政治

日本経済

2023年8月8日

【室伏謙一】政府保有のNTT株を売却してはならない

 自民党内で、防衛費増額の財源を確保するために、政府が保有するNTT株を売却する検討が始まったようです。そもそも政府保有NTT株の売却については、「自民党の防衛関係費の財源検討に関する特命委員会」が取りまとめ、6月9日に岸田総理に提出した提言に盛り込まれており、要は本格的な検討が始まったということです。

 ではその理由はと言えば、勿論最終的には防衛費増額の財源確保ということになっていますが、直接的には、NTT株は「時代の変遷の中で政策目的に照らし、政府が保有する必要性について改めて議論すべきと考えられるもの」であり、「通信手段が高度化、多様化し、国際競争も激しくなる中、これらの義務を維持し続けるか検討の必要がある」というもの。(「これらの義務」とは、NTT法第4条第1項に規定する「政府は、常時、会社の発行済株式の総数の3分の1以上に当たる株式を保有していなければならない。」という政府の義務のことです。)更に、「今後、NTT完全民営化の選択肢も含め、NTT法の在り方について、経済安全保障にも配慮しつつ、速やかに検討すべきと考える。」とまで書かれていますから、話がどんどん防衛費増額とは全然関係ない方向に行っていますね。どさくさに紛れてNTT株の売却の話を無理矢理入れ込んだかのようです。

 かつて、消費税増税に反対(厳密に言えば当面増税凍結という話なのですが)していたリフレ派の人たちの一部は、政府保有株式の売却を主張していました。要は政府資産を売却すればそれで財源が確保できるのだから増税は(当面は)不要という考え方ですが、その根底にあるのは小さな政府こそ理想、政府の機能は縮小させていくべきというイデオロギー。そうすれば民間企業の活動が活発化して経済が成長するので税収もそれに応じて増える、と続きます。総じて新自由主義と呼ばれているものですが、どうも今回のNTTの政府保有株売却話は、このコンテクストで考えた方がしっくりくるように思います。

 さて、NTT株の政府保有義務は、通信インフラという我が国経済社会に、国民の経済活動に必要不可欠なもの維持・発展についての政府の関与を担保するものです。加えて、我が国の経済安全保障の問題でもあります。完全民営化などしてしまったら、通信インフラを民間が完全に支配することになり、利益至上主義に陥って国民経済社会のためのインフラとして機能しなくなりえます。当然外資による買収の問題もありますし、株主資本主義の度が増せば、経営は短期主義に陥り、研究開発はおろか、必要な施設の維持もできなくなる可能性もあります。場合によっては、大陸の某国へ売却されるという危険性すらあります。その場合、通信回線使用料を大幅に引き上げられたり、通信を遮断させられたりして我が国社会経済が大混乱に陥るという可能性も否定できません。そうなれば、安全保障を危うくする方法で防衛費増額分を賄おうということに等しく、本末転倒も甚だしいとしか言いようがありませんね。

 そもそも税は財源ではありませんし、少なくとも税収を前提にして国は歳出をしているわけではありません。国債は通貨発行であり、自国通貨が発行できる我が国の国債が債務不履行に陥ることはありません。したがって防衛費の増額は国債を財源として賄えばいい話、以上終わりのはずなのですが、「税は財源」、「国債は借金」という長年刷り込まれてきた嘘が染み付いてしまっている人たちは、どうも頭を切り替えることが難しいようです。

 そうなると、新自由主義的な考え方の方がしっくりきてしまうのでしょう。そもそも新自由主義が主張する自由化なり規制緩和なり民営化なりは、インフレ対策のため、供給力を増やすための措置であり、今の日本に当てはまる話ではありません。政策、措置というものは、直面するマクロ経済の状況に応じて柔軟に考えるべきものであって、直面する状況を無視して、常に新自由主義的政策が正しいわけではないのです。防衛費増額にNTT政府保有株売却をと言っている人たちはそのことも分かっていないということになるので、つける薬がないということになってしまいますが、そうも言っていられないので、「税は財源ではない」、「国債は国による通貨発行であって借金ではない」ということから始まって、「国の経済財政政策はその国の置かれたマクロ経済の状況に応じて柔軟に考えなければいけない」という事実を繰り返し繰り返し広め、刷り込んでいくしかないですね。

 諦めずに頑張っていきましょう!

