From 藤井聡@京都大学大学院教授
先進国はいずれも、財政についての何らかの規律、すなわち、「財政規律」を持っています。我が国も、2013年に閣議了承した「2020年度にプライマリー・バランス(PB)の黒字化を目指す」という規律を持っています。
この財政規律を巡っては、これまでに様々な議論が重ねられてきていますが、その一つの視点が「国際比較」の視点。この点について、例えばつい先日公表された財務省主計局が公表した資料(4頁目)では、
『主要先進国が掲げている財政健全化目標と比較すると、日本の目標は緩やかな水準となっている』
その根拠として挙げられているのは、「日本だけ利払い費を考慮外としている」という点です。
つまり、日本は「利払い費」を何兆円も払っているのに、それは考慮せずに「収支」を考え、それについて目標を立てているが、諸外国は皆、利払い費も支出の項目に加えて、「収支」を考え、それについて目標を立てている、だから、日本だけ「甘く」て「緩い」目標だという次第です。
・・・・しかし、本年3月1日の参議院予算委員会で、この説明が、
『出鱈目な説明』
だと、指摘されています。
この指摘は、自由民主党の西田昌司議員からのものですが、その議論は極めて説得的なものでしたので、ここではその内容を改めてご紹介したいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=9ONDN6n-iwc
まず、西田議員は次のように質問を切り出しています。
西田昌司議員 「要するに、プライマリーバランスというのはですね、利払い費を入れてないんですよ、と。財政収支の場合には利払い費も入れてますと。だから、借金の返済金額まで入れてますからね、利息の。だから、厳しいんですと。こういう意味でしょ?」
主計局長「尺度としてはそういうことだろうと思います」
西田昌司議員「・・・それでこの話を聞いてですね、みんな、『あ、そうか、プライマリーバランスというのは、各国のあれより緩いんかと。だとしゃーない、守らなしゃーないなと』こういう論法にひき釣りこまれるんです。ところが違うんですね。」
そして現在の各国の財政支出状況を解説した後に、次のような発言につなげていきます。
西田昌司議員「私は、財務省の職員というのは、日本の職員の中でも極めて優秀な方だと思っています。その方々がですね、全く出鱈目な説明をしているという事自体に苛立ちと腹立ちさを抑えることができないんです。」
なぜ、「出鱈目」なのか、そしてなぜ、「苛立ちと腹立ちさを抑えることができない」のか。
その理由について、西田議員はまず、2年前の経済財政諮問会議で、麻生財務大臣が提出した、主要先進国の財政健全化の目標がリストされている下記資料を取り上げます。
そして、この資料には、確かに日本だけ「利払い費」を考慮外に置く「基礎的」財政収支(つまり、プライマリーバランス)を基準にしていているが、諸外国は、「景気変動」を考慮外に置く「構造的」財政収支を基準にしている、という事が明記されている、だから、日本の財政規律は「緩いものだ」とは言えないのではないか、と指摘します。
これに対して、主計局長は次の様に答弁します。
「あの……どう申し上げますか……財政収支とプライマリーバランスというのはいわば縦軸で…こう…その…金利の分だけ、緩い、基準になっています。で、ご指摘の構造的財政収支というのは、対象となる財政収支の内、まぁ…一時的なものを除たものを、この…なんていいますかモノサシにあてて比較する、という考え方なんで、確かに…あの…財政収支のあてはめを緩めているのは事実でありますけど、いわば、縦の緩め方と横の緩め方といいますか…あの…そういう違いがあるということだろうと思います。」
これに対して西田議員は次の様なツッコミを入れます。
西田昌司「つまり、あなた方が、麻生大臣や総理に説明してきたのは何かといえば、日本のPBよりも、他の各国のG7がやってる方が、厳しいんですと言ってきたわけですよ。ところが、あなたが今、言っているのは、逆さまを言っているんですよ。要するに、日本のPBよりも緩やかに弾力的にね、財政収支の目標は設定しているんですよ。がんじがらめにしてない。税収が減ったら、その分当然いるね、と。」
以上の質疑は、「日本の規律は緩い」という説明は、西田議員が指摘するように「出鱈目な説明」だった、という疑義を白日の下にさらすものです。
なぜなら確かに日本の規律は「利払いを除く」という点では「緩い」が、「景気変動を考慮しない」という点では「厳しい」基準だったことを、主計局長本人が認めているからです。
主計局長のご発言に基づくなら、
・「縦」(利払いの有無の点)では日本の方が「緩い」が、
・「横」(不景気時の減収等の考慮の有無の点)では日本の方が「厳しい」
