From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
それが1960年代にイギリスとオランダが捕鯨から撤退し、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)で10年間の商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)宣言が決議されて以後は、反捕鯨活動の場としての色彩が急速に強まり、日本やノルウェーといった捕鯨継続を望む国と、欧米を中心とする反捕鯨国の対立の場となってきました。数でいえば前者が少数派、後者が多数派です。
アメリカがかつては大規模な捕鯨国であったことは、メルヴィルの『白鯨』を読むまでもありませんが、彼らの捕鯨の目的は「鯨油」にあり、その必要性が薄れるとともに捕鯨から撤退し、いまや反捕鯨を主導する国の一つです。
捕鯨問題は対立するそれぞれの国の文化や宗教が背景にあり、就中(なかんずく)人間としての殺生観に行き着くことから、善悪論には馴染まないはずですが、反捕鯨国は「クジラは特別な生き物」「知能が高い人間の友人」といった考え方から鯨食を野蛮と見なし、非難を続けています。クジラを資源として科学的に捉える視点は軽んじられ、近年のIWCの議論は不毛に陥ったまま、当初目的から完全に外れ機能不全に陥っていました。
1970年代後半の総会では、日本代表団が反捕鯨団体のメンバーから赤い染料をかけられ、「殺人者! 野蛮人! お前たちが殺した鯨の血だ」と怒号されたり、広場に眼鏡をかけた人形(日本人を象徴)が吊るされ「死刑執行」と銛を突き刺されたりといった感情的な示威行動が繰り返され、それをBBC(英国営放送)などが放送しました。
2000年代に入ってからも、たとえばオーストラリアの〝抗議〟は常軌を逸しています。捕鯨船にテロ同然の〝攻撃〟を仕掛ける連中を保護し、援助するほかに、テレビ局のスタッフが駐豪全権日本大使に「調査目的なら、われわれも日本人を殺していいか」と調査捕鯨に託けてマイクを突きつけたり、日本人観光客に玩具の銛を打ち込んで、戸惑う日本人の様子を映像に撮ってインターネットに流したりする。日本は長い間我慢を重ねてきたのです。
日本は突然、感情的になってIWCを脱退したわけではありません。2014年に南極海での調査捕鯨中止を命じた国際司法裁判所(ICJ)の判決がありました。裁判所は、原告国のオーストラリアなどの「IWCの目的は捕鯨産業の秩序ある発展ではなく、鯨類の保存に〝進化〟した」という主張を認め、日本は敗訴したのです。
IWCがクジラの捕獲を一切認めないことを目的とするならば、そのIWCを通じて「持続可能な捕鯨」を求める道は閉ざされたと考えざるを得ません。
話を端折りますが、こうした流れのなか、水産庁は今年の初め頃からIWC脱退を視野に入れた内政各方面への折衝を活発化させ、国際協調を重視する外務省との対立を乗り越えて今回の政府の決断に至ったのです。その核になったのは、捕鯨を断念すればマグロなどの水産資源も同様になりかねないという危機感、そして捕鯨推進国を中心に〝新たな国際捕鯨委員会〟をつくろうという構想です。
水産庁の構想が実現に向けて順調に進むかどうか未知数ですが、朝日新聞のように「短慮と言わざるを得ない。脱退はやめるべきだ」(12月23日付社説)とは私は考えません。日本は長い間、議論の場で苦闘を重ねてきたのです。国際協調の名のもとに他国に寄り添い続ける外交からの脱却、主体性の発揮という大いなる挑戦と受け止め、政府の決断を支持するものです。
ここで戦後日本の国家としての姿を想起すると、先の大戦の敗北から教訓としたことは、通説としては「国際的な孤立はいけない」ということでした。国際親善に失敗すれば孤立し、孤立すれば周囲からいじめられ、いじめに反発すれば直ちに国際紛争に発展し、武力を放棄し平和国家としての道を歩む日本はそれに耐えられない。
したがって国際親善を第一として周囲との摩擦回避に努め、相手の要求はのむ。先行譲歩こそが日本の生きる道──となってしまった。
たしかに「孤立」は辛い。しかし、孤立よりもっと辛いことがあります。それは屈従や隷属で、意地悪されたり、いじめられたり、無視されたり、〝貢献〟を強要されたり、内政に干渉されたりということを戦後の日本はどれほど経験してきたか。それが「敗者の戦後」の現実だと言われれば、そのとおりでしょう。
しかし、いつまでも「敗者の戦後」を過ごすわけにはいきません。国際親善を求めるのはよいのです。しかし、そのためには相手を選ばねばならないし、時々は程よい距離をとるのも重要で、いい加減そうした外交術を身につけねばなりません。
IWC非加盟のカナダやインドネシアは現在、商業捕鯨を行っていますが、彼らがそれで国際的な窮地に陥っているか。今後、反捕鯨国の日本への反発、非難が強まる可能性がありますが、国際社会では摩擦は常態と心得て、国威と国益のために協調が効あるなら協調する、反撃が必要なら反撃するという、柔軟にして強靭な日本をつくっていきましょう。新しい御代はそうありたいものです。
〈上島嘉郎からのお知らせ〉
