日本経済

2017年2月11日

【青木泰樹】潜在成長率を上昇させた総需要の増加

From 青木泰樹@京都大学レジリエンス実践ユニット・特任教授

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【オススメ】

「国の借金が1000兆円を超えた」
「一人当たり817万円」
「次世代にツケを払わせるのか」
「このままだと日本は破綻する」

きっとあなたはこんなニュースを
見たことがあるはずです。一人の
日本国民として、あなたは罪悪感と
不安感を植え付けられてきました…
http://www.keieikagakupub.com/sp/38DEBT/index_mag.php

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日銀が長期金利の上昇を抑えるために、
市場実勢より低い金利で「指値オペ」をしました(2月3日)。

すなわち、損失覚悟で市場よりも高い価格で国債を買ったわけです。

指値オペとは、あらかじめ決めた金利で国債を無制限に買い取ることです。

前回のコラムで指摘したことが早くも現実のものとなりました。
米国発による日本の長期金利への上昇圧力が強まった場合、
日銀は国債買い取り量を増やさねばならず、それだけ国債枯渇へのカウント
ダウンが早まることになります。

http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/aoki/

早めの政府の建設国債増発による財政出動が望まれますね。

さて内閣府は、2016年度第2四半期(7〜9月)のGDP推計において
基準改定を行いました。

それによって実質GDPの算出に使われる基準年が、
これまでの平成17年から平成23年に変更されました。

基準年は「デフレーター=100」と定義されますから、
理論上は平成23年の実質GDPと名目GDPは一致することになります。

しかし今回の基準改定に際しては、単に基準年を替えたばかりでなく、
同時にGDP推計の抜本的な変更も行われました。

国連の定める最新の国際基準である「2008SNA」に準拠したのです。
既に欧米では対応済みなので、
日本もそれに倣ったということでしょう。

ただ、この新基準は「研究開発(R&D)への支出」に関して、
従来のGDPの算出方法とは全く異なる考え方に立脚していますので、
推計されるGDP水準にも大きなインパクトを与えることになりました。

実際、昨年12月に発表された名目GDPが、これまでの推計値より
30兆円も上振れしたことに驚かれた方もいると思います。

本日は、GDP算出の新基準を解説するとともに、
今回の改定結果から極めて有意な結論が導かれることを示します。

端的に言えば、今回のR&Dの改定結果を、実際に財政出動を継続的に実施する場合の
「シミュレーション(模擬実験)」と解釈できること、
そして内閣府の発表数値から、その効果をはっきり確認できること、です。

それによって私が以前より主張してきた
「潜在成長率は、現実には供給側の要因ではなく過去から現在に至る総需要の動向によって決定される」
ことが理解されると思います(下記第4章参照)。

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先ず、「研究開発への支出」の新基準での取り扱いから説明しましょう。

GDPを生産面で捉えれば、それは全ての生産主体の生み出した「付加価値の総計」
として定義されます。

付加価値とは、簡単に言えば「売上−仕入」のことです。

すなわち付加価値を生み出すためには、最終財(これ以上価値を加えられない完成品)
の生産に貢献していることが必要です。

中間段階から最終段階へ至る何れかの生産工程に関与していなければなりません。

ところがR&Dは未だ商品化されていないものを開発しているわけですから、
最終財の生産に関係していません。

当然、R&Dの売上(産出額)は記録できない。
それゆえ従来は、R&Dを生産費として企業内で処理していました。

他企業から購入した原材料費に加えてR&Dを仕入の中に含めていたために、
その分、付加価値も減っていたのです。

国連の新基準では、R&Dへの支出を
「知識ストックを増加させ、それにより新たな応用を生み出す創造的活動」と
解釈することによって、それを総固定資本形成と見なすことにしました。

GDP統計において、新たにR&Dは付加価値を生む活動となったのです。

総固定資本形成とは官民の実物投資の総額ですから、
それは支出面から見ればGDPの決定因となります。

さて、R&Dを投資と見なした結果、本年度第2四半期の名目GDPは実額で
20兆円弱増加しました(他の諸要因を合わせると30兆円増)。

GDPは総需要の構成項目の和によって算出されます。

つまり、「GDP=消費+投資+政府支出+(輸出−輸入)」です。

総固定資本形成は、この式の投資の中に含まれます(そこに在庫投資も含まれる)。

この式の因果の方向は右辺から左辺です。

すなわち「総需要がGDPを決める」と解するのです。
消費や輸出のGDPへの「寄与度」が云々されるのはそのためです。

次に内閣府の公表数値から、成長率への効果も見ておきましょう。

2013年から15年までの三年間を見ると、これまでの推計値よりも、
実質成長率は「0.6%→0.5%→0.5%」、
名目成長率も「0.9%→0.6%→0,5%」
プラス方向へ押し上げられています。

このうち、成長率押し上げの少なくとも三分の二は、R&Dの効果でしょう。

明らかに、R&Dを総固定資本形成と見なすことによって絶大なるプラスの
効果が見て取れるのです。

さらに内閣府は、この基準改定等によって「直近の潜在成長率は+0.8%となり、
一次速報の試算値(+0.4%)から上方改定となった」と報じています。
http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2017/0125/1159.html

私が注目するのは、こちらの数値です。

潜在成長率とは潜在GDPの成長率のことで、日本では成長会計に基づく生産関数アプローチ
によって潜在GDPを推計しております。

成長会計は成長要因を
供給側の「労働投入量」、「資本投入量」および技術進歩を表す「全要素生産性(TFP)」に求める考え方で、
それらを生産関数に投入して潜在GDP(および潜在成長率)を推計する方法が生産関数アプローチです。

