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2013年8月9日

【施 光恒】移民受け入れは人道的か?

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おはようございます(^_^)/

一昨日の新聞に移民に関する記事が、出ていました。

リー・クアンユー氏、人口減の日本に「悲観的」 新著で「移民受け入れよ」(共同通信=産経ニュース 8月7日付)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130807/asi13080708400002-n1.htm

シンガポールの元首相である長老政治家・リー・クアンユー氏が、自身の新著で、日本経済の近年の低迷の原因は少子高齢化が進む中で移民を受け入れようとしないからだと断定しているという記事です。

リー氏は、以前から、「日本経済の低迷は移民を受け入れないことにある。日本は移民を受け入れるべきだ」という主張をあちこちで展開してきています。まあ、余計なお世話ですよね。

日本とシンガポールでは、国の性格がまったく違います。
シンガポールの国土は、日本でいえば、せいぜい淡路島程度しかありません。人口は500万ちょっとですので、福岡県ぐらいです。

経済でみても、外資を受け入れて急速に発展してきたシンガポールと、国内の資本と産業を長期的に育ててきた日本とでは全然異なります
おまけに、シンガポールは、まさに貿易立国で、シンガポールの貿易依存度は、323.4%で、180か国中世界第2位の貿易依存国です(一位は香港、2011年)。
それに対して、日本の貿易依存度は、28.6%で世界180か国中175位。日本は、世界有数の内需大国で、(資源は依存していますが)自立性の高い経済を作り上げてきた国です。

また政治面でもぜんぜん違います。
日本は、自由民主主義の国ですが、シンガポールでは、きちんとした選挙が行われておらず、自由民主主義は実質的に機能していません。各種の表現の自由も、規制されています。

シンガポールは、民族や宗教が多様で複雑ですから、表現の自由を完全に認めれば民族対立や宗教対立が激化する恐れがあります。

もし実質的に自由な選挙が行われた場合、民族的な多数派である中国系(華僑)が他の少数民族を虐げ、結果的に国内が分裂してしまうのではないかという懸念もあります

日本とシンガポールは、国としての性格が以上のようにまったく違うのです。
リー氏の意見は、的外れもいいとこです。

さて、本題です。

前回からの引き続き「移民」の話ですが、今回は、自由民主主義の観点からみた、積極的移民受け入れに対する反対論について少し書いてみたいと思います。

日本の一般的イメージだと、「自由民主主義国家は、移民を積極的に受け入れるものだ」というイメージが強いと思います。ですが、少なくとも最近の欧米の政治理論では、自由民主主義の観点からであっても、必ずしも移民受け入れは肯定されてはいません。

ここで「移民」とは、経済的利益を求めて移住してくるいわゆる「経済的移民」のことを指します。(政治的理由から故郷の国にいられなくなって、逃げてくる「難民」とは異なります)。

近年の自由民主主義の理論では、移民を受け入れるか、受け入れないか、またはどの程度、どのように受け入れるかは、国家の主権の問題、つまり受け入れ国側が決めるべき問題であり、他国がとやかく言うものではないと考えられる場合が多いのです。

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たとえば、近年の自由民主主義の理論では、自由民主主義の成立条件として、「国民の間の連帯意識(仲間意識)」や、「社会や制度への愛着の念」を重視する傾向があります。

自由民主主義とは、おおざっぱにいえば「自由」や「平等」「民主主義」という価値を重視する政治的立場です。

たとえば「平等」という価値ですが、これは「国民の間の連帯意識」がないと成り立ちません。
平等を実質的に保証しているのは、福祉ですが、福祉とは、ありていにいってしまえば、よく稼ぐ人から、あまり稼がない人への再分配です。たくさん稼いだ人から多めに税金を取って、あまり稼がなかった人に配分するというシステムです。

このシステムがうまく機能するためには、社会のなかに、互いに助け合うのは当然だと思う「連帯意識」(仲間意識)がないとダメです。強制的に再分配を行う専制国家では連帯意識などなくてもいいかもしれませんが、民主国家では、連帯意識が国民のあいだにないと福祉のシステムは成り立たなくなってしまいます。

