From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学
こんばんは~(^_^)/(遅くなりますた…)
先月(11月16日)、エズラ・ヴォーゲル氏が九州大学に来ました。40年前の1979年にベストセラーとなった『ジャパン アズ ナンバーワン』(広中和歌子ほか訳、TBSブリタニカ)を書いたハーバード大学名誉教授です。
同僚の益尾知佐子准教授(中国研究)がハーバード大学時代、ヴォーゲル氏の教え子だった関係で、九大でシンポジウムを開催したのです。ヴォーゲル氏は御年89歳ということでしたが、日本語、中国語、英語を自在に操りつつ、鋭く日中関係の今後について語っていました。
このシンポの関連企画で、私も「E・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を読む
――40年後の日本への教訓」と題する講義を、大学院の授業の一環としてしました。私の話は、まあ、ほとんど、この本の紹介みたいな話だったのですが…
f(^_^;)
『ジャパン アズ ナンバーワン』という本、いま読んでもなかなか面白いです。温故知新というか、我々が日ごろ忘れつつあることを思い出させてくれます。
1979年の日本はまさに「日出ずる国」でした。
高度経済成長を経て、1968年に西ドイツを抜き、世界第二の経済大国になった日本は、石油ショックなども経験しましたが、それも乗り越え、経済力で米国に迫る勢いでした。社会的にも失業率は低く、治安もよく安定し、教育に関しても世界的に見て高水準にあると評価されていました。
『ジャパン アズ ナンバーワン』のサブタイトルは、「アメリカへの教訓」(Lessons for America)です。当時のアメリカは、日本とは対照的に、経済が行き詰まり、特に製造業では多くの分野で日本の後塵を拝し、社会面でも治安の悪化や都市の荒廃に悩んでいました。
そうした中、「「日の出の勢い」で伸びている日本から米国は学ぶべきではないか、学んで米国を立て直すべきではないか」というヴォーゲル氏の問題意識から書かれたのが、この本です。
私が言うのも大変僭越なのですが、さすがヴォーゲル氏、よく勉強しています。マスコミの陳腐な見方に流されず、議論を進めているところが非常に多いです。
例えば、ヴォーゲル氏は、日本は米国に比べても小さな政府であることをきちんと認識しています。「西欧諸国と違って、日本には官営の基幹産業は少ない」「この点はアメリカと似ているが、日本の経済全体に占める民間企業の割合はアメリカの場合よりも大きい」(95頁)。
また、租税負担率で見ても、日本は西欧のみならずアメリカよりも小さく、一般的イメージと異なり、日本が小さな政府であったということを『ジャパン アズ ナンバーワン』に記しています。
ヴォーゲル氏が日本の成功の一番の秘訣として挙げるのは、日本社会があらゆる面で知識を重視しているということでした。「日本の成功を解明する要因を一つだけ挙げるとするならば、それは集団としての知識の追求ということになるであろう」(47頁)。
「大企業であれ、組合であれ、中央諸官庁であれ、地方自治体であれ、都市と地方の区別なく、人々が共通の利害をもち、多少とも重要性のあるところであるならば、そこでの指導的立場にいる人たちに共通している考えは、その組織の将来にとっていつか役立つかもしれない情報とか知識を絶えず収集しておくことがいかに大切かということである」(同頁)。
ヴォーゲル氏によれば、日本は伝統的に知識というものに重きを置く社会であり、あらゆる領域、あらゆるレベルの組織が、さまざまな知識を集め、蓄えておくことの重要性を認識していた。それが日本の強みの第一の源泉であるというのです。
1970年代後半は、ダニエル・ベルやピーター・ドラッカーらが「脱工業化社会=情報化社会」「知識社会」といった議論をさかんに展開していたころです。ヴォーゲル氏は、彼らの議論は、日本社会が伝統的に重視してきた知識というものの価値を西洋人が改めて確認しているものに過ぎないとまで書いています。
ヴォーゲル氏は、日本では官僚機構や地方自治体などの公的団体も、大企業から中小企業に至る民間企業も、あるいはカルチャーセンターのようなお稽古事の集団でも、学ぶことの大切さを皆、知っており、実際、勉強熱心であると指摘していました。
公的機関や民間企業は、将来を見越して様々な分野の知識・情報を集め、蓄えられるように、職員や社員の研修に費用と時間を惜しまず、必要とあれば、国内外に視察や留学という形で派遣することにも熱心であると記しています。
特に企業については、終身雇用(長期雇用)が前提であるから、社員研修に力を注ぎ、社員の培った知識を会社の共有財産にしようという意識が顕著であると論じています。社内に自発的な勉強会が多数あり、そこでも社員は熱心に学んでいるとも記述しています。
ヴォーゲル氏は、このように、当時の日本社会の強みの源泉とは、「知識の重視」であるとし、各集団が組織的に知識を収集し、蓄え、それによってさまざまな事態に適切な対処ができるようにしておこうとしていることだと述べていました。
このあたりのヴォーゲル氏の記述、面白いですね。しかし残念ながら、「今の日本の社会にも当てはまるだろうか」、「こうした強みを今の日本社会も持っているだろうか」と自問すると、そうだとは言い難い気がします。
日本人の勉強好きは40年前と現在を比べて、そんなには変わっていないでしょう。
しかし、組織として様々な知識を収集し、蓄えられる体制になっているかというと、現在では、以前ほどそうではなくなっていると思います。
