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2024年5月19日
【藤井聡】政府の公共事業における民間事業者が納品する「インフラの品質確保」と「価格・工期・労務費の適正化」を謳った、いわゆる「担い手3法」の改正の重要性と課題について
現在、今国会でいわゆる「品確法」や「建設業法」等のいわゆる担い手3法と言われる法律の改定案が審議される予定となっています。
https://www.decn.co.jp/?p=163447
https://www.wise-pds.jp/news/2024/news2024022903.htm
※「建設業法等」の改正について法律案=建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律案
※「品確法」の改正についての法律案=公共工事の品質確保の促進に関する法律の一部を改正する法律案
これらの法律群については、10年ほど前に下記の経世済民新聞でも解説さし上げましたが、
https://38news.jp/archives/03737
■公共調達の「制度」は、「将来の建設の担い手を確保し、育むことができる」ようなものでなければならず、かつ、「ダンピングを防止できる」ようなものでなければならない、とう理念の明確化、
■この理念を実現するために、工事を発注する「政府」には、上記理念に基づく制度を整備する「義務」があることの明確化、
という二点がその制定趣旨となっています。
この背景には、公共工事における過剰な価格競争(いわゆる、ダンピング)によって、事業費が安くなりすぎれば、賃金も安くなり、「粗悪なインフラ」が作られてしまうリスクが拡大してしまう…という実態がありました。粗悪なインフラは、簡単に壊れてしまうかもしれませんし、賃金が安すぎれば「担い手」がいなくなって、日本がインフラをまともに作れない国になってしまいかねません。
したがって、政府には事業費が安くなりすぎないようにする制度をつくり、かつ、配慮しつづける「義務」がある、ということことが議論され、それを通して最終的にインフラの品質を確保する法律、と言う趣旨で「品確法」がつくられたわけです。
当時筆者は内閣官房参与を務めており、日本の国力を上げるためのインフラ投資や国土強靱化が円滑かつ適切に進められるため、こうした法制度が必要であると認識し、多くの関係者とこの制度設計について様々に(当方は主として基礎研究の立場から)議論をし、それが一つの形になったのが、10年前の「品確法の改定」だったわけです(品確法は、平成17年に制定され、その後これまでに平成26年、令和元年の2回改定されています。上記記事は、平成26年の改定の解説となっています)。
しかし、その制度にもまだまだ様々な課題があったのですが…この度、あれから10年間の議論を経て、改めてこの品確法、ならびにその関連の法律(建設業法・契約法、これらを纏めて担い手3法と呼ばれます)が「改訂」される事になったのでした。
今回の改訂の重要なポイントは、これまでネット等で公表されている情報を拝見する限り、次の1点に集約できるものと思います:
「これまでの担い手三法は、「行政と下請け」の〝官民関係〟における関係者の義務・努力義務を規定するものであったが、今回の改正は、その義務・努力義務規定を「下請けとさらなる下請け」の〝民民関係〟における関係者に拡張するものである」
すなわち、公共工事関連の〝民民関係〟において、民間企業もまた政府と同様、その下請け業者に対して「不当な事業」を発注してはいけない、という理念が明確化されたわけです。
ここに言うその「不当な事業」を具体的に言うなら、
第一に、不当に安い事業であり、
第二に、不当に工期の短い事業、
です。
こうした不当な事業が発注されてしまえば、先にも触れた様に、政府に納品される「インフラ」の品質が、十分に確保できず、壊れやすかったり劣化しやすかったり、所定の機能が発揮できなかったりするという最悪の事態が生じてしまうやもしれません。
しかも、最終的に下請け企業の労働者の「賃金が安く」なり、かつ、「不当な労働」を強いられることになってしまいます。その結果、建設業者で働こうとする人(つまり“担い手”)自身が減ってしまい、その結果、その地域、ならびに国家の存続にとって必要不可欠な「建設供給力」が失われてしまう事になります。
したがって、そうした、政府に納められるインフラの品質を確保するためにも、そして、将来にわたって建設の「担い手」を確保し続けるためにも、不当に安く、不当に工期の短い事業が(官からのみならず)「民」からも「発注」されないような仕組みを作ることが必要なのです。
