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2015年6月3日

【佐藤健志】〈演劇的文化論〉近代化と全体主義

From 佐藤健志

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●●三橋貴明が実践する経済ニュースを読む技術とは?
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp

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まずは前回のおさらいからまいります。
福田恆存さんは、1965年に発表した「演劇的文化論」で、なぜ芝居に惹かれるのか、理由をこのように語りました。

1)今の日本は、あらゆる分野で〈健全なまとまり〉が損なわれており、その意味で保守(=できるだけ望ましい状態を達成・維持すること)が実現されていない。
2)しかるに演劇は、国の縮図であると同時に、実際の国家に比べればずっと小規模なものなので、〈健全なまとまり〉を回復することも比較的容易なはずである。
3)ところが演劇は、時代や社会の本質が凝縮して反映される性格ゆえに、〈健全なまとまりの欠如〉という問題も、他の分野よりいっそう顕著に背負い込んだ。
4)つまり演劇は、近代日本の病弊が最も端的に表れるところであり、かつ病弊からの回復の可能性が最も高いところなのである。このパラドックスゆえに、私は演劇に惹かれた。

福田さんにとって「日本における演劇の可能性」は、「日本における保守の可能性」とイコールだったのです。
言論人として保守の可能性を論じるかたわら、演劇人としてそれを舞台の上で実践してみせる、そういうことだったのではないでしょうか。
そして「保守の可能性」の青写真を提供してくれたのが、シェイクスピアの諸作品や、D・H・ロレンスの黙示録論(邦題「現代人は愛しうるか」)など、翻訳家として紹介したさまざまな著作と思われます。

他方、社会に〈健全なまとまり〉が存在することは、いわゆる経世済民を達成するための重要な条件でもある。
その意味で福田さんの活動は、「経済」にも通じていると言えるでしょう。
劇団四季を率いた浅利慶太さん(福田さんとも親交のあった方です)が喝破したとおり、「劇団を発展させるためには経済問題を無視することはできない」のですから。

だとしても。

国家規模で〈健全なまとまり〉が失われるという現象は、そもそもなぜ生じたのでしょうか?
「演劇的経済論」には、これを理解するためのヒントも盛り込まれています。
いわく。

日本のみならず後進国の近代化は、各分野が閉鎖的に、それぞれ孤立した形で進行します。
おおざっぱに言っても、(注:日本の場合)政治はフランスの自由民権思想、哲学はドイツ観念論、絵画はフランスの印象派、文学はフランスの自然主義、演劇は同じ自然主義でも主として北欧、ドイツ、ロシアの近代劇、そして軍にいたっては海軍はイギリス、陸軍はフランスといった形で、近代化のスタートを切ったのです。
いずれも目標は海の彼方にあって、その据(す)わった目には隣のコースの同走者の姿は少しも入っていなかった。

近代化、西洋化と言えば、いちおう同一前提があると見られるかも知れない。が、同一の規則と目標という前提を成り立たせるための競技参加者という共同体意識が、そこには全く欠けておりました。
同行者にたいする無関心、いや、同行者を犠牲にして顧(かえり)みぬ利己心しか見いだせません。(中略)
すべての分野がそれぞれの閉ざされた世界にこもって孤独な競争を試みており、真の競争相手はおのおの遠く海の彼方にあったのです。
(原文旧かな、表記を一部変更)

私なりに解釈すれば、こうなります。
国や社会を全体として大きく変えるというのは、おいそれとできることではない。
それぞれの分野が、他の分野との関連を考慮することなく、一点集中的に近代化・西洋化を追求したほうが、とりあえず成果は挙がるわけです。

ただしこの成果は、〈健全なまとまり〉を犠牲にしてのものですから、当然ツケもついて回る。
最初のうちは、効率よく近代化・西洋化を進めるための方法論、ないし方便にすぎなかった(はずの)「他の分野との関連にたいする無関心」が、だんだん自己目的化してくるのです。

具体的にはこういうこと。
各分野がてんでんばらばらに突っ走っているうちは、まだいいのです。
ところがそのうち、〈自分たちがもっと効率よく近代化・西洋化を達成するために、他の分野を踏み台にして何が悪い〉というふうに、発想が変わってくる。
目の据わった人々にありがちなことです。

