コラム

2018年2月10日

【竹村公太郎】西部邁先生の教え

From 竹村公太郎@元国土交通省/日本水フォーラム事務局長

西部邁先生の死

1月21日、西部邁さんが死去されました。

西部さんの本と出会ったのは
「大衆への反逆」でした。

「大衆の反逆」ではありません。

「大衆への反逆」なのです。

この不思議な題名を見て、
本を手に取りました。

ダムの現場所長をしている40歳ごろ
だったような気がします。

その後、西部先生の鋭い舌鋒に魅せられ、
のめり込むようにして西部さんの本を読み続けました。

建設省に入省して以降、
川治ダム、大川ダム、宮ケ瀬ダムの現場で
20年間をダム技術者として過ごしてきました。

平成元年、私は建設本省の
河川局に転勤になりました。

そして、市民団体やマスコミから
自然破壊と激しく非難されていた
長良川河口堰事業のチームに投入されたのです。

そこで、西部先生と出会うこととなりました。

西部先生の不信

長良川河口堰チームで与えられた任務は、
ジャーナリストや知識人と会い、長良川河口堰事業を
説明して、理解してもらうことでした。

やりがいのある任務であり、毎日眠るのも
惜しんで仕事に向かっていました。

ある時、西部邁先生に説明することとなりました。

マスコミの友人を通じて可能になったのです。

尊敬する西部先生にお会いできるのです。

会うだけではなく、長良川河口堰事業を説明して、
理解してもらい、応援してもらいたかったのです。

緊張の極致で、前日は眠れませんでした。

当日、都内のホテルの喫茶室で
待ち合わせしました。

緊張してご挨拶をして事業の
説明をしていきました。

西部先生は私の長良川河口堰の
説明を聞いた後、初めて口を開きました。

「やっと長良川河口堰が、これほど問題に
なった理由が理解できたよ。

いまの竹村君の30分の説明の中で
『長良川流域の人々の生命と財産を守る』という
言葉が3回も出てきた。

天下の印籠が見えないかという君の権力的な態度が、
事業がこじれてた最大の理由
ということが良く理解できたよ」

と言って席を立たれてしまったのです。

私は頭が真っ白になってしまいました。

私の言葉によって、西部先生が長良川河口堰への
不信感を持ってしまったのです。

いや、私個人への不信感を持ってしまったのです。

上から目線

全ての著書を読むほど
西部先生を尊敬していました。

その西部先生に打ちのめされてしまったのです。

「生命と財産を守る」という言葉には、
誰も抵抗できません。

この言葉を使うときは「誰にも文句は言わせないぞ」
という権力そのものだったのです。

「生命と財産を守る」は、
水戸黄門の「印籠」だったのです。

上から目線での説明を、西部先生は
独特の言い回しで指摘したのです。

私の説明は丁寧であっても、
人々の心に届かない言葉だったのです。

国の虎の威を借りた言葉だったのです。

その後も、長良川河口堰の
説明をする日が続きました。

しかし、もう「人々の生命財産を守る」
という印籠は出せなくなっていました。

印籠を出すことは、人々を伏せさせる
ことだと分ってしまったのです。

西部先生に打ちのめされた次の日からも、
長良川河口堰の説明をする日が続きました。

誰にも分らないように
立ち直っていかなければなりません。

印籠を封じて、長良川河口堰を
説明する難しい日々となりました。

やむを得ず、自分の価値観が
出る言葉は封じました。

価値ではなく客観的な事実で
説明することにしました。

客観的な事実とは、長良川の地形、気象
そして災害の歴史でした。

その事実だけで長良川河口堰事業を
説明していきました。

下部構造の説明

それから2,3カ月後、作家の
曽野綾子さんに説明することとなりました。

やはり緊張して説明をさせていただきました。

その別れ際のご挨拶の時に、曽野先生が
「竹村さんの説明は分かりやすいです」
と言われました。

夢にも思っていない言葉でした。

私は曽野先生の前で、緊張して
長良川の災害の歴史と地形と河口堰の
機能を説明しただけでした。

もちろん、あの印籠は出しませんでした。

その帰路で気が付きました。

私は日本の下部構造、つまり地形と気象を
丁寧に説明すればよい。

政治、社会、哲学、宗教、文学などの
上部構造には触れない。

自分が得意な地形と気象の
下部構造を表現すれば良い、
ということに気が付いたのです。

土木屋の私の役目は、下部構造を
説明することだと明確に意識しました。

この意識化は、その後の
私の人生の指針となりました。

西部先生の言葉が、私の人生の姿勢を左右したのです。

西部先生に打ちのめされた時、
私は44歳でした。

それ以降、私は立ち直る努力を続けてきました。

ずいぶん長い時間がかかっています。

72歳の今でも、まだ、それが続いているような気がします。

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【竹村公太郎】西部邁先生の教えへの9件のコメント

  1. 言起 より

    本日のコラム、胸の奥からこみ上げてくるほど感動しました。

    竹村先生にとり今だから語れることなのでしょう。

    私は仕事柄「積算資料」を引くことが多いのですが、
    「文明とインフラ・ストラクチャー」を愛読させていただいております。
    関西在住の私にとり、近畿の地形は大変興味深いものがあります。
    先生の影響を受け、大津駅や上町台地などへ足を運び、先生の足跡をなぞったこともあります。

