政治

日本経済

2021年5月21日

【藤井聡】日本を「地獄」に落とすプライマリーバランス規律を粉砕するために。

From 藤井聡@京都大学大学院教授¡

今、政府では、来月6月に策定される「骨太の方針」についての議論が進められています。

これは、次年度以降の予算の基本方針を書き込むものである。したがって、次年度の予算規模=財政赤字の規模が、これによって策定されます。

言うまでも無く、政府支出の拡大がなければ、十分なコロナ対策もコロナ不況の克服も、そして、長年続くデフレを終わらせることも出来なくなります。

したがって、この骨太の方針が適切なものか否かで、日本の未来が「天国」になるのか「地獄」になるのかが決まることになります。

そんな重要な「骨太の方針」ですが、その中でも筆者が長年注目し続けて来たのが「プライマリーバランス目標」の記述です。

プライマリーバランス(以下、PB)とは基礎的財政収支であり、税収と支出の差額を意味します。政府はこれを、2025年までに黒字化すると言っていて、次年度から徐々にその「赤字幅」を圧縮していく算段を付けています。

したがって、PB目標を立てるということは、予算規模を圧縮していくのだと主張するに等しく、したがって、十分なコロナ対策も不況対策もなにもかも出来なくなり、日本は「地獄行き」とならざるを得なくなるのです。

しかしこのその流れは、この骨太の方針を議論している「経済財政諮問会」と呼ばれる内閣の会議に参加している四名の民間議員「全員」の連名で出された、こちらの提言書から読み取ることができます。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2021/0514/shiryo_03-1.pdf

この提言書で彼等は、次の様に明記しています。

「社会保障の持続可能性を確保する必要。そのため、PB 黒字化、債務残高対GDP 比縮減の財政健全化目標を堅持すべき。」

要するに、国民の安心のための社会保障を守り続けるために、PB黒字化を目指し続けろ、と主張しているわけです。

ですが、この主張は完全な間違い。

なぜなら、PB黒字化を目指せば緊縮になって、経済が悪化して、社会保障の持続性が失われてしまうのです。

したがって、この民間議員の4人の中に経済学者が2人も含まれているのに、PB黒字化がもたらす影響についての基礎的知識を全く理解していないという、恐るべき提案になっているわけです。

・・・ではなぜ、こんなことになってしまうのかと言えば、それは偏に、「財務省」がPB黒字化目標を絶対に書かせようと必死になっているからなのです。

ここでは、なぜ財務省がそんなことに必死になっているのかはさておき、この民間議員の提案書に、財務省がどの様に関わっているのかを詳しく解説しようと思います。これを理解することで、財務省が如何にして緊縮財政を「実現」させているのかの具体的な手口が見えてくるからです。

(1)民間議員の「提案書」の意味
この民間議員提案書は、骨太の方針の策定において、重要な意味を持つものです。

そもそも、経済財政諮問会議のメンバーは、総理、官房長官、財務大臣、総務大臣、経産大臣、経済再生担当大臣、日銀総裁の7人の政府関係者と、以下の4人の民間議員で構成されます。

竹森俊平氏(元慶応大学 経済学部教授)
柳川範之氏(東京大学 経済学部教授)
中西宏明氏(経団連会長)
新浪剛史氏(サントリー・ホールディングス(株)社長)

この構成からも分かる様に、この会議は「日本の最高権力者達」が「日本最高の経済アドヴァイザー達」の意見をお伺いし、その上で次年度の行政の大方針である「骨太の方針」を検討するものとなっているのです。

そして、今回の提案書はまさに、その「日本最高の経済アドヴァイザー達」の民間議員が、総理以下の「日本の最高権力者達」に「骨太の方針の内容」についての直接的提案を行うものなのです。したがって、この経済財政諮問会議がつくられている「趣旨」からして、この民間議員の提案提案書は、甚大な意味を持っているのです。

つまり、この提案書に書かれた内容を、政府は無視できないわけです。

だから、ここに書かれれば、今年の骨太の方針に(表現はさておき)「PB黒字化目標を堅持する」ことが明記されることは確実になったというわけです。

したがって、当方は、今回の民間議員の提案書が公表された瞬間に、その内容を確認し、PBの記述を目にした時から、もう次年度の政府支出が「絞られる」ことが確定した事を悟った訳です。

誠に無念です。

(2)財務省が、民間議員の「提案書」の中身を実質的に書いている
普通に考えれば、その提案書はまさに、民間議員達が書いたんだろうと思われると思います。

事実、会議においては、そのようなモノとして扱われているのであり、だからこそ、政府もその提案書を丁重に取り扱うわけです。

しかしそれは単なるタテマエ。実態は、財務省の役人が作文をしているのです。

具体的なおおよその段取りは以下の様なもの。

1)まず、内閣官房の役人が提案書の下書きを書く。ただし、その役人は財務省からの出向者が(財務省と綿密な連携を取りながら)徹底チェックする。したがって、財務省の役人が実質的にその提案書をコントロールすることになる。

