コラム

2020年8月29日

【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」第七十一話:『長期的財政拡大路線への転換・政策ピボットへの積み重ねを』

6月後半からはじまったCOVID-19新型コロナウイルス感染症の第二波ですが、8月半ばを過ぎた頃から確認者数が減少傾向にある。ただ、この一週間ほど、東京も全国でもPCR検査数が減っているため確認者数も減っている、ということも考慮する必要があります。他方、東京都の場合、陽性率が下がっていますので減少傾向が期待できるかもしれません。しかしながら、感染確認者数の増減と一致度の高い「街の人出」はこの一週間で増えてきています。今後の傾向に注目です。

さて、すでに指摘もありますが、コロナ禍における様々な言論状況、一般民衆の反応は、福島第一原発事故後の状況に似ています。放射線という目に見えないもの、どんな被害をもたらすのかはっきりしないものに対する恐怖が全国的に拡散しました。

自然環境には世界平均で年間2.4ミリシーベルトの放射線量が存在します。日本の場合は年間1.26ミリシーベルト程度です。問題はこれに加えてどの程度が許容されるのか、でした。
http://www.hiroshima.med.or.jp/pamphlet/245/2-2.html

原発事故後にICRPが出した指針は以下のコラムにある通りで、事故後の緊急対応から徐々に基準を変えていくことを推奨していました。

《20ミリシーベルトを基準とする考え方は、国際放射線防護委員会(ICRP)に基づいている。ICRPは、20~100ミリシーベルトの範囲で被ばく低減に努め、その後の復旧期(現存被ばく)には年間1~20ミリシーベルトの範囲で低減努力をし、最終的には自然放射線量並みの年間1ミリシーベルト以下に近づけるよう勧告している。はじめから1ミリシーベルト以下を目安にしてしまうと、無理な移住など放射線のリスク以外(以上)のリスクを招くこととなり、国が避難等促す基準としては、「20ミリシーベルト」を目安としていた。》

更に、
《「安全」がそのまま「安心」につながらない理由は、社会心理学の分野で研究されてきました。
人間の判断と意思決定に関しては、「二重過程理論(群)(Dual process theories)」という研究があります。人間には情報処理のシステムが2種類存在し、システム1では直感・イメージ・個別事例などをもとに素早く、無意識的に判断し、システム2は意識的に分析し、数字や論理、統計データに基づいてリアリティを感じる、という特徴があります。誰でも両方持ち合わせていますが、基本的に優位に働くのはシステム1です。》
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/1516

上記引用文にある数字は「年間線量」ですが、当時専門家が指摘していたのは「線量率」でした。
緊急時に20~100ミリシーベルトを許容するのは、福島第一の事故の場合、線量率の高くない拡散だったからです。線量率の高い拡散とは原子爆弾やチェルノブイリ原発事故のように瞬間的に高線量が放出される場合であって、水素爆発で建屋が破壊されて内部の放射性物質が比較的時間をかけて放出される場合とは様相が全く違ったからです。

ただ、このような専門的な知見はなかなか伝わりません。ボクは梅雨頃の東京で放射能の雨が来るとか騒がれてた時、たとえ話として、毒を流した直下の地点で水を飲んだ人が腹痛程度の場合、川下でそれ以上の被害が出ることは考えにくい、とツイッターで書いたところ、そこそこ叩かれました(笑)。

情報が少ない時点での関連被害は起きましたし社会的被害も尾を引きました。結果として、感覚的に「毒は毒なのだ」と思われる心理は避けられないが、これを「パニック」と断じるべきだろうか。放射性物質であれ化学物質であれ、疫病であれ、被害があるのは事実なのだ。直接の死者がゼロでも社会的な被害は大きかった。時間が経って科学的知見が広まっても一定数は残ります。これを否定すれば理性的な言論は不可能になってしまいます。