今回の法改正は、まさにこうした仕組みとして、つまり、「適正な価格で、適正な工期で」事業が官のみならず「民」からも発注されるようにするための「仕組」をつくるために提案されているわけです。
より具体的に言うなら、本法改正が認められれば、以下の三点が定められる事になります。
第一に、(民間)発注者も受注者も、事業の価格を積算する際に装丁する労務費(人件費)については、国が定める設計労務費などを参考に「適切な額」が設定されなければならない。
第二に、下請けは契約時に「工事費が予定よりも高くなるリスク」が事前に分かっているのならば、それを(民間)発注者に申告する「義務」がある。それと同時に、(民間)発注者は、工事途上で、下請けが事前に表明していた「工事費が予定よりも高くなるリスク」が実際に起こった場合、下請けからの発注額増額に向けての「協議」に応じる「努力義務」がある。
第三に、(民間)発注者が発注している事業における「価格」「賃金」が不当に安くないか、「工期」が不当に短くないかを調べる権限を持った「建設Gメン」を政府が設置・拡充する。
https://www.decn.co.jp/?p=162402
これまで、公共工事の下請け企業とまたその下請け企業との間の「民民」の契約については、こうした規定が何も無かったわけですから、今回の法改正は、適正価格、適正工期の実現と、それを通した、納品されるインフラの品質確保と担い手確保に向けた、大きな前進と言うことができるでしょう。
しかし、懸念が全くない、というわけではありません。
まず第一に、この法改正で、本当に官民契約のみならず、下請けの民民契約の価格や工期、労務費等の「適切さ」を如何に「保証」するのか、という点が最大の懸念事項です。法律の理念がどれだけ立派でも、この法律が適切に運用されていなければ法の理念は実現されず、民民契約の価格、工期、労務費等が不適切なままとなってしまいかねないからです。
第二に、したがって価格や工期、労務費等の適切さを保証するためにも、政府が民民契約の内容をチェックし、その結果それが不適切なものであることが明らかになった時にはその適正化が必要になりますが、その「チェック」と「不適切内容の適正化」をどの様な仕組みで実現させるのかが、重大な課題となっています。このチェックと適正化がなければ、今回の法改正も有名無実のものとなってしまいかねないからです。
とりわけ、発注額増額に向けての「協議」の申請が下請けから出された時に、発注者がその協議に応じるべき「努力義務」はあくまでも「努力義務」でしかありませんから、それがどれだけ履行されているのかのチェックは必須と言えるでしょう。
第三に、その「チェック」と「不適切内容の適正化」において、民民契約の価格や工期、労務費等の「適切さ」を調べる権限をもった「建設Gメン」が重要な役割を担うものと考えられるが、その建設Gメン組織に十分な職員数を始めとした十分な対応力・供給力があるのかが、具体的な事項として最も重要な課題となっています。この建設Gメンの職員数等の対応力・供給力が限定的であれば、法の理念がどれだけ素晴らしくとも、法律そのものが単なる絵に描いた餅になります。
以上、今回の担い手三法の法改正は、業者から納品される公共インフラの「品質の確保」と、適正価格・適正工期・適正労務費の保証を通した「担い手確保」に向けて極めて大きな一歩であることは間違いありませんが、その一歩をより確かなものにするためには、それを保証する仕組みを、現行の法体系全体を含めた各種制約条件の中で、如何に作り上げていくかが課題となっているわけです。
国会でのさらなる議論の深まりと、それを受けた政府の誠実なる対応を、心から祈念いたしたいと思います。
追伸:この度、京都大学准教授だったウイルス学の宮沢孝幸准教授が辞職。その最終講義に出席いたしましたが、宮沢先生の学術業績の凄さ、そして学問に対する真摯な態度に感銘を受けました。その最終講義の様子を前編、後編に分けてレポートいたしました。是非、ご一読下さい。
『「僕は、京都大学が大好きでした」 ~宮沢孝幸「京都大学おどろきウイルス学最終講義」報告』
前編:https://foomii.com/00178/20240512185631124009
後編:https://foomii.com/00178/20240513141557124041
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