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2015年3月8日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第十一話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

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●世界を動かす力の正体とは?

https://www.youtube.com/watch?v=xSpcGUoATYk&feature=youtu.be

※※月刊三橋『激流グローバルマネー』より

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◯オープニング
今回は憲法について書いてみたいと思います。
いつも映画や音楽を思考の入り口としてるのですが、憲法となるとちょっと難しいので、かする程度にしかならないかも知れません。

憲法そのものではなく、その背後を示唆するものとして、今回もヒッチコックの映画から「ロープ」をネタに考えてみます。
第三話「『サスペンス』が成立する条件」で落ちのところをご紹介していますが、今回は念入りに。

映画「ロープ」をご存知の方は、川崎市で起きた殺人事件を想起すると思います。
殺害に関与したのは三人と言われいます。
13歳の少年一人を17、18歳の三人が(報道で知られている限りでは)半ばゲームのように殺した凄惨極まりない事件です。
これを書いている3月4日現在も捜査が進行中ですので軽々としたことは書くことができません。

三人に人を殺すことの罪の意識があったのか?
何故そんなことができたのか?
何故思い留めることができなかったのか?

今回の投稿は、状況の似ている「ロープ」と川崎の事件を直接関連付けるものではありませんが、「実行させる何か」という点においてのみ「ロープ」の示唆するものが共通するかもしれません。

第十一回「実行させる『何か』・実行させない『何か』」

◯Aパート
「ロープ」は1948年公開の映画です。
この映画は舞台劇の映画化でした。
さらに、舞台劇の原作は実際に起きた事件をモデルにしたものでした。
それは1924年に起きた少年の誘拐殺人事件「レオポルドとローブ事件」です。
犯人は裕福な家庭に生まれたユダヤ人学生で、同じく裕福な家庭のユダヤ人少年を、ニーチェの「超人思想」を実証するために殺したのです。
ユダヤ人同士の事件であることや、二人が同性愛関係だったこと、思想の実証を目的に完全犯罪を目論んだことが話題となりました。
舞台劇以外に小説も書かれ、映画化もヒッチコックの「ロープ」を含めて3本あります。

_ _ _

映画「ロープ」のあらすじはこうです。
フィリップとブランドンは、同級生のデイビッドを二人が傾倒していたニーチェの「超人思想」を実証するためにロープで絞殺します。
完璧主義者で強引な性格のブランドンが計画し、従ったフィリップは大人しいピアノが上手な青年です。
ブランドンの計画は、殺害の当日、招いた同級生たちやデイビッドの父、ニーチェを教えた恩師ルパートを招いてパーティを開くことだった
遺体入りのチェストが計画を完璧にするのだとブランドンは高揚して語ります。

デイビッドが来ないことに疑念を抱いたルパートはフィリップをじわじわと尋問していく。(この時の疑念は誤解だったのだが)
客達はデイビッドが来なかったことを不審に思いつつパーティを終えて帰っていきます。
帰り際、ルパートに給仕のおばちゃんは間違えて別人の帽子を渡すのですが、ルパートが帽子を見ると、裏に刻まれたイニシャルは「DK(デイビッド・ケントリー)」だった。

全てのお客が帰った後、忘れ物を取りにと称してルパートが戻ってくる。
彼は問題のチェストを開いて中身を確認します。

_ _ _

映画の中盤でデイビッドの父とブランドンが論争になる場面があります。
切欠はルパートの質の悪い冗談でしたが、人殺しは優者には特権であり芸術になりうると言い出します。
真に優れた者は道徳観を超える存在だ、とブランドンが引き継いで語る。
被害者に選ばれるのは劣者だ、と。
紳士的なデイビッドの父は不快な会話に耐えられず論争になります
デイビッドの父「それはニーチェの超人理論だ。ヒトラー同様。」
ブランドン「彼が選んだ超人は愚かだったんだ。愚か者は殺していくんだ!」
デイビッドの父「君の本心がわからんような僕は殺したまえ。人間性を侮辱する考えは聞きたくない。」
この場はブランドンが謝罪しておさまりますが非常に気まずい空気に支配されます。
ルパートは、ブランドンに同調したものの、彼が「超人思想」に固執する様子に疑いを持ち始めるのです。

