コラム

2021年8月14日

【竹村公太郎】気象に支配される文明 ―勤勉そして無原則―

 コロナ禍での東京オリンピックが開催された。無観客のスタジアムで長々と続いた入場式を最後まで見詰めてしまった。国旗と鮮やかな民族衣装は見飽きなかった。

国旗
 水問題に関係しているので、よく国際会議に参加する。そのたびに、世界各国の国旗と出会い、それらの国旗に見惚れてしまう。

 日本の国旗は太陽だけのデザインである。日本人はこの「太陽」の図柄に当然のように親しみを持っている。しかし、世界的に見ると、「太陽」の図柄は少数派である。圧倒的に多いのが「月と星」の図柄である。

 外務省ホームページで万国旗を検索する、191カ国の色とりどりの国旗が次々と画面に現れてくる。191カ国のうち、月と星の国旗は53カ国で28%も占めている。それに対し、太陽の国旗は13カ国で7%にすぎない。

 世界の国旗の大勢は「月と星」のようだ。

 月と星をデザインに取り入れているのは、南アジア、中近東、アフリカ、アメリカ、太平洋諸島に多い。

 国旗は国の大切な象徴である。国への帰属意識のシンボルの国旗が重要でないわけがない。国旗にはそれぞれの国の大切な意味が隠されている。

動きはゆっくり
 1980年、初めて赤道直下のインドネシアに出張した。土石流を防止するJICAミッションであった。山腹を歩きながら気がついたことがあった。ともかくゆっくり歩くことであった。灼熱の太陽の真下のインドネシアでは、日本にいるようにセカセカ歩くと直ぐバテる。

 その2年後、米国のニューオリンズに派遣された。約1年間、ニューオリンズで、地元の人と一緒に働いた。ニューオリンズの太陽は暑い。この土地の原則は「急がないこと」で、別れの挨拶は「Big Easy !(ゆっくりやれよ)」だった。

 ニューオリンズ地元の人と仕事をしていると、日本人のてきぱきした動作と彼らのゆっくりした動作は波長が合わない。

 ところが太陽が沈み、闇が広がってくると、彼等の動作は変身し活気を帯びていく。昼間は眠っている街は、夜になると目を覚ましていく。そのシンボルがバーボンストリートで、各所でジャズが演奏され、深夜まで人々で溢れている。

 亜熱帯のニューオリンズでさえこうなので、熱帯地方の太陽はさらに厳しい。熱帯の太陽の下での激しい動作や長時間労働は極めて危険で、倒れたら死に至ることとなる。

熱い日の丸
 熱帯の昼間の労働は危険で、最小限の動作だけになる。しかし、太陽が隠れ月と星の世界になると活動が開始される。

 ラクダのキャラバン隊は月の砂漠を進んでいく。伝統的な文化は、夜の闇を背景にしたものが多い。ニューオリンズのジャズ、インドネシアの影絵、舞踏劇ケチャ、アラブの千夜一夜物語などは、夜の月や星の下で生まれてきた。

 月と星は、安らぎと生気の象徴になっている。(図―1)はマレーシア国旗で月と星はイスラム社会の象徴と云われている。

 日本の国旗をどう思うか、とエジプトの友人に質問したことがある。

 良識的な友人は、他国の国旗をけなしたりしない。そこを承知であえて率直な感想を頼んだ。彼はしぶしぶ答えてくれた。「自分にとって日章旗は熱い。少し息苦しく感じる時もある。」という返事であった。

労働が生きること
 日本は北緯25度から45度の縦長の列島である。北緯35度前後の温帯には、3~4ヶ月間の長い冬がある。雪が降る冬の間、草木は眠り、人々は囲炉裏の周りで木製の農具を製作する。春が近づくと苗を作る準備に入る。

