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2013年1月18日

【柴山桂太】ユーロ体制を指導するエリート層の本音

FROM 柴山桂太@滋賀大学准教授

はじめまして。滋賀大学の柴山桂太です。
私の勤務先は、彦根にあります。
研究室からは、彦根城の姿が見えます。
冬の夜、芯まで冷える闇夜の月に照らされた彦根城は、堀から立ち上る水蒸気に包まれて、実に幻想的です。
読者の方も機会があれば、是非一度、夜の彦根城を見学に足をお運び下さい。

さて、2013年になりました。
安倍政権の誕生で景気回復の期待が高まっていますが、海外を見ると明るい材料が見当たりません。
アメリカは「財政の崖」、中国はバブル景気の後退と、世界経済は今年も厳しい状況が続くでしょう。

特に危険なのがヨーロッパです。今後、世界経済が再び大きな津波にのみ込まれるとしたら、震源地はやはりユーロ経済になるでしょう。
現行の体制を維持する限り、ギリシャもスペインも構造改革を進める以外に、債務危機を脱出する手立てがありません。
しかしこれほどの不況で歳出カットや増税を進めれば、失業率が膨れあがるのは当然です。事実、ギリシャもスペインもひどい失業率に苦しんでいます。その影響は両国にとどまりません。ユーロ圏の内需も縮小していますから、遠からず、不況の波はドイツにも押し寄せるでしょう。今は小康状態を保っているユーロ危機が、最大の正念場を迎えるのは、これからなのです。

ユーロ体制の構造的な欠陥については、いろいろな論評があります。
私が見るところ、この欠陥は制度的である以上に、思想的なものです。というのもユーロの実験は、新自由主義の理想を色濃く反映しているからです。

ユーロの理念は、究極の市場統合です。そのため加盟国は、関税や規制を撤廃し、国によって違う国内の制度(非関税障壁)も統一化を進めてきました。つまり貿易の完全自由化です。

さらに通貨まで統合して、為替変動のリスクも無くしました。そして統一通貨を維持するために、加盟国は財政赤字を一定幅に抑える協定も結びました。「小さな政府」がユーロの掟です。

貿易の完全自由化、規制緩和、構造改革、そして「小さな政府」という並びは、サプライサイド経済学とか新自由主義と呼ばれるものですね。競争によって供給要因の改善をはかることが、経済成長をつながるという考え方です。

ユーロ体制は、その考え方に基づいてつくられています。つまり欧州経済統合とは、サプライサイド経済学や新自由主義の理想を実現するという、究極の実験だったのです。

新自由主義の考え方に基づけば、どんなに不況になろうが、政府はいたずらに財政拡張をしてはいけないし、勝手に規制や保護を強化してもいけません。

ユーロ体制とはまさにそのような理念に導かれています。共通市場を導入した結果、競争力のある「北」(ドイツ)と「南」(ギリシャ)の格差が如実に表れましたが、悪いのは競争に負けた方です。ギリシャには構造改革を進めて、賃金引き下げの努力をしてもらう必要がありますし、いっそうの規制緩和を進めてもらわなければなりません。失業率がどんなに跳ね上がろうが、政府債務がどんなに膨れあがろうが、全ては「自己責任」なのです。

もちろん、そう突き放しているとユーロ体制が壊れますから、最低限の救済は行われています。でも、原則は原則です。ギリシャやスペインには自力で立ち上がってもらわないと困る、というのがユーロ体制を指導するエリート層の本音でしょう。新自由主義というとアメリカが本場というイメージがありますが、この20年を振り返ると、実はヨーロッパこそ、その最大の信奉者だったのです。

しかし、この厳しい不況下で南欧諸国にさらなる構造改革を押しつけても、景気は良くなりませんし、税収も増えません。失業率25%となれば社会が持ちません。そんな体制が長続きするはずがない、というのが常識的な見方でしょう。

今後、ヨーロッパが路線を転換するとすれば、それは単なる制度の変更にはとどまらないでしょう。ユーロ体制を導いてきた思想の変更、つまりは新自由主義からの転換を伴うはずです。

その転換がどのようなものになるのか、今の段階では、確かなことは言えません。確かなのは、今の体制を続ける限り、ユーロの未来はないということだけです。今の不況は、緊縮財政で乗り切るにはあまりに深刻です。ヨーロッパが新自由主義路線からの転換を決断しない限り、世界経済危機の第二波が始まるのは時間の問題というべきでしょう

