コラム

2017年8月4日

【施光恒】朝顔に夢中

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございまーす(^_^)/

毎日暑い日が続いていますね。

私は、熱中しやすいタチのようで、昨年の今頃はNHKの大河ドラマ『真田丸』にはまっておりました。今年は、なぜか園芸にはまっています。といっても、集合住宅住まいですので、ベランダ園芸なのですが。

もともと植物を育てるのは嫌いではなかったのですが、今春、近所のスーパーの園芸コーナーで何の気なしに安売りのミニバラの鉢を買い、その後、母の日の売れ残りのカーネーションを買い、カランコエ、ベゴニア、ハイビスカス、ペチュニアという具合に、少しずつ増やしていったら、園芸熱に火が付きました。

今の季節は、なんといっても朝顔ですね~。子供の頃は、家で朝顔を毎年育てていたのですが、そのときは特別に「朝顔好き」というわけではありませんでした。

ですが、今年、何の気なしにいくつか植えたら、朝顔にも、どハマりしてしまいました。

よく猫好きの人が「猫の足の肉球がかわいい」などと言っているのを、ふーんそんなもんかねえ、と聞いていたのですが、いまはその気持ちがなんとなくわかります。朝顔のツルの先端のモフモフしたところが、妙にかわいらしいのです。そこを支柱に絡めて、するするとひと巻きふた巻きしながら、けなげに上へ上へと登っていくのをみてると飽きません。

ところで、日本人の花好き、園芸好きは、古い歴史があるようですね。

少し以前の本ですが、植物学者の中尾佐助氏の『花と木の文化史』(岩波新書、1986年)によれば、奈良時代末に編纂された『万葉集』には約166種の植物が登場します。この数は、キリスト教の『聖書』やインドの『ヴェーダ』、中国の『詩経』などよりも多いそうです。だいぶ時代に幅はあるものの、中尾氏によれば、「『万葉集』は世界の古典の中でいちばん多くの植物名が登場するもの」とのことです。

また、登場する植物名を頻度順に並べて聖書などと比較すると、『万葉集』の特徴がわかります。

『聖書』では、上位10位までのうち、9つまでが食用になるなどの実用植物だそうです。上位からブドウ、コムギ、イチジク、アマ、オリーブ、ナツメヤシ、ザクロ、オオムギ…といった具合です。

他方、『万葉集』では、上位10位まではすべて実用植物ではありません。上位からハギ、ウメ、マツ、モ(藻)、タチバナ、スゲ、ススキ、サクラ、ヤナギ、アズサの順ですが、これらはことごとく実用性よりも、花や姿の美しさから選ばれたものです。

『万葉集』と同じ詩集である中国の『唐詩選』では、あまり具体的な植物名は登場せず、草、花、藪、昔樹(昔の樹)、百草というように、概念的な取り扱いの植物が多いようです。

こうした比較から中尾氏は、遅くても奈良朝の頃の日本の上流社会には、植物を美しいと愛でる文化が成立していたことは間違いないと論じています。

花を愛でる文化は、最初はやはり上流社会のものでしたが、世情が安定した江戸時代になると多くの人々の共通財産になります。

江戸時代でも当初の園芸趣味は、上流社会のものでした。家康、秀忠、家光と、徳川の初期の将軍は皆、花好きでした(小笠原亮『江戸の園芸、平成のガーデニング』小学館、1999年)。

特に、二代目の秀忠は、当時の文書に「将軍秀忠、花癖(かへき、はなぐせ)あり。名花を諸国に徴し、これを後園吹上花壇に栽えて愛玩す」と記されるほどだったそうです。「花癖」というのはすごい表現ですね。

ありとあらゆる花卉草木を収集して、吹上花壇(江戸場内にあった庭園)に植えさせたということです。秀忠は特にツバキ好きでした。

三代将軍家光も、花癖のあった人で、吹上の庭園1万坪を管理するために7人ものそれ専門の役人を配備したと言われています。

将軍がこのように大の花好きでしたので、諸大名も、将軍の関心を引くため、自藩の花木を調べさせ、優れたものや珍しいものを競って献上しました(東京都公園協会編『徳川三大将軍から大名・庶民まで、花開く江戸の園芸文化』、平成23年)。

