日本経済

2019年10月17日

【小浜逸郎】エリートたちの思考停止

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

 

2019年10月8日、遠藤金融庁長官が、厳しい経営環境が続く地銀について「他力本願的だ」と指摘し、主体的な改革推進を求めました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191008-00000013-jij-pol&fbclid=IwAR0cYwfhmTgvK_gBb10SJlrX8IlWIOouMyF6T6Qzuwmq1dlKAUNVwCMnFMo
遠藤長官は、地銀の収益改善策について「顧客と中長期的な信頼関係を結ぶビジネスを真剣に考えれば資金利益は確保できる」と強調しました。
また、預金口座の維持手数料を利用者から徴収する議論が浮上していることに対しては「サービスが変わらないまま、収益向上のためだけに手数料を取るのであれば顧客が納得しない」と指摘し、利便性を高めるなど、現行取引に付加価値を加えることが大事だと語りました。
一見正しいことを言っているように見えます。

しかし地銀の経営が厳しさを増している背景には、安倍政権のデフレ政策の誤りがあります。
そしてその根源には、金融緩和さえやればOKというリフレ派の考え方があったのです。
日銀は、いまだにこれを続けています。
この政策のために金利が極端に低下し、銀行はいま青息吐息です。

銀行の主な利益は、貸出金利と預金金利の差額、それに取引に伴う手数料です。
しかし肝心の金利がこんなに低くなってしまっては、経営が圧迫されるのは当然でしょう。
おまけに需要が冷え込んでいる地方企業が、銀行からお金を借りて投資に踏み出そうとしません。
それは、このデフレ状況では、将来的に儲かる見込みが立たないからです。
そういうわけで、地銀はどこも断崖に立たされています。
島根銀行が一番に破綻しましたね。
この状況は、政府が大胆なデフレ対策を打たない限り、解決不可能です。

そんなことは一目瞭然なのに、金融庁長官はその根本原因に言及する代わりに、地銀に対して、効果のないスポ根型精神論をひたすら押し付けているわけです。
知っていながら知らないふりをしているのか、マクロ経済に蓋をして、ミクロ経済の問題にスリカエているのですね。
間違った前提をそのまま受け入れて、自分の役職の範囲内でしかものを考えたり発言したりしないのです。
ここには、全体的な流れやプロセスを見ようとしない思考停止の典型が現れています。

しかもこれには後日談があります。
信頼できる筋からの情報ですが、今度は、自民党の金融調査会で、国会議員が同じ論調で当の金融庁を責めていたそうです。「金融庁の指導が足りない」「地銀はもっとニーズに合ったサービスをしないからダメなんだ」という具合に。
真相から目を背ける人々の、見苦しい「罪のなすり合い」ですね。

このように、手を汚さないで済むエリートや財界人たちのなかで、いま思考停止による無責任な言動が横行しています。

もう一つ例を挙げておきましょう。

一日後の10月9日、ファーストリテイリング会長の柳井正氏が日経ビジネスのインタビューに答えています。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00357/?fbclid=IwAR0q2FElDohYtgGKOwaZE4OykqTNXOKN70joIMZ7zM0ypMj-U4AftKtixUk
このインタビューで、柳井氏は、日本はこのままでは滅びるから、大改革が必要だというのです。
ではその大改革とは何かといえば、次のようなトンデモ政策です。

まずは国の歳出を半分にして、公務員などの人員数も半分にする。それを2年間で実行するぐらいの荒療治をしないと。今の延長線上では、この国は滅びます。
参議院も衆議院も機能していないので、一院制にした方がいい。もっと言えば、国会議員もあんなに必要ないでしょう。町会議員とか村会議員もそう。選挙制度から何から全部改革しないと、とんでもない国になります。

これは、維新が掲げている政策と酷似していますね。
アメリカで盛んな(盛んだった)「小さな政府」論への盲従です。

柳井氏は、日本の公務員が人口比で世界一少ないということも知らないらしい。
これ以上公務員を減らしたら、公共サービスの劣化はますます進むでしょう。
災害時などの繁忙期に、公務員がいかに心身をすり減らして死にたくなるまで働いているか、氏は想像したことがあるのか。
公務員は少なくとも、いまの2割は増やさなくてはならないのです。
また、歳出を半分にして、デフレ脱却、社会福祉の充実、インフラ整備、教育、医療、防災、国防その他、いま日本にとってぜひ必要とされる案件をどうやって解決しようというのか。
何よりも、こういう「大改革」をすれば、どうして「滅びゆく日本」を少しでも食い止めることができるのか、その理路がまったく立っていません。
いまの日本の衰退のおおきな原因が、柳井氏のアイデアとは真逆の、緊縮財政路線にあるということも、彼はまるで分っていないようです。
要するに、ふだんから、「小さな政府」を実現して、自分たちのビジネス領域を拡大しようとしか考えていないので、何の根拠もない思い付きをフカしているだけなのです。

