政治
日本経済
2021年1月14日
【藤井聡】「感染者数」抑止から「重症者数」抑止へと目標転換し、医療崩壊を絶対回避せよ ~『感染列島強靱化論』に基づく体系的コロナ対策論~

From 藤井聡@京都大学大学院教授
(1)社会的・基本再生産数に基づく感染症対策の検討
筆者は、「感染列島強靱化論」(https://www.amazon.co.jp/dp/479497244X/)という書籍の中で、
社会的・基本再生産数
という概念を理論的に提案しました。この概念を用いれば、感染症対策をするときにどういう社会政策をすべきなのかがハッキリと理論的に定義できるようになるからです。今日のメルマガでは、そのお話しを通して、今、どういう対策をすべきなのかを、できるだけ簡潔に解説しようと思います。
まず、「再生産数」というのは一人の感染者が何人に移すのかという数値。これが1を越えれば感染は拡大していきますし、1を下回れば「収束」していきます。
そして、「基本再生産数」というのは、全く感染が広まっていない状況でのベースとなる再生産数です。ただし、その基本再生産数は、人々がどれだけマスクをしてるかとか手を洗っているかとか、平時において医療システムがどれだけ整備されているか等の「社会的な条件」にも依存しています。
そうした社会的な条件も加味した基本再生産数を、「社会的・基本再生産数」と定義したわけです。
つまり、「社会政策としてどんなことをすれば、感染の拡大や収束などの様子がどういう風にかわっていくか」を、この「社会的・基本再生産数」を定義することで議論しやすくなる、という次第です。
さて、この概念を用いると、感染症対策には、次の三つの戦略がある、という風に定義することができます。
(2)第一戦略:「社会的・基本再生産数の低下」戦略
これがもっともベースとなる対策になります。手洗いやマスクの奨励がその典型的な取り組みとなります。この取り組みを通して社会的・基本再生産数が1を下回れば、もうそれだけで感染は終息することになります。
具体的には次の様な取り組みが考えられます。
①リスクコミュニケーションによる行動変容・その1(目鼻口を触らない)
②リスクコミュニケーションによる行動変容・その2(近接した会話にはマスク)
③リスクコミュニケーションによる行動変容・その3(宴会/カラオケの徹底注意)
④検査の拡充・その1~クラスター対策~
⑤検査の拡充・その2~唾液による「抗原検査」の許認可と普及~
⑥検査の拡充・その3~簡易チェックとしての「抗体検査」~
⑦検査の拡充・その4~実質的な擬陽性が多い「PCR検査」~
⑧検査の拡充・その5~適材適所を踏まえた効果的な検査の推進を~
⑨インフルエンザ(指定感染症5類)相当の治療体制の実現
⑩ワクチンの普及
(3)第二戦略:「抑え込み」戦略
ただしもちろん、この「第一戦略」だけで社会的・基本再生産数が1を下回らせることができない場合があります。その場合は、感染は拡大していくことになります。そうなると、自動的に感染率は「集団免疫」が獲得できるまで上昇していくことになります(なお、そこまで上昇すれば、感染はその時点でピークアウトして感染は自然とゼロに収束していくことになります。なお、集団免疫率は、社会的・基本再生産数が1に近ければ近いほど、ゼロに近づきます。
また、いわゆる「目玉焼き理論」が想定するように、社会的・基本再生産数が「集団毎」に異なる場合は、それぞれの集団毎に集団免疫率が異なることになります)。
しかし、そこまで拡大していくことを指をくわえて眺めていると、医療体制が整うまでの間に重症者が増え、医療崩壊が生ずるリスクが生じます。とりわけ、感染拡大が「急激」な場合は、それぞれの時点における重症者数が膨大な数となり、同じく医療崩壊が生じやすくなります。そういう格好で医療崩壊が予期される場合は、重症者を治療してベット数に余裕がでてくるまで、感染を一旦「抑え込む」ことが、医療崩壊を防ぐ上で重要となります。
その抑え込み戦略の具体策として挙げられるのが、
・感染が蔓延した国や地域からの来日・移動を禁止する「水際対策」
・目鼻口を触らない等のリスクコミュニケーションのさらなる徹底、
・感染拡大リスクの高いイベントの禁止、
・宴会・パーティの自粛・禁止、
・飲食店の営業自粛・禁止、
・そして最後に外出禁止・自粛等のロックダウンやそれに準じた対応
です。
なお、これらの「抑え込み」戦略と、先に述べた「社会的・基本再生産数の低下」戦略との相違は、後者が「持続的に実施可能な対策」なものである一方、抑え込み対策はあくまでも「一時的な対策」であるという点にあります。
例えばいわゆる8割自粛やロックダウンなどは、永続的に続けることは出来ません。さもなければ、その「副作用」によって社会がより大被害を受けるからです(したがって、その副作用対策としての「損失補償の徹底」は必須です)。もちろん、副作用が小さいなら、それは第一戦略として行えばよいだけだ、ということになります。
つまり、コストの低い取り組みを第一戦略として実施し、コスト(つまり副作用)が生ずるものを、抑え込み戦略という「第二戦略」とすれば良い、という次第です。
なお、繰り返しになりますが「抑え込み対策」の多くは副作用が大きなものですから、(完全に抑え込んで完全に「ゼロ」にすることが難しい、新型コロナウイルスの様なものの場合は)あくまでも、医療供給力を確保するための「時間稼ぎ」のために行うものだと考えることが肝要です。
だから、抑え込み対策を行う場合は、医療供給力を増強することが必須なのです。にも関わらず、今の菅内閣は緊急事態宣言を出して、文字通りこの第二戦略である「抑え込み」戦略を採っているにもかかわらず、大規模な予算を組んで医療供給力を急増させる対策を十分に行っていないのです!