また、江戸屋敷でも、地元でも、庭園を造り、花木の育成に勤しみました。自藩の領民にも花づくりを奨励したところも少なくなかったようです。

大名屋敷などの需要に応えて、植木屋や植木職人も増えていきます。

そして、江戸の平和な時代が進むにつれて、園芸趣味は、上流社会から庶民へ、そして中央から地方へと伝播していきました。

江戸時代には庶民の間で、「寛永(1624-1645)のツバキ」「元禄(1688-1704)のツツジ」「正徳(1711-1716)のキク」「享保(1716-1736)のカエデ」「寛政(1789-1801)のタチバナ」などと称されるそのときどきの園芸植物の大流行もありました。

朝顔も、江戸時代に武士や庶民の間で流行しました。最初は、色彩や大きさを楽しみ、品評会などでもその点を競ったようです。しかし徐々に、それでは飽き足らず、奇抜な花びらを付けるなど、変種の朝顔を楽しむまでに朝顔の流行は爛熟しました。

当時の江戸の園芸文化は、世界一だったようです。中尾佐助氏によれば、歴史的には園芸文化の起源は、西洋では西アジア、東洋では中国に求められるそうです。それが、時代を経るにつれて、中心が、西洋では西ヨーロッパに、東洋では日本に中心が移っていきます。

中尾氏は次のように記しています。

江戸時代の日本の園芸文化は、「中国という第一次センターを凌駕し、また西ヨーロッパにも優るとも劣らずというより、一時期、たとえば江戸中期の元禄時代などには、西ヨーロッパより先進していたと評価できるものである。江戸期の日本の花卉園芸文化は全世界の花卉園芸文化のなかで、もっとも特色ある輝かしい一時期である」(『花と木の文化史』)。

実際、江戸時代の末期(1860年頃)に日本を訪れた英国人ロバート・フォーチュンは、日本人が庶民に至るまで、園芸を好み、花や草木を大切に育てていたことを次のように記しています。

「馬で郊外の小ぢんまりした住居や農家や小屋の傍らを通り過ぎると、家の前に日本人好みの草花を少しばかり植え込んだ小庭をつくっている。

日本人の国民性のいちじるしい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を少し育てて、無上の楽しみにしている。

もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人びとは、イギリスの同じ階級の人達に比べると、ずっと優って見える」(フォーチュン/三宅馨訳『幕末日本探訪記──江戸と北京』講談社学術文庫、1997年。原書は1863年刊)。

このフォーチュンという英国人は、プラント・ハンターと呼ばれる仕事を生業としている人でした。プラント・ハンターとは、東インド会社や園芸商の依頼を請け負い、世界中で未知の植物を収集し、本国に送り届けるのが役目でした。

植物の専門家だったわけですので、フォーチュンの著作には、他にも江戸の園芸事情がいろいろと記されています。

例えば、当時の江戸の染井(現在の駒込付近)や団子坂(千駄木付近)には、育樹園が広がり、多種多様な植物を扱う植木屋が多数、存在していました。フォーチュンは、染井や団子坂の植木屋の品ぞろえの豊かさに感激し、大喜びし、足しげく通っています。

当時から染井には、サボテンやアロエのような南米産の植物も見られたそうです。フォーチュンは、それらがすでに日本に入ってきていたことを「識見ある日本人の進取の気質をあらわしている」と書いています。

また、ヨーロッパではほとんど知られていなかった「斑入り」の植物が、品種改良によって日本には多数存在し、人々に愛好されていました。朝顔などにもありますが、葉っぱに白い部分が模様のように入ったものです。

フォーチュンは、斑入り植物についても、ヨーロッパ人がそれを愛でるようになったのは、「つい数年来」のことだが、日本では「千年も前から、この趣味を育てて来た」と驚いています。実際、この後、日本から斑入りの植物が多数持ち込まれ、ヨーロッパでも流行しました。

他にもフォーチュンは、観葉植物の豊富さ、菊の栽培の見事さなどにも大いに驚嘆しています。

このように、江戸時代の日本では、当時では世界一と言っていいほど、園芸文化が花開きました。植木職人や植木商が多数存在し、庶民向けの園芸のマニュアル本も数多く出版されるようになりました。