のです。それにも関わらず、この「横」の論点を無視して「縦」だけを見て、「日本の方が緩い規律だ」と断定するのは、西田議員が指摘するように、「出鱈目」と指摘されても致し方ないところです。
しかも、日本は今「デフレ」であることを考慮すれば、デフレ脱却さえ叶えば、さらに税収が上がることも予期されます。その点を加味すれば、その「出鱈目さ」はさらに深刻なものだとも言えるでしょう。
いずれにせよ、不景気、さらには「デフレ」の影響を加味した「構造的」な財政収支に基づいて財政が運営されているのが先進諸国における国際標準である一方、日本一国だけが、PBという「非構造的」な財政規律に「がんじがらめ」にされてしまっているのです(ちなみに、同じPBでも、構造的PBという概念もあります)。
その結果、諸外国では、「不況・デフレで税収が減ったから」という事を気にせずに思い切った財政支出ができるのに日本だけは、「不況・デフレで税収が減ったから」という理由で、政府支出をカットせざるを得なくなっています。
つまり、日本一国だけが、「非構造的」な財政収支という、「大変に厳しい十字架」を背負わされているのです。
日本のデフレを本当に終わらせるためにも、この収支における「構造性」という、あまり人々に知られてはいないものの、極めて重要な問題の存在を、しっかりとご理解いただきたいと思います。
追伸:デフレ脱却と財政規律、の関係については是非、下記をご一読ください。
https://goo.gl/Jcqhm0
【藤井聡】『日本のプライマリー・バランス規律は、外国よりも甘い』という出鱈目への3件のコメント
2017年4月11日 11:15 AM
財務省も政治家も同じ穴の狢です。
本当に財務省が政治家を騙しているのでしょうか?
今回、西田氏の指摘、または財政に於けるバランスシートの見方。こんな物は社会経験がある人間なら誰もが解る単純明快な話です。こんな詐欺にもならない嘘話を政治家が解らないはずがないでしょ? また財務省だけでこんな出鱈目な嘘話を作る事、又は進める事が出来るでしょうか?
つまり財政問題、それによるプライマリーバランス、この出鱈目な嘘話を利用、又は加担し徳(票、カネ)を得た政治家、企業が居る訳です(腐る程)。ではこの出鱈目な嘘話が横行している間、得した又は議席を伸ばした(過去現代)団体は?
最近私は財務省だけを責める事に嫌気を覚えるのです。そこまで財務省が強いのか?とも。
真実を伝える事こそ道は開けます。しかし真実とは時間と多数決で決められます。もっと悲しい事に決を採るにしても又は議論をするにしても対立軸になる政党が皆無な事….。
財務省だけを悪者扱いしていいのか!と思う今日この頃で御座います。
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2017年4月12日 4:33 AM
パッと思い浮かんだのは、回る”コマ”のイメージです
局長の言うように縦軸だけを考慮して、上からだけ見れば丸い円形をしているが
横軸からみれば、三角形の全くちがう形をしているし、実際にはコマの回る勢いや、よろめく傾きの方向、こけてしまわないよう先をみてバランスをとっていかなければいけないもの
過去から学ばず、「学としての経済」にのめりこみ、合理に基づいていたはずが、ごまかしの詭弁と自己弁護に追われる日々…
彼ら財務省のあり方を見ていると、なんだか昨今の日本の政治、いや社会全体をすらみているような気分になります
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2017年4月13日 12:32 PM
今回も大変ありがたく読ませていただきました。テレビのニュース番組などに比べると地味な内容に見えますが、実はとても大切なことで、本来であればトップニュースにするべきぐらいの話だと思います。諸悪の根源であるデフレ問題の核ともいえるPB目標の論拠の一角が大きく崩れていたということではないでしょうか?日本のPB目標と諸外国の構造的財政収支、違う物差しのものを同じ土俵に乗せていたということですね。「構造的」とはインフラ投資等を除いた収支なのですね。諸外国がこのような基準を用いているということはそれだけ不況時、デフレ時の大規模財出は当たり前のことだということの証なのではないでしょうか?「日本だけ利払いを除いた目標なので緩やか」と言っていますが、別の角度から見ると「日本だけは不況時に大規模財出をしようと思ってもPB規律に違反すると言われる」わけですね。ホント「緩やか」なんてとんでもない。確かに出鱈目だと思います。なぜそんなにインフラ投資を目の敵にするのか。私の勉強不足のためか、官僚の方々とは違う世界に住んでいるためか、ここが不思議なんですよ。
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