「ヒトラー」という名前は、戦後から三年後の映画ですから観客には生々しく響いたことでしょう。

さて、映画の最後の部分
チェストの中のデイビッドの遺体を見てしまったルパートは2人を糾弾します。

ブランドンは、最初はルパートも殺害に協力させようと考えていましたが、ルパートのことを「理屈は言うが実行する勇気のない男」だと言っています。
ブランドンにとって恩師ルパートも「凡人」扱いだったのだ。

しかし、彼らがデイビッドを殺した事実に直面したルパートは、この映画で最も長い台詞、と言うよりは演説を行います。
「今まで、世の中や人々は僕にとって不可思議だった。僕は言葉の上で思想を明確にしてきた。」
「君はそれを投げて返した。確かに自分の言葉を支持すべきだ。だが君の解釈は思いもよらないものだ。」
「殺人の口実に歪めている!」「違うんだブランドン。君は間違っている」
「君には実行させた何かがあった!」
「僕には実行させない何かがある。関わらせない何かが。」
「君は優者と劣者の概念を汚した。だが感謝する。」
「我々人間は生きて考える権利を誰もが持ってると知ったからだ。社会の枠の中で。」
「何の権利で自分を優者と決めた? そして、彼を殺すべき劣者と。」
「神にでもなったつもりか!?」

ここで、デイビッドの父の言葉が蘇ってきます。

_ _ _

「言葉の上で」…英語では「Logic」と言ってますから論理の方が近いでしょう。
(もしかすると、字幕の日本語訳は平易な言葉を選んだために意味が通らなくなっているところがあるかもしれません。)
論理で積上げられた物事を、その人々が思いもよらない解釈で、思いもよらない事を実行する者が現れたらどうなるのか?
道徳観から外れたことを実行させる「何か」とは。

ここで憲法の話に半ば強引につなげてみます。

憲法が、論理を積み上げた思想の集積だとして、人々の思いもよらない解釈が行われない保障はどこにあるんでしょう?

◯中CM

「ロープ」の物語は、元になった舞台劇の原作、パトリック・ハミルトンの台本を元にアーサー・ロレンツが映画用台本を書き、ヒューム・クローニンとヒッチコックで若干の手直しをしたそうで、台詞など舞台劇と殆ど変わらないそうです。
「ロープ」はヒッチコックが独立プロダクションを起こして作った最初の映画で、初のカラー映画でした。
原作に忠実に映画化しつつ、ヒッチコック以外ではあり得ない映画に仕立て上げる手腕は見事ですし、これぞ職人技と言えます。
ボクは、アニメの仕事でこのような姿勢に大変影響を受けています。

「ロープ」は内容よりも映画全体をワンシーン・ワンカットで撮った技術面で語られることが多い映画です。
デジタル時代では、幾らでも長回しが可能ですし、カメラも小型化されていますから、新しい映画では斬新な長回しがよくあります。
たとえば「クローバーフィールド」のような。

フィルムでは10分ほどのロール分しか撮れないので人物の背中や壁の大写しで「黒味(黒画面)」にしてロールをつないでいます。
こうすると見かけ上、途切れずに時間が流れていくのです。
その意図は、舞台劇に忠実に、終始一貫した時間軸の中で物語を進めることだったのです。
「カット割り」を行うと、時間の飛躍や伸び縮みを感じさせてしまう。
時間軸の一貫性を担保できないので、ワンカットで撮ることにしたのですね。
むかし映画館で見た時は、ロールチェンジが上手くいかなくてヒッチコックの意図通りになってなかったりしました。

しかし、実際には数箇所、明確な「カット割り」が存在します。
「黒味」でつないでいるところと「カット割り」が交互に現れます。
一連が切れ目なしだと退屈に感じたのでは?と想像もできますが、「カット割り」を行ったところが物語展開の上で節目に当たることを考えると、わざと「カット割り」したのでは?と思えてきます。
カット割りによって映画は4カットに分かれていて、概ね「起承転結」に分割されているのです。

さらに、普段は「カット割り」のある映像表現よって人間の深層心理を演出してきたヒッチコックは、長回しでのカメラワークでも「カット割り」と同じことをやっています。
主観映像が連続する実況的な長回しではなく、「何を、どんな風に撮るか」明確な演出が存在しています。
この映画を演出面でしっかり観察すると、逆説的に「カット割り」の機能と重要性を知ることが出来るのです。

