政治

2017年8月2日

【佐藤健志】現内閣を支持するのは国民の義務らしい

From 佐藤健志

昨年、大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』のクライマックスには「スパークル」という歌が流れます。
詞にはこんな趣旨の一節がありました。

いつか消えてなくなる恋人のすべてを
今のうちに目に焼き付けておくのは
権利なんかではなく義務だと思う、とのこと。

けれども、7月の都議選における自民党の歴史的大惨敗のあとでは、安倍内閣を支持することを「国民の義務」と見なす方がいるようです。

支持率が急になくなる政権のすべてを
今でもなお支持しつづけておくのは
権利なんかではなく義務だと思う、ってか?

というわけで、ご紹介したいのが産経新聞のこの記事。

「支持率急落の安倍首相 今贈りたい言葉『是非に及ばず』」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00000510-san-pol

内閣支持率の低下が止まらない最近の状況を論じているのですが、書き出しはこうなっています。

「是非に及ばず」。
戦国武将の織田信長が本能寺の変に際して発したとされる言葉です。
意味は「当否や善悪を論じるまでもなく、そうするしかない」ということで、
信長は明智光秀の謀反という現実を目の前にして、
討ち死にを覚悟したうえで「迎え撃つしかない」と達観した心境に至りました。

で、こう続く。

第2次安倍政権発足以来、
最大の危機を迎えている安倍首相の心中はいかばかりでしょう。
「自分が大きな失政をしたわけでもなく、こんなに頑張ってきたのに、なぜこんなことになっているのか」
という思いもあるのではないでしょうか。
そこで今、安倍首相に贈りたいと思う言葉が「是非に及ばず」なのです。

安倍首相は内閣支持率に一喜一憂することなく、低迷し続けることをも覚悟して、
「是非に及ばす」流に達観した心境で「“そうする”しかない」と思います。

・・・失礼ながら、ここにうかがわれる事実認識の正当性は、控え目に言っても疑わしい。

安倍総理は「大きな失政をしたわけでもなく、こんなに頑張ってきた」とのことですが、
わが国の実質消費は2014年の消費増税いらい、ほぼ一貫して減少しています。

三橋貴明さんによれば、これは憲政史上初とのこと。
むろん、デフレ脱却も達成できていません。

「まっすぐ、景気回復」はどこに行った?!
「経済で、結果を出す」は?!
かくも結果を出せていない内閣が、「大きな失政をしたわけでもなく、こんなに頑張ってきた」というのは本当か??

しかし、これは脇に置くことにしましょう。
問題の記述は、総理の心境にたいする推察であり、文字通りの忖度(※)だからです。

(※)「他人の心中をおしはかること。推察」(広辞苑)

・・・ついでにこの記事、論理構造にもワケワカな点が見られました。

内閣支持率に一喜一憂することなく、達観した心境でやるしかないと書いているものの、
現在の低下傾向に歯止めがかからなければ、安倍内閣は退陣に追い込まれる恐れが出てくる。

記事の筆者も、内閣改造に関連して
「顔ぶれによってはさらに支持率が下落する可能性もあります」
と認めているのですぞ。

退陣ロードまっしぐらではありませんか。
それとも〈支持率のさらなる下落もやむなし〉と達観したら、実際に下落が生じたところで、退陣に追い込まれずにすむとでも?

どこをどう解釈すると「一喜一憂することなく」という結論になるのか、私にはサッパリ理解できません。
が、こちらも脇に置きましょう。

エドマンド・バークが指摘するとおり、自滅的な結果が待っていようとも、
〈雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ〉と意地になって頑張るのが、左翼革命派(※)の重要な特徴だからです。

(※)自分のことを「保守」と錯覚している者を含む。

詳細はこちらを。
『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
http://amzn.to/19bYio8 (電子版)

では、当該記事の真に注目すべき点は何か?
そうです。
〈明智光秀の謀反にあったときの織田信長の言葉を、内閣支持率の急落にあっている安倍総理に贈る〉
という根本の発想そのもの。

これはつまり、
〈家臣の謀反と支持率急落とがイコールに扱われている〉
ことを意味する。

ならば普通に考えて、記事の筆者は、国民が安倍内閣を支持しなくなったことを
「家臣の謀反」「裏切り」と位置づけているに違いない!