リーマンショックから今年で五年目に突入しますが、危機はまだ最初の段階を超えたに過ぎません。2013年の世界経済は、そのような視点から見ていく必要があります。

PS
こんな本を書いています。
amazonで星4.5個の評価がついています。

http://amzn.to/V42zOt

世界は「静かなる大恐慌」に突入しています。
日本は、どう生き残るべきか。
それについて述べた本です。

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【柴山桂太】ユーロ体制を指導するエリート層の本音への4件のコメント

  1. 東澤雅晴 より

    日本人は贅沢になり従来からの常識がすでに変わっている。 兄弟だから仲良し、親子だからいつまでも同居という事もありません。日本人は贅沢になり根本的に常識が変わったのだと思います。もう戻りません。見たいときに見たい番組を見るのは当たり前でCD-ROMをいっぱいコレクション!なんて事も過去のことです。かさ張る本は邪魔になります。ほぼトップクラスの快適さがこの日本にあることが判ってきました。すると昔ほど日本人は海外に出なくなりました。何度も外国の事情を経験した人はパソコンやテレビで同様のモノを見聞きすると、容易に類推できます。自宅に“伊万里の本物”を持っている人は写真を見るだけでほぼその質感の感じを掴む事ができます。一度インドやアフリカに行った人はその大自然の感触と共に過酷さとリスクも理解出来ます。百年以上前の欧米人はそれでも国家の利益の為に慣れない外地に出向いたのですが、今の欧米人はよほどの見返りがなければ居住しません。今の中国は2百年・3百年前の欧米人とよくにています。現在の日本人はまず仕事では海外に出向きたがりません。今の国際環境では完全に植民地にするということは無理があります。チベットやウイグル、モンゴルを自国に取り込むことが出来た中国が最後の事例で、もうその様な事は国際社会が許しません。中国はその成功事例を今も忘れる事が出来ないようです。日本人はいろいろ苦労してきた為に決して他国の領土を物色したりはせず、資本提携や投資のみで、よほどの地下資源でもなければ維持管理の方が高くつく事を知っています。中国もその内海外への投資も千三つであることが経験で判ってくると思います。東澤雅晴

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  2. 東澤雅晴 より

    日本の企業はここ十年で競争力がどれだけ増したか世界の経済界では、働いている人より投資家や消費者の意見がよく取り上げられます。マスコミはたいへん偏っていて今どこの企業が売り上げをあげているか!のみを、クローズアップします。経営者や担当役員は年度毎の売り上げ額のみが評価されます。しかし世の中には地味で地域に溶け込んだ優れた企業がたくさんあります。マスコミで取り上げてもらおうなどとも考えていません。日本の企業はここ十数年たいへん努力をしてきました。現在、デフレ環境の中、通常の経営が出来ているだけでたいへん競争力のある企業です。40年とか50年ほど前に比べると、大きな声で怒鳴る管理職が少なくなりました。付き合いで飲みに行ったり、お歳暮やお中元を出す習慣もなくなりました。コネや学歴だけで出世する人も多少少なくなっています。しかし言葉による暴力はまだ残っています。積極的に外国人を管理職にはつけません。日本の企業は確かに苦労していますが、働く社員にややハングリーさがなくなっています。新興国としての競争力は極端に落ちています。が、先進国としての競争力は、かなり力を蓄えています。このハングリーさが無くなっている人材の中で本当にやりたい事が次の時代の競争力です。いまだに日本人の評価の基準はまだ“新興国”なのです。世界を見渡しても本当の時代を動かしている人々は表にでてきません。時代は変わったのです。東澤雅晴

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  3. SimonOgura より

    【ユーロの実験は、新自由主義の理想を色濃く反映しているからです】まあ、表見的にはこう云う見方も出来る。然し、ユーロの根本思想は「二度と再び戦争の悲劇を繰り返さない」ことにあるのであって、末節な「新自由主義の理想」では「軍事力の統合」や「軍事機密の共有」という21世紀的な人類の叡智を実現する挑戦の発想は出て来ない。まあ、経済力再生の欲望が、ユーロのそんな根本思想を逸脱した事実は見逃せない。また、今回のユーロ構想破綻の原因になったと云う認識が新生ユーロの出発点になると想うが、現実は未だ其処までの成熟を見せてはいない。草々

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  4. より

    柴山さんや中野さんみたいな人が政府のブレーンにならないと、日本は間違った方向に進んでしまいます‥

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