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2016年8月26日

【上島嘉郎】日中記者交換協定のいま

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

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2016年7月12日、
南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設などが国際法に反するとして、
フィリピンが中国を相手に提訴した裁判で、オランダのハーグにある常設仲裁裁判所は、
中国の主張に法的根拠がないとの判断を示した。

これに対して、中国は強く反発し、強硬な姿勢を崩していない。

また、8月6日には、日本の尖閣諸島周辺に中国の漁船約230隻が侵入し、
同日、中国の爆撃機が南シナ海を飛行するなど、挑発的な行為を続けている。

この先、中国の国際的立場はどうなっていくのか。それによって、日中関係はどうなるのか。

三橋貴明が、まずは現状を冷静に分析し、日本の強みと中国の弱点を炙り出し、日本が取るべき道を探っていく。

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「日中冷戦〜誰が日本を追い詰めたのか?」
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この24日に東京で日中韓の外相会談が行われましたが、尖閣諸島をめぐる日中間の議論は平行線のままでした。韓国との間には、いわゆる慰安婦問題がありますが、ここでは措きます。

尖閣諸島は、歴史的にも国際法的にも日本の領土であり、中国が自国領と主張し始めたのは1970年代に入ってからです。中国の主張には矛盾が沢山ありますから、日本政府はそれを徹底的に衝き、併せて国際社会に日本の正当性を積極的に訴えるべきです。日本国民はこれを支持しましょう。

しかし、日本のメディアの多くがこれに消極的です。他人事ないし中立といった感じですね。なぜか――。

少し旧聞になりますが、6月9日に中国海軍の軍艦が尖閣諸島周辺の接続水域に侵入し、さらに15日には鹿児島県の口永良部島周辺の領海に侵入しました。日本政府は中国への抗議を重ねましたが、中国はどこ吹く風で、8月初旬には尖閣沖の接続水域に中国海警局の公船と約230隻の中国漁船が入り込みました。

たしかに尖閣周辺の接続水域は、日中漁業協定で中国漁船の操業が認められてはいます。これまでも多数の漁船が操業した例はありますが、海警局の公船と行動し、武装した海上民兵が乗った偽装漁船が含まれていることを考えると、漁業活動が目的ではなく、明らかに対日攻勢を強めることで日本の人心を揺さぶり、尖閣が日米安保条約の適用要件である「日本の施政の下」にないことを米国と世界に印象付けるのが目的でしょう。

6月9日の中国軍艦の侵入について、さすがに新聞各紙は社説で中国の行動を批判しました。

・読売「危険増した挑発に警戒せよ」
・産経「危険な挑発行為をやめよ」
・毎日「緊張を高める行動はやめよ」

朝日新聞はと読んでみると、「尖閣に中国艦 日中の信頼醸成を急げ」という見出しで、読売、産経、毎日とは異なる調子です。
本文に〈中国海軍の動きは決して容認できるものではない。日本政府の抗議を、中国は真剣に受け止めなければならない〉との文言はありますが、肝心なのはこれだと以下のように述べます。

〈危機をあおるのではなく、目の前の危機をどう管理するかだ。海上保安庁や自衛隊が警戒を強めることは必要だが、それだけで不測の事態を回避することは難しい。
 政治、外交、軍事、経済、文化など幅広い分野で、重層的な対話の回路を広げていく必要がある。留学生など市民レベルの交流も、もっと増やしたい。
 対話のなかで、お互いの意図を理解し、誤解による危機の拡大を防ぐ。求められるのは、日中双方による地道な信頼醸成の取り組みである。〉

朝日は中国の軍艦侵入を偶発的と思っている(考えたがっている)ようです。中国の意図を読み解く気もないらしい。存在しない危機を煽ってはなりませんが、「危機」は今そこに存在しているのです。

百田尚樹さんの『カエルの楽園』をこれまでも再々取り上げましたが、この朝日の社説と同じような場面が同書に出てきます。

楽園ナパージュには、デイブレイクという知的であることを売り物に世論を誘導するカエルがいます。ナパージュに、ウシガエルが侵入してきたときデイブレイクは周りにこう説きます。

〈無闇にことを荒立ててはいけない。まずは状況をしっかり見ることだ〉
〈ウシガエルは虫を追っていて、うっかりと南の草むらに入ってきただけかもしれない。あるいは草むらが珍しくて、見学に来ただけかもしれない〉
〈話し合うことです〉
〈とことん話し合えば明るい未来が開ける〉

デイブレイク(Day Break)=「夜明け」〜「朝日」という百田さんの隠喩ですが、朝日社説とデイブレイクの語りは、表現こそ違っていても中身はそっくりです。

さて、新聞を読む習慣のある日本国民のうちどれほどが「日中記者交換協定」の存在を知っているでしょうか。
日中間に正式な国交のない昭和39年4月、日本と中国は、高碕達之助事務所と廖承志事務所という当時の日中貿易の窓口が仲介して記者交換協定を結びました。
昭和43年3月、それまでの協定が破棄され、新たに田川誠一、古井喜実氏ら親中派の代議士が仲介するかたちで日本の新聞は中国側が条件とした「政治三原則」を守らなければ中国に記者を常駐できないことになりました。

●「中国を敵視しない」
●「二つの中国をつくる陰謀に加わらない」
●「日中国交正常化を妨げない」

日本のメディアが中国に記者を常駐させたければ、以上の三原則を守れということです。相手国政府の方針に従うことを事前に約束するのでは、自由な報道・論評をはじめから放棄したのも同然です。

