政治

2020年6月20日

【施 光恒】「日本モデル」から学べること

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

こんにちは~(^_^)/

今月の『文藝春秋』(2020年7月号)の藤原正彦氏の論考「「日本人の品格」だけが日本を守る――感染者減は“民度の高さ”が勝利だ」に面白い記述がありました。

今回のコロナは、中国は強権による都市封鎖や顔認証などの国民監視体制を駆使して感染を封じ込めました。他方、欧米は、一時的な強権発動に踏み切ったがあまりうまくいかず、多数の感染者や死者を出しました。

藤原氏は、中国は今後、この事実から、人権に気を取られている民主主義より全体主義の方が、人の命を救うという点ですぐれていると必ず主張してくると予想します。

たぶん、そうでしょう。

中国は、コロナ以前から、「デジタル権威主義」、あるいは「デジタル・レーニン主義」などと称されることが多い最近の中国のIT技術やAIを使った国民の監視・統制のシステムを、一部の国々に売り込もうとしています。

例えば、エチオピア、イラン、ロシア、ジンバブエなどにすでに輸出しているという報道もあります。
(中国の「デジタル権威主義」については以前、書いたことがあります。こちらをご覧ください)。
施「デジタル権威主義に覆われる世界?」(『「表現者クライテリオン」メールマガジン』2018年10月12日付)
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20181012/

海外に売り込もうとしていることもあり、中国は、自分たちの「デジタル権威主義」モデルのほうが、21世紀の統治システムとして欧米型の自由民主主義よりも優れていると言い始めると私も思います。

藤原氏は、そうした中国の牽強付会な主張に対して、日本の存在こそが最大の反撃になるのではないかと論じています。

日本は、「民度」というか、いわば「文化」や「共同体的な力」というか、ともかく、罰則などの法律や権力とは違うインフォーマルな方法でコロナを抑え込みました。

藤原氏は、日本の「国民の高い公衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神、すなわち民度の高さ」がコロナを抑え込むのに大いに役立ったと見ます。

私もそう思います。日本の場合、憲法の縛りもあり、結局、政府の緊急事態宣言でも、個々人の外出制限にしてもデパートや飲食店の休業についても、「要請」と「支持」以外の手立てはとれませんでした。

しかし、国民の規範意識の高さやそこから生じる自発的協調行動のおかげで、外出制限や営業規制について厳しい罰則を科した諸外国以上の効果を生み出しました。

外出自粛や商店の休業など、政府や自治体の要請は概ね守られました。人と人との接触機会も、政府目標の8割削減が達成できたかはともかく各地でそれに近い大幅減少に至りました。五月連休中の新幹線の乗車率は軒並み10%以下で0%の便もあったそうです。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/31326
(「大型連休、交通機関の閑散続く 新幹線の乗車率0%、空も低調」『東京新聞』2020年4月27日付)

街を歩けば、現在でも、ほぼ全員がマスク着用者です。

スーパー等に行けばどの店にもレジ前には適切な対人距離を促す足跡の表示があり、店員と客の間を仕切るアクリル板やビニールカーテンが巧みに設けられています。こうした光景が全国的に見られました。

こうした日本社会の共同体的な力は、確かに中国の「デジタル権威主義」的手法の宣伝に対する大きな解毒剤になるでしょう。

また、それと同時に、欧米社会に対しても今後の政治の進め方の良い示唆を与えるのではないでしょうか。次のような示唆です。

「国民の個人情報や基本的権利を侵すことができない自由民主主義社会を保ちつつ、コロナのような難局に対処するには、いくら厳しい罰則を法の下に設けても限界がある。人々の高い規範意識や協調性、それらから導かれる自発的・協調的な行動、優れた衛生意識といった共同体的な力がやはり必要である」。

こうした共同体的な力を維持したり、さらに発展させたりするにはどうすればよいかは、各国・各地域で歴史や伝統、文化も違うのでそれぞれ異なるでしょう。

ただ、社会の紐帯や人々の連帯意識を壊す恐れのある事態を避けるべきだということは言えるでしょう。例えば、極端な格差社会ができてしまうことは、国民を分断し、連帯意識や協調行動が生じる条件を破壊してしまうのでまずいと言えます。同様に、過度の移民受け入れもやはり望ましくないでしょう。

文化や伝統、社会的常識といったものを次の世代に伝える場である家庭や近隣社会、公立の小学校などを軽視せず、大切に維持していくということが重要だということも言えるでしょう。

自由民主主義社会では、権利と義務からなる法制度、政治制度に人々の意識がいきがちで、なんらかの文化や伝統の共有が大切だとか、人々の連帯意識の維持や協調性が重要だということはあまり言われません。

今回のコロナ禍に対する日本の「共同体的な対処」やそれが曲がりなりにも上々の成果をおさめたことは、中国的な「デジタル権威主義」の宣伝への良い解毒剤になるでしょう。

それだけではなく、自由民主主義社会を支えるためには「共同体的な力」や「文化の力」といったものがやはり必要であるということも示しています。加えて、それを維持するために現行の政策を見直したり、新たな政策的工夫を行ったりする必要があるということも、表していると言えるでしょう。

