From 平松禎史(アニメーター/演出家)
◯オープニング
先日、靖国神社の桜が咲いて東京で開花宣言が出されました。
雨の日の開花は珍しい気がしますが、全国で最も早い開花だったそうです。
梅やコブシやモクレンや、花が咲き始めると気分も明るくなってきます。
3月生まれなせいか、今頃から新緑の季節が一番好きです。
第丗二話:意味のない「中空」が日本を支えている
◯Aパート
桜は、「咲く(サク)」ということばがついた唯一の花。
「サク」は「先、崎」「坂」などと共通のことばだそうで、木の枝の先に咲く花は命の象徴でもある。
咲くということばを含む桜の花は、日本人にとって「生と死」に対する美意識を象徴しています。
神話をたずねると、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの説話がある。
ニニギノミコトは美しいコノハナサクヤヒメに一目惚れをし妻乞いをしますと、父のオオヤマツミは姉のイワナガヒメも一緒に嫁がせる。
ところが
こう言ってはナンですが、イワナガヒメは「ブス」だった。
ニニギは「ブス」はいらないと追い返してしまった。
オオヤマツミは怒ります。(…そりゃそうだ。)
二人を嫁がせたのには意味がある。コノハナサクヤヒメは華やかな栄光を、イワナガヒメは岩のように強固に末永く続くこと祈ってのことだったのだ。
イワナガヒメを返した以上、ニニギの栄光は長く続くまい。そう呪いを送ります。
それ以来、神々の命は長く続かなくなってしまったのだそう。
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメ。
別々にしないで最初から栄光と継承を一体にしておけば良かったのに、なんて思ってしまいますが、別々にしていることに神話の役割があるのでしょう。
日本の神話には西洋と違う重要な「装置」がある。
河合隼雄著『中空構造日本の深層』では、厳然としてあるのだが語られない、意味をなさない「中空」に日本人の心理を解くカギがあると説きます。
著者はユング派の心理学者で、戦争体験から「愛国心」など当時の日本的価値観に疑問を覚え、欧米に学んだ人です。
しかし、外国で学ぶうち日本的な思想に興味を持ち、神話などから日本人の特質を知り、日本人に適した心理療法を考えだしたのだそう。
河合氏は、日本の神話には「中空」があると言います。
天地開闢ののち最初に生まれる三柱の神、アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒ。
しかし、アメノミナカヌシは、ミナカヌシ(御中主)という中心的な名を持ちながらほとんど語れることがない。
イザナキが生み成す三柱の神、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ。
こちらも、ツクヨミ(月読尊)という日本文化に重要な月を名に持ちながらほとんど語られることがない。
冒頭に書いたコノハナサクヤヒメとイワナガヒメの説話のあと、コノハナサクヤヒメは三柱の神を生み成します。ホデリとホヲリの二人は海幸・山幸として語られますが、ホスセリは語られません。
この三人の子は、嫁いですぐ妊娠したのを怪しんだニニギに天つ神(ニニギ)の子であることを証明するため、火の中で産んだ子で、これは穢れを祓ったとみなされます。
イザナキが生み成した三柱の神は黄泉の国から戻って水の中で穢を祓い落としたあと成り出た神々です。
河合隼雄氏は、日本の神話にはその重要な場面で、隠された「中空」が作られると言い、日本人は対立する両極の中心に「中空」を作ることによってバランスをとろうとする民族なのではないか、と説きます。
◯中CM
豊洲市場では「地下空間」が問題にされました。
盛土が作られるはずが、ポッカリと空間が作られていた、と。