照明効果もアパートの一室で終始する映画に内容に応じた変化を与えていて巧い。

「ロープ」と似た内容を持つ映画に1943年の「疑惑の影」があります。
殺人犯は、自身の思想・美意識で殺人を使命のように考える理想主義者でした。
戦中のアメリカ人が「理想的家庭」と思うチャーリー一家と、理想主義で殺人を行うチャーリーの叔父との乖離が興味深いのです
日本への占領政策や、その後のアメリカを思い出してみると、さらに重い意味を感じます。

◯Bパート

話は飛びますが、柳父章著の「翻訳語成立事情」という本を読んでいるところなのですが、これはとても面白いです。
「社会」「個人」「近代」「権利」「自由」など。
福沢諭吉ら知識人が、言葉の背後にある日本にない外来の文化を、漢字の組み合わせで翻訳語に表現していく過程、思考が、柳父氏の推論も添えつつ解説されています。

これを読んでいると、憲法に関することも考えざるを得なくなってきます。
何故なら、憲法そのものが外来のものであり、条文には翻訳語が多く含まれているからです。

福沢らは、翻訳語に「解釈」をあえて残すことを行ったといいます。
読み手が言葉の意味を字面から直接的に理解し難い、「解釈」を要するようにした。
つまり、この言葉には「何か」が隠されているぞというメッセージを託したのだそうです。
翻訳語にはオモテの意味とウラの意味が込められていると著者は解説しています。

「Modern」の翻訳語「近代」の項にこんな一文があります。
「言葉の意味は、少数専門家の定義による意味だけを持っているのではない」(p58-59)
元々ある日本語にしても、意味は人や状況によって変わってきます。「解釈」が行われるものです。
翻訳語でも同様に、多くの人々によって解釈され、意味が選ばれて変化したり固定化していきます。

「翻訳成立事情」からもう少し引用してみます。
『(1910年・明治四十三年の雑誌「文章世界」七月号の特集記事「近代文明とはなんぞや」の前書きにつづいて)金子筑水、上司小剣、安倍能成、島村抱月など、当時の著名な学者・文人の「近代」についての発言が掲載されている。
金子筑水は「現実的と同様不安の心持」と題して「近代」人の特徴を、「現実的」「自然科学的又は物質的である」「個人主義」「欲望の範囲が広まり程度が高まった」「神経過敏」「ペシミズム」などと並べ立てて』(p60)いるそうです。
このような特徴のどれも正しく「近代」を表現できない、半ば諦めのように「近代的といふ特別な調子」と結んでいる。

元々ある漢字の意味や二字の組み合わせが、外来語の翻訳語として使われた時に生じる「ズレ」に、少数専門家の定義を越え大多数の日本国民が、ある種の警戒感を持つように「解釈」を要する選び方をしたものがあるといいます。

福沢諭吉ら知識人が「解釈」を要するように翻訳した背後には、日本国民への信頼があると思えます。
言葉以前にある「何か」を我々日本国民は持っているはずだ、考えてくれるはずだ、という信頼です。

果たして、現代に生きる我々は、そのような「何か」を引き継げているのでしょうか?
外来文化に対するある種の警戒感など持ち合わせているのでしょうか?

明治以降、昭和初期の日本国民が福沢らの期待に沿えていたかどうかはここでは書きません。

_ _ _

間違いなく伝わらねばならない法律や憲法の文言でも、そこには避けられない「解釈」が存在する。
これは憲法解釈が人によって違っていてまとまらない議論を見ていると強く認識されます。

「ロープ」のルパートの台詞を思い出してみてください。
「だが君の解釈は思いもよらないものだ。」
どんなに立派な憲法でも言葉の「解釈」が「思いもよらない」ものになり、かつ、やってはならないと多くの人が「解釈」していることを、やってしまう「何か」を持った人がいることもまた、避けられない。

どんなに厳密な言葉を選んでも「解釈」はあり得ますし、厳密にすればするほど零れ落ちるものが出てしまいます。
憲法でも言葉の曖昧さ(ある程度の解釈可能性)を含まざるを得なくなり、「解釈」があらぬ方向に行かないよう幾重にも項目を重ねることになっています。

道徳に反することを「実行させる何か」を持った人々が少数いたとしても、「実行させない何か」を共有した人々が大多数であれば、曖昧さ(ある程度の解釈可能性)を含んでいても大事には至らないでしょう。

歴史・文化を共有し、道徳観を確固として持っていれば、憲法は簡潔なもので良いはずだと思うのです。

しかしながら、最近の憲法論議では、条文追加の方向が多いようです。
環境権、プライバシー権
そして、財政の健全性。
解釈によってどうとでもなるばかりでなく、状況によって判断が変わってしまうものです。

これは、日本国民が共有しているはずの歴史・文化、道徳観の薄弱化を意味しているのではないでしょうか?