つまり・・・
「__の分野では今なお、因習的な規制が強く、近代化・西洋化が進んでいない。そのせいでこちらの分野まで、足を引っ張られる形になっている。さらなる発展のためにも、__に抜本的な変革を!」
と叫び出すんですね。
まさに「同行者を犠牲にして顧みぬ利己心」。

とはいえこの話、どこかで聞いたことがありませんか?
そうです。
「既得権益を享受している人々」だの「規制をなくすことに抵抗する人々」だのを〈敵〉と位置づけ、くだんの〈敵〉さえ倒せば物事はすべて良くなると主張する、昨今の改革主義者の傾向とそっくりではありませんか。

三橋貴明さんは5月21日のブログ「続 無知と孤立」で、これを「全体主義推進のための『プロトコル』(注:お定まりの方法論)」と呼びましたが、してみると社会に〈健全なまとまり〉を取り戻し、保守を達成しないかぎり、日本はつねに全体主義にいたる危険をはらんでいると言えるでしょう。

ここで紹介したいのが、アメリカ独立の直前にトマス・ペインが語った言葉。
「コモン・センス」の末尾に、彼はこんな趣旨のことを記しているのです。

われわれ一人一人が、周囲の人々にたいして、心から連帯を呼びかける時が来た。今までのあらゆる対立は、もはや封印されるべきである。
国王支持派(=独立反対派)とか、反国王派(=独立賛成派)といった言葉を使って、アメリカ人同士を「敵と敵」に分断してはいけない。われわれはお互いを、以下の名称で呼びあうべきだ。
〈良き市民〉。〈心を開いて信頼できる友人〉。そして〈人間の権利の気高き担い手にして、自由で独立したアメリカ諸州を愛する者〉!

詳細はこちらをどうぞ。
「コモン・センス完全版 アメリカを生んだ『過激な聖書』」(PHP研究所)
http://amzn.to/1lXtL07(紙版)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

アメリカの現状をどう評価するかはともかく、ペインの言葉には聞くべきものがあるでしょう。
社会的連帯の回復による〈健全なまとまり〉の実現、これこそ「保守」や「経世済民」の出発点なのです。

ではでは♪

PS
大阪都構想、緊縮財政、TPP、成長戦略、、、
2015年上半期に起こった日本経済の大問題を三橋貴明が徹底解説。6/10まで
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

<佐藤健志からのお知らせ>
1)〈健全なまとまり〉の喪失が、回り回って全体主義をもたらす!
このパラドックスからどう脱却すればいいのか?
三橋貴明さんも「読んで『これだ!』と思った」と絶賛!

「愛国のパラドックス 『右か左か』の時代は終わった」(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

2)単行本「福田恆存 人間・この劇的なるもの」(河出書房新社編、同社刊)に、評論「福田恆存の劇的精神〜敵が立派なのは良いことだ」が収録されました。

3)「文藝春秋スペシャル 教養で勝つ大世界史講義」に、評論「ウェストファリア条約〜『宗教戦争』の終わらせ方」が掲載されました。

4)〈目の据わった人々〉が、日本を発展させようと奮闘しつつも、堂々めぐりに陥っていった記録です。
「僕たちは戦後史を知らない 日本の『敗戦』は4回繰り返された」(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

5)「革命派の考案したシステムには、一つのハッキリした特徴が見られる。(中略)国家をバラバラに分断しようとしているのだ」(214ページ)
「(そのような分断政策のもとでは)人々は〈純粋なフランス人〉になるどころか、遠からず愛国心を喪失するだろう」(230ページ)
225年前の警告は、重要性を失うどころか、かつてなく切実です。

「〈新訳〉フランス革命の省察 『保守主義の父』かく語りき」(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj_(紙版)
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6)演劇のみならず、アニメや映画といったポップカルチャーからも、時代や社会の真実が見えますよ。
「夢見られた近代」(NTT出版)
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「震災ゴジラ! 戦後は破局へと回帰する」(VNC)
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7)そして、ブログとツイッターはこちらです。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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