    今後も竹村先生のコラムを楽しみにしております。

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  2. y.kawai より

    私の様な浅学な精神的若輩者がコメントをさせて頂くのは本当に恐縮ですが、書かずにはいられない気持ちになりました。
    郷里の河川である長良川という言葉が書かれていたこともこの行動理由になっているかも知れません。

    打ちのめした西部先生も、打ちのめされた竹村先生も本当に生きておられるなぁと感じました。感性を鈍感にしていないと自己防衛が機能せず、すぐに生きにくくなってしまうような現代ですが、傷つき傷つけられて磨かれる道理はちゃんと現存しており、そこで、竹村先生の本当に「仕事をする姿勢」と西部先生の「生き様としての仕事」を感じることができました。

    私も自分の仕事とは何であるのか?をしっかり見極めたいと思います。本当にありがとうございました。 

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  4. Komiyet より

    自然と涙があふれるようなコラムでした。

    財務省の役人もチームを作って、天下の印籠である「将来の子供たちに借金を残していいんですか?」という天下の印籠をもって
    ジャーナリスト、知識人、政治家を洗脳しているんでしょうね。

    西部邁さんのような人はいないから、みんな洗脳されてしまう。

    私たちがバカだから、その代表もバカしかいない。

    国力が下がるのは、国民が自分で勉強しないからでしょうね。

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  5. 天鳥船 より

    西部先生らしい言い回しだと思いつつ、少々疑問もあります。
    「流域住民の生命、財産を守る」と言うのは、上から目線の権力的な言葉でしょうか?
    愚生は以前、竹村先生と同じような仕事をしていたことがありますが(もちろん、仕事のレベルでは竹村先生には遠く及びませんが)、住民の生命財産を守るのは、自分に課せられた使命だと思い、日々その職責の重さを感じながら業務に当たっていました。
    河川敷を不法占用して開き直っている輩には「貴方の行為は、この川の流域住民の命を脅かしているんですよ」と言って原型復旧させたこともあります。
    聞く人が違えば、受け取り方も様々ということでしょうか・・・

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      1. F-NAK より

        「お前たちの生命と財産を守ってやるんだから、細かいことは知らなくていい。とくにかくどけ。」と言いきったら、上から目線の権力的な言葉でしょう。

        かつて、大阪市の橋下市長が、住民投票前に「協定書の中身は知らなくてもいい」と市民に、懇切丁寧に説明していたのを思い出します。
        当時は「だから、お前たち市民は何も考えずに賛成に投票しろ」と、続きが聞こえる気がしました。

        聞き手が「だから、この事業は住民の生命と財産を守ることになるのか」と、自ら解にたどり着けるような説明方法の方が正しいと思います。

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  6. 根本和彦 より

    竹村公太郎の著書「日本史の謎は地形で解ける」の凄い説得力の意味が分かる気がしました!アホな政治家はインチキ大義名分の印籠を振りかざしますが「研鑽を積み重ね、知恵を成長につなげていくことが如何に重要か」教えて頂きました。

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  7. 山下 洋一 より

    実に次元の高いやり取り。

    実務能力の高い官僚に盲点を気づかせる、しかも痛烈に。西部邁

    という人の凄さと優しさと。学者としての厳しさと期待。

    否、竹村さんが率直に書かれた文章にこそ感銘を受けますし、

    こういう方々が、官僚でいてくれたからこその日本だった

    と思えるのです。

    筆者も西部さんに出会った頃の竹村さんと同年代。

    師匠と呼べる方に出会えた竹村さんをうらやましくも思い、

    また、こういった出会いがあることこそ本物なんだと。

    自分の未熟さと思いの薄さを痛感しつつ、西部先生に

    お疲れ様でしたと。

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  8. 煙仲間 より

    72歳にもなって、いまだに「下部構造」だの「上部構造」だのを
    振り回していること自体、驚き桃の木。

    三橋がタッグを組んでいる男は、ハレンチな土建屋の旗振り。
    つくっていい土建とそうではない土建があるのに、
    小里貞利にまでゴマをスリスリ。
    (ミスター新幹線を自称し鹿児島中央駅に現人神像マンセー拝跪強要の怪人)

    そんな男を「弟子」とは絶対に認められないし、
    後継誌とも絶対に認められない。名前の通り、クライ(暗い)クライ(泣く)

    中島岳志という男も、西部邁の「弟子」を僭称しているが、
    西部邁には「弟子」はいないはずだ。
    「年下の友人(話し相手)」はたくさんいたとしても。

    その筆頭格が佐伯啓思。

    佐伯の「年上の友人」は、95歳で本を書いた。
    『人間性の研究』という。

    その翁は、土建屋の土建屋による「城原川ダム問題」を
    厳しく告発しているが、
    彼の師は、日本の「ソシオエコノミックス」の創始者だ。
    西部の絶筆の書にも名前が出てくる。

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