つまり、「平等」という価値が実現するためには、社会のなかに連帯意識がしっかりないとまずいのです。

「民主主義」も同じです。民主主義も、あまり普段、意識されないかもしれませんが、人々の間に連帯意識があることが重要です。

民主主義では、多数派が、意見を異にする少数派の声に耳を傾けることが必要となりますが、これがなされるためには、多数派の側に「少数派であっても同じ我々の仲間だ」という意識がないとダメでしょう。
また、少々見解が異なるとしても、自分たちの社会をみんなの声を聴いて一緒に作っていくんだという社会や仲間に対する愛着の念がないと、民主主義は長続きしません。

こういう連帯意識や愛着の念が欠けていれば、政権をとった多数派は、少数派にたいして、政権に就いているあいだに無茶苦茶なことをしてしまいかねません

民主主義というのは、社会のなかにしっかりと連帯意識が育まれていて、たとえ多数派であっても、少数派の声をしっかり聴き、彼らに配慮するという気風がないところで存続しないのです。

つまり、現代の自由民主主義の理論では、連帯意識や、社会や制度に対する愛着の念を重視します。
移民の急激な受け入れは、国民の間の連帯意識や、社会や制度に対する愛着の念を壊してしまう恐れがあるので、移民の受け入れに慎重さを求める場合が多いのです

急激な移民の受け入れで、連帯意識や、社会や制度への愛着の念が失われてしまえば、自由民主主義自体壊れてしまうと考えるからです。

それゆえ、移民を受け入れるか受け入れないかは、受け入れ国側の主権の問題と考えるのが自然でしょう。国によって、国の成り立ちや性格、国民のあいだの連帯意識や愛着の念のでき方はそれぞれ多種多様です。

それゆえ、他国がとやかく言う問題ではなく、受け入れ国側が自分たちの主権の問題として決定すべき事柄なのです。

ただ、こういう意見もときおり見受けられます。「豊かな先進国が、自分たちだけで豊かさを独占してしまい、貧しい国に自国の労働市場を開放しないのはおかしい」。つまり、「国家間の経済的不平等を少なくするために、先進国は、貧しい国からの経済的移民を積極的に受け入れるべきだ。そのほうが人道的だ!」という議論です。

私は、国家間の経済的格差の是正のために、先進国は経済的移民を積極的に受け入れるべきだという見解は、あまり人道的であるとは思いません。

たとえば、貧しい国の人々が、先進国で、先進国の人が望まないメイドさんや、肉体労働といった仕事に従事するというのは、あまり人道的ではないでしょう。そういう出稼ぎや、移住は、貧しい国の人が本当に望んでいることではないと思います。

そういえば、こんな記事も少し前に出ていました。
成長率最高も…フィリピン支える出稼ぎ労働者の悲哀 国内に仕事「ない」(産経ニュース 8月6日付)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130806/asi13080615190000-n1.htm

あるいは、最近は日本もそうですが、先進国は、新興諸国から、「高度人材」と称する優秀な人々を引き抜いてこようとします。「優秀外国人」を集めるためのポイント制を導入したりしています。

ですが、こういうのも、望ましくないと思います。新興諸国から優秀な人材が流出してしまえば、新興諸国の国づくりは、とん挫してしまいます。

新興諸国の人々が真に望むのは、自分の国で、自分たちの家族や仲間と、一緒に働き、ある程度、豊かな生活を営んでいくことのはずです。

ですので、先進国が、貧しい国の貧しさに付け込んで労働力を調達してくるというのは、上等な行為だとは言い難いと思います。

それよりも、人道的見地からすれば、先進国がなすべきは、移民や外国人労働者の受け入れではなく、やはり国際援助でしょう。つまり、新興諸国の人々が、自分たちの国で、自分たちの仲間と一緒に、豊かな生活が送れるように、「国づくりの援助」を行っていくことだと思います。

つまり大切なのは、新興諸国の国内資本や国内産業の整備を手伝い、長期的観点から、豊かで安定した自立的な国づくりができるようにしっかりと支援することでしょう。移民受け入れ云々は、人道的ではなく、むしろ新興諸国の国づくりを阻害するものだと思います。

どうも、先日とりあげた竹中平蔵氏と田原総一郎氏の対談のように、「移民を積極的に受け入れることが進歩的で自由民主主義的であり、人道的でもある」というような誤ったイメージを作り出そうとする人々が最近多いようなので、やな気分になります。
(-_-;)

いつもながら長々と失礼しますた…
<m(__)m>

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次号は「アメリカ格差社会〜グローバル資本主義の悪夢」になります。
アメリカ国民の搾取のされ方に愕然とします。