これは、欧米の人々が自由民主主義の条件を再考する際に大きなヒントとなるはずです。

さらに言えば、グローバル化という旗印を掲げ、「構造改革」を繰り返し、日本のこうした強みを壊そうとしてきた我々日本自身の近年のあり方にも反省を迫るものではないかと思います。

長々と失礼しますた…
<(_ _)>

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【施 光恒】「日本モデル」から学べることへの14件のコメント

  1. 麦粒 より

    この件について、国民はとても立派だった、ということに同意します。そして忘れてはならないのが、感染症に責任を持つ各専門家への国民の信頼があったこと、各専門家はその信頼にしっかり応えられたこと、これは大事なことだと思います。組織的活動を行う上で、リーダーの質と、リーダーと組織の構成員との信頼関係はとても大事ですからね。

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  2. 金は天下の回り物 より

     ネット上では日本で感染者が出始めた初期に「コロナウイルスなど毎年流行するインフルエンザより怖くないのだから自粛など無意味だ」という意見が出て、いまだに根強く同じことを言い続けている人がいます。
     しかしこの人たちであっても、自分はウイルスなんか怖くないからマスクなどしないとか、「三密」など無視して他人にそれまで通り接するとか、人の多いところや商店の中で大声でわざと喋るとか、電車でわざと人のすぐ隣に座るとかの実際行動には出なかった人が大多数でしょう。

     そもそもマスクをするのは自分のためだけではなく、もし自分が感染して無症状である場合の、他人への感染源になるのをできる限り防ぐためでもある。
     なにしろ蔓延したらどうなるのかわからないのだから。
     このあたりをすぐに判断できるのが民度の高さと言えるのでしょう。
     ネガティブに捉えれば、みんながそうしているようだから自分もそうしないと頭がおかしい変な人間に思われるという同調圧力とかいうものに動かされている面もあるかもしれない。
     しかしこれも、過剰な自己主張は人の迷惑になるからしない方がいいという文化でもあり、過剰だろうが自己主張することこそがまともな人間の証だという文化とは相容れないものでありましょう。
     冗談めかして言えば、もしかしたら日本は何周も先を回っている人間の超先進国なのかもしれませんね。

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      1. タカッキー より

        過去の世界史を紐解いてみても、欧米列強の他国の統治は一方的な搾取、支配だったのに対し、日本のアジア諸国の統治はむしろ独立を支援し促そうとさえした。そこには協調性こそ必要とされるが個人主義が蔓延る土壌は少なかった。それが欧米諸国との決定的な違いであり、先の大戦で身を切って戦いに臨んだのだから超先進国といえるでしょうね。
        (また、負けて悪者扱いにされても、黙って耐えてるところがすごい・・・武士道?日本精神?)

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  3. 民度高いですか? バカの壁厚すぎでしょ より

    また日本モデルごり押しですか?
    科学的根拠述べず精神力で日本は勝った 日本スゴイですか?
    太平洋戦争も日本が勝ったと言いたげですね。
    デジタル権威主義の権化 スーパーシテイ法案成立したじゃないですか、九大箱崎跡地も候補地ですよ 御存知でしょう。
    昨年、オカルト計画ムーンショット計画提唱オカルト組織内閣府特命大臣片山さつきが渡中してデジタル監視システム協力の覚書交わしてますよね、
    日本スゴイと言いながら 日本は終わりだキャンペーンはもう結構
    ウソ デマゴーグの壁雑誌記事 私は面白いと思いませんが。

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      1. アラフェナミドフマル より

        >公衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神

         高い…かどうか自信はないのですが、

        公の精神を持ち合わせてない、緊縮財政しか知らない政府関係者全員が憎くてたまりません。

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  4. 大和魂 より

    昨今の国際社会の動向を観察して思い巡れば、当たり前に【人類の歴史】にたどり着きます。するとそこには必ず【表と裏】が存在します。その両方に共通しているのが世の中を支配している【お金】なのです。ならば現状の米国での暴動にも金融屋から【お金】が投入されている訳です。また国際社会に蔓延る宗教の対立にも【お金】が出ている訳です。さらには国際社会の様々な情報を発信する媒体にも【お金】を使って対立を仕掛けている訳です。それからあらゆる国際機関にも同じことが当てはまります。つまりその背景には【お金】を武器に対立を、けしかけて欲望を満たす集団が存在しているのです。したがってコロナ騒動もその構造の一翼と認識できます。ならば当然グローバルスタンダードを推し進める背景も改革と証して同じですから、施先生のおっしゃるように常識があれば【日本モデル】の一択しかない訳です。それが反緊縮であり反構造改革であり、ある意味反学歴であり反保身や反識者と明確に【認識】できますから、日本国民ならば令和の大転換を目指すべきなのです!