 

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【室伏謙一】政府保有のNTT株を売却してはならないへの4件のコメント

  1. 赤城 より

    日本政治は一度決めた大きな方針を状況に合わせて変更したり戻したりすることができないどうしようもない欠点がある。
    それは戦前の日本政治の憲法改正不能問題から、政治機構の改善不能などにおいても見られているので、何度も繰り返している日本自滅の根本要因の一つであるのでしょう。

    しかしながら現在の日本政治は独立主権のない傀儡国家が国民をだまして行っている政治に等しいのでその弱点を最大限利用されて、今では国家の切り売りがあからさまに行われてしまう自滅傀儡国家末期の政治状況が展開されているようにしか見えません。

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  2. 利根川 より

    「税は財源ではない」

    「国債は国による通貨発行であって借金ではない」

    いろいろな人たちの協力で昔に比べれば知っている人も増えてきていますが、安藤裕チャンネルのダイナさん曰く、小学校の授業で財務省のプロパガンダを子供たちに刷り込んでいるのだそうで根は深そうです。とはいえ、最近では

    森永卓郎さんの「ザイム真理教」

    がベストセラーになるくらい、ここ最近の日本の政治に疑問を持つ人が増えてきているようで緊縮・増税派はだいぶやり難くなっているのではないでしょうか。

    緊縮・増税派議員「我々は緊縮派ではない。その証拠に『本当に必要なところに』支出することには反対していない」

    緊縮派の連中は緊縮増税派って呼ばれるのが嫌なんですって(笑)
    国立科学博物館のクラウドファンディングで1億円が集まったそうです。つまり、国民は国立博物館は必要だと言ってるわけですが、政府は国立博物館は不要なものとして経費削減のため民営化(独立法人化)しました。結果が今回の国立博物館存続の危機ですよ。また、現在の輸入品価格の高騰も、そもそも、政府が経費削減のために農家への支出を渋っただけでなく、関税の引き下げで輸入食料への依存が高まったところにパンデミックと戦争で輸入コストが上がってしまったことによるものです。

    「ぜんぜん必要なところに支出できてねーだろ。できもしないことをいうな」

    「本当に必要なところ」など未来が見えるニュータイプでもなければ分からないから色々なところに投資をするんですよ。とくに、
    「利益を求めてはいけないもの」
    「利益にはならないが国民にとって必要なもの」
    については、通貨を発行できる非営利団体の親玉の政府が管轄する。それが政府の役割でしょう。政府の役割を放棄してどうする。
    「『本当に必要なところに』支出することには反対していない」などと言っている奴は緊縮・増税派ですので、政治家の良し悪しを判断する一つの指標にしていただければと思います。
     ところで、中野剛志さんや森永卓郎さんの言うところでは「日本では財政に関する議論はそもそもさせてもらえない」のだそう。どこの専制国家だ。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    中野剛志さん
    「 本書(ザイム真理教)もまた、ベストセラーとなっている。だが、「あとがき」にあるように、大手出版社数社が本書の出版を拒否したという。実は、本書の約二カ月前に出版された拙著『どうする財源』(祥伝社新書)も、均衡財政主義を批判した書であるが、同様に、某大手出版社から拒否された。他にも、ある大学教授は、某大手新聞社に寄稿を依頼されたので、均衡財政主義を批判するMMT(現代貨幣理論)について書こうとしたら、寄稿自体をキャンセルされたという。また、ある経済学の学術雑誌の編集会議は、MMTをテーマにした論文を読みもせず、排除したという。この手の話は枚挙にいとまがないが、森永氏のように著名な経済アナリストですら、複数の大手出版社に出版を断られたというのには驚かされた。森永氏は「ことザイム真理教に関してだけは言論の自由がほとんどない」と書いているが、それは本当なのだ。
     森永氏が喝破するように、日本経済停滞の最大の理由は「急激な増税と社会保険料アップで手取り収入が減ったから」だ。にもかかわらず、ザイム真理教の信者たちは、なお増税や社会保険料アップをもくろんでいる。だが、本書によって洗脳を解かれた人々は着実に増えている。ここに希望がある。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    とにかく、エライ人に都合の悪い情報は隠ぺいする。しゃべらせない。

    「言論の自由が聞いてあきれるわ」

    でも、バレちゃうんだなこれが(笑)
     官僚は先輩から仕事を教わります。先輩の時代はTV新聞、あるいは天下り先の大手出版社さえ押さえておけば都合の悪い情報が広がることはなかったのかもしれませんが、今はそういう時代ではなくなっていますからね。
     室伏さんの言うように、財務官僚がやたらめったら増税をするのは

    「このままでは日本は財政破綻してしまう。だから、国の借金の返済(自国国債の償還)を急ぐためにも増税を急がなくてはならない」

    と説明されてきたわけですが

    森永康平のビズアップチャンネル第103回

    を見ていただけばわかるように、日本以外の国は一般会計の歳出に債務償還費(自国国債の償還)が含まれていないんですよ。要するに、日本以外の国は「国の借金の返済」をやっていないということです(利払いのみ行っている)

