コラム

2020年4月11日

【竹村公太郎】言語から見る国土(その2)―人類源流の日本語―

From 竹村公太郎@元国土交通省/日本水フォーラム事務局長

西欧人と日本人の左脳
約30年前の昭和48年、当時の東京医科歯科大学の角田忠信教授が「日本語の特徴」という研究発表を行った。その後、角田教授は、日本人の脳を西欧人の脳と比較して、著しい相違があることを次々と実証していった。それらの集大成が、「日本人の脳」(大修館書店‘78)である。
「西欧の言語は『子音』が優性であるのに対し、日本人の言語は『母音』が優性する。
さらに西欧人は、自然界の虫の音を『雑音』として右脳で処理している。ギャーギャー泣いたりワーワー叫んだり怒鳴ったりする人の感情音も、『雑音』として右脳で処理されている。つまり西欧人は、子音を中心とした言語と計算を左脳で扱っている。
ところが日本人は異なる。虫の音や人の感情音声を、普通の言語と同じ左脳で処理している。」
西欧人の左脳には、言語と計算しか入っていない。そのため西欧人の論理は、言語と計算で構築されていく。
一方、日本人は言語だけでなく虫の音も人の感情音声も左脳が司っている。そのため日本人は、自然情緒や人間感情も組み込んで論理を構築していく。(図ー1)が日本人と西欧人の左右の脳の機能を示している。

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図―1 日本人の脳(角田忠信)

なおこれは遺伝子の問題ではない。生まれ育った環境によると、角田教授は実証した。
「アメリカで生まれ育った日本人の脳は、西欧人と同じ脳の機能であった。つまり虫の音や人の感情音声は、雑音として右脳で処理されていた。
逆に、日本で生まれ育ったアメリカ人は、日本人と同じ脳の機能であった。つまり虫の音も人の感情音声も、言語と同じ左脳で処理されていた。」

日本語の孤独
角田先生はその後、日本人と同じ左右の脳の機能分担をする民族を探し廻っていった。つまり、母音優性の言語をしゃべり、左脳で虫の音や人の感情音声を処理している民族を探した。
その結果、隣の中国も、台湾も、朝鮮半島の人々も、東南アジアの人々も全て西欧人と同じパターンであった。文法が日本語と似ている民族も、やはり虫の音、人の感情音声は雑音として右脳で処理されていた。
数千年間、地球上で日本語は孤独な存在であった。
しかし、遂に角田教授は、同じ母音が優性で、虫の音や人の感情を左脳で処理している人々を見つけた。
南海に浮かぶポリネシア諸島の「トンガ」と「サモア」であった。
日本語はやっと孤立をまぬがれた。
角田先生の研究は、ここで終わっている。しかし、この角田先生の研究をもとに推論を重ねていく価値はある。その先には、日本人のアイデンティティ―につながっていく。

言語の源流・母音
何万年、何千年の人類の歴史で、母音、子音の発声差に関する化石の証拠など残されていない。そのため推定するしかない。逆に考えると、自由に仮説を立てて議論できる場となる。私も自由に仮説を展開していく。
人類が言語を使用した初期、大自然のなかで危険を知らせたり、獲物を追い詰める連絡を取り合う時は、大声で叫んだであろう。また猛獣に気が付かれないよう、暗闇の中で合図を交わす時に、虫や動物の音を聞きながら、その音にまぎれてそっと合図を交わしたであろう。
初期人類にとって虫の音、動物の鳴き声は、極めて重要な音情報であった。そのため、人が話す言語と自然界の音は、密接不可分な関係を持ち、それらはすべて同じ左脳で処理されていたと仮定する。
生物の進化は、全て単純なシステムから次第に複雑化していく。この類推から、言語も単純な母音から、複雑な子音言語に変化していくと考えられる。
この推定から、日本人とトンガ、サモア人は、人類の発声の進化の源流に位置していると仮定できる。

文明の自然排除
紀元前、人類は文明を創りだした。文明とは、人間が集まり、インフラを造り、様々な活動を行う社会である。そして、文明は必ず都市を誕生させた。
メソポタミヤ文明、エジプト文明、インダス文明、中国文明などすべての古代文明で都市が誕生した。都市では自然は排除された。何しろ自然は制御できない。
『人間は予測し、計画し、制御するのが大好きだ。(養老孟子)』だから予測できないものが大嫌いだ。計画できないものが大嫌いだ。制御できないものが大嫌いだ。予測できず、計画できず、制御できないもの。それが自然である。人間は自然が嫌いなのだ。
人間が造る都市は、予測され、計画され、制御された空間でなくてはならない。ゴキブリやネズミは自然の生物である。しかし、レストランでゴキブリやネズミが走り回るのは許されない。レストランでは自然を排除し、完全に制御されていなければならない。それが都市である。
人間は都市から自然を排除していった。都市の中で自然の木や生物があっても、それは制御された疑似自然である。都市では、自然界の音は情報として価値を失っていった。自然の中で生きていた時に重要だった虫の音、鳥のさえずり、動物の鳴き声などは、計画し、制御する論理の左脳からいつか追い出される運命にあった。