憲法の条文をどうするかよりも、憲法とは何か、日本とは何か、の再確認が必要だと考えます。
「戦後」に固執するのではなく、幕末や明治以来の近代化によって変質した日本の国柄を(否定・肯定でなく)改めて知っていくことを、前提として、憲法の議論はなされるべきだろうと考えています。
もっと言えば建国以来、神話に描かれていた日本からの再確認が必要ですね。特に若い人々に向けて。

時の政治家が、その時々の要請によって(国民の支持を取り付け)軽々と、憲法改正が行える状況にすることに危機感を持ちます。
あまつさえ、政治家個人の「レジェンド」を作るために行われる状況を許すとしたら、断固反対せねばなりません。

日本であるために必要な「何か」を手繰り寄せながら、憲法を考えていくのが良いと考えているところです。

◯エンディング

憲法の条文や何をどうするべき、みたいな書き方はやめて、悪く言えば漠とした考えを書いてみました。

緊急事態への対処法など、具体化しなければいけない状況になってきています。

一方で、平和主義者の人々が憲法九条を変えてはならぬ、と訴えるのも理解できるのです。
憲法が平和を担保してくれる、という前提が成立すれば、ですが。
実際にはそうではありません。
憲法が、ではなく、国民が平和を維持することとはどういうことかに思いを致すことが大事だと考えます。
そうすれば、何を実行すべきで、何を実行すべきでないかも議論できると思います。

正反対に思われる、九条さえ改正できれば、という考えも、憲法が担保してくれるわけではないという意味では
実は違いがないように思います。

「実行させる『何か』・実行させない『何か』」です。
「生きて考え」続ける態度が前提として必要でしょう。

迂遠だとしても、憲法に書かれている・書かれていない、以前の「何か」について考えていきたいと思います。

最後に、もう一冊同時並行で読んでいる本。中野剛志著「資本主義の預言者たち」のプロローグから、ジョン・メイナード・ケインズの有名な言葉を引用して今回の投稿を”THE END”と致します。

『経済学者や政治学者の思想は、それが正しいものであれ、間違っている場合であれ、通常考えられているよりも強力である。
実際、世界は、それ以外によってはほとんど支配されていないのである。
自分はいかなる知的影響からも無縁であると信じている実践家も、たいていは、過去の経済学者の奴隷である。
天の声を聞く狂信的な権力者も、数年前の三文学者から狂気を得ているものである。』(第六章より。1936)

◯後CM 1

アニメ(ーター)見本市に参加しています。
http://animatorexpo.com/
第7話「until You come to me.」監督

◯後CM 2

さかき漣先生とのコラボ企画
明日9日の夜半にタイトルなど発表できそうです!
お楽しみに。

PS
もしあなたが日本の行く末がご心配でしたら、、、、
「日本を救う方法」をいっしょに考えませんか?
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

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【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第十一話への2件のコメント

  1. 売国奴ラッグ より

    〉翻訳語に「解釈」をあえて残すことを行ったといいます。読み手が言葉の意味を字面から直接的に理解し難い、「解釈」を要するようにした。 派遣法とかによって日本語自体の本来の意味までがネジ負がった解釈をしてしまわざるをえない世界に換えられてしまったのは、新左翼ネオリベ有識者脳足りん結社“ワクワク団”のセイだっ!by 平田昭彦(?ね?ね団のミスターXを演じた亡き俳優) ※実際には発言はされていません。フィクションです。ご了承ください。

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  2. ソウルメイト より

    西洋において伝統的に支配的なのは、「ロゴス」信仰であり、日本においては「言霊」信仰が支配的だったのではないかと思います。本居宣長が言う「もののあはれ」なんてのも日本人の心性を言い表していると思いますが、日本人と西洋人とではものの感じ方、考え方の枠組みそのものが異なるように思います。この点についてユング派の深層心理学者、故河合隼雄先生がお書きになられた「中空構造 日本の深層」とか「母性社会日本の病理」あるいは「神話と日本人の心」などがあり、同じくユング派の深層心理学者である老松克博氏がお書きになられた「漂泊する自我」などがあって、日本人とは何かについて考える際に格好な素材を提供していると思います。

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