地下空間で思い出すのはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場した地下の基地「ジオフロント」。
ジオフロントの意味は「地下空間」です。
『エヴァ』において、このジオフロントとその中心部にある「アダム」は、ここに使徒が襲来し触れると人類は滅亡するとされ、もし使徒が侵入した場合は核爆弾でもろとも破壊する保護策がとられていた。
最重要だがよくわからないもので、触れてはいけない場所、なのです。
また、TV版では「アダムかと思ったら違った」新劇場版では「僕達の槍ではない」とどちらも地下空間において「意味の否定」や「意味の反転」が起こります。
中心部が最も重要だとされながら、それに触れると望ましい状態が破壊され、決して問題は解決されません。
『エヴァ』はアダムやロンギヌスの槍などキリスト教に関するものが多くありましたが、配置の仕方は日本的だと思います。
そこへいくと、たとえば『スターウォーズ』ではデススターの中心部もやはり空間があり、エネルギーを生み出すコアがあった。機能がハッキリしています。
これはデススターの最重要な場所であり弱点でもあったので、反乱軍がこれを破壊、ハッピーエンドとなる。
問題が解決します。
『エヴァ』シリーズは物語の核心が「よくわからない」にもかかわらず20年以上人気を保ち、現代日本の神話…と表現して良いものに育っている。
よくわからないものが、物語の中心に据えられ、よくわからない状態をそのままに周辺が語られる。
『エヴァ』は、日本の「中空」性をあの時代の空気と対応させ優れて物語化していたと思えます。
◯Bパート
何かトラブルがあると、「問題の本質」というものが語られ、その解決が叫ばれながら、決して「本質」に触れようとしない、むしろ離れようとする心理は、日本人が古来から持っていた性質なのかもしれません。
豊洲市場の騒動や、森友学園問題とも通じます。
豊洲施設の「地下空間」…地下ピットですが、こちらはちゃんと機能があります。
土壌が汚染されていることを前提に、汚染が施設に染み出さないようにする設備です。
にもかかわらず、空間の本質的な意味を説明しても、盛土がなかったこと、手続き問題、石原さんが~、都議会のドンが~、小池都知事が~、と周辺へズラされてしまう。
森友学園問題は国有地の取得に不正がなかっかという本質問題はどこかへ吹き飛んで、政権打倒の政治スキャンダル化している。
日本経済が回復しないのは、そもそも「お金とは何か」を理解していないからだ。
「国の借金問題」「財政問題」などありはしない。
このような問題の中心をいくら正確に説明しても、架空の言説や手続き問題など周辺の事柄にズラされてしまう。
外国人…キリスト教のような一神教世界では事の本質を明らかにすることを躊躇しない。むしろ、それが人間の役目だと考える。
だからさまざまな科学が発展してきたと言えます。
グローバリズムや緊縮財政を作り出しながら誤りに気付き、いち早く抜け出しつつあるのは英米だ。
政治問題においては、本質的な問題や正確さから話をズラしてはいけません。
私達の感性と区別しなければいけない。
しかし、私達の感性がどんなもので、どこから来てるのか、たどろうしなければ過ちを繰り返します。
なぜ、日本人は中心的な、本質的な問題に触れようとしないのか。
おそらく、そこに触れると世界(日本)が破滅するという考えが、血のレベルで経験的に染み付いているのではないかと思います。
「唯一絶対の解」を求めようと戦いが起こると、山川海に囲まれた日本では逃げ場がない。
いずれ滅んでしまうに違いない、そう考えたのではないでしょうか。
政治論議を嫌う風潮も人間関係が壊れるのを恐れる心理から出ています。
加えて、人の知恵ではどうにもならない自然災害が度々起こります。
人間同士で争ってはいけない。和を尊しとしよう!