完全にチグハグな不条理でいい加減なコロナ対策と言わざるを得ません…。
これでは、抑え込み戦略を辞めた途端にリバウンドし、再び医療崩壊の危機が迫り、再び抑え込み戦略=緊急事態宣言を発出せざるを得なくなるかも知れません。
(春になって気温があがり、基本再生産数が下がると確信しているのならば、冬季だけの取り組みだという風に位置づけることもできますが、それとて定かではありません。要するに、何の目標も合理性も無い、場当たり的で理不尽な緊急事態宣言になっているのです)
(4)第三戦略:「重症者・死者最小化」戦略
以上の第一戦略、第二戦略で、可能な限り感染者数を「抑え込む」事を目指すことが、感染症対策においてまず求められることであるが、それが十分にできない場合は当然考えられます。
実際、日本を含めたほとんどの国々で、コロナ感染症を完全に「抑え込む」ことに失敗してしまっているのが実情です。
そうした状況を踏まえると、今度は、感染者数の抑え込みではなく、感染者における重症者数、死者数を最小化することを目指す戦略が、この第三戦略です。
具体的には、次の取り組みとなります。
①医療供給量の拡充
②重症化リスクの高い個人の感染・重症化の抑止対策の推進
2-1) 高齢者施設・医療施設の関係者・利用者の検査の徹底
2-2) 高齢者施設・医療施設の関係者・利用者への予防薬の予防的投与
2-3) 安全を確保した「高齢者施設」の収容人員の増強
2-4) コロナ弱者の高リスク行動の自粛
2-5)コロナ弱者との接触時の注意換気
そもそも政府の感染症対策の「目標」は、新型コロナウイルスの感染拡大前から、次の三つのフェーズがあると規定していました。
第一フェーズは、「水際対策」のフェーズ。これは、海外から感染症が日本に上陸しないようにする対策。それが「失敗」し、感染症が拡大するようになった時、政府目標は、水際対策から「感染者数の最小化」へと移行することになります。これが第二フェーズです。
この第二フェーズでは、上記の第一戦略と第二戦略を採用するわけですが、今の日本のように、抑え込みに失敗し、拡大していくケースがあります。
そういう場合には、厚労省は、感染者数の最小化を目標とする第二フェーズから、「重症者数・死者数の最小化」を目標とする第三フェーズへと移行する、ということを予め想定していたのです。
したがって、本来的には緊急事態宣言が発出されるような状況ですから、感染者数の抑制を目指す第二フェーズから、重症者・死者数を減らす第三フェーズに移行していくことが必要なのです。
しかし、不思議な事に菅政権は決してこの感染者数から重症者数への抑制対象の移行を、一切やろうとはしていません。これは、厚労省の感染症対策マニュアル「違反」の状況にあると言えるでしょう。
その結果、この第三戦略がほぼ採択されておらず、その結果、高齢者等の重症者・死者がどんどん増えていく状態となっているのです。
菅氏は何と愚かなコロナ対策を進めているのでしょうか……。
(5)菅内閣の緊急事態宣言は、最悪の不条理である。
以上を踏まえますと、菅内閣は今は、
1)第一戦略を徹底的にやると同時に
2)第二戦略の各種対策を、その「コスト」と「効果」を見据えながら実施し、
3)感染者でなく重症者数を抑制することを目的とした第三戦略を徹底する
ことが必要なのです。
にもかかわらず、
・第一戦略ですら中途半端なことで、感染を拡大させ(目鼻口を触らないというコミュニケーションを全くやらず、かず、柔軟な検査の拡充をやっていない)、
・一時的な抑え込み戦略である第二戦略を、何の目的も無くダラダラとはじめたところで、経済崩壊を導き、
・第二戦略、第三戦略の必須項目である「コロナ対応供給力の増強」を、財務省に気兼ねして進めず、その結果、医療崩壊リスクを高め、
・第三戦略の要であるコロナ弱者に対する徹底対策を全くすすめず、死者・重症者を悪戯に増やし、医療崩壊リスクを高めている
という考えられる限り、文字通りの最悪の取り組みを行っているのです。
もうここまでくれば、このコロナ禍は九分九厘、菅氏が導いた「人災」であると言わざるを得ないと考えます。
拙著『感染列島強靱化論』(https://www.amazon.co.jp/dp/479497244X/)に基づく本稿が我が国の合理的なコロナ対策の展開に繋がらんことを(菅氏の顔を眺めれば眺める程に絶望的な心持ちにならざるを得ないところではありますが…)、心から祈念したいと思います。
追申:
以上をより具体的に論じた記事を、下記にて配信しています。是非、ご一読下さい。
『政治家達の責任逃れのための「緊急事態宣言」。そんな中で、国民被害をホントに回避・軽減するために一体どうすればいいのか?』
https://foomii.com/00178/2021010912000075142
https://mypage.mag2.com/ui/view/magazine/162624203?share=1