アジア

2017年5月17日

【佐藤健志】風が吹くとき、また実感なき危機意識

From 佐藤健志

5月9日に行われた韓国大統領選は、北朝鮮に宥和的と評される「共に民主党」の文在寅候補が、
下馬評通り当選を果たしました。
前任の朴槿恵が罷免されているため、翌10日にはさっそく大統領に就任。

とはいえ、金正恩はそんなことにはお構いなし。
14日の早朝には、例によって弾道ミサイルを発射しています。

首相官邸の発表や報道によれば、
・ミサイルの発射地点は、同国北西部の平安北道・亀城(クソン)。
・東北東へ約800キロ飛び、朝鮮半島の東、約400キロの日本海上に落下した模様。
・飛行時間は30分間で、落下地点は日本の排他的経済水域(EEZ)の外と推定される。
とのこと。
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201705/14_a2.html
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170514-00000005-jij-kr

4月29日にミサイルが発射されたときと違い、今回、東京メトロは平常運転を続けたようです。
となると、前回の運転見合わせは何だったのでしょう?

・・・それはともかく。

北朝鮮情勢の緊迫を受けて、政府が「国民保護ポータルサイト」に
「弾道ミサイル落下時の行動に関するQ&A」
なる文書を掲載したことについては、
5月3日の記事「『日本の防衛は万全だ』と閣議決定せよ!」(※)でご紹介しました。
http://www.kokuminhogo.go.jp/pdf/290421koudou3.pdf

(※)今回の記事を書くにあたって気づいたのですが、
本紙の公式サイトに投稿された「『日本の防衛は万全だ』と閣議決定せよ!」には
空行の挿入や改行などの指定が無効化され、文章がひとつながりになってしまった箇所が、途中に30行近くありました。
運営スタッフによると、通常テキストとHTML形式の不適合により、配信段階で生じたミスとのことですが、
たいへん読みにくい形になっていたことをお詫びします。
現在は修正されていますので、ぜひあらためてご覧下さい。
今後はちゃんとした形で配信されているかどうか、スタッフが必ず確認するとのことです。
https://38news.jp/politics/10407

そこでも指摘したように、このQ&A、ごく控えめに言っても話にならない代物。

これだったら、
「核弾頭ミサイルが近くに着弾したら、あきらめて下さい。
通常弾頭でも、直撃のときはあきらめて下さい。
心よりご冥福をお祈りいたします」
の三行ですませたほうが、
読む手間が省けるうえ、内容がストレートに腑に落ちる点で、ずっとマシではないかと思うのですが、
そこはそれ、いろいろ事情があるのでしょう。

で、このQ&Aをもとにした動画(英語字幕)がYouTubeにアップされました。
こちらは政府がつくったものではないようです。
題して
EXPLAINED! IF NUCLEAR MISSILES ARE FIRED TO JAPAN
(早わかり! 日本が核ミサイル攻撃を受けたら)
https://www.youtube.com/watch?v=2KsALZ-f9LU

動画にすると、そのクールさ・・・
もとへ、寒さがいっそう際立ちますね。
というわけで、ツイッターにはこんなコメントが。

Echoes of “When the Wind Blows”
Reassuring or terrifying?
No comparable prep in #ROK, presumably.

「風が吹くとき」を思い出す。
安心した、それともゾッとした?
どうも韓国では類似の広報をやっていないようだね。
https://twitter.com/JNilssonWright/status/858639404759384065

ツイート主はイギリス人のジョン・ニルソン=ライト。
日本政治および国際関係の専門家とのことですが、注目したいのはツイートに出てきた「風が吹くとき」。
これは「スノーマン」で有名なイギリスのイラストレーター・漫画家、レイモンド・ブリッグスが1982年に発表した漫画作品です。

イギリスの田舎に暮らす老夫婦・ジムとヒルダが、自国への核攻撃が間近いことを知る。
国家は必ず国民の面倒を見てくれるはずと信じるジムは、政府のパンフレットに基づいて対策を講じるが
じつはそのパンフレット、まったくいい加減な内容のものだった。

やがて近くで核爆発が発生。
政府のパンフレット通りに行動したんだから大丈夫、
そう信じる二人は救援が来るのを静かに待つが、
やがて放射線障害が深刻化、手を取り合って死んでゆく・・・

ブリッグスの絵柄に暖かみがあるだけに、涙なくして読めない傑作になっていました。

作中に登場する「政府のパンフレット」の内容は、
「ADVISING THE HOUSEHOLDER ON PROTECTION AGAINST NUCLEAR ATTACK」
(家庭で出来る核攻撃対処法)
および
「PROTECT AND SURVIVE」
(身を守り生き残れ)
という
イギリス政府が実際に作成したパンフレットから、そのまま取られているとか。
前者は1963年、後者は1980年に発行されたそうです。