 春になれば、雪解け水を利用し、田植えを始めなければならない。太陽がさんさんと輝く夏には雑草を取り、稲を成長させ、秋の台風が襲ってくる前に収穫しなければならない。

 半年間の限られた時間内で、一年分の食糧を生産する。コメを蓄積しなければ、飢餓が待ち受けている。米の生産は一人ではできない。強い共同体が必要であった。川から水を引き、大雨ともなれば堤防を守らなければならない。共同体を形成した日本人は、太陽の下で、時間に追われ、勤勉に働き続けた。

 この太陽の下の労働は、食糧の報酬だけではなかった。日照は人々に健康という報酬も与えてくれた。

 労働だけではなかった。絵画、演劇、お茶、お花、相撲、柔道、剣道など日本伝統文化は、太陽の下で生まれ育ってきた。日本人は節目ごとに日の出に向かって手を合わせて祈る。米と健康を与えてくれる太陽への感謝であった。

 熱帯地方の太陽での労働は生命の危険であった。しかし、温帯地方の太陽での労働は生命そのものだった。

太陽との位置
 19世紀になり大航海と産業革命時代を迎えた。富の獲得戦が地球規模で開始された。

 この富の獲得戦では勤勉な労働習慣の人々が世界を席巻した。近代の産業国家をいち早く形成したのは、英国(北緯50~60度)、フランス(北緯43度~50度)、ドイツ(47~55度)、米国の北部(38~50度)、イタリア(37~45度)、日本(35度前後)であった。(図―2)は先進主要国の緯度を表している。

 これらの国々は、みな北緯35~60度に位置し、長い冬を持っている国々であった。半年の太陽の下で懸命に働かねばならない勤勉な民族だった。

 勤勉さは人種的に優秀だったのではない。道徳的だったからでもない。単に、物理的に太陽との距離が遠かったからだ。

 地球上の生物にとって、太陽との距離感は絶対的な条件である。生物は太陽との距離関係で、生き方を適応させてきた。人間も同じである。太陽との距離に順応して生活習慣を形成した。社会習慣がその土地の道徳や社会規範となり、さらには律令や法律になっていった。

 太陽との関係で社会規範を創ったのは人間共同体である。その人間共同体は、気象と自然環境の支配下にあった。

 特に、日本共同体は際立っていた。

めまぐるしい気象

 (図―3)は日本とレバノンの気温変化図で、夏の日平均気温を示した。
実線が日本、点線がレバノンである。レバノンの夏は23~29度の約6度の幅で推移している。それに対して日本は17~32度の15度の幅で推移している。注目すべきことは、レバノンの3ヶ月間の気温変化など、日本ではたった2~3日で変化してしまう。レバノンから見ると、日本は目まぐるしく気温が変化するとてつもなく忙しい国だ。

 (図―4)は日本とパリの月別平均降雨量の比較図である。中近東は降雨がほとんどなく比較しようがない。そのため西欧の中心地パリの降雨との比較を示した。

 パリは日本と比較してほとんど降雨の変化がない。しかし、日本の降雨は一年中変化し続けている。一ヶ月前と一ヵ月後ではまるで違う。月平均でこのように変化が激しい降雨は、一週間単位ではさらに激しい変化を示す。

 私の記憶に残っているのが2000年の東海豪雨である。この年の9月11日から12日の2日間で、東海地方は記録的な集中豪雨に見舞われた。たった一晩の豪雨が東海地方の人々の資産七千億円を奪ってしまった。(写真―1)

 実は、その集中豪雨が襲ってくる寸前まで、東海地方は深刻な渇水状態にあった。その渇水と豪雨を報道する記事をチェックすると、両者の日付の差はたった5日でしかない。

無原則の日本
 日本の気象は激変する。日本人は激変する気象に歩調を合わせざるをえなかった。日々の気象変化だけではない。突如として襲ってくる豪雨、大地震、大津波、火山爆発があった。多くの人生が突然に断たれていった。