公害を軽減する技術が進んだのは日本人の厳しい生活感覚のおかげとも言えるでしょう。3月半ば以降の感染拡大による自粛ムードや西浦教授らの提言、休校休業イベント中止の判断など、批判はあったが4月半ばのピークアウトを実現したと考えるのが妥当です。実施の過程には問題もありましたが結果は出せたと言って良いと思います。問題は、経済と感染を天秤にかけたことでした。緊急事態宣言が解除されて街の人出が増加するとともに感染確認者が増え、第二波を形成するに至りました。個々人に対する感染防止方法が周知されていても、守らない人やうっかりミスをする人は避けられない。結果として第二波を起こしました。しかし、悪いのはウイルスです。感染防止方法を中心に唱えれば、それをやらなかった人への批判を呼び、自己責任論を強化し、国民分断を起こすことになります。

街の人出は7月の第二波が落ち着くとともに増えてきているようです。街の人出は8月初旬の連休から減って谷を形成し、17日の週から再び増加して山を築きつつあります(地域によって差はあります)。これを10日前後うしろへずらすと感染確認者数の谷と山に一致します。24日に(月曜日は減るのが通例ですが)100人を切った感染確認者数はここ数日増えてきています。今週街の人出が減れば、確認者数も減っていくかもしれませんが、増えればまた増えるとも考えられます。原因は街の人出だけではありませんが、第一波のあとデータを観察したところ、感染確認者数増減の動きは街の人出の10前後のズレ(感染から報告までの日数分)で一致するようです。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/outflow-data/

さて、再びコラムから引きましょう。
《一番大切なのは、人の命や健康です。それを守るには、感情的に突っ走ることは得策ではなく、科学的にじっくり考えることが重要です。犠牲を合理化して何事もなかったかのように安心することも、科学を否定して小さなリスクに過剰に反応することも、よろしくありません。》

ゼロ化を絶対視して微細なリスクまで否定する意識は健康と言い難いものです。しかし、原発事故や自然災害において「避難生活で亡くなった高齢者は遅かれ早かれ寿命だったのだ」、コロナ禍において「コロナでなくなる基礎疾患を持った高齢者は寿命だったのだ」、あるいは「倒産廃業したのは企業努力を怠った自己責任なのだ」と犠牲を合理化する意識は許容できません。

一般人としては、「少しでも安心できないものは避ける」というのが生活安全保障上の原則です。外国からするとかなり潔癖に思えるこの感覚で、日本の清潔な水道水や食の安全保障が守られてきた良い側面がある。

水道コンセッション(民営化)で、この優良なシステムが破壊されること、遺伝子組換え作物や農薬の基準が外国に合わせられることを恐れることも「パニック」とは言えないでしょう。

原子力発電は10年前の状況には戻せないと考えます。原油の依存度を大幅にへらすことは難しい。しかし、水力発電にはまだ可能性がありますし、天然ガス等も可能性はあります。政府が、国産エネルギーに投資するために財政拡大をすれば新技術含めて可能性は広がります。

新型コロナウイルスは数ヶ月で再感染する事例が確認されました。無症状なら安全、というわけではありません。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200825/k10012582021000.html

一般の生活者にとって、2週間程度隔離治療を受けるのは、完治するとしても、職を失うことすらある大変なことです。この感染症の影響は多かれ少なかれ数年つづくでしょう。日本産のワクチン開発は遅れています。開発を加速させるには財政拡大が必要です。

保健医療体制を含め生活安全保障の弱体化は、歴代政府の失政…緊縮財政が原因だとわかるでしょう。
緊縮財政改めて長期的財政拡大路線へ政策転換させることが、現在を救い、未来を作る大前提、基礎なのだと考えます。

言論においては、様々なところで歪みが生じています。短期的に見ても長期的に見ても、財政破綻論の間違いから脱却し、長期的財政拡大路線への転換を議論の大前提にしなければならない。「財政拡大はやりそうにない」と折れてしまえば根本から狂ってしまいます。
原点に戻っていただきたいものです。
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/624143/

+ + +

高齢者が死に至り、軽症でも後遺症が残る疫病被害と経済への被害が現実に存在します。しかし、この被害をゼロにすることはできない。ウイルスの実体は解明できておらず、感染状況を制御することは不可能です。

であるならば、感染者数の多少に関わらず「常に」やらねばならないことは何でしょうか。言い換えましょう。地震や台風豪雨は関連被害を含めた多大な被害が現実に存在します。

