日本経済

2016年5月18日

【佐藤健志】学者が嘘をつく構造、またはメガネと視野欠損

From 佐藤健志

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熊本地震では避難、復興の拠点となるべき公共施設等の被害も目立った。

民間住宅も含め、大きな被害を受けた建物の多くは、新たな耐震基準が適用された1981年以前に建てられた建物だった。これまで「危険だ」と何度も議論になってきたにもかかわらず、こうした旧耐震基準の建物の多くで、耐震化が先送りされてきた。その最大の理由は「財政問題」である。

「そもそも日本に財政問題などない」と語る三橋貴明が、日本の防災安全保障、さらには国土強靭化とは何かについて詳細に解説する。
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php

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本紙読者のみなさんは、すでにご存じと思いますが、青木泰樹先生の著書『経済学者はなぜ嘘をつくのか』が、この3月、アスペクトより刊行されました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4757224257

灰色のメガネにスーツ、七三に分けた髪という「経済学者」が、カバーで文字通り「嘘」を叫んでいるポップな装丁の本。
学者の口から赤いフキダシ(漫画で人物がしゃべるときに使われる風船状のアレ)が出ていて、そこに白抜きで「嘘」と書いてあるのですよ。

ただし青木先生の著書ですから、内容は本格的。
経済学という学問の全体的な構造と、その問題点とが、平易な文章で分かりやすく論じられています。

〈難しい説明しかできない者は、物事を本当には理解していない〉と喝破したのは、たしかアルベルト・アインシュタインだと思いますが、経済と経済学の両方を本当に理解していないと、こういう本は書けません。

ついでに文中には、議論の内容を視覚的に解きほぐしてくれるイラストが、随所に盛り込まれている。
この本については、私のブログでもご紹介しましたが(本年4月3日と、4月4日の記事をご覧ください)、あらためてお勧めいたします。
http://kenjisato1966.com

さて。

学者は通常、嘘をつくことを目的としてはいません。
少なくとも主観的にはそうでしょう。
世の人々(の大半)も、学者に嘘を期待してはいないと思います。

ならばなぜ、経済学者は嘘をつくにいたるのか?
そしてそれが、なぜまかり通るのか?
青木先生の議論に基づいて構造を整理すると、以下のようになります。

1)経済学者は、みずからの理論の体系性や普遍性を高めようとしたあげく、人間のあり方について前提条件、つまり約束事を設定した。
しかるに問題の約束事は、人間は誰でも物欲の充足(=効用の最大化)のみをめざして行動するとか、当の行動は(主観と客観の双方において)つねに合理的であるとかいった、現実離れした要素を多々含んでいた。

要するに、すべての人間が「合理的経済人」であると見なしたわけです。
この前提は、むろん事実に反しますが、それについて自覚的であるかぎり、嘘は発生していません。
だいたい経済学に限らず、理論モデルには約束事がつきものです。
ところが。

2)くだんの前提条件について、理論を成立させるための約束事だという自覚が失われ、「現実離れしていない」と構えるのが当たり前になった。

ここで嘘が生まれます。
現実離れしているものを、していないと言い張っているからです。
その結果・・・

3)少なからぬ経済学者が、〈現実が理論通りにならないのは、理論ではなく現実のほうが間違っているのだ〉という信念を抱くにいたった。

とはいっても、理論通りにならないものはならない。
ゆえに。

4)「現実の中にある、理論では説明のつかない事柄を、いかにして存在しないものと見なすか」という点についての理論が発達した。〈不都合な現実は否認する〉ことが経済学界の支配的風潮となり、これに適応しないかぎり学者になれない傾向が強まった。

だんだん嘘が強まっているのがお分かりになるでしょう。
ところが。

5)現実否認型の経済理論、およびそこから導き出される政策に、政治家や財界人(少なくともその一部)がメリットを見出した。

無理からぬ話です。
政治家も財界人も、現実に対処するのが仕事。
けれども思い通りにならないのが、現実というものの本質です。

そこに「理論では説明のつかない(=思い通りにならない)現実は、そもそも存在しないと見なしてよい」という理論がやってくる。
しかも〈学問的権威〉というハクまでついています。
歓迎されるのは理の当然!

T・S・エリオットの有名な詩「四つの四重奏」ではありませんが、「人間はあまり多くの現実に耐えることができない」のです。
かくして。

6)みずからの出世のために、現実否認型の経済理論や、それに基づく政策を、ことさら確信犯的にぶちあげる学者たちが登場した。

これで構造は完成です。
青木先生は本の中で、「主流派経済学」「ネオリベ経済学」「俗情経済学」という区分を使っていますが、上記の構造に当てはめるなら、おおよそ
(1)〜(3)=主流派経済学
(4)=ネオリベ経済学
(6)=俗情経済学
となるでしょう。

とはいえ。
この構造、聞き覚えがありませんか?

明らかに無理がある(=現実離れした)タテマエを、
崇高にして達成可能な(=現実離れしていない)美しい理想のごとく絶対化し、
そのような姿勢を取るうえで都合の悪い一切の事柄を、汚物のごとく見なして排除しようとする傾向。
極端になると、〈自分たちの理想を否定するもの〉が存在すること自体を、そもそも認めない状態にいたる・・・

そうです。
経済学者が嘘をつくにいたる構造は、『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』で論じた、キッチュの構造とまったく同じなのです!
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/

同書で私はキッチュについて、
〈視力のよしあしによらず、視野に巨大な欠損が生じる状態〉
と形容しましたが、青木先生も〈経済学者の嘘〉について、視覚のタトエで説明しました。
いわく。

大半の経済学者がかけているのが、主流派経済学というメガネです。このメガネは度が強い。つまり、抽象度が高いので、見える範囲が極めて狭くなります。

駅前の雑踏を歩く群衆をこのメガネで見ると、すべての人が同じ顔、同じ体型、そして同じ服を着ているように見える。まるでクローン人間の集団行動のように見えるのです。さらに景色に目を転じると、どこもかしこもすべて同じに見えてしまいます。

さて、このメガネをかけて現実を認識することは果たして適切でしょうか。筆者は不適切だと思います。
(84〜85ページ)

なんと驚くべき一致!!
・・・と言いたいところですが、じつはこれも理の当然。

政治であれ経済であれ、「現実がちゃんと見えているかどうか」を問うことは、きわめて重要な課題なのです。
人間はあまり多くの現実に耐えることができないとしても、現実を直視しない、ないし直視できないところから生まれた政策が、うまく行くはずはない。
現在のように、世の中が行き詰まっている時代はとくにそうです。

『経済学者はなぜ嘘をつくのか』、次週も取り上げます。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)自分の発想が現実離れしていることを認識できないと、保守派が左翼になってしまうことすらあります。詳細はこちらを。

『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
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2)戦後日本が、ずっと現実を直視できずにきた過程についてはこちらを。

『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
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3)近代日本そのものが抱える「現実離れした前提条件」についてはこちらを。

『夢見られた近代』(NTT出版)
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4)「サギ師の計算とはこういうものだ! 観念論で国家財政をどうにかしようとするから、かくも悲劇的な結果になる!」(293ページ)
現実を直視できない経済政策の危険性は、フランス革命のころから認識されていました。

『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
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5)「独立の偉業さえ達成できれば、負債など物の数には入らない。そもそも、国は負債を持つべきなのだ」(176ページ)
トマス・ペインも、財政破綻論とは無縁だったのです!

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
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6)そして、ツイッターはこちらをどうぞ。ブログURLは記事中にあります。
http://twitter.com/kenjisato1966

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