問題は労働ストック、資本ストックの賦存量のうちのどれだけを投入量と見なすかということですが、
内閣府では過去平均の投入量をもって潜在GDPを推計しています。

これが平均概念の潜在GDPです。

技術進歩によるマクロレベルの生産性の向上を表すのがTFPですが、
これは事前に推定できないので事後的に算出します。

事後的に成長率を算出した後、
労働および資本投入による成長率への寄与度を控除した
残差としてTFPは算出されます(ソロー残差)。

さて、上記を予備知識として、R&Dを総固定資本形成としたことの意義を考えましょう。

それによって名目GDPが20兆円弱増加したのですが、
私たちの所得は今回の基準改定等以前に比べて増えたのでしょうか。

統計上は増えているのですが、残念ながら、実際の手取額は変わりませんね。

それは統計概念上の定義の変更に基づく「総需要の増加」だったからです。

つまり見かけの所得増であって、中身(実体)が増えたわけではありません。

しかし、「概念上の総需要の増加」によるGDPならびに潜在成長率への効果を、
内閣府は算出してくれました。

これを利用しない手はありません。

内閣府の推計は、まさしく総需要が20兆円(他の要因を含めると30兆円)増加した
場合の結果を示しているのです。

いわば実際に総需要を20兆円(総額で30兆円)増やした場合のシミュレーションをしてくれたのです。
その結果、潜在成長率は0.4%上昇し、0.8%になりました。

R&Dの定義の変更前と変更後で供給要因はどう変化したのでしょう。

統計をいじっただけですから、もちろん労働ストックは変化しておりません。

資本ストックはR&Dを総固定資本形成としていますので多少は増えていると
思われますが、潜在成長率を劇的に上昇させるほど増えたとは考えられません。

残るはTFPですが、先述のように、それは事後的に算出される結果にすぎません。

R&Dの評価替えによってTFPが急上昇したとは言えないのです。

「統計概念を変えたら、技術進歩が 急に生じて生産性は向上した」
と考える人はいないでしょう。

結論は明らかです。
主流派経済学の潜在成長率に関する考え方は、現実には全く当てはまらないことです。

成長会計に基づく生産関数アプローチでは、
潜在成長率は供給側の諸要因によってのみ決定され、
現実の経済成長の「天井」であると考えられてきました。

主流派学者は、潜在成長率を超えて成長を続けることはできないと主張してきました。

彼らは「現在の低成長は、潜在成長率が低いためであるから致し方ない」と諦めています。

そして「潜在成長率を上げるには、構造改革によって地道に供給サイドを強化するほかない」
とお決まりのフレーズを続けるのです。
大多数の経済マスコミ、評論家、政治家、財界人もこれに同調します。

しかし、皆、間違っておりました。

今回、内閣府は、R&Dへの支出を総需要の増加とした場合の結果を示しました。
トータル30兆円の総需要の増加が、潜在成長率を0.4%(これまでの倍)も引き上げることを
内外に公表したのです。
総需要を増やせば、潜在成長率は引き上げられることを証明したのです。

私は、潜在成長率は供給要因によって先決される「成長の天井」ではなく、
今後の需要動向に左右されるものであるから、適切なる財政出動によって
それを引き上げることは可能であると論じてきました。

そして現在の潜在成長率の低下傾向は、これまでの緊縮財政に基づく
総需要不足の結果であると主張してきました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/aoki/page/30/

今回の内閣府の発表によって、図らずも私の見解(経済学者で誰も唱えている人はいないので、
「潜在成長率に関する青木説」と称しておきます)は実証されたと思います。

ワイズ・スペンディング(賢い支出)の観点に合致した、適切なる財政出動を継続していけば、
名目GDPも潜在成長率も上昇し、日本経済は豊かになることを、
一人でも多くの日本国民および政治家に理解して頂きたいものです。

—発行者より—

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『三橋さんは過激な発言をする人だと思っていましたが…』
 By 服部

“私は今年退職をして、世間から離れて行く様に感じていました。
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月刊三橋を聞き始めて3か月になります。
最初は過激な発言をする人だなあと思って聞いていましたが、
今回の国債破綻しない24の理由を聞いて、
今まで何回も聞いていた内容が、私のように頭の悪い者でも
やっと理解出来るようになりました。有り難うございます。

これからの日本の為にも益々頑張って頂きたいと思います。”

服部さんが、国の借金問題について
理解できた秘密とは・・・▼▼
http://www.keieikagakupub.com/sp/38DEBT/index_mag.php

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【青木泰樹】潜在成長率を上昇させた総需要の増加への1件のコメント

  1. 學天則 より

    私が経済学者など不要といっているのは私のシステム屋としての実務からなんですね。システムには、まあ大まかに言えば開発、保守者であるデべロッパーと運用者であるオペレーターがいる訳です。一般論として開発者には複雑で高度なスキルが要求されますが、オペレーターはマニュアル化できる訳です。明らかに経済運営って後者でしょう。人類があれこれやってきた物が中身はともかく操作はそれほど複雑とは思ませんし、むしろ長期にわたって洗練されたレガシーナ物なら操作はシンプルなはずです。そういう事なんですよ。経済学者がエンジニアとして真に実力があるならとっととオペレーションをマニュアル化できるだろうと言う事です。でもマニュアル化は単なるエンジニアでは無理でマネージャーとしての一般常識からくるマネジメントへの理解が必要なのは言うまでもありません。私も専門家出身ではありますが専門馬鹿の扱いには苦慮しましたからなwあしからずw

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