しかし、この被害をゼロにすることはできない。自然災害のメカニズムは解明されておらず、発生も被害も制御することは不可能です。であるならば、被害の多少に関わらず「常に」やらねばならないことは何でしょうか。

それは、被害が出る前から、財政支出によって様々なインフラを整備しておくこと。被害が出ている非常時であれば、財政支出拡大によって生活支援を継続すること。被害の最小化に必要なことは「常に」やる必要がある。コレまでやってこなかったからこそ、財政拡大を最優先に議論するべし、と考えます。

そもそも、緊縮財政と消費税によって日本経済はデフレに転落し、20数年間デフレ状況に苦しんできた。何もなくても「常に」言いつづけなければならないのは、長期的財政拡大路線への転換…政策ピボットを最優先にすることです。これだけは変更の必要がない基礎です。

財政拡大路線へ転換を前提としなければ、消費減税も期間限定となり、再増税時には15%になるでしょう。来年は今年の赤字を取り戻すために緊縮財政を更に加速させることになる。

安倍政権のうちに、嫌々にでも、小出しにでも、財政拡大をつづけさせ、財政支援で国民が助かることを実感してもらうこと、財政赤字が国民黒字であることを実感してもらうこと。

学術的な理屈を超えて、感覚として、「財政拡大が必要なんだ」と納得してもらうことです。この積み重ねが、次期総理総裁の方向性を左右する。「令和の政策ピボット」実現を左右すると考えます。

上記コラムでの二重過程理論に従えば、財政支援の積み重ねでシステム1を叶え、財政破綻はあり得ないという理論でシステム2を叶える。これまでできてこなかったことが、コロナ禍を奇貨として実現するチャンスなのです。

あきらめてはいけない。

前回と同じような内容と結びですが、何度でも繰り返さねばなりません。
あきらめず、財政拡大を継続させる言論に集中しましょう。

○コマーシャル
2020年10月放送予定、TVアニメ『呪術廻戦』にキャラクターデザインなどで参加しております。
第1弾PV  演出を担当いたしました。
https://youtu.be/dZPxN_2IyAI

ボクのブログです
https://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/

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【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」第七十一話:『長期的財政拡大路線への転換・政策ピボットへの積み重ねを』への1件のコメント

  1. F-NAK より

    > 感染防止方法を中心に唱えれば、それをやらなかった人への批判を呼び、自己責任論を強化し

    因果関係が明確でなく強引な結び付けに見えます。
    また、ご自身が訴えている自粛自体が感染防止法なのでは?
    そもそも外出した人への自己責任論すらあるのに、自身の主張に背く意見に対してだけ「自己責任論の強化だ」などと叫ぶのはおかしいのでは?

    > 一番大切なのは、人の命や健康です

    人々の生活や人生は大事ではないのでしょうか。
    今、自粛によって新たな氷河期世代が生まれています。それは無視でしょうか。
    失った生活や人生は、政府がお金を出したところで取り返せません。

    さかんに財政出動を訴えていますが、結局は「経済はお金の問題」「視点は短期でよい」という思考なのでしょうか。
    そういう人は、よく「人の命」など反論しにくいものを盾にして、相手の主張を退けようとします。

    > 「少しでも安心できないものは避ける」というのが生活安全保障上の原則です

    そのようなリスク無視の原則はありません。
    もし、そのような原則があるなら、九州豪雨のときの橋下徹の「政府がお金を払って別の場所に住んでもらえばいい」という発言は正当ということになります。

    > これまでできてこなかったことが、コロナ禍を奇貨として実現するチャンスなのです

    財政出動のために経済被害を望むようになったら終わりです。
    納得感なんか得られないでしょう。

    > 言論においては、様々なところで歪みが生じています

    なんか他人事に言ってますが、ご自身も意見を異にする人の悪口大会をTwitterなどでやっていたのでは?
    意見を衝突させず、同意者の募ってマウントを取ろうとするのは、中学レベルのイジメと同じ構図です。

    言論の歪み?
    いつから言論界隈の代表になったのでしょうか。
    今回露わになったのは、あなた方の幼稚さです。

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