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2015年8月5日

【佐藤健志】マッドマックスに見る「翻訳と土着化」

From 佐藤健志

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月刊三橋の今月号のテーマは、「歴史認識問題」です。
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施光恒さんの「英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる」(集英社新書)には、「翻訳と土着化が近代をつくった」というテーゼが出てきます。

近代以前、ヨーロッパの学問や教養は、もっぱらラテン語によって支えられており、ラテン語のできない者は〈知的〉になりようがなかった。
しかるに15世紀から17世紀にかけて、それら学問や教養が、各国の言語に翻訳され、土着化していったことが、近代の基盤をつくったのです。

すなわち言語面で見るかぎり、近代には「単一性から多様性へ」という流れがありました。
ただし近代にも、〈理性による普遍的な世界認識の構築をめざす〉という形で、単一性を確立したがる動きがあったのですが、これにしたところで、言語面での多様性を補完するものとしてとらえることができるでしょう。

それはさておき。

このような「翻訳と土着化」によって、逆に世界的な普遍性を獲得した映画があります。
オーストラリアで生まれた「マッドマックス」シリーズ。
荒廃した近未来世界を舞台に、マックス・ロカタンスキーという一匹狼のヒーローが生き抜くさまを、壮絶なカーアクションとバイオレンスをまじえて描いたものです。

1979年の第一作は、わずか30万ドルの予算でつくられたにもかかわらず、1億ドルを稼ぎ出し、オーストラリア映画史上、最も利益率の高い作品となります。
つづく「マッドマックス2」(1981年)は、予算が400万ドルに跳ね上がったこともあって、前作を上回るヒットを飛ばしました。

三作目の「マッドマックス サンダードーム」(1985年)は、それまでのバイオレンス路線が弱まり、ソフトなタッチになったせいで賛否両論だったものの、30年を経た今年、シリーズ最新作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が登場。
過去三作をすべて合わせた以上のスケールと、徹底したバイオレンス、そして驚異的なまでに豊かなアイディアを盛り込んだカーアクションの連続で、観る者を圧倒します。

ならば、マッドマックスのどこに「翻訳と土着化」があるのか?

マッドマックスには、西部劇の影響が色濃く感じられます(海賊映画の影響も感じられますが、これはひとまず脇に置きます)。
とくに「シェーン」「デイビー・クロケット 鹿皮服の男」「ホンドー」あたりが挙げられるでしょう。
しかしシリーズの生みの親であり、全作の監督でもあるジョージ・ミラー(※)は、これを近未来カーアクション・バイオレンスに置き換えた。
つまり「翻訳」したのです。

(※)「マッドマックス サンダードーム」だけは、ミラーとジョージ・オギルビーの共同監督作品になっています。

なぜか。
じつはここに、マッドマックスの土着性がある。
つまりミラー監督、オーストラリアの自動車文化が持つ特殊な性格に、ずっと注目していたんですね。

1960年代、同国の田舎道では危険なカーレースが大流行。
高速道路での死者も、異様に多かったそうです。
さらに1970年代、石油危機によってガソリンの配給制度が導入された際には、激烈な反発がわき起こったとか。

オーストラリアにおいて、自動車は〈人間の暴力性〉と、他国にはない形で結びついているのでは?
こうして「マッドマックス」は生まれました。

同作品の土着性がいかに強かったか、雄弁に物語るエピソードがあります。
「マッドマックス」、アメリカではフィルムウェイズという会社が配給したのですが、公開にあたり、同社はなんと台詞を吹き替えたのです!
もとの台詞だって英語なのですよ。

オーストラリア英語は、なまりがあって聞き取りにくいのは事実です。
とはいえ、それだけが吹き替えの理由だったかどうかは分かりません。
作品全体にこもった「オーストラリアの土着性」(これには荒々しい自然や、過激なカースタントも含まれます)に驚いて、どうにかやわらげようとしたのではないでしょうか。

とまれ「マッドマックス」は、英語圏の中ですら再翻訳が必要な作品だったのです。
しかるに映画がヒットした後になって、ミラー監督は自作が世界的な普遍性を帯びていたことに気づく。
本人の言葉を引用しましょう。

マッドマックスは、歴史を通じて世界中で繰り返し語られてきた英雄伝説のバリエーションだったんだ。暗黒の荒野をさまよう孤独な無法者の物語という意味でね。日本だったら、マックスは侍になる。アメリカならガンマンだ。さすらいの航海を続けるバイキングになることだってあるだろう。

つまりマッドマックスは、時代劇にも西部劇にも海賊映画にもなりうる題材ということになります。
ならば、なぜ実際には近未来カーアクション・バイオレンスなのか?
オーストラリア映画だからですよ!!
翻訳と土着化の徹底こそ、自国のアイデンティティを保ったまま、世界的な普遍性を獲得する道なのです。

これについては、「ターミネーター」のジェームズ・キャメロン監督が、素晴らしいコメントをしているのでご紹介しましょう。
「マッドマックス2」の三年後に発表された「ターミネーター」は、近未来性やバイオレンス感覚が共通していたこともあって、よく同作と比較されたのですが、キャメロン監督は〈マッドマックス2を観たとき、ターミネーターの物語はすでにできあがっていた〉旨を前置きしつつ、こう述べているのです。

私は自分がつくりたい映画を観ているような不思議な気持ちになった。ただし私には、あんな映画はつくれないけれどね。私はジョージ・ミラーから何かを拝借しようとはしなかった。彼はずば抜けた仕事をしたと思う。あれは本当に特別な映画だったよ。

キャメロン監督が、ミラー監督の真似をしなかった理由は明らかでしょう。
オーストラリアの土着性に支えられた「マッドマックス2」から、ただ何かを拝借してもムダだということを、彼は知っていたのです。
ただし「マッドマックス2」のエッセンスを、北米の風土に合わせて再翻訳したのが「ターミネーター」だとは言えるかも知れません。

真の文化は、こうやって発展してゆくのです。
ではでは♪

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<佐藤健志からのお知らせ>
1)8月7日(金)の6:00〜7:00、文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」に出演します。
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2)8月8日(土)の20:00〜23:00、日本文化チャンネル桜の「闘論! 倒論! 討論!」に出演します。
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