それは誤解(※)です!!
・・・なんて声が聞こえてきそうですが、
二つの出来事をモロに重ねている以上、そう受け取られても抗弁できた義理ではありません。

(※)「都合の悪い事柄について、正しく見抜かれること」(『右の売国、左の亡国』政治経済用語辞典)
https://www.amazon.co.jp/dp/475722463X(紙版)
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「信長は討ち死にしましたが、安倍首相はまだ退陣に追い込まれているわけではありません」
なんて、しっかり書いてあるんですからね。

まあ、「是非」に及ばないわけですから、
〈国民の裏切りについて、善悪を論じている場合ではない〉
(=支持率急落を「悪」と断定しているわけではない)
と主張しているとは言えるかも知れない。

ただし総理の胸中について、「大きな失政もなく、こんなに頑張ってきたのに」と忖度している以上、
ふたたび普通に考えるかぎり、支持率急落を「悪」と位置づけているものと見なすべきでしょう。
それとも、ちゃんと頑張ってきた人を裏切るのも「善」になりうると言い張りますか?

だいたい、光秀は謀反を起こしたのですぞ。
信長の視点に立てば悪いに決まっているでしょうに。

「是非に及ばず」発言についても、
〈光秀の謀反が正当なものか、道義的な善悪を論じている場合ではない〉と言わんとしているのではなく、
〈光秀が本当に謀反したのか、情報の真偽を論じている場合ではない〉という意味だ、とする説があります。
文脈から判断して、こちらの方が的確な感じですね。

とまれ上記の点を総合すると、記事にひそむニュアンスは以下の通り。
1)国民は安倍総理の家臣である。
2)したがって、国民は総理を支持する義務がある。
3)ゆえに不支持に回るのは悪しき反逆行為である。
おいおいおい!!

さらに。
信長は「(光秀の軍勢を)迎え撃つしかない」と決意したそうですが、これを安倍総理にあてはめたら、どうなるか。

そうです。
〈不支持によって政権を裏切り、退陣に追い込もうとする悪しき国民を、総理は迎え撃つしかない〉
ということになるのです!

「こんな国民に、安倍内閣は負けるわけにはゆかないんです」ってか?!

いや、じつにご立派。
感服いたしました。
炎上政治の極致といっても過言ではありません。
ずばり、『対論「炎上」日本のメカニズム』の世界です。
http://amzn.asia/7iF51Hv(紙版)
http://amzn.asia/cOR5QgA(電子版)

ただし今や、火の手は政権に向かっている。
自民党のベテランさえ、現状について「まさに火だるまだ」と評したと伝えられるくらいですからね。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170729-00000035-jij-pol

さあ、安倍内閣の命運やいかに?!

最後にひとつ。
『君の名は。』の大ヒットを受けて、わが国では新しいアニメ映画が製作されるそうです。
題して、『国の名は』。

〈日本がアメリカの51番目の州になった世界〉に生きる少年の心と、
〈日本が中国の自治区となった世界〉に生きる少女の心が、
時空を超えて入れ替わるのだとか。
で、少年と少女がお互いに相手を意識し、恋仲になったとたん、巨大白色彗星が日本列島めがけて落ちてくる!!

みなさん、期待しようではありませんか!
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)戦後脱却の試みを、「是非に及ばす」などという発想で遂行したら大変なことになります。詳細はこちらを。

『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店)
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/(紙版)
http://qq4q.biz/uaui(電子版)

2)保守、および左翼・リベラルの両者が、炎上政治の手法に走ったあげく、そろって火だるまと化しつつあることの背景や構造についてはこちらを。

『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
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3)わが国の政治が、経世済民を達成していた状態から、「国の名は?」と問うしかない状態にまで変貌した過程の記録です。

『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

4)現内閣支持を国民の義務であるかのごとく見なす向きは、保守主義の何たるかを、あらためて学んだほうがいいでしょう。

『本格保守宣言』(新潮新書)
http://amzn.to/1n0R2vR

5)「それが正しい政治のあり方だと思っているとは! まさに王党派の根性丸出し、おのれの偶像崇拝を隠そうともしていない」(215ページ)
はて、トマス・ペインが産経新聞の記事を読んだはずはないのですが・・・

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

6)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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