2)そしてそれを経済再生担当大臣や副大臣、政務官達に確認する。この段階で、必要に応じて、財務大臣や官房長官にも確認する。もうこの段階で、民間議員達の意向等ほぼ関係無く、提案書の8、9割型の内容が固まってしまう。この時、よほど内閣メンバーが腹を括って抵抗しない限り、財務省が作った原案の主旨がそのまま通ることになる。そして、そんなに腹を括って財務省案に抵抗するようなメンバーは現在の有力与党議員の中にほぼ存在しない議員達の意見が反映されるのは、PBのような重要箇所ではなく、枝葉末節な箇所のみに限られる。

3)次に、その提案書案を、各民間議員に確認依頼する。もちろんこの時、各民間議員が承服しなければ、その内容は絶対に許容されない。しかし、事務局の提案に対してそこまで徹底的に「ごねる」様な委員はそもそも選定されないし、そんな事をしてしまうような委員は、早晩すげ替えられる。だから重要案件については事実上、財務省案が、ほぼそのまま採用される。民間議員においても、彼らの意見が反映されるのは、PBのような重要箇所ではなく、枝葉末節な箇所のみに限られる

つまり、この民間議員ペーパーにおいて、「PB」のような超重要ポイントについては、財務省はその削除を絶対に承服せず、したがって、民間議員達の意向とは無関係に、財務省の意向だけで決まってしまうわけです。

その結果、今年の骨太にPBの記述が記載されてしまうことは避けられない状況なのです。

こうして財務省が作り上げる行政的な流れを断ち切るには、積極財政を徹底推進すると決意した内閣の誕生を期する以外に道はないのです。

今年の夏から秋にかけて是非、「積極財政内閣」が誕生することを心から祈念したいと思います。さもなければ、日本が地獄行きになることはもう避けられないのです。

追伸:
要するに、具体的に積極財政に転換(ピボット)するためには、経済理論を振りかざすだけではなく、最終的には「財務省と具体的に戦わなければならない」のです。そんな闘争にご関心の方は是非、下記、ご一読下さい。
『20万円給付金や消費税凍結やコロナ対策等が如何にして「財務省の役人達」に潰されているのか、それを終わらせるにはどうすべきかを解説します。』
https://foomii.com/00178/2021051521024580128

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歴史コンテンツ「経世史論」

【藤井聡】日本を「地獄」に落とすプライマリーバランス規律を粉砕するために。への4件のコメント

  1. かずぅ より

    菅政権の支持率が着実に落ちていることしか救いの道はないんですね・・・カタに嵌められている状況のようです。いくら緊縮政党でも選挙を前にして緊縮路線の予算削減方向に舵を切るとは思わなんだ。それでも勝てると踏めるくらい、今の野党が眼中にないということでしょう。

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  2. うたか より

    現状の方針は経済なんてどうでもいいから財政再建という方針にしか見えない
    これがおかしい
    緊縮財政の前にやっていた積極財政はなんのために行われたのか
    景気が悪化しそうだからそれを食い止めるためである
    で緊縮財政は何で行われたのか国債が増えてびびったから
    そして経済学者に政府のカネを使わないための理由を捏造させた
    その結果財政から経済のことを考えてる要素が失われて積極財政の正反対を初めてしまった、と見ている
    財政再建論は根本的に間違っている
    今後は景気を第一に考える財政政策になってほしいものだ

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  3. 拓三 より

    わたしゃ、つくづく思うんだが…なぜに、政府と民間を分けるんだ?

    この国は民主主義なのだから政府も民間じゃねえの? 政府の株主は国民であり選挙は株主総会でしょ。

    政府の負債は民間の資産? あたりまえでしょ。この国は民主主義であり資本主義なのだから。国とはいわゆる政府と、いわゆる民間のバランスシートで見ないと。政府=国じゃないからね。

    「民間にまかせるんだ!」??? 民主主義を理解してるのか?
    リフレ派さん達も同じで経済学を学ぶ前に民主主義を学んだ方が早いかもです。

    東大って政府と民間を分けたいんだね。自分達こそが特別なんだって。
    あっ、そっか! この人達には国がないのか! 国の中に自分達(政府)が位置付けされることをプライドが許さないんだね。納得!

    菅の「自助、公助」??? 国民が「公助であり自助」だから。そして菅、貴方の自助の中に大きな公助があるんだよ。内閣は国を見るのが仕事だよ。だからこそ最後に天皇さんから任命されるんだよ。

    なので選挙(株主総会)で総理(代表)を交代させればいいんだけど。
    日本国民に民主主義、資本主義を理解させるの難しいね。

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  4. この世は既にあの世 より

    不謹慎ですが、勉強議員の「申し訳ありません。力不足で、止められませんでした。」というツイートを見て、勉強議員のプロフィール画像が滅茶笑顔だったので、ツボって笑いが止まらなくなってしまいました。

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