appleより安価な端末は、前からあっ>た。それでも、人はAppleを選ぶ。その>意味を一度は考えてみなくてはならない。このことを体感するうえでは、希望小売価格を見比べるだけでなく、中古市場を観察されることをお勧めする。中古市場がある以上、手放す者もいるわけだが、それでも都合よく値崩れしてはくれない。
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2013年10月2日 9:40 AM
>経営陣なんて典型ですね。でも円安が進んで>Appleが値上げをしたのは今年の春でした。>こんなときに何年間も年間何百万台も売る約>束をして、大丈夫なんだろうか、円安が進む>んだから日本のメーカーの端末ほうが安くな>るじゃないかとは考えなかったんでしょう>ね。Appleより安価な端末は、前からあった。それでも、人はAppleを選ぶ。その意味を一度は考えてみなくてはならない。。。。ユーザーではないのでよくわかりませんが。
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2013年10月4日 4:16 AM
>あの前近代世界屈指のメトロポリス(キリスト教圏ではもちろん最大都市)もちろん、西暦1453年までの話です。
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2013年10月5日 10:18 PM
まともな再配分をやらずにモノ・サービスを売りつけようとしたら、そりゃ、行きつくところは資産効果の上げ底、言わば「バブル」ですよね。 こういうグローバリズム現状のもとで、競争の都合で再配分できない、従って社会不安も払拭できない、というなら、グローバル資本主義は、どうしても、どこかで止まって崩壊するのが必定ですね。 今は想像しづらいし、正直な生活実感としては、私自身、「グローバル化サイコー」な部分も今でも多分にあるのですが(だって、今さら某日本電気の「国民機」回帰なんかご免こうむりたい)、論理上の帰結としては、そういうことになってしまいそうです。 で、ここで少々飛躍して中二病的想像。 のみならず、われわれが見なれている近代社会は次第に姿を消し、今のわれわれが想像もつかないような権威主義的な(国家)体制のもとでわれわれは生きることになるかも知れませんね。 日本の核武装に端を発する北朝鮮化などまだ微温的な方で、もしかしたら徳川幕府が復活するかも知れないし、オウム国家的なもの勃興するかも知れない。あるいは、体制ですらなく、応仁の乱からのやり直し、なんてことも。 昨今、シリアが大騒ぎですけど、あそこら辺も、大昔、地中海世界の一環、すなわち、ローマ帝国の版図としてきれいにシステマティックに統合されていたはずです。その現代におけるグズグズぶり。これが何かを暗示しているような気がしてなりません。 ここからさらに飛躍して非国民モード。 ああ、それにしても、イスタンブールが五輪誘致競争で選に漏れたことがつくづく残念だ。 あの前近代世界屈指のメトロポリス(キリスト教圏ではもちろん最大都市)がどんな形であれ世間の耳目を集めることになれば、それと反照しあう形で、西欧主導型近代の来し方行く末を考えるよい縁になったろうに。オリンピックそれ自体の是非はともあれ。
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2013年10月6日 3:15 PM
今色んな組織の中枢に座る年代の思想や知識がそれ以前の年代や若い世代とは乖離があるようです。乖離というか劣っているでしょうか。東京エレクトロンの株主や役員もそうでしょうし、ドコモの経営陣なんて典型ですね。でも円安が進んでAppleが値上げをしたのは今年の春でした。こんなときに何年間も年間何百万台も売る約束をして、大丈夫なんだろうか、円安が進むんだから日本のメーカーの端末ほうが安くなるじゃないかとは考えなかったんでしょうね。連中はMBA世代ですしね。そういうのって経済全く知りませんし海外株主に都合のいいことしかやりません。頭の中もきっとまだ固定相場制のままなんでしょう。
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2013年10月8日 1:35 PM
自民党の山本議員が懲りずに自らのブログで、復興特別法人税の前倒し廃止の財源の心配は全くない!として、「オリンピック後の2021年度は逆に景気の急降下が予想される。こうしたことを考えると、2016年度から2020年度の間に消費税をもう5%引上げるということは景気変動をならすという点からも極めて合理的である。その中で、法人実効税率の引下げも考えていくというのが筋ではないか。」と結んでおります。これ、完全に格差を拡大させます。景気が良かろうが悪かろうが重たい負担を常に背負うという構図ですので。所得税や法人税なら不景気のときには自動的に軽減されますからね。反対側で法人税を減らすなら、喜ぶのは株主だけになります。2年前に「日本は今デフレで大幅な需給ギャップを抱えている上に東日本大震災という景気後退ショックが重なったのですから、これに増税するのは自殺行為です。」「上述したような日本経済の現状では、相当規模の買い切りオペを行ったとしても、物価の安定を目指した適切な金融政策運営で過度なインフレを防ぐことは十分可能です。これによって、激しいインフレにならないようにすれば、「円の信認」が失われることはありません。」と言っているのに、なんで急にアベノミクスが吹き飛ぶからというウソ話を作って消費増税推進に変身するんでしょうか。
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2013年10月8日 9:30 PM
結局あれだけの経済危機が起きたにもかかわらず、アメリカにEUそして日本も変わらなかった。人は失敗から学ぶ賢い生き物だと思いますが、同時に、何度も同じ失敗を繰り返す愚かな生き物でもあります。いや、あれを失敗だと思っているのかどうか。莫大な富を手にしている彼らにとってみれば、危機が起きても政府や中央銀行がなんとかしてくれるのだろうという高の括りがあるでしょう。また、「資本主義による平和」を無垢に信じる人々にとっては、あの危機も単に道端の石ころにつまづいた程度のもので、いまも彼らの望むボーダーレスワールドへの道の途上にあるとの認識なのでしょう。安倍首相もそのような認識の方のようで、このまままでは大規模な経済危機のみならず、各国内部の不満対立から生じる社会的混乱が不可避です。なんとか思想的な転換を実現したいですね。
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2013年10月9日 10:05 AM
ここで記事を載せている反動世代の人達が日本の希望かもしれません。40代前半以下の日本人がこれからの日本を変えていくのです。50代以上の人達では申し訳ないですが、日本を救えそうにないと思うのです。安倍総理も周りの意見に流されそうですし。そういう意味では三橋さん達が希望の光になるのではないかと思うのです。
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2013年10月11日 12:25 AM
柴山先生、興味深いお話ありがとうございます。2014年以降、アメリカは今年よりももっと厳しい状況に置かれそうですね。アメリカ政府もそれはわかっていると思うのでTPPの圧力はさらに凄まじいものになりそうですね。今の安倍内閣はまだふざけた議論をしているので日本もこの先、正しい方向に進みそうにないのが残念です。
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