多くの企業は社員の研修やら留学やらに費用や時間をかける余裕はないでしょうし、もし、かけたとしても、長期雇用を良しとする慣習も失われつつあるので、転職してしまう社員も多いでしょう。自社の発展のために尽くそうとすることが美徳だという考え方は弱まっています。
また、私が残念だと思うのは、「ディベート重視」とか「スピード感重視」といった近年の風潮が、ヴォーゲル氏が評価していた日本社会の強みを損なっているのではないかということです。
日本社会では、一般にディベート(論争)は好まれないとヴォーゲル氏も見ていました。そのうえで、論争を好まない点を肯定的に捉えていました。様々な事態に対処し、よき決定・決断をするためにも、また、組織を維持したり多くの人々のやる気を引き出したりするためにも、いたずらに論争するよりも、多方面から知識を集め、それを分析することを優先する日本のやり方の合理性を指摘しています。
「日本人によれば、意見の相違は敵対関係とか鋭い論争によって解決されるべきではなく、より多くの情報を集めることによって自然に落ち着くべきところに落ち着くのだ」(77頁)。
「情報が集まり、分析されるまで、日本人は意見を述べたり、一方を弁護したりすることを避ける。最後の決定は論争、説得、信念の披瀝からは生まれず、最良の結論に達しようというみんなの努力の結果として出てくる」(同頁)。
最近の日本では、小学校から「ディベート教育」を導入する流れになっているようです。それも少しは必要なのかもしれませんが、ヴォーゲル氏が指摘するような、ディベートを好まない日本社会の良さや強みも改めて認識する必要があるはずです。
同様にヴォーゲル氏は、「根回し」についても、決定に至るための知識・情報収集の方法として、また組織を強く良好に保つ方法として、大いに意義あるものだと評価しています。
「日本の役所相手に仕事をする西欧人のなかには、あまりにも進行がのろいのにうんざりすると不満を漏らす人もいる。また日本の高級官僚の中には、だれにも相談せずに上から命令や決定を下せる西欧の官僚をうらやむ者もある。けれども、いざとなると、彼らも長い目で見ると日本式やり方の方が良いことを認めるのである」(120)。
最近は「スピード感」ということがあらゆる決定で重視されるようで、「根回し」は現在の日本ではあまりイメージがよくありません。
ですが、社会や組織のなかのさまざまな部分の見解を集め、調整し、決定を下していく「根回し」にもヴォーゲル氏が認めたような良さは確かにあるでしょう。
「スピード感が求められる」というのは、近頃の常套句ですが、それを求めた結果、結局、日本社会の多くの局面で、偏った判断がなされたり、社会や組織が分断したりしてしまっている事例が数多く生じているのではないでしょうか。
『ジャパン アズ ナンバーワン』は40年前とだいぶ古い本ですが、だいぶ時間がたってしまったからこそ、この本には新鮮に感じられる多くの記述があります。
勉強好きなところや、組織や連帯を好むところなど、日本人の特徴的な性格自体は、私は現在でもあまり変わっていないのではないかと思います。
変わってしまったところは、そうした性格を踏まえたうえで、日本人の力を最大限に引き出すための組織づくりや制度づくりの工夫を行おうとする意欲ではないでしょうか。
長々と失礼しますた…
<(_ _)>
〈施 光恒からのお知らせ〉
柴山桂太さんたちと行っている共同研究の公開シンポジウムを、2019年12月22日(日)に福岡市で開催します。
お近くの方はぜひお越しください。詳しくは、下記のリンク(シンポジウムのチラシに飛びます)をクリックしてみてください。
https://drive.google.com/open?id=1NE528h4DH4DwEyb2wvBaXo8ZW3lZ-WRy
【施 光恒】40年前の『ジャパン アズ ナンバーワン』から学ぶことへの4件のコメント
2019年12月6日 5:51 PM
ジャパン ワズ ナンバーワン
どうして ピリじゃあダメなんですか??
衰退途中国の どこがイケないんですか??
うすらぼんやりと 口を開け
日がな一日 空を眺めている
サウイフモノガ
ナンバー ワン サ ♪
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2019年12月6日 9:14 PM
>日本の経済全体に占める民間企業の割合はアメリカの場合よりも大きい
アメリカンファーストの方が社会共産主義に近かった んですね。
なのに総理は2ヶ国間自由貿易協定でトランプの横に居た時の嬉々として凄まじく破顔していた。
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2019年12月6日 9:20 PM
ディベートでも思ったのですが、アメリカの人達全てが得意としてるわけは無いですよね。アメリカンだって色んな人達が居る筈なんです。だからこそ自由な筈ですよね。
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2019年12月8日 8:02 AM
三島由紀夫が国家に殉じて自決してから、おおよそ五十年。この間、我が国の安全保障政策は、全く前進出来ておらず、厳密には致命傷の状態に晒されてます。しかも、経済成長の反動による平和ボケこそ、正真正銘のジャパン・アズ・ナンバーワン。わたくし的には、沖縄返還までは大和魂による見事なお手前だったと存じますが、その後からは実にサッパリで無念。ならば、国民総出で覚悟を決める時!
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