文明の交流
文明は交流を始めた。異なる文明同士の交流だけではない。移動する蛮族との交流があった。最も劇的な交流は、征服と被征服である。ユーラシア大陸では何度も大帝国と移動する蛮族が出現し、地球規模で征服と被征服が繰り返し行われた。
紀元前、ユーラシア大陸の西でローマ帝国、東で秦帝国が誕生した。紀元になり、ローマ帝国は東西に膨張し、中国では漢王朝と南北朝時代になった。その後、西にビザンティン帝国、中央でウマイヤ王朝、東では唐が勢力を張った。7世紀になるとイスラム帝国が急成長していった。12世紀には神聖ローマ帝国が生まれ、十字軍が東に向かった。13世紀にはモンゴル帝国が大陸を席巻し、18世紀にはオスマントルコ帝国と清帝国が、19世紀になるとロシア帝国がユーラシア大陸で膨張していった。
この征服と被征服の繰り返しで、人々の言語は重なり合い、多様になり、複雑さを増した。その言語の増大は母音でなく子音で行われた。変化の幅が大きい子音は、曖昧さがあり、微妙な表現も可能である。味方か敵かわからない人の出会いでは、相手の様子をうかがう必要があった。そのような場面では、微妙な音声の子音が便利であった。
文明の交流と民族の侵略、被侵略で、子音は爆発的に増大していった。

交流による言語の子音化、複雑化
子音が増大するにつれ、左脳は右脳に比べゆとりがなくなった。さらに、都市で住む人々にとって、自然の虫の音、動物の鳴き声、人間の感情音などは不必要になった。自然の音は論理と関係のない無意味な雑音と見なされた。論理と関係のない雑音は右脳に収納される。自然の音は、子音で一杯になった左脳から右脳へ押し出されていった。
世界中で子音が進化し、左・右の脳の機能分担も変化していった。しかし、日本人とトンガ、サモア人だけは取り残された。取り残されたというより、21世紀の現在も、人類初期の言語形態を保ったままであった。
なぜ日本とトンガ、サモアだけに、このような言語が保存されたのか?
日本とトンガ、サモアの共通点は何か?

地理が脳を支配した
日本とトンガ、サモアの共通点は、はっきりしている。両者とも他民族に侵略されず、固有の文字と言語は抹殺されず、侵略されず、そのまま存続した。
日本の場合、日本列島とユーラシア大陸の間には、流れの強い100㎞以上の対馬海流の壁が立ちはだかっていた。13世紀にモンゴル軍が襲ってきたが、どうにか撃退できた。
トンガ、サモアはポリネシア諸島に属している。ここはオーストラリア大陸から最も離れた南海の孤島郡である。(図―2)(図―3)が位置を示している。

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図―2 南太平洋島嶼国

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図―3 南太平洋島嶼国(Wikipedia)

海流はアメリカ大陸からくる南赤道海流で、その海流は再びこの孤島郡からアメリカ大陸へ戻っていく。内燃エンジンの蒸気船ができる以前は、東からの海流はたまに冒険家を運んできたが、帝国の暴力的な文明を運んではなかった。(図―4)は世界の海流である。

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図―4 世界の海流

1900年代に英国連邦の領有となったが、この時代になると帝国国家も諸島の伝統と文化を抹殺するような暴力的な征服はしなかった。
同じ南太平洋に浮かぶミクロネシア諸島とメラネシア諸島は、オーストラリア大陸に近い。400年前の1600年代から植民地時代の主役であるスペイン、オランダ、英国そしてドイツが入り乱れ、これらの諸島を暴力的に奪い合っていた。
日本とトンガ、サモアだけが他民族に侵略されず、言語文化は抹殺されず、侵略されなかった。そのため日本とトンガ、サモアは、複雑で厄介な子音を発達させる必要がなかった。左脳には自然界の虫、鳥、動物そして人間の感情音を収納したまま、母音中心の言語で会話している。以上が世界史と世界地理からみた筆者の仮説である。

国土の宿命
その国を知るには、地球上のどの位置にあり、どのような地形で、どのような気象なのかを理解することが必要である。
地理、地形そして気象は、人々の意志で覆せない。その国の歴史と文化は地理、地形そして気象に依存し、それらは人々の言語と思考方法も支配してしまう。
日本人の言語を司る脳の機能は、日本列島によって規定されている。
日本列島に生きる私たちは、日本列島という宿命から逃げることができない。
 
世界で最も短い文学は俳句である。その俳句は、左脳に自然音や感情音を収納している日本列島に住む人々が生み出していった。

 静かさや 岩にしみいる 蝉の声
 古池や かわず飛び込む 水の音

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【竹村公太郎】言語から見る国土(その2)―人類源流の日本語―への3件のコメント

  1. つぼた より

    人間は言語と共に進化して来たのかもしれませんが、
    非言語なコミュニケーションも考えられるようです。

    日本の縄文時代は、テレパシーで会話していたと言う人がいますし、今も、テレパシーを使っている人たちがいるようです。
    脳の松果体という所を活性化すると霊性が開花するようで、
    松果体の活性化に取り組んでいるひとたちがいます。

    本当にテレパシーを使っていたとして、
    ではなぜ、テレパシーを使わなくなったのか?
    謎です。
    そこを研究すると、また違った歴史が見えて来る気がします。

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  2. 大和魂 より

    とにかく我が国の先人が素晴らしいのは、辞世の句に込めて旅立ちを、なさること。つまり、これこそ日本文化の極みであり、生命の集大成を表現している根拠だと思います。

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  3. たかっきー より

    素晴らしい仮説をありがとうございます!
    最後の俳句などは人知の及ばない、ひらめき、即ち右脳の働きによるものでしょうね。

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