当時、台湾を取材したNHKがその映像をテレビで放送したところ、画面に「大陸反攻」という蒋介石のスローガンが大書された壁面が映っていたことが非難され、また朝日新聞はラジオ欄でその番組を紹介したことが問題視され、それぞれ中国側に“謝罪”したという話があります。

曽野綾子さんから『この世の偽善』(PHP研究所)という本をつくった際にもこんな話を伺いました。

〈この四十年あまり、産経新聞と時事通信を除く日本のマスコミは、絶えず中国の脅しを受けながら、特派員を受け入れてもらうために、完全に中国政府の意図を代弁する記事を書き続けてきということです。
朝日、毎日、読売などの全国紙、東京新聞他のブロック紙などは、中国批判はただの一行たりとも書かず、私たち筆者にも書くことを許さなかった。私が少しでも中国の言論弾圧を批判すれば、その原稿は私が内容表現を書き直さない限りボツになって紙面に載らなかったのです。
ちゃんと曽野綾子という署名を入れた小さな囲み記事ですら、印刷中の輪転機を止めてまで掲載を許さなかった新聞もあります。私は、その新聞には二度と書かないことに決め、今もそれを通していますが、私にいわせれば、中国報道に関してマスコミは正気で「発狂」していたのです。〉

日中記者交換協定の存在をメディア各社がきちんと読者に説明したことはありません。現在も有効なのか、それとも無効なのか。
産経新聞社はかつてこの「政治三原則」に従うことを拒否し、長く北京に支局を置けませんでした。否、「自由な報道ができないのなら置く必要なし」として台北と香港の支局だけで「自由な中国批判」を展開し他紙の中国報道に勝りました。

1998(平成10)年、産経は31年ぶりに北京に常駐特派員を置くことで中国側と合意し、中国総局を開設しました。記者交換協定に関しどのような折衝を重ねたのか、当時筆者は下っ端社員でしたから知らされませんでしたが、その後、雑誌『正論』の編集記者時代に上役から「中国批判は手控えろ」と指示されたことはありません。
『別冊正論』の創刊編集長として世に送り出したのは《軍拡中国との対決》という特集号でした。

日中記者交換協定がいまも有効だとして、「政治三原則」の三番目は、もはや意味をなしません。中国が最も神経質になっているのは、「二つの中国をつくる陰謀に加わらない」という項目しょう。
明日から、日本と台湾に関する記事に目が止まったら、注意深く読んでみてください。
「台湾の国民が〜」とか「日台双方の国民が〜」と書かれていれば、社の方針かどうかはともかく、二番目の原則に従わない記者がその社にいるということです。
これが「台湾の住民が〜」とか「日台双方の人々が〜」などと書かれていたら……推して知るべし、ですね。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
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ーーー発行者よりーーー

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2016年7月12日、
南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設などが国際法に反するとして、
フィリピンが中国を相手に提訴した裁判で、オランダのハーグにある常設仲裁裁判所は、
中国の主張に法的根拠がないとの判断を示した。

これに対して、中国は強く反発し、強硬な姿勢を崩していない。

また、8月6日には、日本の尖閣諸島周辺に中国の漁船約230隻が侵入し、
同日、中国の爆撃機が南シナ海を飛行するなど、挑発的な行為を続けている。

この先、中国の国際的立場はどうなっていくのか。それによって、日中関係はどうなるのか。

三橋貴明が、まずは現状を冷静に分析し、日本の強みと中国の弱点を炙り出し、日本が取るべき道を探っていく。

月刊三橋最新号
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【上島嘉郎】日中記者交換協定のいまへの3件のコメント

  1. あまき より

    協の字には確かに「従う」という意味がある。北京に支局を置きたければ我々に従って貰おう。そういう「協」定だったのかと読んで驚き、改めて実に忌々しい気がしました。産経紙のことではありませんが、中共批判一辺倒、体制崩壊経済崩壊「願望」論の怪しげな向きも、実は彼らが批判する蝶舞ら辺の礼賛一辺倒、擁護一辺倒と同じくらい偏っていておかしいと思っています。その意味で福島香織香港支局長は一読者からみて頼りになる人だったし、退社された現在でも私は元支局長発の報に注目しています。学生時代、学内の新聞に北京支局の再認可を中共に要求する内容を書いて珍しがられたことがあるので、復活したぞ、と聞いた時はすぐ電話で祝意を伝えました。だから思い入れがあるのですが、北京から締め出され香港経由で必死で母国に情報を送っていた頃の、商社マンたちの間で産経の中共報道なら読むべき内容があると支持されていたという当時のあの信頼を、果たしていまの産経紙に寄せてよいものかどうか。論説委員がTPPは中国包囲網になるなどと某論客某女史に対するゴマすりのような戯れ言を抜かしているのを読むと、福島さんの代わりにおまえがやめればよかったのだと呪詛の如き思いにかられてしまいます。

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  2. たかゆき より

    中華人民共和国 ♪ずいぶんと たいそうな名称を冠したもんですね。。。そもそも 共産主義とは 国家を否定する思想そのように ぼくは理解しておりますけど、、それが 共和国とは 気は確かか??シナには 二種類の豚しか棲息しないようです、、、共産党というナ の豚と人民という名の 共産党の餌になる豚シナは野豚の棲息する 地域なのでchinese region : cr で 十分「台湾の人民が〜」とか「日台双方の人民が〜」などと書く度胸が もし あればアッパレ ♪

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