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【施 光恒】移民受け入れは人道的か?への6件のコメント

  1. sss より

    施さんの論こそ、国と国が共存共栄するために考えられたものだという気がします。競争をしないと良いっているのではなく、ある程度の競争があるのは当然のことで、その「ある程度の競争」は大前提にして書かれていると思います。>人類だけでなく生きとし生けるものの根底にある生存競争ということも考慮しないと片手落ちになるのではないでしょうか。施さんの文ではマクロで見た場合、受け入れ国側が移民を出す国の優秀な人材を奪ってしまっているという内容だと思うのですが、そう考えた場合「nanashi 2013/08/11 3:48 PM」さんのいう生存競争で生き残るのは受け入れ国側ということになる可能性が非常に高い気がします。日本において、近代の超克というのは「西洋近代」のことで、日本に入ってくる移民=出稼ぎの人たちのほとんどはアジア人ですから、このばあい余り関係ないと思いますよ。安倍さんの戦後レジームからの脱却というものこそ近代の超克の前段階として意味あるものだと思います。

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  2. nanashi より

    >藤井さんのご意見は、後者をちょっとなおざりにしているような気がします。→施さんのご意見は、後者をちょっとなおざりにしているような気がします。施さんを藤井さんと勘違いしてしまいました。訂正してお詫びします。

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  3. nanashi より

    富める先進国が貧しい後進国に援助の手を差し伸べて世界の国々が共存共栄していくというのはいい考えのようですが、資源的、環境汚染的にどうなのでしょうか。地球の資源は無尽蔵で、環境汚染も政策や科学技術で抑えられるというのならそのとおりでしょうが。個人、家族、国家の三者を単純に同列視はできないでしょうが、これら三者における利他(助け合い)と利己(競争)ということを考えた場合、藤井さんのご意見は、後者をちょっとなおざりにしているような気がします。人類は持ちつ持たれつということだけで成り立っていくのでしょうか。人類だけでなく生きとし生けるものの根底にある生存競争ということも考慮しないと片手落ちになるのではないでしょうか。いや競争も使いようで切磋琢磨ということもあるとおっしゃるかもしれませんが、どうなんでしょうか。困ったときはお互い様。3・11で発揮した日本人の精神は世界の驚異だったようですが、世界の人間が同じ精神構造になれるかどうか。また、国民が天皇を家長とした家族のように和気藹々としてという理想の裏面には出る杭は打たれるとか自粛(空気)とかいう問題もありはしないでしょうか。竹中平蔵さんの経済学はよく知らないのですが、米国流の一種の自由競争であるならば、結局は近代主義(ユダヤ・キリスト教とプラトニズム)の一種なのでしょう。つまり、日本におけるTPP問題は天皇とオバマの問題(確執)なのでしょう。つまり、TPP問題は結局近代の超克の問題に帰着するでしょうね。たかが竹中(TPP)、されど竹中(TPP)。安倍さんが竹中さんを切らなかったのはそこに理由があったのかもしれません。もっとも、もしそうだとしても安倍さんに近代の超克などという意識があるとは思えませんが

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  4. 青丸 より

    本を出さないんですかねえ。新書でいいので、ある程度まとまったものを読んでみたいです。

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  5. poti より

    移民を積極的に受け入れることが進歩的だというのは所謂進歩的知識人の系統だけでせう。つまり、人間の個々別々な人生を認めない人々ですね、竹中某蔵と古臭い左翼は。勿論、大部分の人々はもっと素朴に考えているのでしょうが、それも仔細に見れば自分たちにとっての勝手な理想を移民に対して投影しているように見えてなりません。移民などと言う前にもっと彼らはやるべき事がある筈で、考えなしの移民導入は知性の敗北、若しくは単なる怠慢ですね。

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  6. 名前はまだ無い より

    青木直人氏の著作などを読むと中国を世界で最も国際援助の形で支援したのが日本です。その結果が良かったかどうか、様々な論評がありうるし中国にとってはそれ以外に発展させる方法はなかったのだという反論もあり得るかもしれません。しかし少なくとも最も援助をした日本の領土を現在脅かそうとしているのを考えると成功だったとは言いがたいと思います。国際援助といっても様々な形があるので全てが間違いだとは思いませんがとにかく今までの日本の援助の方法が適切だったようには思えません。安倍政権は中国との首脳会談を目的に環境分野の援助方針を打ち出していますが私は大反対です。移民に関してはお話はたいへん勉強になりました。

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