まさに末端の庶民に至るまで、花や草木を育て、楽しんでいたのです。

では、なぜ江戸時代の日本に、こうした園芸文化が大々的に花開き、根付いたのでしょうか。

中尾佐助氏はそれについて、「庶民までをふくめて日本人に中流意識が普及した」ことが一因ではないかと推測しています。「江戸時代は士農工商の階層構造の社会のようにいわれるが、それは表面的な建前であって、実質的にはかなり違っていたとみてよいだろう」と論じるのです。

中尾氏は、江戸時代の識字率の高さや、階層間の通婚が少なくなかったことなどを挙げつつ、江戸時代の人々の中流意識の発展や広がりを強調します。

さきほど引用したフォーチュンの観察でも、英国に比べ、日本では庶民まで花を楽しむ文化が根付いていることが驚きとともに記されています。

この点、面白いですね。日本は、やはり、かなり早い時期から中流意識を備えた分厚い庶民層が存在し、それが世界に誇るべき大衆文化を形作ってきたのだと言えそうです。

そして、その分厚い庶民層の文化から、世界的に評価される、洗練された趣味(例えば、斑入り植物を愛でる感覚)が生じてくるのです。

日本の強みとは、今も昔もこのあたりにあるのではないでしょうか。

妙なクールジャパン政策とか起業重視戦略とかではなく、分厚い中間層の再生や、一般庶民が安心して十分に趣味を楽しめるような安定した社会を作ることを、政策の目標に掲げたほうがいいのではないでしょうか。

長々と失礼しますた<(_ _)>

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【施光恒】朝顔に夢中への3件のコメント

  1. スズメのかたびら より

    江戸時代、園芸が栄えていたのは「庶民までをふくめて日本人に中流意識が普及した」から。そうだったのですね~
    私は農業を志し、山に篭っておりますが難しいことがいっぱいで、よく昔の人は農薬も農業資材も何もないのにどうやって栽培していたのか収穫までにどれほどの苦労があったのかなどよく考えます。野生に近いものならあまり害虫にもやられないのかもしれませんが、猿など遊びでツルを引っ張ってメチャメチャにします。アサガオなども猿の遊びのターゲットになります。農家の人の知識や経験はもの凄く、とても追いつけないレベルのことをしてらっしゃいます。それも昔からの高度な栽培技術を継承してこそなのですね。自然と一体に近かったのかな?と思います。栽培方法だけでなく未来の天気を読むとか、虫の巣の位置で台風が多いのか少ないのか予測するとか凄いですよ。ちょっと苗や肥料を買いそろえるだけでもお金はかかりますので園芸を楽しむのもお金とあと心の余裕は必要になりますね。初心者だといろんな失敗をしますのでやはりゆとりがないと手を出しにくいかもしれません。オークションでは班入り植物はとても高い値段で活発に落札されていますが、やはり長く続く不況の影響でお金のかかる園芸から手を引いたという人の話もチラホラ聞きます。毎日暗いニュースと政治に疑問を感じることばっかりでため息がでますが、少しでも早く昔のみんなが中流だったころに戻れるよう願ってます。施さんは花を上手に育てていらっしゃるそうですが、私は自分用には主にイチジク、トマト、枝豆、ブルーベリーなど食べ物オンリーですw 

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  2. 日本晴れ より

    僕も朝顔は好きです。
    江戸時代の日本人があんだけ朝顔作りに夢中になったのは分かる気がします、朝顔は朝にしか咲かないですし一年草ですし
    その美しくもあり儚い感じが日本人の心情にぴったりだったのかもしれません、花の色合いとかも好きです。
    それに施先生が言う妙なクールジャパン政策とか起業重視戦略とかではなく、分厚い中間層の再生や、一般庶民が安心して十分に趣味を楽しめるような安定した社会を作ることを、政策の目標に掲げたほうがいいのではないでしょうかという指摘に全く同感です。

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  3. SUM より

    素晴らしいライフスタイルを自覚し、それを失わない為に内外の敵と「賢く」戦うことか日本人の課題であると認識しました。

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