そのために、誰も触れることができない「中空」を設定し、緩衝地帯とした。
八世紀初頭、日本人が国をまとめるために、敵なはずの中国(唐)の文化(文字)を取り入れたのも、自分たちで作ろうとすれば対立が起こって滅んでしまうと危惧したからではないか。もしかすると、独自に作ろうとして政変や乱が起こったので輸入することにしたのかもしれません。
輸入した文字や概念で作られた法律、戸籍、歴史書、天皇…、自分たちが大本を作っていないからこそ「中空」にすることが可能だった。
触れなくて良い「中空」を世相で起こる様々な問題の中心に置くことによって、日本人は和を尊ぶことができ、安寧を確保したのではないか。
戦後日本においては、「日本国憲法」がその役割を担ってきた。
◯エンディング
江戸時代の国学者は、アメノミナカヌシがなぜ語られないかをこう説明したそうです。
「霊能があまりにも超絶的だったので尊崇の対象とならなかったと考え、口を極めて称えている。」
大正時代に活躍した神話学者松村武雄は、これを「独り相撲的」だと言い、「これ等の学者は、自ら意識しないで『地位』と『霊能』とをすり替えてゐる」と批判したそう。(「中空構造日本の深層」中公文庫p37)
最初に生まれ「御中主」と名付けられているのを理由に、何も語られない神に勝手に霊能を作り上げてしまった。
これは、批判というより、日本人とはそういうものなのかもしれぬ、と思わせられます。
霊能を作り上げ、20世紀の戦争は「聖戦」と称された。
戦後は反転させた霊能を与えられ「侵略戦争」とされた。
21世紀の今になっても、「右だ左だ保守だ」と似たようなことを繰り返しています。
籠池氏を利用して政権打倒を試みる野党も、彼らを批判するいわゆる保守系も、どちらも安倍晋三という人の地位と霊能をすり替え祭り上げ、さらに依存していると考えれば腑に落ちます。
土地取得の法的問題とは別に、日本の根源に関わる問題が横たわっている。
近代化によって、意味をなさないからこそ緩衝地帯になる「中空」の機能が忘れられ、明確な意味(霊能)がなければならぬと誤解されるようになったのかもしれません。
ちなみに、イワナガヒメは表舞台から消え、祀っている神社も数少ない隠れた存在になっています。
君が代で「千代に八千代に」「巌となりて」と、末永く続くことが重要とされる日本人の感性において、イワナガヒメが邪険にされ隠れてしまうのは意味深い。
コノハナサクヤヒメは富士山を与えられますが、姿を消した姉を愛おしみ、探し出そうと背伸びをし続けたため富士山は高くなり日本一の山になったと言い伝えられます。
重要と思しきそのものより、両極のどちらかを正しいと決めるより、「中空」を通して無数の可能性を探し出そうとする姿勢に価値を置くわけですね。
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメは、別々でなければいけないのです。
◯後CM
参考書
河合隼雄『中空構造日本の深層』(中公文庫)
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三浦佑之『口語訳 古事記 – 神代篇』
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三浦佑之『口語訳 古事記 – 人代篇』
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三浦佑之『古事記講義』
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…
『平松禎史 アニメーション画集』発売中。
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『ユーリ!!! on ICE』でキャラクターデザイン・総作画監督を担当しました。
公式サイト
http://yurionice.com/
ボクのブログです。
次回作、画集などの情報も適時お知らせいたします。
http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/
【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき」:第丗二話への2件のコメント
2017年3月25日 12:55 PM
消される 神々 ♪
道教と陰陽五行によって天皇制を理論武装した 天武
天武の編纂した 古事記 日本書紀では 天武に都合の悪い 神々を 無視あるいは抹殺
天智系の桓武が天皇になり 古事記は平安時代まで秘匿
明治政府の合祀政策によって
縄文以来の神々は消され 社は破壊
そして 現代
多くの信者を有する「神」を消し去るための物語『森友』が生まれつつある。。。
作者は誰か?
推して知るべし
「神」を消し去ろうとする輩には
必ず 何らかの意図があるのだ ♪
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2017年3月25日 1:25 PM
とてもおもしろい日本神話と日本人の考察でした。
エヴァが現代の神話的物語だというのもおもしろかった。
私はエヴァが嫌いですがそれは本質を重視する人間であることもありますね。
しかし、国際政治戦略を立てなければ生きていけない現代政治においては日本的和合主義は身を滅ぼす毒にしかならない。そこは徹底的に彼らのやり方に合わせて戦うしかない。しかし、日本人や日本の政治もやはり本質を見ようとしないまたは見ないようにして表面上の調和を取ろうとするのが性なのでしょう。そうして破滅は表面下の本質で進んでいくのです。
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