儲けることに専念して(それはそれで結構なことですが)経営に成功してきた者が、ちょいと偉くなって政治に口出しなど始めると、バカなことしか言えない、その無残な例がここに現れています。
日本の衰退を政治的に問題にするなら、もう少し政治について勉強してはどうでしょうか。
あなたのような人がいるから、日本は滅ぶのだと言いたい。

御用学者のたぐいにも無知をさらしている人はたくさんいますが、それはこのメルマガでも何度か取り上げてきましたので、今日は控えておきましょう。
いずれにしても、これら著名人の発言が、じつは私的利害や主観的信念や自己保身のためだけなのに、公共的な体裁のもとになされている例が氾濫しています。
こういう無責任な言論状況が積み重なることもまた、「滅びゆく日本」をいっそう前に進めるでしょう。
一国が滅んでゆく最大の原因は、その国の国民が、自国の滅亡過程を自覚しないことです

【小浜逸郎からのお知らせ】
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テーマ:「病む心・病む社会」
日程:11月2日(土) 14:00~16:30
会場:きゅりあん5階(JR大井町駅隣)
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社会批判小説ですがロマンスもありますよ。
https://ameblo.jp/comikot/

●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo

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【小浜逸郎】エリートたちの思考停止への7件のコメント

  1. たかゆき より

    財源は税収のみ という

    単式簿記による 財政運営

    ちなみに

    単式簿記を採用している国は

    パプアニューギニア フィリピン 北朝鮮

    そして 日本 と

    石原某が 仰ってたやうで、、

    今のまま 緊縮財政 かつ単式簿記を 採用していれば

    パプアニューギニア フィリピン 北朝鮮のような

    素敵な国家になれることは

    絶対に間違い有りません ♪

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  3. たかゆき より

    湯沢平和の輪

    2018年8月15日 水曜日

    の ブログより 引用

    15- 国は中世の「単式簿記」で国民を偽り、消費税率10%を強行するつもり
     財務省などが「国の借金が1089兆円になった(国民一人当たり約860万円)云々」というのは正しくなく、政府の国民からの借金額が「1089兆円になった」というのが正しいとよく言われます。
     国民一人当たり、国に860万円の借金があるのと、国に860万円の金を貸しているのとではエライ違いです。(^○^)

     日本の会計システムは、いまや世界中でアフリカの数ヶ国しか採用していない江戸時代以来の「単式簿記」が使われています。日本の検察制度は海外から「中世の司法」と批判されていますが、会計システムまでがそうであるとは二重の驚きです。
     そういえば石原都知事が登場するまでの東京都の会計システムも「単式簿記」だったということで、それを「複式簿記」に変えさせたことを石原氏は自慢していました。確かに自慢に値する功績なのでしょう。
     東京都の財政規模は中堅国家のそれに相当するほどの規模だそうですが、ツルの一声で簡単に変えられたのですから国ができない筈はありません。
    それを敢えて非常識で超「時代遅れ」の方式に拘っているのには当然それなりの理由があります。要するに政府や官僚が、表に出ない財布(役得)を持ち続けたいからで、国民に余計なことを知らせないようにするためです。
     さらには当面する消費税を10%に上げるための環境づくりをするうえでも、「国民一人当たり約860万円の借金を背負っている」という印象を植え付けておけば好都合だという判断があるからです。

    「日々雑感」氏がこの問題を取り上げました。同氏は会計学に詳しい人のようで、読んでも残念ながら理解できないところが多いのですが 取り敢えず紹介します。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    マスメディアが流す報道を疑え。
    日々雑感 2018年8月14日
     財務省は10日、国債と借入金などの残高を合計した「国の借金」が6月末で1088兆9851億円になったと発表した。3月末から1兆1721億円増え、過去最高を更新した。7月1日時点の人口推計(1億2659万人)を基に単純計算すると、国民1人当たりの借金は約860万円になる。
     
     国の借金は国債、借入金、政府短期証券の合計。このうち国債は962兆2655億円で、3兆1242億円増えた。低金利で資金調達できる環境を背景に長期国債の発行額が増加した。借入金や政府短期証券は減少した。
    (以上「時事通信」より引用)