 日本列島を襲う災害は、無意味に日本人の生命を奪う不条理の極であった。

 日本人が理念的な原則を誇っても、それはすぐ自然の力に嘲笑されてしまう。脳で考えた原理、原則は、自然が機嫌を損ねれば吹き飛んでしまう。

 激しい気象変動と不意の災害を生きのびる日本人は原則を持てなかった。日本人の唯一の原則は「無原則」となった。多くの有識者が日本人の無原則性を指弾する。しかし、激変する気象に適応し、不条理な大災害を生き延びる人々にとって、融通無碍の無原則の盾が必要であった。

永遠と無常
 中東、西欧のユーラシア大陸の文明の根底を支えているのは一神教である。キリスト教はユダヤ教から生まれ、そこからイスラム教が誕生した。

 一神教の原点のユダヤ教は砂漠と土漠の乾燥地帯から生まれた。

 見渡す限り不毛の砂漠が広がり、夜、見えるのは月と星だけ。何もない世界。誰もいない世界。その世界は何時までも変わらない。そこで感じるのは、「変化しない『永遠』」だったのだろう。

 永遠は乾燥地帯の人々にとっては概念ではない。目の前にある現実であった。乾燥地帯の砂漠は昨日と今日は同じである。いや何十年前、何百年前そして何百年後もその姿は変わらない。そして、この砂漠には何も存在しない。何も存在しないから、変化しようがない。それは変化しない「永遠」という現実である。

 一方、自然が豊富な日本で、永遠という現実はない。

 日本列島には豊かな自然の万物が存在している。存在するモノは必ず変化していく。変化しないモノ、変質しないモノなどない。

 日本人にとって、変化する自然が現実であり、変質し続けるモノが現実であった。「変化して常でない『無常』」という現実があった。

 変化し続ける日本列島は、融通無碍で無原則の人々と共同体の誕生を後押ししていった。

 人々は自分達の力で文明を創造したと思っている。実は、その地方の自然条件が、人々に自然に適応した文明を生み出すことを強いていた。

 際立つ四季を持ち、気象が激しく変化する日本列島。この列島は、勤勉で、原則にこだわらない人々と共同体を誕生させていった。

 自然条件への洞察に基づく自分の郷土への愛は、異なる自然条件で生きている人々と共同体への理解と愛にも通じていく。

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【竹村公太郎】気象に支配される文明 ―勤勉そして無原則―への5件のコメント

  1. 大和魂 より

    大体のところ、現場人間の一般論で言いますと治水と相関関係にある治山の幅の広い双方の理屈と地球上でのあらゆる環境の変化に根ざした土木の見識を得るまでには、概ね十年近くは掛かりますから、その点でも弁護士や医療従事者などと変わらない程の修行が求められているのが実情なんです。

    それを、高学歴者でありながら認識不足で低次元の財務省関係者でバカ丸出しの機関に当たりバカの巣窟である、慶應義塾派閥がわんさか存在している御用学者やデマ義偉を筆頭にデマキンソンやデマ中平蔵やデマ博幸やデマ官邸の提灯持ちの知事会の面々やメディアの既得権益は無視しているデマ下徹やカス村ひろゆきやらカスエモンことカス江貴文とか寝ぼけた言論するコイツらも日本社会を蝕む元凶なんですよね竹村先生。

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  2. つぼた より

    夏真っ盛りなのに、梅雨のような雨の日が続いています。
    また、西の方から水害の映像が流れてきました。
    どう見ても気温が上がっているのに、温暖化には賛否両論があります。
    では、この異常気象の原因は何なのか?
    どなたか、スッキリ説明していただきたいです。

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      1. うたか より

        地球温暖化説は説でしか無く証明できていない
        人為的に排出されたなんて言葉を使うが人為的に排出されてない数値の比較を極力避ける
        実際の比率は数%らしい
        地球温暖化自体は起きているが人為的な影響をきちんと解説できていない
        証拠とされるものの大半は結果論からそれっぽく見えるだけである
        その気になればヒートアイランドこそが犯人だとかできそう

