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2019年7月13日

【竹村公太郎】不思議な日本共同体(その3)情報共有の日本共同体

From 竹村公太郎@元国土交通省/日本水フォーラム事務局長 

明治5年、新橋で汽笛一声が響きわたった。
流域に分断されていた日本列島は、鉄道によって貫かれ1つに結ばれた。
その鉄道は全て東京に向かっていた。

全国の若い人材と資金は、鉄道に飛び乗り東京へ向かった。
人材と資金を東京に集中させた民族は強かった。
団結して企業を起こした。
口角泡を飛ばし議論をした。
そして、世界史の最後の帝国国家に滑り込んで行った。

 日本列島に住む人々は、東京へ集中することに全く躊躇しなかった。
なぜ、地形で分断されていた人々が、あっという間に東京に集まったのか?
それは、日本人は同じ言語を読み、同じ言語で話していたからだ。
言語を共有する人々は、同じ共同体に属する。
同じ共同体の故郷の東京へ行くには全く躊躇がなかった。

日本語という共通言語

 
気候と地形が異なれば、それぞれの土地の文化と言語は異なっていく。
山々と海峡と川で分断された土地に生きている人々は、
自分たちの共同体のアイデンティティーのため、
独特の言語を話すようになる。
隣の共同体と差別化する異なった言葉を話すようになるのは、
世界中の人類の共通現象である。

しかし、明治になり日本人は、列島各地から東京へ集結した。
彼らは憲法を作り、国会を開催し、国民国家としての体裁をあっという間に整えた。
このとき、彼らの間では言葉は障害とならなかった。

(図―1)の初の帝国議会の図を見ても「通訳」の姿はない。
現在、28ヶ国が集まったEU議会では公用語が23言語ある。
EUの課題の一つが、通訳のための費用である。
EU議会の常勤通訳は350人、
臨時通訳は400人もいて通訳費用が議会経費を圧迫しているという。

日本列島の人々は、3000㎞も遠く離れ、地形で分断されて生きてきた。
日本人は、同じ言語を有していた。
つまり、同じ共同体アイデンティティーを保有していた。
 
ヨーロッパ、アフリカ、インド、中国など世界を見回してもこのような国はない。
あの狭い英国でさえイングランド語(英語)スコットランド語、ウエールズ語の4言語が公用語として引き締め合っている。
言語が異なればコミュニケーションは途絶え、疑心暗鬼となり、遂には紛争に発展する。

なぜ、3000㎞も離れた日本人は、言語を共有していたのか?
これに答えられれば、トインビーの「日本の明治近代化の奇跡」の謎に迫ることができる。


 

情報のミキサー江戸
広重の東海道五十三次は、日本の歴史を知るうえで欠かせない。
第1番目の朝の品川宿では、旅人たちは、そそくさと急ぎ足で出立し、帆を揚げた船が、次々と各地に向かっていく。

(図―2)は、広重の東海道53次の朝の品川宿。
第2番目の神奈川宿では夕方を描いている。
大きな船は錨を降し、帆をたたんでいる。
沖には、暗くならないうちに江戸の品川宿へ急ぐ船の列も見える。

(図―3)は、東海道53次の夕方の神奈川宿である。
この第1番目の品川宿と第2番目の神奈川宿で、
広重は大切な情報を描いている。
私たちはどうしても人間に目が行ってしまう。
ここでは海を見てもらいたい。
広重は江戸に行き来する大量の船を描いていた。

 19世紀、大都市・江戸は途方もない物量を必要とした。
全国各地から、米、海産物、木材、ミカンそして工芸品が、
毎日毎日、休むことなく江戸に注入されていった。

 江戸に住む諸大名は、地元から特産品を取り寄せ消費した。
全国各地は江戸の食欲とエネルギーと好奇心を満たすため、あらゆるモノを送り続けた。

 江戸にモノが注入されるだけではない。
江戸から戻る船は荷物が空では、波に対して船は不安定になる。
そのため、戻りの船には、江戸からのお土産が満載されていた。
それは、瓦版、着物、装飾品、浮世絵、工芸品などであった。

 全国各地からモノが江戸に集まり、江戸で混ざり合った。
そして、全国各地には、江戸から大量の情報がこれでもかと送り出された。
江戸の情報は全国津々浦々へ届いていった。

日本列島の共通の文字
日本各地は、海峡と山々と川で分断されていた。
しかし、江戸時代の250年間、日本列島の人々は、
情報を共有するネットワークの上で生きていた。
そのネットワークとは、船運のネットワークであった。

(図―4)は、江戸所代の港をと主要な航路を描いた貴重な資料である。
 よく見ると、このネットワークは海の港で終わっていない。
川の河口から上流にまで伸びている。
日本の水運ネットワークは、
列島の内陸までクモの巣のように張り巡らされていた。