「風が吹くとき」は大評判となり、1986年にはアニメ映画になりました。
監督はジミー・T・ムラカミ。
日系アメリカ人で、日本名は「村上輝明」と言います。

音楽は反戦ロックの大物、ロジャー・ウォーターズ(元ピンク・フロイド)が担当。
さらに主題歌はデヴィッド・ボウイという、素晴らしく豪華なラインナップでした。
http://www.rogerwaters.org/wind.html

このころのボウイは、「レッツ・ダンス」(1983年)の大ヒットがむしろ裏目に出て
音楽的には方向性を見失っていた時期でしたが、さすがの貫禄で歌っています。

エンド・クレジットで流れるウォーターズの歌「折りたたまれた旗」も、彼のベストの一つでしょう。
むろん、戦死者を埋葬するときに国旗を折りたたむことへの言及です。

そして「戦場のメリークリスマス」(1983年)でボウイを主演に起用した縁か、日本語版はなんと大島渚が監修!

・・・しかし「風が吹くとき」については、私は原作の方を推します。
この作品の本当の素晴らしさは、映画では再現できないところにあるのです。
つまり、コマ割り。

「風が吹くとき」は大判の本ですが、ジムとヒルダの日常を描く場面ではコマが非常に小さい。
1ページに20コマ以上詰め込まれています。
つまり見開きだと45コマ前後。

ところがそこに、
ICBMがサイロからせり出したり
戦略爆撃機が出撃したり
原潜が海中を航行したり
といった、核戦争につながる描写が挿入される。

このときは見開きすべてを使って、1つの巨大なコマにしているのです。
核爆発も当然、2ページで1コマ。
コマの大きさの対比によって、核による破壊の前には日常生活などいかにちっぽけなものか、ストレートに表現しているのですよ。

けれども映画では、場面ごとにスクリーンのサイズをガラッと変えるなど不可能。
インパクトは弱まらざるをえませんでした。

余談ですが、わが国では最近「この世界の片隅に」(片渕須直監督)というアニメ映画が評判になっています。
太平洋戦争末期、広島は呉市に暮らす家族の物語ながら、原作となったこうの史代の同名漫画(2007〜2009年)でも
「日常生活=小さなコマ、戦争による破壊=巨大なコマ」の対比が見られました。
「風が吹くとき」を意識していたのかも知れません。

しかるに「弾道ミサイル落下時の行動に関するQ&A」には、このような「戦争による破壊の巨大さについての実感」がみごとに欠落している。

なにせ
「たとえ近くで核爆発が起きても、口と鼻をハンカチで覆って、風上に避難すれば大丈夫」
と言わんばかりのことが書いてありますからね。
早い話、危機感にまるでリアリティがない!

まさに「風が吹くとき」のジムとヒルダのごとし。
ジョン・ニルソン=ライトは、ずばり本当のことを言ったのです。
だとしても、これでは「毅然とした対応」も何もあったものではない。

だ・か・ら、
『右の売国、左の亡国』と言うのですよ!
https://www.amazon.co.jp/dp/475722463X(紙版)
https://www.amazon.co.jp/dp/B06WLQ9JPX(電子版)

なおロジャー・ウォーターズはこの6月、25年ぶりとなるオリジナル・ソロアルバムを発表しますが
タイトルは
IS THIS THE LIFE WE REALLY WANT?
(われわれは本当にこんな生き方を望んでいるのか?)
とのことです。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)オピニオン誌『伝統と革新』26号(たちばな出版、季刊)に、評論「『進歩』の終わった時代に」が掲載されました。
http://www.tachibana-inc.co.jp/detail.jsp?goods_id=3329

2)戦後脱却も、ちゃんとした実感なしに進められている模様です。

『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店)
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/(紙版)
http://qq4q.biz/uaui(電子版)

3)保守と左翼・リベラルの双方が、みずからの理念的基盤に実感を持ちえずにいることについての体系的分析はこちらを。

『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

4)いや、戦後の歴史そのものが、本当の意味におけるリアリティを持てないまま展開されてきたのではないでしょうか。

『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

5)「革命派はいい加減な理屈をこねまわし、声高に叫ぶことを得意とする」(279ページ)
急進的な改革志向とは、現実にたいする実感を欠いたところに成立するのかも知れません。

『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
http://amzn.to/19bYio8 (電子版)

6)「もっともな言い分と、メチャクチャなタワゴトとが、十分な考えもなしに混ざり合っているのだ」(240ページ)
トマス・ペインの言葉です。実感を欠いた議論のあり方をめぐる、的確かつ痛烈な指摘ですね。

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

7)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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