政治

日本経済

2021年2月20日

【施 光恒】「翻訳」と理想的な世界像

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

こんにちは~(^_^)/(遅くなりますた…)

前回のメルマガで、ドイツの経済学者C・ビンツェル教授らの議論を参照しつつ、日常生活で使っている言語で知的事柄を学び、考え、議論できる環境が整っていることの大切さについて書きました。
(施 光恒「英語化が拍車をかける日本の衰退」(『「新」経世済民新聞』2021年2月5日付))
https://38news.jp/politics/17556

ビンツェル教授らは、16世紀の宗教改革のあと、西欧(特にプロテスタントの地域)でラテン語ではなく各地の日常の言葉(俗語)での出版物が急速に普及したことと、この地域の経済成長との関係について論じています。

つまり、この地域では、俗語で書かれた出版物が急速に増えたため、多くの一般庶民がそれまでよりも容易に様々な知識に触れ、自らを高め、社会に参加できるようになった。このことが大きな経済成長をもたらし、ひいては西欧が他の地域に先駆けて近代化できたことの理由ではないか。ビンツェル教授らはそのように推測しています。

日本の近代化の歴史を振り返ってみても、この点について同様のことが言えるでしょう。

明治以来、日本が近代化に成功し、曲がりなりにも経済大国になることができた大きな要因は、日常の言葉である日本語で知的事柄を学び、考え抜くことができる環境が整備されてきたからです。

先人が外国語の文献を数多く翻訳し、日本語を鍛え、日本語で森羅万象を学び、考え、論じることができる環境を作り、多数の普通の日本人が能力を磨き発揮しやすい社会ができたからこそ、日本は近代化できたのです。

このあたりの話について、私は以前の著書『英語化は愚民化』(集英社新書、2015年)でも、明治時代のいくつかのエピソードに触れながら書きました。

今回は、『英語化は愚民化』で触れなかったエピソードを一つ紹介しつつ、日常生活の言語の充実の重要性、およびそのことから導かれる世界の理想的なありかたについて少し考えてみたいと思います。

紹介したいエピソードというのは、早稲田大学の学長も務めた経済学者・天野為之(あまの・ためゆき)(1861-1938)のものです。

天野は、日本人の手による初の読みやすい経済学の本『経済原論』を1886年(明治19年)に出版しました。これは画期的なことでした。明治の前半までは、日本の大学では多くの場合、英語やドイツ語、フランス語など西洋の言語で授業が行われていました。あるいは日本語を使うとしても、外国語の原書に大きく頼りながら授業を講じていました。

当然ながら、英語など外国語で専門的な講義を受けても、十分に理解できる者はごくわずかの優秀な学生だけです。そのため、大学の講義を日本語でできるようにしたい、また、日本人が日本語で読みやすい専門書が書けるようにしたい、というのが当時の日本の悲願でした。

天野の『経済原論』は、そういうなかで書かれました。『経済原論』を出した冨山房(ふざんぼう)という出版社の社史のなかで、天野が当時のこと(1880年代半ば頃、つまり明治10年代後半頃)を振り返っています。

長いですが、明治半ばの状況がよくわかる文章なので、引用します。
(以下は、『冨山房五十年』(冨山房、昭和11年(1936年))に収録されている天野の文章からの引用です。天野がこの文章を書いたのは昭和6年頃のようです。読みやすいように旧字体を書き直すなどしています)。

*******
従来、政治学、経済学などいわゆる泰西(西洋)の学問を説くには、英・米・仏・独などの原書か、あるいはその翻訳書によったものである。学者の講義も原書あるいは翻訳書で行っていた。

慶應の諸教員のごときも、もっぱら原書によって講義をしておったようである。帝大の前身東京大学では、外国人が外国語を以て講義し、あるいは英米などの原書を教科書として講義していた。また坊間に行わるる経済書あるいは政治原論は、皆原書か翻訳書に限られていた。しかるに原書は少数の外国語に通ずる人の読むに限られ、翻訳書は晦渋で十分にその意を尽くしがたい。

ゆえに外国語を十分に学んでいない満天下の人士は、政治経済の学問に通ずることが不可能であった。これは学問の普及には非常の障碍であった。この障碍を取り去るには、ぜひとも日本人が邦語をもって経済原論などを科学的に著述するほかはない。

ところがこれが果たしてできるかどうかという議論が行われ、我々はこれを可能と信じた。そこで早稲田の学校でこれを実行し、いわゆる原書を教科書とせず、全然日本語で泰西の学理を提唱説明してみた。しかも私は、私の専門の経済学のうえに試みたところ、これが想像外に成績良く外国語の知識なき生徒にもよく理解される。

この成功に力を得て、この早稲田に於ける講義をまとめて世間に分かち、外国語の心得なき一般の人々の間に広く経済の学問を普及せしめんと試みたのが、私の最初の著作「経済原論」の出版である。