長い航海を終えた大船は河口の港に着くと、
荷物は小舟に積み替えられ、その小舟が陸地の内部に荷物を運んでいった。

(図―5)は、上流の内陸部に向かう引き舟が描かれている。
自力で帆走できないところは、
剛力たちが小舟を上流まで引いていった。
横山大観は「引き舟」で滝が落ちているような深い山の中まで、
剛力が小舟を引いている絵を描いている。

谷風が連勝した。
歌舞伎の団十郎が人気だ。

(図―6)はその瓦版である。
赤穂浪士が討ち入りした事件は、
10日後には全国に知れ渡っていた云われている。
瓦版や浮世絵や漫画草子の情報は、
水運ネットワークという情報の蜘蛛の巣によって列島中の人々に運び込まれた。

この瓦版を読むことによって、どんな山の中の人々も、
江戸が発信する文字情報を共有していた。
3000㎞も離れ、地形で分断されていた日本列島の人々は同じ文字を読んでいた。
このような例など世界を見渡しても聞いたことがない。

日本列島に住む人々は、同じ文字を読んでいただけではなかった。
なんと、彼らは同じ言葉を話していた。

日本列島の共通の話し言葉

 
広重の東海道五十三次で品川宿、
神奈川宿以上に重要な絵がある。
東海道53次の第1番目の日本橋を行く大名行列の絵である。

(図―7)がその日本橋の風景である。
この大名が江戸と領地を往復する参勤交代は、
日本人の共同体形成にとって重要な社会システムだった。

 1600年、前田利長が家康に反意がない証に、
母の「まつ」を人質として江戸に住まわせたことから参勤交代は始まった。
3代将軍の家光が制度化して以降、
全国すべての大名は家族を江戸に置き、
2年に一度江戸に向かった。

諸大名たちは2、3代目になるとほとんどが江戸生まれになっていた。
なにしろ、母親と妻子が江戸住まいであったからだ。
参勤交代とは領主が江戸へ単身赴任をするのではない。
参勤交代とは領主本人が2年に1度、単身で領地へ行くことであった。
教科書が教える参勤交代とは真逆であった。

夫婦が分かれて生活する日本の単身赴任の根が深いのは、
これから始まったのだろう。

この参勤交代によって、江戸の話題は江戸の言葉で伝わった。
旅の途中の宿では、江戸の出来事が話題となった。
領地に戻っても、江戸の話題は大人気であった。
それらの話題は、江戸の言葉で語られていった。

もちろん各地方に方言は存在した。
しかし、その地方の言葉は、所詮、一地方の方言に留まった。
なにしろ、江戸生まれで江戸育ちの領主さまの言葉が江戸の話言葉であったからだ。
日本列島中の人々の話し言葉は、江戸の話し言葉となっていった。

 明治の廃藩置県は、社会の無血革命であった。
2百年以上続いた幕藩封建体制から、一気に中央集権国家へ変身した。
その変身は、全国各地からの人々が蒸気機関車に飛び乗り、
東京に集結したことによってなされた。

東京は人々の読み書き言葉の故郷であった。
東京は人々の話し言葉の故郷であった。
言語の故郷の東京は、日本人の共同体アイデンティティーの故郷でもあった。

同じ文字を読み、同じ言葉を話した日本人は分裂しなかった。
東京に集結した日本人は、一気に近代化へと驀進し、帝国主義時代の最後の帝国へ滑り込んでいった。

トインビーが言う「世界の歴史の奇跡」が起こった。

—発行者より—

・なぜ織田信長は比叡山を焼き討ちにしたのか?
・国を治めた徳川家康とヒトラーの共通点とは?
・忠臣蔵は最初から黒幕によるシナリオがあった?

地形を見れば、
歴史の謎がすんなり解けていく、、、

竹村公太郎の地勢歴史学講座 vol.1
「地形で読み解く日本史の謎」
https://pages.keieikagakupub.com/cpm_takerk1_s_d_24800/

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【竹村公太郎】不思議な日本共同体(その3)情報共有の日本共同体への2件のコメント

  1. たかゆき より

    たしかに

    国家とは言語である、、

    人は国に住むのでは無い

    国語に住むのだ

    と 

    エミール・シオラン が 仰ったとか

    ちなみに 縄文時代にも

    海洋交通は 盛んだったようで

    翡翠やら黒曜石やら 

    接着剤としてのアスファルト 等々

    各地の特産品が 交易されていた との こと

    四方を海に囲まれ

    至る所に河川が存在する 日本

    道路が整備されていない 太古には

    水運に適うものなし

    神様が 船に乗り

    空を飛んでやってきたという

    言い伝えが各地にありますので

    当時の海上交通は

    まさに空を飛ぶ 感覚

    だったんでせうね 

    というわけで オチは、、

    石の船にも乗ってらしたようですので

    いつかは 落ちる ♪

    返信

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  2. たかゆき より

    Winで アクセスすると
    この記事だけが まっすぐ

    オチてる。。

    Macで アクセスしたら

    普通に読めるけど

    コメント欄が やたらに

    広い。。。

    返信

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