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●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
・12月26日〈沖縄県民投票~歴史を直視せよ/言葉を削り取ると時代が見えなくなる/トランプ大統領「チベット相互訪問法」に署名/IWC脱退 閣議決定〉
https://www.youtube.com/watch?v=_yzOPQYK2dg
【上島嘉郎】IWC脱退は短慮ではないへの7件のコメント
2018年12月28日 4:39 PM
途中で入力トラブルがあったので、再度書きます。
上島先生の説明はわかりやすく、理論的で正しい主張だと感じました。しかし、脱退をこの時点で決断する、実行に移す説明は少々説得不足と考えます。
韓国とギクシャクしている中で、アジア・オセアニア地域で敵を増やすことが日本にとって得策であるかを考えた時、脱退表明は負け戦のプロローグになると予感しました。脱退表明をして時期を不明瞭にするなど、別の意志表示の仕方はあったと思います。東京オリンピックに影響しないことを願っています。
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2018年12月28日 5:09 PM
祝脱退
食文化は嗜好の問題
ヒトサマにとやかく非難される 筋合いは ございません
鯨は「知能が高い人間の友人」などと
ナチズムに通底するような優生学モドキで一国の文化を否定するなど
言語道断
ちなみに
国際社会で孤立したくなかったら、、
覇権国家になれば宜しいだけ、、、
世界中で 鯨どころか人間を殺戮しまくってている
米中露 を ご覧なさい。。
国際紛争が お話しあいで解決するなど ほとんど迷信
とくに領土紛争が武力行使以外の方法で 解決した事案
小生 寡聞にして 存じ上げません ♪
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2018年12月28日 10:03 PM
クジラの生存権を主張する白人、キリスト教国の方々。
自国の政府、グローバル企業が紛争を拡散し、有色人種や他宗教の人々を殺害しビジネスしてるのをどのように考えるのでしょうか?
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2018年12月28日 10:59 PM
世界に訴えるなら、彼らを味方につけるキャッチフレーズを考えることが先決。
なぜ日本が捕鯨禁止に反対しているのか?
それは、クジラという海の巨大生物の跳梁に歯止めを掛けたいためであり、オノミやコロを食べたいからではない。
鮭やニシン、タイやヒラメ、イワシやサンマ・・海の多様な中小魚族の生存を守りたいからである。
「海の中小企業を守れ!大企業の寡占化に歯止めを!」
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2018年12月29日 1:17 PM
上島さんに全く同感です。朝日新聞とかはすぐ国際機関を脱退したり批判したりすると決まりきったフレーズで思考停止な事を言う朝日新聞のレベルの低さにはうんざりです。
国際機関は常に正しい日本には常にそういう組織に従属すべきだとか奴隷根性を日本は続けろとか言ってるような物です
上島さんの言う通り戦後日本は国際的な従属や譲歩を是としてきた。しかしもうそういうのは卒業して日本はこうしたいとかこうすべきじゃないかという外交をしていくべきだと思います。
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2018年12月31日 8:23 AM
今年も上島先生から、たくさんのお話を頂き、いまの日本の現在位置と、あるべき大きな筋道を知ることができました。
来年も先生のご活躍を楽しみにしております。
鯨と言えば、妻と結婚前に渋谷の専門店に食べに行ったことがあります。カツが美味しかった記憶があります。
オーストラリアを中心とした感情的憎悪は、そもそも宗教的違いはもとより、過去の?白豪主義や、大戦のわだかまりなど、臭いものの結晶、だと感じております。
見解の相違、ということで、距離を取るのが大事なのはとても納得です。
ただ、気になるのは、日本人自身、自分に今関係ないものは、要らないと言ってしまえる風潮で、同胞の文化・価値より欧米の正義になびく短慮です。
プライド、という言葉は、かなり死語になってしまったのかもしれません。だとしたら、それが人の本質に根差すものならば、きっとこれからこそ、価値がある、重要になる、そう信じて、来年少しでもそうなるようにと、思わずにはいられないです。
本年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
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2019年1月7日 6:03 PM
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