私の考えも友人たちの考えもまた冨山房の考えも、この書物がさほど世の中に歓迎されて売れようとは思わなかった。ところが出版してみると意外にも盛んに売れたものである。

今から五十年前の日本は、人口も富も少なく、したがっていわゆる読書階級に属する人も、きわめて少数であったにもかかわらず、想像外に多く読まれた(『冨山房五十年』、488-489頁)。
*******

上記の引用部分で私が特に興味深く感じたのは、「原書は少数の外国語に通ずる人の読むに限られ、翻訳書は晦渋で十分にその意を尽くしがたい」という部分です。

翻訳書は、翻訳してある分だけ原書よりもましですが、それでもまだわかりにくいものです。一般の日本人にはあまりなじみのない出来事や知識を背景に書かれていますし、また、考え方や叙述のスタイルは、国によって少しずつ異なります。

そのため専門書の翻訳は、一般の日本人には読みにくいことが多いのです。原書や翻訳書だけでは、学問的知識は多数の人々の間で容易には広まりません。

やはり、日本人が日本語で大学の講義を行い、それを書物にまとめ出版する必要があります。

実際、天野が、早稲田大学で原書を用いず日本語で講義を行ったところ、わかりやすいと好評でした。それに力を得て『経済原論』を著して出版しました。冨山房のこの社史によると、天野の『経済原論』は「生硬な直訳を離れ、万人のために平易通俗の語」(487頁)で初めて経済を解説した本で、「経済」という語自体が普及したのもこの本が良く売れたからだということです。

冨山房からは、『経済原論』ののち、歴史学や地理学、植物学、国文学などの多様な分野で、日本人の手による本が続々と出版されていきました。

こうしたなかで、普通の多くの日本人が容易に先進の知識を学び、自らを知的に鍛えていく環境が整っていったのです。多数の人々が自分の能力を鍛え、そしてそれを発揮していったことが経済成長を含む日本社会の近代化に大きく寄与したと推測できるのではないかと思います。

拙著『英語化は愚民化』でも他のいくつかのエピソードに触れつつ、こうした推測を行っています。また前回のメルマガで触れたように、ビンツェル教授もいくつかの歴史的資料に基づきつつほぼ同様のかたちで西欧の近代化について推測しています。

こうした推測、つまり各地の日常の言葉が高められ、多数の普通の人々が日常の言葉で様々な先進の知識を学び、考え、論じられるようになることが経済成長を促進し、ひいては活力ある近代的社会の形成につながるという推測が妥当だとすれば、現在の「グローバル化」についての見方は大幅な修正を迫られることになります。

グローバル化を良しとする現在の見方では、経済成長を促し、社会を活性化するには、国境線をなるべく取り払い、各地の特殊な文化的慣行を改め、合理的で普遍的な共通のルール(例えばアングロサクソン的な市場経済のルール)や法、言語(例えば英語)を広めるべきだということになります。

しかし、もしビンツェル教授や私の推測が妥当だとすれば、だいぶ違ってきます。大切なことは、各地の多くの普通の人々が慣れ親しんでいるそれぞれの土着の文化や言語、ルールを洗練し、高め、その土台のうえに、近代的社会を作っていくよう努めなければならないということです。それが、多数の人々が能力を磨き、発揮できる環境を整えることになり、ひいては経済成長や社会の活性化につながるのではないかということです。

西欧の近代社会の成立の過程、あるいは日本の明治の近代化の過程を見る限り、ビンツェル教授や私の推測のほうが正しいのではないかと思います。

もしそうだとすれば、グローバル化や、その文化面の現れである英語化は、経済成長にも社会の活性化にもつながらない愚行なのではないかなと考えざるを得ません。

必要なのは、「グローバル化」ではなく、「国際化」なのではないかと思います。
(「グローバル化」と「国際化」の違いについては、以下をご覧ください。)
施「脱・グローバル化の世界構想を」(『産経新聞』2019年10月2日付)
https://special.sankei.com/f/seiron/article/20191002/0001.html

また、目指すべき理想的な世界像とは、グローバル化を含む「帝国」路線ではなく、「多数の国々からなる世界」なのではないでしょうか。
(これについては、以下をご覧ください。)
施「なぜトランプ大統領は「知識人」に嫌われるのか」(『「新」経世済民新聞』2021年1月8日付)
https://38news.jp/politics/17397

長々と失礼しました……
<(_ _)>

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【施 光恒】「翻訳」と理想的な世界像への2件のコメント

  1. たかゆき より

    全ての施策は

    植民地化のため

    現行憲法護持 非武装 非核化により

    素っ裸にし、、

    緊縮財政 消費増税で

    手足を もぎ

    英語を公用語にして
    口を塞ぎ

    白痴にさせる。。

    とてもとても 素晴らしい 策

    鴨♪

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  2. 通りすがり より

    育ち盛りの子供にとって昼寝の時間が増えることはいいこと・・・かも?( ̄ー ̄)

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