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      1. 天鳥船 より

        温暖化自体は事実でしょうが、原因は二酸化炭素では無いのでは?。よく、ニュースとかで近年の異常気象の原因として「温暖化により海水温が上昇し・・・」とか言ってますが、あれ、誰も疑問に思わないのでしょうか?
        何だったら、試しに風呂の湯船に水を張り、ストーブで浴室を暖めてそれで風呂の湯が沸くかどうか、試してみてください。
        逆ならありますけどね。湯船に湯を張れば、浴室の室温も上げるでしょう。しかし、二酸化炭素が原因で大気の温度が上昇したとして、それで海水が暖められることはあり得ません。
        ここからは持論ですが、近年の太陽光線は強烈です。我々が子供の頃とは全く違う感じです。直射日光は肌に突き刺すような感じで、暑いというより痛いといった方が相応しいくらい、暴力的です。恐らく温暖化の原因は、太陽の活動自体が活発になってきていることではないでしょうか?
        それから、我が国(と言うより世界)が行っている温暖化防止策は、全く無意味です。その尤もたるものがレジ袋有料化ですが、最初に導入案が示されたときは、あれも温暖化対策だったはず。しかし、レジ袋は石油を精製した残りカスを利用したもので、使われなければそのまま燃やされるだけで二酸化炭素排出防止には寄与しないという、まともな理屈が浸透してきたためにこれ以上国民を騙せないと思ったのか、いつのまにか海ゴミ防止の為と、問題がすり替わっていました。
        私は一人暮らしなので、エコバッグ(w)を持参して買い物に行きますが、周りを見ていると、特に生鮮食料品や総菜を買った人はバッグの中で汁が零れて汚れるのが嫌な為か、ロール巻きのビニール袋を何枚も使って食料品を包んで入れているのを見かけます。さて、あのビニール袋は海ゴミとやらにならないのか。
        そう言えば、確か我が国で最初にレジ袋を有料化したのは、流通マフィアのイオングループだったはず。
        最近はあまり言われなくなりましたが、一時期は「割り箸はやめてマイ箸を持ち歩こう」などと、小池百合子とかが五月蠅いくらいアピールしていました。結局、割り箸は建築廃材や間伐材なんかを利用しているため、割り箸を無くしたところで森林環境の保護には全く役に立たないと言うことが国民の間にも浸透し、最近はほとんど「マイ箸」とやらは聞かれなくなりました。
        結局、環境保護だの地球温暖化防止だの、体の良いことを良いながら金儲けを企んでいる連中がいるということです。

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  3. ts より

    地球温暖化説は極右勢力と極左勢力の思惑が一致した結果だと思います。

    地球が温暖化している

    理由はCO2が増加しているからだ

    化石燃料を削減せよ

    極左勢力には、CO2の排出量をコントロールするとなったら、経済に対する全体主義的なコントロールを意味する。
    つまり、社会主義・共産主義を導入するということ。

    一方、極右勢力は原発推進派。
    原発を推進する唯一の理屈はCO2を出さないからという理由づけしかない。核のゴミの問題などの全体を考えていない。

    このように、極左体質の人と極右の人が自分たちの思惑のためにやってるのがこのCO2全体主義。

    ところが、CO2が増加しているから地球が温暖化しているという説はどうも怪しい。
    データを読み解いても、CO2が増えるから地球が温暖化するのではなくて、地球が温暖化しているからCO2が増えているとしか見えないし、科学的に考えても因果関係が逆としか言えない。
    また、「クライメートゲート事件」で気温のグラフを捏造して、地球温暖化をでっち上げようとしている犯行の様子が、全てバレてしまった今でさえ、「日本は2050年までに、カーボンニュートラルにする、大気中に排出するCO2の量を実質でゼロにする」と言っている。
    経済に対する大きな圧力・負荷がかかってきて、もうこんなことでは日本は経済成長できない。
    日本経済を苦しめる、日本人の生活を苦しめるものでしかない。

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