    これは、MMTとかポストケインズとか関係なく、単なる事実です。

    加えて、21世紀のG7諸国の政府総負債の増加率(出典:IMF、World Economic Outlook datebase)

    2001年を100として算出

    イギリス 474.5

    アメリカ 384.9

    フランス 258.1

    カナダ 215.6

    イタリア 170.3

    日本 169.5

    ドイツ 160.7

    ということで、「国の借金が増えたら大変だ」と言っていますが、どの国も一貫して「国の借金」は増え続けているのですよ。これも単なる事実です。
     アメリカの主流派経済学者であるジョセフ・E・スティグリッツ(コロンビア大学)教授が自民党の勉強会で講演していましたが、

    ジョセフ・E・スティグリッツ教授
    「最後に、緊縮財政は正しい政策ではありません」

    「緊縮財政は、経済成長をもたらす方法ではありません。緊縮財政がうまくいったことはありません」

    と言っていましたが、これも単なる事実です。日本の財政政策はアメリカの主流派経済学者からみてもおかしいということです。
     まあ、森永卓郎さんの言うように、こういうのは自分で気が付いてもらうしかないんですよね。まだまだ時間はかかりそうです。
     ちなみに、この話をすると

    「こいつらは『いくらでも借金をして良いと言っている』とんでもない連中だ」

    という人が必ず出てくるわけですが、「いくらでも」なんて言ってませんよ。ネットの資金需要、あるいはコアコアCPI、どの指標を目標値にするかはともかく、安定して需要が供給よりもちょっと多くなるくらいに政府支出を増やしましょうと言っているわけでね…

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  3. 利根川 より

     ところで、格闘技イベントBreakingDownに出場している「べーやん」さんが安藤裕チャンネルに出演していまして、

    べーやんさん「『子ども食堂』の数が今すごく多い。それだけ居場所のない子供が増えている。来ている子供の事情は様々だが家庭内暴力の疑いのある者もいる。どうしてそうなるのかというと、親に余裕がないというのもあるのではないか。子ども食堂が必要ない社会にするには政治の力が必要」

    ということをうったえておられました。
     ところで、22年度総務省調査によると

    「働く女性、過去最多の3035万人」

    ということで、女性の社会進出が進んで大変喜ばしいと日本のポンコツエリート達が小躍りしているそうですが、それに対してダイナさん曰く

    ダイナさん「働きたい女性が増えたのではなく、働かざるを得ない女性が増えただけなので、喜ぶようなことじゃないと思います」

    とのことでした。我々に言えないことを平然と言ってのける、そこに痺れたり憧れたりします。
    以前、森永康平のビズアップチャンネルでもやっていましたが

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    「女性活躍」は「男性の犠牲」の上に成り立ってきた

    二人以上の勤労者世帯の実収入の推移 (出典:総務省 家計調査)

    2000年を0として

    2018年の世帯主(男性)の収入:-36009円

    2018年の配偶者(女性)の収入:+33354円

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    ということで、旦那の実質賃金が下がって家庭が支えられないから、その分を女性が埋めているという話でね。誰得って話(苦笑い

    <実際に働く女性たちの様々な声>
    「育児しながら働いてます。子供が病気になった時は本当に大変」

    「子供が体調を崩すと父母の内どちらかが仕事を休まざるを得ない。職場にも申し訳ないし、どちらが仕事を休むかで夫婦関係が険悪になることも」

    「配偶者だけの収入では生きていけないから働いているだけなのだが、女性の就業が増えたことがそんなに喜ぶようなことなのか。増税増税で持っていかれる家計を何とかするために働いている」

    「その日、(父母の内)どちらが残業でどちらが定時で上がるのか夫婦で日々衝突ばかり。定時で上がれば業務がたまり、残業すれば配偶者に平謝り。バタバタと家事をこなし0時過ぎてやっと就寝。6時には起床だが夜泣きもある」

    「共働きしない自由がなくなった現代は子育てが難しくなった」

    「保育所に預けっぱなしじゃなくて、本当はもっと家庭でかまってあげたいけれど、共働きではそうもいかず」

    こんだけギスギスする要素が詰まってりゃ、そりゃあ家庭内暴力だの児童虐待だのも起こるでしょうよ(苦笑い
     で、現場を見ない日本のポンコツエリートたちは数字だけ見て

    「女性の社会進出が進んだぜ、ヤッター!」

    ってやっているわけだ。
     子供が悲惨な目に合うのを防ぐためには、その親も救わなくてはならない。とりあえず、緊縮増税ラッシュをやめることから始めてみようか。そのためにも、「べーやん」さんのような方が当選できるくらい国民がもっと政治と向き合ってくれるといいんですけどね

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