     未だにこんな世論操作をしているのかと驚く。財務省が「政府の借金」を「国の借金」と勝手に読み替えるのは自由だが、マスメディアが財務省発表のまま情報を垂れ流すのは国民世論を誤誘導するものでしかない。
     断っておくが日本の純資産は2018年4月末で366兆円で世界で最大の債権国だ。つまり世界随一の金満大国だ。だから財務省が日本は借金大国で国民一人当たり860万円の借金をしている、というのは嘘だ。
     ただ財務省が「国債発行残高」が財務省の「大福帳会計」では6月末で1088兆円を超えた、というのなら正しい。しかし、それは決して国民一人当たり860万円の借金ではない。

     日本は世界でアフリカの数ヶ国しか採用していない「単式簿記」を江戸時代以来未だに採用し続けている稀な国だ。ほとんどの世界各国は会計原則に基づく複式簿記を公的会計に用いている。そして当然のように連結決算を行い、すべての公的会計を一枚のペーパーで網羅している。
     なぜ日本は原始的な「単式簿記」を採用し続けているのか。それは国民を誤魔化すのに最適だからだ。国会で審議される一般会計が100兆円に満たないが、ブラックボックスと化している一般会計以外の特別会計は400兆円を超えている。
     そして連結決算を行えば国の子会社に過ぎない日銀は連結され、日銀の保有する国債は政府発行の国債と相殺されてB/S(バランスシート)上から消える。その他にも年金基金積立金や為替会計や諸々の基金や積立金が「赤字国債」と相殺されて消える。

     つまり複式簿記を採用して連結決算を行えば日本政府は財務相が宣伝するような赤字だらけの末期的な会計状態ではない、ということが誰の目にも明らかになる。そうすると消費増税する大義名分がなくなるから、財務省は複式簿記にしないのだ。もちろん、ガラス張りにして各省庁が財布として持っている各種会計を「総記原則」により一纏めにされてはかなわない、という各省庁の思惑も単式簿記から複式簿記への移行を阻む原因になっている。たとえば厚労省は国民の知る年金会計以外に、労働保険(失業保険)の積立金も厚労省の財布になっている。

     しかし財務省の発表をそのままタレ流す時事通信に「時事通信よお前もか」といわざるを得ない。来年実施予定の消費増税10%の下地作りにマスメディアを総動員して世論操作を行っている。
     少しも景気が良くなっていないにも拘らず、いざなぎ景気以来の好景気などと大嘘をマスメディアに報道させ、ここに来て「国の借金は1088兆円」と煽り立てる。
     残念ながら日本ではマスメディアの流す報道が必ずしも正しくない場合が往々にしてある。そして報道すべき事実を流さないで隠蔽する。日本のマスメディアは腐り切っている。マスメディアが流す報道を疑わなければならないとは、日本は随分と残念な国になってしまったようだ。

    引用終わり ♪

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  4. 斑存・不苦労 より

    >あなたのような人がいるから、日本は滅ぶのだ

     ほんとどうしようもない知識の人達だらけの経営界ですよね(と書きたくなるだけの知識はパソナークローの暗躍時代で知ったつもりです)。最近昔のうなづきトリオの楽曲、うなづきマーチをよく聴いてうなづいてます。

    コイツら(勿論彼奴等柳井氏のことです)に猿轡は嵌められないものでしょうか。(ワシが嵌められてしまうだけですねントン)

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  5. 大和魂 より

    柳井正は、どこぞの平和主義を掲げたカルト集団の方ですよねアララ。またそれらと、よしみを通じる組織は十六日にオリンピック競技のマラソンと競歩を、急遽札幌で開催するように勧告してきた、腐敗まみれのクズの総本山のIOC。これこそ正真正銘の断じて許し難い卑劣極まりない国際政治。もう東京オリンピック開催も 一年を切り、その開催チケット販売も既に終えております。これこそ馬鹿げた東京オリンピックの概念を逸脱する論外のはなしでしかない。これを許すと際限がなくなるので、改めて綿密な対策を講じた上でチケット販売した以上、東京オリンピック開催は予定通り行うべし。それにしても、なにやら胡散臭いわボケ!

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  6. たかっきー より

    ??
    >いまの日本の衰退のおおきな原因が、柳井氏のアイデアとは真逆の、緊縮財政路線にある??
    ちょっと何言ってるか分からないwww

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