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  5. wachtelhund より

    自分たちは民度が高いとわざわざ口にする民度の高い国民があるだろうか。

    民度の高い国民が、年金生活者は無駄だから若者の犠牲になるべきだなどと言うだろうか。花紙だ便所紙だマスクだと買いあさりに走るだろうか。

    東日本大震災ではお一人様1個までと店が言わなくても後ろの大行列を見て何となく複数個を買うのをためらう感があった。いまはそれがない。政府や行政、あるいは自分たち日本人をそれだけ信じられなくなっているからではないのか。

    みなさんは民度が高いのですから国からの補償や給付がなくても自粛要請をしっかり守りましょうね。

    民度の高いみなさんが政府の公助を充てにするだなんて乞食みたいな真似はやめましょうね。

    安倍自民党も、麻生みたいなことを言った評論家も、民度ということばを用いずともほのめかし、国民の自尊心を巧みに意識しながら国民の飼い慣らしに用いている。

    その下品極まりない連中のお先棒を、藤原正彦先生がワッショイをミンドに換えて担いでおられるように見える。

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      1. 国民の分断は良くない より

        この施先生の論考は私はこう読み取りました。

        中国のような全体主義は人権を優先する民主主義より人命保護の点では優れていると今後主張してくるだろう
        しかし日本は全体主義社会ではないし、強権によって抑え込むこともないのに、日本人がもともと持っている共同体意識が良い方向に働いてコロナの犠牲者を減らすことに役立っているのではないか
        これが日本人の「民度」である
        これがデジタル技術で人々の連帯意識を分断して人間を支配しようとする全体主義勢力の牽強付会へのアンチテーゼになるのではないか
        藤原正彦氏はそう言っているし、施先生も同意している

        この読み取り方が間違っているなら別ですが、wachtelhundさんの記述には次のような疑問がすぐに浮かびます。

        日本においてコロナの広がり方や被害者が外国より少ないのは、いわゆる「民度」となんの関係もなく、全く別の要因なのか
        「民度が高い」と言うと、あの麻生のことを全面肯定すると同時に権力に飼いならされていることになるのか
        民度が高い人は政府に補償を要求してはいけないのか、要求すると乞食になるのか
        確かに不安にかられて無意味な買占めをする人はいるが、東日本大震災の時でも、被災地に支援物資として送ろうとした人もいるだろうが、自らの防災のための電池や食料の買占めは起こったではないか
        このような人が少しでもいると、日本人の「民度」は外国人に比べて低いことになるのか

        これらのことは、「日本人の民度などとっくの昔に崩壊している、しかも国民は政府や権力者の言いなりだ、言いなりになることを民度だと錯覚している」という前提から出発していると思われます。
        これは主観の問題なのでとやかく言っても仕方がありませんが、このページの論考の趣旨とはかなり外れているという違和感を感じたのであえて書き込みました。
        wachtelhundさんは日本人の分断をしようという意図で書き込んでいるのではないでしょうから。

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        1. wachtelhund より

          ここは答案用紙と違うので、趣旨に合致したことを書き込む必要は必ずしもないと思います。制動などの目的から、わざとあさってのことを書いたり、ぼかすこともあります。

          ご親切にこちらの反論想定まで書いてくれているので、特に繰り返す必要はないみたいです。あえて言うとすれば「似通ったもの同士は引き寄せ合う」という引力の法則を持ち出すまでもなく、いまの我が国は民度を撫でさすっている場合ではない、全体主義の一歩手前(維新ばやりが証拠)であって、このままいったらむしろ日本人の方から民度など自ら蹴り倒して中共のシステムを親しく受容するのではないか、という控えめな見積もりくらいでしょうか。

          1点だけ。せっかく聡明で分別のある内容をいただいたのに、個人に対する決めつけを容易に想像させるこの名前は、あなたにある種の弱さと傾向を感じさせて、あまり好きになれません。

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  6. 麦粒 より

    今回のことで駄目な部分があるのは、その分野において国民が駄目だからではなく、その分野におけるリーダーが駄目だからですよね。

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      1. アラフェナミドフマル より

        >リーダーが駄目

         デフレ脱却を標榜したのに、その解決への手段(が目的になっていた)は間違えてばかりの七年間でした。

        公的な組織の人選は何がしかの順番で構いませんが、
        首相の座の人選は何かしらの順番は止めて、
        成れるだけの要素を供えているとの判断に替えないと・・・。
        あり得ないですけど。

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        1. 麦粒 より

          今回、感染症対策がうまくいったのは、その専門家が指導力を含めて能力が高かったから。その助言を政治家がよく聞いて、政治家としての役割を果たしたから。つまり政治は機能した。なので、経済の分野が駄目だとすれば、それは政治家の問題ではなく、経済専門家の問題だと、私は思いますね~。

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          1. 麦粒 より

            経済専門家の問題は実は大したことではなく、人格と知能を兼ね備えた存在が政治家に助言する、という仕組みが無いことこそ実際大きな問題なんですけどね。

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            1. 麦粒 より

              専門家(部下)を守るのは政治家(上司)の重要な役割の一つですから、それくらいは助言者がいなくても自主的にしっかりとやってもらいたいですね。部下の代わりに上司が責任を取ることを含めて。

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